表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
第一王位継承者の名は

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

876/877

そして受ける。


ティアラが庭師にお願いしてくれ、ハサミを借りる。


アーサーが慌てながら手袋を貸してくれて、お礼を伝えてから私は一本ずつ切ってセフェクとケメトに手渡した。青から赤になる途端に二人ともまた目を輝かせてくれた。

ありがとうございます!と声を揃えられた後はティアラが庭師と一緒にセフェクとケメトに「こちらで自分でも切らせて貰えますよっ!」と声をかけてくれた。その途端に二人も声を揃える。

庭師の方に駆けていく二人の姿に、ヴァルがうんざりと息を吐いた。鼻を擦り、座ったまま貧乏揺すりまでしている姿はかなり不機嫌そうだ。彼だけでも香りの遠退いた客間で待たせてあげるべきだろうか。


「どうせすぐ寮暮らしじゃねぇか」

クソが。と小声で悪態つくヴァルは、苛立ち混じりに頭を掻いた。

どうやら本当に二人は寮に入れるつもりらしい。……寮暮らしになったら実質セフェクとケメトはヴァルと離れてしまうのだけれど、それに関しては三人とも良いのだろうか。セフェクとケメトはともかく、ヴァルは寮には住めない。今のところ今日まで寮暮らしについて不満もない様子の三人だけれど、今までずっと一緒に居たのに突然分断されても良いのだろうか。


「……ねぇ、寮に住むようになるのを二人は承知済みなの?」

まさか寮の意味を知らないわけではないだろう。

一応二人には聞こえないように声を潜めて尋ねてみると、ヴァルから「あー?」と面倒そうな声が返ってきた。隣に立ったまま彼を見下ろす私に、ヴァルは顎をあげるとすぐにケッと吐き捨てた。


「当たり前だ。野宿でもグースカ寝れるガキ共が今更住む場所なんざ選ぶかよ。」

「でも、貴方は住めないでしょう?」

「住みたくもねぇな。下級層の路地裏の方がずっと良い。」

「離れても平気なの?」

「?どの意味で言ってやがる。」

淡々と私の問いに答えるヴァルが眉を寄せた。

本気で最後の質問の意味がわからない様子だ。多分、この場にカラム隊長や城の人達がいるから「ケメトの特殊能力から離れてもいいのか」という意味かどうかを暗に聞いているのだろう。確かにケメトに触れていなくても特殊能力が増幅状態なのは知っているけれど!そういう意味じゃなくって……!


「寂し……く、ないのかと思って。ほら、ケメトはまだ小さいですし……。」

口にした途中で一瞬、立ち入ったことを聞いてしまったかなと躊躇う。

直後に「答えなくても良いです」と慌てて付け加えて、唇を噛んだ。下手に質問口調になって強制的にヴァルが答えないといけなくならないようにだけ気を配る。

ヴァルも怪訝そうに眉間の皺を更に深くした。それから目つきの悪い眼差しを庭師にハサミを借りているところのセフェクとケメトに移る。


「……最初はぎゃあぎゃあ言ってたが、配達中の仮宿だ。どうせ長距離の配達があっても二日に一回は会わねぇといけねぇんだ。そのうち勝手に慣れんだろ。」

突き放すような言い方は、最後は独り言のようだった。

やっぱりヴァルと離れることについては、二人も最初は不満もあったらしい。多分、ケメトと離れても特殊能力が増幅されるようになってからそう決めたのだろう。確かに二人が学校を終わると同時にヴァルが配達から戻ってくるとは限らない。往復で一日以上かかる場合もあるだろうし、毎日住むわけじゃないにしろ学校が終わってからヴァルと合流するなら時間がずれる間の待ち場所はどちらにしても必要だ。

そうなると休みの二日間は継続して二人も配達だろうか。学校以外の放課後と休日は仕事。……多分、下級層と中級層の子どもも寮暮らし以外の子はそんな感じだろう。

どちらにしても二日に一回はケメトに接触しないと元に戻ってしまうし、配達人業務の為にも二日に一回の面会は必須だろう。配達が終わったか、配達のない日は放課後にでも会うのなら長期の離別にはならない。……そうでなくても二人が望めば会いに来てくれるだろうとは思うけれど。

ぐわぁ、とそこでヴァルがつまんない質問だったように欠伸をする。そのまま口が閉まりきらない内にぼやけた声で「これでやっと身軽だ」と言い放った。セフェクに聞かれたら確実に「身軽って何よ!」と顔面に放水攻撃を受けただろう。


「…………─は、どうだか知らねぇが。」


?……今、小さくまだ聞こえたような。

振り返ってみると、膝に頬杖を突いたヴァルが薔薇を上手に切れたと喜ぶセフェクとケメトを眺めていた。

口元が少し笑っているようにも見える彼は、見た時にはもう黙ったままだった。背後にいるアーサーとカラム隊長に聞こえたか尋ねてみたけれど、二人も何を言っているかまでは聞き取れなかったらしい。

首を捻るアーサーと違い、カラム隊長は何か察しはついたのか、途中から意外そうな眼差しをヴァルに向けていた。けど、話そうとはしてくれない。

気になって、レオンからの花を一度専属侍女のマリーに預かって貰ってからヴァルの隣にしゃがんで見る。すると「アァ?」とまた不機嫌そうな顔で睨まれた。


「最後の言葉が聞こえなくて」

「忘れろ」

正直に返せば、舌打ちをした後に断られた。やはり二度目はないらしい。

私から顔ごと逸らすように横顔を向けるヴァルは、こちらの視線から逃げるように目を合わせない。見られていることが不快なのか、貧乏揺すりまで激しくなったヴァルだけれど、途中で何か思いついたように再び顔を私に向けてきた。さっきの不機嫌顔とは違う、ニヤリと悪い笑みを隣にしゃがんだままの私に近づけてくる。


「それとも〝寂しい〟とでも言やぁ、主がベッドに呼んでくれんのか?」


……唐突に爆弾発言が放たれた。

なんでそんな話になるんですか‼︎と怒鳴れば、余計にヴァルのニヤつきが引き上がる。ヴァルの台詞は未だしも私の声は見事に玄関に響いた。

背後でアーサーとカラム隊長からも驚愕の声が上がったけれど、全く気にも留めていない。それどころか崩した足で手をついて更に顔を近づけるようにこっちに迫ってくる。


「別に構いやぁしねぇだろ?もう何度も夜を過ごした仲だ。」

「ッだから言い方に語弊があるでしょう‼︎」

「俺のベッドで寝たんなら主のベッドに入れてくれても構わねぇだろ?」

「私はベッドに入っていません‼︎」

だからもうこの人はどうして疚しい言い方するのか‼︎

確かに奪還戦後にヴァルが眼を覚ますまで何度か彼のベッドに突っ伏して寝ちゃったけれど‼︎うたた寝ってだけでもちょっぴり恥ずかしいのに何故今になってそれを掘り返してくるのか‼︎

顔が熱くなるのを自覚しながら鼻の穴を膨らませて怒る私に、ヴァルのニヤニヤは止まらない。ニヤニヤニヤにやにやにやと心から楽しそうだ。むしろ更に私の怒りを煽ぐべく引き上がった口を動かしてくる。

「まぁ主に乗られんのは悪くなかったが。どうせなら今度は」


「「「いい加減にしろッ‼︎」」」


ガンッ、と。三人分の同じ怒鳴りと一緒に真横からステイルの拳が彼の頭に落とされた。

ぐあっ、というヴァルの呻き声より先に、真っ赤な顔で怒ったアーサーとカラム隊長が私とヴァルの間を隔てるように腕を伸ばしていた。

殴られた頭を押さえて睨み返すヴァルに、ステイルが鼻息荒く「お前はいつになればその発言を改める⁈」と怒鳴った。……多分、一生治らないんだろうなぁと思う。アーサーとカラム隊長がヴァルと距離を空けるようにと私を退がらせた。相変わらずヴァルの無礼発言は敵を作


ブシャアッ‼︎‼︎


「ヴァルに手を出さないで。……下さい……。」

あっちゃあ……。

一瞬の出来事に、思わず開いた口が塞がらない。

セフェクの手のひらから見事な放水がステイルの顔面をばっちり濡らした。水量だけで言えばスープ皿一杯分といったところだろうか。

量は大したことないけれど飛距離と威力が見事だ。ケメトと一緒に並んでいたセフェクと私達の距離は結構離れていたのに、見事に放水が届いた。いつもは止めに入っているティアラも、片手が薔薇で塞がっているのと、自分がケメトとセフェクの間に立っていたから威力は上がらないと油断していたのだろう。……いや、一番の油断はステイルかもしれない。

注意がヴァルに集中していた結果、瞬間移動する間もなく放水を横から受けてしまった。眼鏡がずれ、整えられた黒髪がベッシャリと水を滴らせたまま本人が固まっている。水、というよりもセフェクに不意打ちを受けたことの方がショックだったのかもしれない。

相変わらずセフェクは、ヴァルへの攻撃相手に容赦ない。ステイルとは少し仲良くなってきたと思ったけれど、それとこれとは別らしい。傍にあった薔薇は水を貰えて何よりだろうけれど、ステイルは髪の先からポタポタ水滴が落ちているし、近くにいた侍女達が慌ててタオルを取りに行った。アーサーとカラム隊長も突然のことに口がぽっかり開いている。そしてその光景に


「ヒャッハハハハハハハハハッッ‼︎‼︎やるじゃねぇかセフェク‼︎」


ヴァル、大爆笑。

腹を片手で抱え、ステイルを指差して笑っている。もう殴られた頭よりも、笑い過ぎて捩れた腹の方が苦しそうだ。今日一番の笑顔な気がする。

ケメトは「王子殿下ですよ!」とセフェクを今から押さえたけれど、彼女は寧ろ臨戦態勢だ。まさかステイルがやり返さないとは思うけれど、私からも急いで彼に駆け寄った。ティアラも「兄様⁈」とこっちに走ってきてくれる。

侍女がちょうど慌ただしく大量のタオルを持ってきてくれたところで私とティアラも受け取った。眼鏡を外させて貰い、放心状態のステイルの頭を拭く。水の量が大したことないから服は濡れていなかったけれど、顔面と髪がびっしょりのステイルに頭からタオルを被せてわしゃわしゃとティアラと二人で拭く。

ヴァルの笑い声に紛れて「いつもなら避けられました……」と小さく呟くように聞こえたから、やっぱり水をかけられたことより避けれなかったことが堪えているらしい。よほど悔しかったのか、タオルで顔面擦られてもまだもごもご言っていた。正面から拭く私と挟むようにしてティアラも背後からステイルの首や髪を拭く。


「でも、兄様が避けられないなんて本当に珍しいわね。」

確かに。

ポン、ポンと濡れた髪のまま拭いて寝癖みたいになった頭をティアラが手を伸ばして整える。私も正面からステイルの前髪を手櫛で整えながらティアラに同意する。いつもならステイル一人で避けるのも容易な筈なのに。


「今の発言に、一瞬別の人物を思い出してしまって……。……頭が沸騰して、つい。」

小さく顔を上げたステイルが漆黒の瞳を真っ直ぐ私に向けてくれ、……最後の言葉でステイルから真っ黒な覇気が一気に溢れ出した。殺気の混じったそれに思わず私もティアラも驚いて背中を反らす。

どうして今⁉︎?もしかして私に怒ってる⁈何やった私⁈

す、すている……⁈と私達だけでなくヴァルまで目を丸くして笑いが止まる中、アーサーが慌てて侍女からタオルを受け取ってステイルに駆け寄った。背後に立ち、ステイルの頭をタオルで視界ごと覆う。


「後で聞いてやっから今は抑えとけ‼︎」

なんかハムスターを冷静にさせるような方法でステイルを止めたアーサーが、そのままぐわしゃしゃしゃ‼︎と乱暴にステイルの髪を頭ごとシャッフルするように拭き出す。お陰で「痛い痛い痛いやめろ馬鹿!」と叫ぶステイルから怒鳴りに反して覇気は消えていった。流石アーサー。ステイルもさっきより元気になったし、ほっとする。

良かった、これ以上はセフェクのトラウマになるところだった。振り向けば、ステイルの殺気を感じ取って喉を鳴らしている。ケメトもケメトでセフェクを背中に守りながら目がまん丸だ。

うん、やっぱり学校は彼女達に必要かもしれない。確かに先に実力行使したのはステイルだけれど、今のセフェクだと無闇矢鱈にヴァルに危害を加える人全員に攻撃してしまう。学校でその辺りが少しでも緩和されれば良いなとも思う。…………どうしよう、なんだか私の方が二人のことが心配になってきた。ヴァルのそのどっしり構える精神分けて欲しい。ステイルに眼鏡を返却しながらそう思っていると、今度はヴァルがゆらりと立ち上がった。主、と呼ばれ、振り返る。


「今日運ぶもんは。」

「!また後で来てください。昨日の公式発表についての書状が沢山あるので。」

ヴァルの言葉に少し慌てながら私は返す。

昨日の公式発表を終えて、招待されなかった周辺諸国に報せを出さないといけない。既に書状自体はヴェスト叔父様と従者達によって用意されているだろうけれど、数も多いし今はまだ預かっていない。多分今日中には私の元に託されると思うのだけれど。従者か、もしくはこの後の打ち合わせを約束しているジルベール宰相から、恐らく今日中に。

今この場に配達物がないことを聞いた途端、ヴァルは面倒そうに舌打ちをした後に荷袋を持ち直した。床に僅かに溢れた砂粒が蛇のように纏まって荷袋に入り込んでいく。また上目に私をギロリと睨んできた彼は、無言で私に向けて呼ぶように人差し指をクイクイッと動かした。書状が用意されてなかった苦情だろうか。歩み寄ってみれば、さっきのからかわれたこともあってかアーサーもカラム隊長もステイルまで身構えた。はっとしてセフェクの方に目を向ければやっぱり手を構えていて、ケメトとティアラに押さえられていた。

なんだか一触即発感に身が強張りながらヴァルを見れば、顔を耳に近付けてくる。何か言いたい事があるらしい。


「……逃げたけりゃあ、呼べ。」


ざわり、と鳥肌が立つような低い声は、さっきとは打って変わった真摯な声だった。

なのにヴァルが引いたと同時に顔を向ければ、やっぱりいつもの不機嫌な表情だ。一度目が合ったと思えば、私が返す前に「行くぞ」と二人に呼び掛けて背中を向けてしまう。

ヴァルに駆け寄ったセフェクとケメトが四本の薔薇と一緒に私に手を振ってくれた。セフェクがステイルに向かって遠目から手を振りながらも頭を下げたから、謝っているのかもしれない。ステイルも目を合わせるように顔を向けながら、軽く手を上げて応えていた。


彼らを見送り、再び扉が閉ざされる。

ティアラからまた皆に薔薇を贈ってあげてはと提案されたのはその直後だった。再び一本ずつ侍女や衛兵も含めてその場の全員に贈れば、皆凄く緊張しながらも喜んでくれた。

特にカラム隊長は今回が贈るのは初めてだったから、目の前で変わる薔薇に緊張し過ぎで顔が真っ赤だった。ティアラが詳しくその話の逸話から説明までカラム隊長にしてくれたけれど、やはり実際目で見るのとでは心の準備が違ったらしい。

むしろ渡す前に逸話を聞いた後の方が緊張していたくらいだ。大人なカラム隊長も薔薇相手に緊張するんだなと思ったら、少し可愛く思えて笑ってしまった。……その途端、薔薇を渡した直後だったカラム隊長の顔から火が出るように赤くなっていたけれど。馬鹿にしたと思われただろうかと、慌てて謝ってから反省した。


レオンが贈ってくれて、ヴァル達が届けてくれて、そして皆が薔薇を喜んでくれた。


学校の開校もセフェクとケメトが楽しみにしてくれて本当に嬉しい。今朝は私を心配して暗い表情をしていた皆も今はいつもみたいに笑ってくれたお陰で私も心から笑えた。

このままずっと心から笑えれば良いのにと思うし、もう私のことで皆に心配や辛い想いはさせたくない。これは本心だ。


『逃げたけりゃあ』


……何か、勘付かれたのだろうか。

そう思ってしまうくらいに引っ掛かる。呼べ、と言われてしまえば軽率に頼って逃げてしまいたくもなるくらいに。

そう思いながら最後の一輪を配り終わった私は、後を庭師達に任せて部屋に向かった。


……もう、答えが自分の中で決まりかかっていることを、胸の音で知りながら。


561-2

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ