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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
第一王位継承者の名は
874/877

691.無名王女は見送る。


「長きの滞在、心より感謝致しますローザ女王陛下。」

「国際郵便機関も併せ、今後も宜しくお願い致します。」


金色の髪を背後に流したランス国王と白い髪を揺らす中性的な顔立ちのヨアン国王が、母上と挨拶を交わす。

今朝、着替えを終えた私は朝食を済ませてから急ぎ母上達の元へ挨拶をした。昨日のことが伝わっている私は、心配をかけたことを謝り、そのままハナズオ連合王国の見送りの為に謁見の間に残った。

一応、実際に私の姿を目撃していない母上達には疲れて体調を崩しただけだと押し通したけれど、絶対怪しまれている。本当に王女として致命的な信用のなさだ。……身から出た錆だけれど。

今回、十日程前の祝勝会から滞在していたハナズオ連合王国は来た時と同じくステイルの瞬間移動で送ることになっていた。セドリックは未だしも国王二人を十日も引き留めてしまったけれど、瞬間移動であれば片道十日のハナズオ連合王国に一瞬だから差し引いてお釣りが来る。

母上に続けて父上、そしてヴェスト叔父様と挨拶を交わしていく国王二人がそのまま私にも手を伸ばしてくれる。ランス国王からその手を握れば、セドリックと同じ燃える瞳で見返してくれた。続けてヨアン国王も細縁眼鏡の奥から金色の瞳を優しく揺らしてくれる。


「セドリックは移住の支度を終え次第、僕らが正式に馬車で向かわせます。荷が多いため、二十日前後頃になるでしょう。馬車の数共に少々目立つとも思いますが、どうか僕らの弟を宜しくお願いします。」

ヨアン国王からの微笑みは、こっちが泣きそうになるくらいに優しかった。

間違いなくセドリックの兄の顔をしたヨアン国王に、私からも言葉を返す。勿論です、と続けながら二人の背後に控えたセドリックがまた泣きそうなのを堪えた顔をしていた。唇を固く結んだ姿は、きっと寂しさよりも嬉しさだろう。

国際郵便機関の始動が公表された今、ハナズオ連合王国へ帰還次第セドリックは我が国に移住する。他国とはいえ、王族且つ我が国の代表機関の取締役になる彼は我が城の王居に住むことになる。滞在ではなく移住という形だし、彼専用の宮殿にハナズオ連合王国から従者や侍女、衛兵も連れる予定だ。

王居内には既に色々な用途の宮殿はあるし、その一つをセドリック用にする準備も既に進んでいる。……その話をセドリックとした時、ステイルにこそこそと「ティアラと夫婦用の宮殿が良かったか?」と耳打ちでからかわれていた時は、顔が熱し過ぎたフライパンみたいになっていた。

最後にセドリックが母上達と挨拶した後、私とも握手を交わす。堪え切った赤色の瞳は硬い意志に燃えていた。


「〝プラデスト〟開校前には間に合うようにする。……次に会う時は、この国の民として会えることを心から願っている。」

さざ波のような声は酷く穏やかで、彼からはハナズオ連合王国を離れることへの躊躇いは微塵も感じられなかった。

ただ真っ直ぐと前だけを見て、王弟としての役割を果たそうとする彼は本当に立派になったと思う。移住後には早速セドリック自ら国際郵便機関の立ち上げの為に人選から下準備まで目を通してくれる。彼に任せれば安心だ。

ハナズオ連合王国もサーシスとチャイネンシスで建設から人集めまで進めてくれる。全ての体制が整えば、きっと国際郵便機関の本格始動も遠い話ではないだろう。


「ありがとう、セドリック。貴方が我が城に居てくれると思うとそれだけでも心強いわ。旅路は気を付けてね。」

握ってくれる手にそっと反対の手を添える。

それに一声で応えてくれた彼の笑みは力強かった。更に私の手に自分の手を重ね、……ようとして寸前に止まった。まだ無断では私に必要以上触れるのは自重中らしい。相変わらずだなと思うと可笑しくなって、私は添えていた手を引いてから、寸前に止まったその手の上に当て、また重ねた。

王弟であるセドリックの出国は、入念な準備期間と共にきっと今までにない大掛かりな旅支度になるだろう。ハナズオ連合王国でも国を挙げて彼を惜しみ、そして見送ってくれる。彼を預かる側としても、そして新機関を任せる側としても私は、……ちゃんと責任持って彼のことも守らないと


「プライド。兄達と離れる事は辛いが、お前の傍に半歩でも近付けることは本当に嬉しく思う。至らぬところはあるだろう、だが……叶うならば頼ってくれ。俺はこの先もお前の願いを叶えたい。」


年相応の力強い手と温もり、何より彼の真摯な言葉に息が止まった。

一瞬、彼の言葉に呆けた頭を叩かれたような気持ちになる。何だろうと、その感覚に今は直視しないまま笑って返した。

そういう台詞はティアラに言ってあげてとでも言おうと思ったのだろうか。ありがとう、ともう一度感謝を言葉に乗せて、そっと結び重ねた手を彼から離した。

続けて今度はティアラと握手を交わす。今までは次期摂政で第一王子のステイルとだったけれど、今は成人して次期王妹としての権利を得たティアラの方が僅かにステイルより立場が上だ。

ティアラと握手を交わそうと手を伸ばした途端、セドリックの耳がわかりやすく赤く染まった。片方だけピアスのついている耳も、ついていない耳も両方だ。これでもきっと母上達の前だから堪えているのだろうなと思う。

それを迎えるティアラも、母上達の手前今はちゃんと優雅な笑顔だ。心なしか王族としての威厳も増してきた気がする。……でも、耳が染まっているのを見ると心の中ではまだ何か怒ってるのかなとも考える。

昨晩はステイルの次にはセドリックとダンスをしていて結構楽しそうだったのに。二人とも金色の髪の下で真っ赤な耳だから色も映えるし、横からの私の角度だと余計にわかりやすい。


「……また、会えることを楽しみに思う。………………ティアラ。」

「…………〜っ。……はい。」

セドリックはこの十日間、殆どティアラと会話をしていない。

正確にはティアラはティアラでセドリックと必要以上目すら合わせないし、セドリックもセドリックで私のところには用事があれば会いに来てくれるけれど、ティアラには話題を振ろうとしない。

私に用事で会いに来てくれる時も基本的に話す相手は私だ。残りは国際郵便機関の打ち合わせかお兄様である国王二人と部屋で過ごすか城内散策、そして図書館の本を再び読み漁っている。絶対記憶とはいえ、読むペースは平均より早いくらいのセドリックだけど、それでももうこの数か月の間に我が国の書籍をかなりの量で読み漁っちゃている。少なくともパソコンに読み込み作業するよりもセドリックに読ませた方が早くて確実なんだろうなと思うくらいには。

お互いにまだ慣れない所為か、未だにこの二人が一番距離が遠い気がする。ステイルさえ、祝勝会からはセドリックに敬語なしで語ったり、少しからかったりするくらいの仲にはなっているのに。

セドリックが一番好意を向けたい相手の筈のティアラにここまで距離も溝も深いとかわいそうになる。いや、当時のセドリックのやらかしを考えれば仕方ないし、私が間に入って幼稚園の先生みたいに「仲良くしてあげて」なんて言っても根本的な問題の解決にはならないのだけれど!どうにかこの二人の溝を埋められないものかと、わりと本気で悩んでしまう。

セドリックに笑顔を作りながら、次第に口の端がぴくぴく震えて頬に汗まで一筋流しているティアラと、そのティアラをまっすぐ見つめながらそれ以上言葉が出ないように唇を硬く結んでいるセドリックから何とも言えない沈黙が流れてしまう。

握手したままの手が二人ともどのタイミングで離せばいいのかわからないのかずっとそのままだ。まさか母上達の前でセドリックがやらかしてしまったり、逆にティアラのお怒り発言が出なければいいけれどと、私は一人胸を押さえながら勝手にハラハラしてしまう。

だんだんセドリックも耳だけでなく顔までうっすら赤くなりそうだし、ティアラも手を離して貰えないことか、それとも沈黙に怒っているのかセドリックを丸い目で見つめたまま紅潮し始めていた。

そして、……まるでタイミングを見計らったように父上とランス国王が同時に咳払いをする。

ゴホンッという二重の音に、二人がビクッと肩を震わせてから手を離した。「しっ、失礼致しました……!」と慌てて敬語が出ている様子のセドリックに、ティアラが思いっきり顔を横に逸らしてしまった。お怒りが限界なのか唇をきゅっと絞ったままぷるぷると震わせているティアラに、ジルベール宰相が笑うのを隠すように口元を手で覆った。すると、すかさず父上がランス国王達には見えないようにジルベール宰相を肘で突く。こんなところでもティアラに顔を背けられ、更にはジルベール宰相にまで笑われてしまい、折角マナーを勉強したのにセドリックが不憫だと思えば


「思わず見惚れてしまいました。手放しがたかったとはいえ、大変失礼を致しました。」


…………うん、セドリックはやっぱりセドリックだった。

まさかの素でさらりと母上達の前でティアラをべた褒めだ。あまりにも当然のように言うものだから、私の心臓まで跳ねるし顔が熱くなる。

ティアラもいきなりど直球を母上達の前で投げられて顔が耐え切れず真っ赤になってしまった。唇がぷるぷるどころか顔の筋肉までピクピクしているし、たぶんここに私とかしかいなかったら大声で「ばかっ!」と叫んでいただろう。

セドリックと握手を交した手を反対の手で押さえるように握っているティアラはもしかするとポカポカ殴りたい衝動も抑えているのかもしれない。しかもセドリック、今の発言の破壊力には気づいていないらしく「どうかなさ……したか?」とまさかの本人に尋ねだした。本当に本当にこの子は‼絶対当然のことを言ったくらいにしか思っていない!いや事実なのだろうけれども!

最終的にはセドリックの顔も見たくなくなってしまったかのようにティアラは私の背後に隠れてしまう。ぴゅっっと顔を私の背中にあてるティアラの熱がドレス越しにもじんわり伝わってきた。

セドリックも怒らせてしまったことには気付いたらしく、無言で肩を落とした。昨日はダンスであんなに楽しそうだったのに、なんだか一歩進んで二歩下がっている気がするのは気のせいだろうか。

するとセドリックから隠れてしまったティアラを助けるようにステイルがにこやかな笑顔で前に出た。「次にお会いできるのが楽しみです」と手を差し出せば、表情を沈ませたセドリックの顔が嬉しそうに輝いた。ステイルの手をしっかり取って握り返すセドリックに、取りあえずほっとする。ティアラは完全に顔を出さないけれど。


「ステイル王子殿下には、この先も私が学ばせて頂くことばかりだと思います。もし私からお返しできることがあれば、どうか遠慮なく。」

「ありがとうございます、セドリック王弟。王弟殿下にそう言って頂けると恐縮です。」

母上達の前では変わらず敬語のステイルだけど、やっぱり気持ちは近くなった気がする。今のセドリックに対しての笑顔も以前より柔らかい。

ステイルと挨拶も終え、ジルベール宰相とも握手を交したところでとうとうハナズオ連合王国の帰還となった。セドリックが目だけで私の背後に控えている近衛騎士二人にも挨拶をしてくれる。

丁重にお送りする為に同行するステイルに、私は許可となる一言を掛けた。それではまた、と笑うセドリックとランス国王、ヨアン国王を瞬間移動する最後まで私達は見送った。

追って戻ってきたステイルが彼らの従者や侍女、護衛や荷物も瞬間移動させて無事帰還を果たした。きっとこれからハナズオ連合王国でも本格的に国際郵便の人員募集を始めるのだろう。

彼らが完全に消えてから、小さく額から目までを私の背中から出したティアラはまだ真っ赤で、若干涙目だった。「ほんっとに……だいきらい」と呟く声がすぐ傍にいた私とステイルにだけ届く。

また大嫌いに戻っちゃったかと、少しだけ残念に思いながら私とステイルは目を合わせて苦笑した。これから王居に住むようになったら、少しずつ距離が近づく……と信じよう。今のセドリックはちゃんといい子だし、ティアラもそのことはわかってくれていると思う。

そうしてハナズオ連合王国の見送りを終えた私達は許しを得て謁見の間を退出した。ただ、去り際に母上から


「プライド。もし私に〝伝え損ねたことを思い出したら〟いつでも来なさい。事前の許可も要りません。」


……そう言われてしまった。

それに真剣な表情で頷く父上とヴェスト叔父様に私も上手く目が合わせれず、伏し目にして頭を下げた。

ヴェスト叔父様から今日は私の補佐に徹底するようにと言われたステイル、そしてティアラと近衛騎士と共に私は自室へ向かった。この後にはジルベール宰相との打ち合わせもある。頭の中で予定を反芻しながら回廊を渡り、王宮から宮殿に移る途中で


香水のような凄まじい花の香りに足を止めた。


「……レオン?」

昨夜の彼の言葉を思い出し、私は香りに誘われるように玄関へと向かった。


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