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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
第一王位継承者の名は

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〈コミカライズ三話更新・感謝話〉摂政は見守る。

本日、コミカライズ第三話更新致しました。

感謝を込めて特別エピソードを書き下ろさせて頂きました。

時間軸は「極悪王女と義弟」です。

一応本編に繋がっております。


「ステイルが倒れた?」


想定できたことだった。

まだ城に来て日も浅い彼が、体調を崩すなど。


「……そうか。医者の診断がつき次第、また報告をしてくれ。」

誰よりもこの私がわかっていた筈だというのに。

しかしまだ、手は離せない。


「姉君には私から報告しておく。……もう、下がって良い。」

アルバートを失い、ローザが失意の底にいる今。

私には新たな甥を顧みる余裕すら持ち得ない。

本来ならば誰よりも彼の苦悩を知っている私が、見舞いに行くことすらできない。ティアラの生誕祭に間に合わせる為にも今は王宮から一歩も出る余裕はない。


「……ジルベール。お前だけでもステイルの様子を見に行ってはくれないか」

「申しわけありません、ヴェスト摂政殿下。……私には。母親から引き離し、プライド第一王女殿下に差しだした張本人に、彼を見舞う資格などありません」


アルバートを亡くしてから、生気を失いつつあるジルベールとローザ。

彼らが持ち直すまで、ひと時たりとも気を抜くわけにはいかない。王配が欠けた今、国民へ王族の権威維持を示す為にもティアラの生誕祭は一縷の失敗すら許されない。


…今の私にはそれ以外を気にする暇など、ありはしない。





……





「ステイルが倒れた?」


従者からその知らせを受けたのは、ちょうど私が女王であるローザの元へ報告書を届けに来たところだった。

ローザに手渡す前の報告書を右脇に抱えながら、従者の報告を聞く。王配のアルバートとジルベールにもそれぞれ報告は入っているだろう。

報告によればステイルはプライドと一緒にいる途中で突然倒れ、そのまま自室へ運ばれたとのことだった。医者も既に手配済みだと聞き、ならば診断はこれからだろうと結論付ける。


「そうか……」

短く返しながら、思考を巡らせ喉をさする。

従者に気付かれないように視線だけをローザに上げれば、人前用に整えている顔に僅かに眉が寄っていた。

まだ養子になって日が浅い七才の少年。急病の可能性も勿論あるが、恐らくは……と過去の自分と照らし合わせれば容易に察しもついた。そして彼女もまた、昔の私を知っている。きっと今も同じ結論に辿り着いているだろう。

あの時も義姉となった彼女に心配をかけたことを考えれば、今回もステイルの元へ様子を見に行きたいと思っているだろう。しかし、それはできない。

それをわかっている彼女が躊躇っている内に、私から先に申し出る。


「姉君。……私が代わりに様子を見に行きましょう。女王陛下はお忙しい身であることは重々承知しております。」

実際、ローザに余裕はない。

一秒の暇も許されないほど、ティアラの生誕祭に向けての準備に追われている。ただでさえ、内密に進めていたティアラの聖誕祭。そこで彼女の存在を開示するだけでも大ごとだったというのに、更にはプライドの予知能力開花と義弟の紹介までも同時に行われることになったのだから。

それに、たとえ暇だったとしても今回は養子となった第一王子と女王であるローザが最初に邂逅するのは、ティアラの生誕祭でと決まったことだ。それなのにここで彼女がステイルへ会いに行けば、プライドによる義弟紹介の場が崩れてしまう。あの子にとっても大事な晴れ舞台、一滴の狂いも許されない。

……それに。あの子が突然倒れた時も、予知能力を得たと聞いた時も心配や驚きこそすれ、足を運ばなかった彼女がここでステイルが倒れたと聞いた途端に訪れれば、実の娘であるプライドがどう思うか。傷つけるだけではない、最悪の場合嫉妬の矛をステイルに向ける可能性すらある。

最近の報告では、予知能力を得てからは態度が一変したというプライドだが、まだ私の目では確認できていない。あの子が私達の前では良き王女の振りをすることに見慣れている以上、その報告にも懐疑的にならざるを得ない。……少なくとも、私達が今まで知るプライドでは、ローザの言動一つで容易にステイルやティアラに嫉妬や嫉みの感情をぶつけてしまう恐れがある。

ローザがプライドと本格的に距離を置く、と決めた時こそ彼女と夫であるアルバートが二人で話し合った末の結果だ。私には覆す権利などない。母親として許されない決断だと、それは見捨てることと同義だと、構い尽くして気が済めば放るなどお前の母親と変わらないぞと言ったところで、意味は無い。彼女は〝母〟としてではなく、未来を見通す予知能力者である〝女王〟としてそう決めてしまったのだから。


「……そうですね。貴方になら安心して頼めます。宜しくお願いしますねヴェスト。」


整えた唇でそう紡いだローザに、私は深々と腰を折る。

既にこの数日で何度も、何度も、何度も。……その腰を下ろす玉座から立ち上がり、実の娘へ直接会いに行こうとする己が意思を抑え続けた女王をまた、その場に留まらせる為に。



……



「!ヴェスト叔父様っ……」


「……プライド。お前も来ていたのか」

ステイルの見舞いにきた私を侍女や従者、衛兵と共に迎えたのはプライドだった。

彼女の今まで見た事のない表情に、自然と眉が上がっていくのを感じる。報告で、プライドと一緒の時に倒れたとは聞いた。しかし、まさかステイルの部屋の前で待ち続けているとは思わなかった。場合によっては、ステイルが倒れた理由にプライドからの扱いが関係しているかもしれないと危惧すらしたが、……そうではないことを今この場で確信する。


「ステイルがっ……私の、私が走らせた所為で倒れちゃって……すごい熱で、目を覚さなくて……っ」

焦燥しきった様子で顔を歪め、今にも泣きそうに潤めた目が真っ直ぐと私を見上げていた。

今まで、私やアルバート達の前でだけ良く見せようと振る舞ったことは何度もある。しかし、こんな表情を見せるのは初めてだった。ローザが滅多に会いに来なくなってきてからも、アルバートとローザが二人で外交の為に国を出た時も、ここまで不安に駆られた表情など見せはしなかった。間違いなくこれは嘘でも演技でもなく、本当のこの子の姿だと理解する。


「大丈夫だ。私が今から話を聞いてくる。お前は部屋で待っていなさい。」

あとで寄るから、とそう続けて頭をそっと撫でる。

父親似の深紅と母親似の波打つ髪が揺れ、萎れた様子のプライドはそのまま僅かに頭を沈め、……また見上げた。


「っ……いえ、ここで待ちます。ステイルの体調がわかるまで離れたくないの」

紫色に光る、強い意志の込められた眼差しだ。

今まで、私やアルバートの指示にこの子が歯向かうことなど滅多になかった。私達の前では聞き分けの良い子を演じていた彼女は、大概のことは一言返事で頷いていた。まさか義弟が心配だからまだ離れたくないなどと、これではまるでー……


『結構です。私は彼の義姉です。体調を崩した弟の見舞いに訪れることは当然の権利です』


「……なら、大人しく待っていなさい。」

撫でる手を離し、平静を保った声でそれだけを伝えた。

まさか今更になってプライドがローザに重なるなど思いもしなかった。プライドの噂について把握こそしていたものの、まさかここまで明らかに様子が異なると目を疑う。

城内で噂になるのも頷ける。ついこの間までのプライドであれば、ステイルの状態を知りたくて待つとしても「心配だからもうちょっと待ちます」と笑顔を私に見せただろう。……言葉とは裏腹に全く心配の欠片も感じられないような作られた笑みで。

だが、今のあの子は本気でステイルを心配しているように見える。先ほどの「私の所為で」すら、以前のプライドなら確実に「私は何もしてないのに突然!」と先ずは自分の身の潔白を私に訴えたであろうと容易に想像できる。あんな本気で自分の所為でと苛まれる表情など、一体いつからできるようになったのか。

戸惑いのままに表情だけは抑えて彼女から目を逸らし、私はステイルが眠る部屋へと足を踏み入れた。扉が開かれ、そしてまた閉ざされる時にも彼女は一言も発さず視線だけを私へ注ぎ続けていた。


「!ヴェスト摂政殿下……」


侍女や医者が何人も集い、ステイルの状態を確認する中、私が入って来たことに一度手を止めて深々と礼をする。

軽く手だけで礼に応え、ベッドで眠るステイルの前まで足を進める。医者に尋ねればやはり想定した通りの風邪だった。今までの暮らしから一変し、慣れない城生活を余儀なくされれば体調を崩すのは当然だ。

下級とはいえ、仮にも貴族だった私ですら十四になる頃に城暮らしへ一転してからこうなった。自分がこの暮らしを受けるのに相応しいのか、王族として恥ずかしくない人間に今からなれるのか、周囲からの評価と己への評価、そして新しい〝常識〟と王族としての勉学に頭が湯のように沸騰し、寝込んだことを今でもよく覚えている。

しかも彼はまだ僅か七才だ。文字の読み書きすら満足にできない状態からの勉学は、頭も身体も付いていかなくて当然だ。

診察を終えた医者達が一度壁際に下がり、代わりに私へ椅子が出される。ステイルの横に腰を下ろしながら、熱に浮かされる彼の顔を覗き込む。まだ幼過ぎる彼が、これから城で王族として、そしてプライドの補佐として生きていくことに不安を覚えないわけがない。しかし、もう王族の規則として決まったことだ。彼はもう私と同じ道を進むことしか許されない。


「…………さ、ん……」


「……?」

小さく、ステイルの口が動いた。

ぽそりと息にしかならない譫言は短く、何といったかは聞き取れない。目を覚ましたのかとも思ったが、そのまま顔を見つめても目覚める気配すらない。薬が効いて今は楽に眠れているという医者達の話から考えて、夢でも見ているのだろうかと思う。

魘されていなければ良いがとそっと彼の黒髪を表面だけ撫でれば、見た目以上に細く柔らかな髪質だった。本当にまだ幼い子どもなのだと思い知る。顔色はまだ良くないが、数日ゆっくり休めばきっと良くなるだろう。

そう思った矢先、動かない彼の口元の代わりに今度はその目元に小さく雫が溜まり出した。……やはり、夢にみてしまっているらしい。

まだ直接彼と話しをしたことがない私だが、城内の噂や教師の話では飲み込みも早く、優秀だということは聞いている。しかし〝できる〟ことと〝堪えられる〟ことは違う。今までは平和に母親と過ごしていただけの生活が奪われた彼は恐らく私よりも遥かに過酷な環境に追いやられたといって良いだろう。

だからこそ思い、考える。

彼は、まだ七才の子どもで王族となった彼は、まだ国の法どころか文字すらも覚えたばかりの彼は。この先、本当に定められた己が人生に



堪えられるのかと。



『ッ夢に、見るんです……!!嫌なんですもうっ……私は王族で、……もう戻れないというのに……っ。』

逃げてしまった、私だからこそそう思う。

私は幸運だった。十四だった私は、前の暮らしよりも王族としての暮らしを自ら望み、選んだ。それに義姉であるローザも、アルバートもいた。

私が城に訪れた時にすぐ〝弟〟と呼んだ彼女は、兄弟ができて嬉しいと心から喜んでくれた。ずっと一人で城の中は寂しかったと言って、最初は補佐である筈の私の方が色々と彼女に世話を焼かれていた。

私があくまで〝従者〟として彼女との間に壁を作り続けた時も、見捨てずそれどころか道標を与えてくれた。私が一時的に不安定になり選択した時も、最後は共に泣いてくれた。

彼女の婚約者であったアルバートも、彼女の元へ訪れる度に私を見下すことなく友人のように接してくれた。私がこうしていられるのも全ては彼女らのお陰だ。

しかし、この少年は。


「……ステイル。ステイル・ロイヤル・アイビーか……。」

彼に、何が出来るだろう。

抑えた声で彼の今の名を意味も無く口ずさむ。私の声だけを聞き取った医者達が「お呼びでしょうか」と尋ねたが、首を横に振って流した。

私が彼にできることなど、こうして辛さを理解して見守ってやることくらいだ。同じ王居でも住む場所も生活区域も違う。それにいくら足を運ぼうと、彼のこの先の人生を握っているのは私でも、そして()()()()()()()()。義弟として、従属の契約を結んだ彼の人生はプライドにかかっている。


「……少し長居し過ぎたな。お前達ももう下がって良い。」

少し顔を見に来ただけのつもりが、つい物思いにふけってしまった。

紛らわせるように息を深く吐き、時計を確認する。ローザの代理とはいえ、この後の予定をこれ以上遅らせるわけにもいかない。

指先でステイルの目元をそっと拭い、医者達に部屋を出るように指示を出す。もう処方は終えた今、あとはこの子がゆっくり休めるようにしてあげるべきだろう。七才とはいえ、男の子だ。容易に泣き顔など見せたい筈がない。特に、心を許せていない相手には。

私の指示通りに医者や侍女達が部屋を開ける準備を進める中、私は一足先に腰を上げる。最後にもう一度甥になった少年の顔を覗けば、あどけない寝顔だけがそこにあった。踵を返し、扉に向かい歩を進ませながら彼が早く良くなるようにと願う。

……プライドが黒に染まれば、彼もきっと容易く黒に染まる。そして白に染まれば彼もまた潔白の道を歩いていける。従属の契約を交わすとはそういうことだ。だが、今のプライドはあまりにも







「ヴェスト叔父様っ……。あの、ステイルは……。」







「…………。」

暗く締め切った部屋から灯りの灯された廊下に出ると、すぐに彼女が視界に飛び込んできた。

胸の前に両手を結び、心配そうに眉を垂らして私を見上げる姪に私は一秒だけ口を結んで黙してしまう。まるで、悪い夢から覚めたような錯覚を覚える。暗い場所から光の下に視界が開けたからか、それとも。


─ ……ああ、そうだった。


「……疲労による風邪だ」

バタン、と。部屋の内側から侍女が一度扉を閉める音を聞きながら、私は彼女に笑い掛ける。

自分でも思った以上に柔らかな笑みになっていると自覚する。上から見下ろすのではなく彼女の前に腰を落とすようにしゃがみ、目線を合わせる。

ついさっき部屋に入る前に確認した筈だというのに、〝今〟の彼女が抜け落ちてしまっていた。不安げに紫色の瞳を揺らす彼女の頭を撫で、彼の義姉となった王女にそっと語りかける。


「親許から離れて慣れない城暮らしで疲れたのだろう。私にも覚えがある。大丈夫、数日休めばすぐ良くなるだろう。」

波立つ深紅の髪の撫でた手で、最後に小さな肩へ手を添えた。

それでも変わらず彼女の表情は優れない。思案するような眼差しと俯く顔に、……今だけはこの上なく安堵してしまう。

この子の一挙一動からステイルを心配しているという感情が伝わってくる。ステイルを、彼を、義弟を心配してくれているのだという事実に今はどうしようもなく私が救われる。


─ どうか、優しくしてやってくれ。


「絶対にとは言わないが、あまり部屋に入ってはいけない。万が一風邪がうつったら大変だからな」

そう告げ、次の予定があるからと別れを告げる。

彼女に背中を向け、足早に進んで曲がり角を曲がって完全に彼女から姿を消してみせる。数秒待ち、そっと影から気付かれないようにもう一度ステイルの部屋がある方向に目で覗く。みれば、部屋から出てきた医者達と入れ違いにステイルの部屋へプライドが入っていったところだった。

私への演技だけであれば、わざわざ部屋の中に入る必要もない。いや、以前の彼女であれば弱っているステイルを……と、思考がまだ深くなりかけたところで一度止める。

少なくともあの子の、ステイルを心配する姿だけは本物だった。それだけは間違いない。そして本当にプライドが噂や報告の通り、心優しい王女に変わったというのならば


─ 何の、奇跡か。


歩き、廊下を進みながら考える。

どういった理由かはわからない。しかし、もしそうであってくれたのならばまだステイルの未来にも光はある。

来月にはティアラもここに住む。ティアラと、そしてプライドが優しく在ってさえくれればそれだけで彼の世界は変わる。己が運命を忌むものではなく、多くの民を幸福にできる生き方なのだと思えるようになる。

ステイルを黒に染めるのも白に生かすのも、それを左右するのはプライドだ。私にできることは見守ることでしかない。しかし、もし彼が願った通りに白の道を進み、この到達点まで来てくれたその時は摂政として惜しむことなく彼に全てを注ぎ、



女王(プライド)を支えるのに相応しき、片腕へと育てよう。



彼が、望むように。


ゼロサムオンライン様(http://online.ichijinsha.co.jp/zerosum)より第三話無料公開中です。


若かりし頃のヴェスト、ジルベールも必見です…!

松浦ぶんこ様による素敵なヴェスト叔父様初お披露目もそうですが、今では貴重なジルベールとアルバートとの険悪やり取りもお楽しみ下さい。

この時のアルバートとジルベールの心境を知った上だと、また別の見え方になるのではないかと思います。


因みに、25ページ目でプライドが思い出したゲームの場面が本作の477話と繋がっております。

是非ご確認下さい。

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