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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冷酷王女とヤメルヒト

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69.病める人は刻む。


「ジルベール‼︎ジルベール!居るのか⁈」


アルバートの声が聞こえたのは、私がプライド様へ誓いを行なった直後だった。

戸惑う様子のプライド様を瞬間移動させ、私の方を見下ろし「アーサーはまだ置いておくか?」と早口で問われる。アーサー殿が何やら言いたげに身を乗り出すが声でアルバートに気付かれてはならぬと口だけを動かしていた。

恐らく、マリアの身体を気遣ってのことだろう。特殊能力者のアーサー殿を引き離しても彼女は平気なのかと。

だが、きっと大丈夫だ。彼女の様子をみればわかる。何より、アーサー殿をこれ以上我々の都合で能力を公にさせる訳にはいかない。

私が「いえ」と答えると次の瞬間、ステイル様は何も言わずにアーサー殿を連れて瞬間移動された。

アルバートの声が近づく。その場で立ち上がり、彼を待つ。ステイル様の年齢操作を解き忘れた事に気がつき、取り急ぎ能力を解く。直接触れるよりも時間は掛かるが、暫くすればきっと元の年齢に戻られている筈だ。

…足音がすぐそこまで来る。


彼が、来る。

我が友であった、彼が。


「アルバート…。」


嘘のように身が軽くなっている己を自覚し、静かに彼の名を呼ぶ。

私は、彼の優しさにどれ程つけ込んだのだろう。

時には、憎しみに似た感情をぶつけながら。

それでも私達を見離すことなく、今日まで私の友として、王配を支えるべき私を逆に支え続けてくれた、彼に。

考えるだけで、涙がまた滲んだ。

私の出生も全て知りながら、友であってくれた男。


彼は私の姿を確認してすぐ、マリアの方へ駆け寄ってくれた。そう、彼もまたマリアを心配し、心を痛めてくれた存在なのだ。

謝るマリアを抱き締め、静かに彼は口を開く。


「…これは、どういうことだジルベール。」


さて、どうしたことか。手始めに冗談で返せば怒声が帰ってきた。まぁ、当然だろう。

彼の問いに、一つ一つ答えていく。

プライド様とステイル様の居場所、そして…マリアの病。

だが、アーサー殿のことも、プライド様、ステイル様の事も語れない。例え、この首を引き換えにしても。

それでも、アルバートの問答は続く。


「だが、何か対価は払ったのだろう?その特殊能力者か、または紹介者に!一体お前はなにを…」


「何も。」


私の言葉に彼は絶句した。これも…当然だ。

言葉にしながら、頭の中では先程までのことが鮮明に思い出された。


「あの御方は…私の前に突然現れ」

本当に、突然だった。

マリアの危機にただ暴走し、踠くことしかできなかった私の前に現れた。今こうして思い起こせば神の使いかのようにすら思えてしまう。


「マリアンヌを…私を救い」

探しても叶わなかった病を癒す特殊能力者を…アーサー殿を連れてきて下さった。


「代償を何も望まず、…去っていかれました。」

代償と呼ぶにはそぐわない。

与えられたと言っても良い。

私のような大罪人へ最後には笑みすら向けて下さった。


アルバートが、怒鳴る。虚言だと、そう言い放つ。そうだ、その通りだ。

このような都合の良い事が起こるなど、ありえはしないのだから。


だが、それが真実なのだ。


彼から目を逸らさず、本当だとはっきりと断言する。

こうして顔を見れば、私達を救って下さったあの御方の面影がある。

彼と同じように、私の目を何度も真っ直ぐ覗き込んで下さったあの御方は。


「あの御方は…っ。」


そこまで口にした途端、まるで堰を切ったようにまた激情が噴き出してきた。堪え切ることもできず、涙が溢れた。


口にすればするほど、今の出来事がどれほどあり得ないことか…奇跡でしかないのだということを理解してしまった。


…終わったのだと。


全ての苦痛から、絶望から本当に私は解放されたのだと。

それを実感した途端、足に力が入らなくなり崩れるように膝をついた。

様々な感情が混ざり合い、顔の筋肉が痙攣し、思わず両手で覆った。


「っ…あの、御方はっ…本当に、突然…私の前に現れました…」


何故、私などを救って下さったのか。

私が貴方にどれだけの事を犯してきたか。

私の裏切りを知って尚、あの御方は。


「私にっ…手を差し伸べ…、…今まで何年も探しても見つからなかった…病を癒す特殊能力者を連れ…‼︎」


辛く、苦しく、何年も溺れ続けているような日々だった。

拷問のように、死ぬ方が楽だと思えるほどの憂悶だった。


「マリアンヌをっ…救って下さったのです…‼︎」


救われた。

例えあの御方がいくら予知したとはいえ、私に、マリアにそこまでして下さる必要がどこにあったというのか。

知らぬふりをすれば良い。

良い気味だと嘲笑えば良い。

それほどの大罪人である私を、何故あそこまでして救って下さったのか。


「しかもっ…‼︎私に、…私のような者に、…慈悲を…!代償に…とっ…‼︎」


代償とは呼ぶに耐えない恩恵だ。

罪の重さに耐えられず死をもって償い、楽になりたいと願ってしまった私にそれを許さぬ罰を与えてくださった。

民に何の償いもせず、安易に死へ逃げたいと思った私に。

宰相の名を汚し、その称号すらも恥に変えた私に。

永遠に死へ逃げることなく

永遠に民へ尽くし続け

永遠に己が汚した宰相の称号を掲げ、その職務をもって贖い続けよと。

死よりも重き重罰と、償い続ける為の生き方を。


それを、私に与えて下さった。


ただ死のみを言い渡されればどれ程に楽だっただろう。

ただ生き続けることしかできなければ、己が罪に耐え切れず発狂していたことだろう。


アルバートに問われ、声を絞り出し、最後に声を上げればもう目の前の現実が、私の都合の良い夢なのではないかと思えてくる。


「………っ、…アルバート。」


暫く言葉が出ず泣き伏す私に付き添ってくれた友だった男へ、なんとか言葉を発する。


とにかく今は、彼に詫びたかった。

すまなかった、という言葉しか出ずに詰まらせる私に彼は静かに語る。


「……もう良い。辛い中にいたお前を支えられなかった私にも責があることは理解している。」


違う、そんなことはないのだと。

どれほど彼が、私を支えてくれたか。

彼が居なければ私など、とうに宰相を辞され、処罰されていたことだろう。

奇病に侵されたマリアを城に保護してくれたことも、彼女の身の安全の為に存在ごと隠してくれたことも、看病の為の侍女や衛兵を授けてくれたことも、全てが全て、私とマリアへの特別な処置だ。

なのに、私は彼らに感謝するどころか、まるで仇かのような目を向け、その愛娘であるプライド様ばかりが特別な待遇をと妬みっ…何故ここまで愚かなことをしてしまったのか…‼︎


それなのにアルバートは私へ膝を折り、肩を強く抱いてくれた。まるで、あの御方のように。やはり親子なのだと、そう痛感させられる。


「お前は宰相として…相応の働きをしてくれた。…もっと、自分を愛してやれ。」


感謝が、止まらない。

不敬を働きながら、裏切りながらいた私に、それでも傍らで決定的な過ちを犯さないよう共にいてくれた彼に。

唯一、マリアを失うかもしれない恐怖を共有し、何度も話を聞いてくれた彼に。

あの御方をこの世に生を与えてくれた彼に。


私はもう、彼の友ではない。

私自身の我執の為に彼を裏切った五年前から。

だから、これから先…宰相として再び生きることが神にも許されるのならば、どうか。


もう一度

再び私は彼の友で在りたい。


友として…王配である彼を、今度こそ支えていきたい。


もう二度と、彼を、あの御方を、国を、民を決して一生裏切りはしない。


そう私は魂に刻み込んだ。

この身を引き裂くような悔恨と、溢れんばかりの恩義と共に。


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