687.無名王女は語りきる。
「今回、私が皆様にお伝え致しますのは、我らが同盟共同政策となる為の第一歩、我が国独自の教育機関〝学校〟の始動。そして、ハナズオ連合王国と共同で行う新たな機関。〝国際郵便機関〟についてです。」
プライドが悠然と語り出す。
年月を掛けて進めてきた計画を、とうとう功績へと変えていく。先ほどまでの不自然な沈黙が嘘のように語り出す彼女の語りに誰もが聞き入った。
同盟国と自国の上層部しか知り得ない学校制度の第一歩。特にフリージアとハナズオ連合王国以外は全くの初耳でもあった、国際郵便機関については夢物語のように聞こえた。
「先ず、学校についてご説明致します。」
四年前に発足された同盟共同政策。
その最終目標はフリージア国内に建設予定の同盟国共有の王侯貴族、つまりは上級層向けの学校施設だ。
各家庭教師を持つ彼らへ提供するのは教育だけではない。成人前後の次世代を担う若者が集い、国同士の交流を目的とする社交の場だ。世界で唯一特殊能力者の国であるフリージア王国への警戒を薄め、理解を深めさせることも目的である。今回の同盟国の中心は、彼らの国一つ一つと同盟を結んできた大国でもあるフリージアなのだから。
そして、今回その第一歩として行われるのが、フリージア王国独自機関として民向けに発足される〝学校〟だった。
「同盟共同政策における機関を〝学園〟、そして先行する我が国独自機関でもある民向けの教育機関を〝学校〟と名付けます。学園は交流を目的とする場となり、学校は学びを主とする場となります。」
同盟国共有の大規模な学園を作り上げる前の試作でもある。そして同盟共同政策への一歩目であると同時に、フリージア王国の独自機関となる。その為、用途や目的も中級層以下の民へと合わせた趣向となっていた。
十八歳以下を対象に、大きく幼・初・中・高と大きく四段階に分けた国提供の無償教育機関。更には十二歳までであれば、衣食住すらをも無償で提供される保護機関でもある。
国内全ての民への教育水準を引き上げ、下級層などの貧民や死者を減らすことを目的とした次世代の為の救済機関。
この国内向けの学校始動で集合教育や交流を行う上の取り組みの利点と改善点を検討し、その上で追うように同盟共同政策の為の〝学校制度〟による学園も始動される。
「来月に学校の方は始動し、下級層から中級層の民を優先して受け入れる予定です。また、上級層の方々にも学校体験をして頂けるように別枠で〝特別教室〟も用意しています。」
そして実施調査後、更なる学校機関への改善と共に同盟共同政策による学園も実現する見込みとなった。既に建設と体制は整い、明日から追って各国へ学園の教師職員と入学者募集の報せが公布される。
〝学校〟による試験運用と改善策を取り込み、学園の教師職員と入学生徒数が大幅に確定した時、学園も始動する。
「学園は次世代を担う若者の社交の場です。これにより我々同盟国の結束は更に強固なものとなるでしょう。」
国内の学校は来月、そして王侯貴族向けの学園もとうとう箱の中身を埋めるところまで到達した。
提案から四年も待ち続けた学校制度の実現は、すぐ目の前まで来ていた。
『さっさとその書状を書いてラジヤ帝国軍に送ってちょうだい。城内の建物と城下の指定建築物は破壊するな。……そして正午を待たず、侵略を始めろとね。』
プライドがアダムに狂気で操られている間もラジヤに破壊をしないようにと命じた〝指定建築物〟の一つ、そこで行われる新機関。
プライドの言葉に喜びと感嘆の声を漏らす来賓は、誰もが目を輝かせた。特にフリージア王国の貴族は間近過ぎるそれに驚き、更には可能ならば自分の家の子を入学させてみたいと願う。形式は違えど、世界初となる〝学校〟、更には自国の独自機関の記念すべき一校目なのだから。
喝采が弾け、素晴らしいと口々に誰もが賞賛する中で、一度微笑んでそれを返したプライドは、震わされる空気が収まるのを待ってから再び言葉を続けた。
「次に、国際郵便機関についてお伝えします。こちらは先にもお伝えしました通り、ハナズオ連合王国との共同機関となります。」
その言葉に、一斉に来賓の注目がプライドだけではなくハナズオ連合王国を探すように来賓は目を彷徨わせた。彼らの視線に答えるようにプライドが合図を送る。
壇上に向かい三人の王族がプライドの横に並ぶように前に出た。ハナズオ連合王国の国王二名と王弟だ。
フリージア王国から王族の馬車でも十日は掛かるハナズオ連合王国にも拠点を置いた共同機関。それにより、フリージア王国の周辺国のみならず、ハナズオ連合王国を含めた遠方の和平国や同盟国。更には未だ交流が難しかった国々との交流も円滑になる。
フリージア王国とハナズオ連合王国。その同盟、和平国であれば書状のやり取りが格段に速く、そして定期的に委任や受け入れにも回ってくるという仕組みは彼らには夢のようだった。今まではどこの国の王族も使者を出して時間を掛け、さらに返事を待つしか方法がなかったのだから。
それを定期的に受け入れられ、すぐに相手へ届くというのは画期的ですらある。しかも、ただ自分の国を回ってくるだけではない。自分達の大事な書状を受け取り、道行く野盗から守り、そしていち早く届ける役割を果たしてくれるのは
「配達には我が国の特殊能力者を起用する予定です。既に各国王族皇族の方々にはご存知の通り、我が国では〝配達人〟の働きにより、同盟共同政策を始めとした多くの政策や書状でのやり取りの円滑化も実現しております。」
四年前から起用していた配達人を知る王族は誰もが深く頷いた。
多くの国々との合意や確認が必要な共同政策でありながら、十年も掛からずにこうして実現まで進められたのもそれが大きい。
配達人……特殊能力者による配達の有用性は、招待された王族の誰もが知るところだった。
今まではフリージア王国への配達でしか可能でなかった特殊能力者による配達。それが同盟国や和平国間でも可能になれば互いの交渉ややり取りの幅も可能性もぐっと広がり、時間も短縮される。
大国であるフリージア王国が同盟国や和平国を増やせば増やすほど自分達の交流の幅も広まり、更にはその国と自国が同盟や和平を結ぶのも容易になる。
暫くは王族・皇族間による国同士のみの配達となりますが、とプライドが続けても、貴族達の興奮も収まらなかった。自分達が直接使えずとも、国同士の交流が容易になることはそれだけでも大きい。
更には将来的には各国の協力を得て民にも可能にしたいと。国内に〝ポスト〟や〝郵便局〟という郵便機関の小拠点を設け、そこで集った配達物をフリージア王国かハナズオ連合王国の拠点へ回収、仕分けし、更にまた各国の指定大型郵便局へ配達させるという仕組みをと話された時には期待が最高値まで跳ね上がった。
国内でも郵便関連に近い委託は既にあるが、国外になると無に等しい。個人的に金で雇って届けさせるしかない。そして確実に届く確証も無い。その国際間でのやり取りを民全てが可能するとなれば世界をも変える機関だと誰もが思う。更には国内で郵便局という新たな産業が増え、民への働き口も増える。
「そして、今回。その国際郵便機関において最高責任者として〝郵便統括役〟を担って下さいます方をご紹介致します。ハナズオ連合王国王弟、セドリック・シルバ・ローウェル殿下です。」
プライドが高らかに声を放ち、笑顔でセドリックを手で示す。
一歩前に出たセドリックは、胸に手を当て優雅に礼をした。ハナズオ連合王国の王弟直々に取り組む新機関に、誰もが喝采を上げて歓迎する。
王族として優雅に前を見据えて微笑むセドリックに、多くの令嬢や王女がふらついた。クラリ、と金色の髪に光を反射させるセドリックに眩暈を起こす。
「セドリック王弟殿下は、国際郵便機関の設立と統括の為、近々本格的に我が国へ永住されます。ハナズオ連合王国と我が国を繋ぐ者として彼以上の適役はいないでしょう。」
プライドの賞賛に、思わずセドリックの優雅な笑みが一瞬だけ固まった。
公衆の面前でプライドに褒められて一気に緊張が跳ね上がる。当初自分がプライドに会った頃など……!、と一瞬でも思ってしまえば二年前の暴挙が鮮明に頭に再生され、セドリックは必死に息を止めて表情の崩れを堪えた。今は彼女の期待に応える為にも、王弟として完璧な振る舞いをと自分に言い聞かせる。
「セドリック王弟殿下と共に、これから我々は学校制度と並行して国際郵便機関も進めていきます。こちらはまだ準備段階ではありますが、各拠点の確保も順調に進んでおります。これからフリージア王国、ハナズオ連合王国で人員も集う予定です。どうぞご期待下さい。」
喝采がさらに音を増し、加速し、最後は爆発的に大広間に広がった。
フリージア王国主導で行う革新的な二大機関の公表。学校制度と、未来を約束された国際郵便機関。
フリージア王国がこれまでになく賑わい活気付くことは、間違いなかった。この歴史的瞬間に居合わせることができた来賓は誰もが興奮で顔を紅潮させ、目を輝かせる。
単にフリージア王国だけの賑わいではない、自国の発展にも繋がる朗報だった。貴族だけでなく、各国の王族までもが賞賛する中でプライドは強い眼差しと共に最後の言葉で締め括る。
「共に、更なる未来へ進みましょう。」
予知能力者、プライド・ロイヤル・アイビーの言葉に大広間中が歓声と喝采に埋め尽くされた。
二度目の公式発表は興奮の渦の中での大成功で幕を閉じた。
合わせるように女王ローザが更に前に出る。プライドが入れ替わるようにして、女王による閉幕の言葉の為に一歩下がろうと音もなく足を退げた。すると半歩途中でそっとローザが彼女の背中に後ろから手を回す。
退がる彼女を止めるように手を添え、振り返った彼女に緩やかに笑んだ。女王自ら肩を抱き、僅かにプライドの方が前に立つ状態のままにローザは立ち止まる。
それに気付いたセドリックが、今度はそっとローザより前に出ないようにと一歩退がった。敢えて第一王女を前に出したまま立ち止まる女王に来賓達の注目が集まれば、ローザは静かに響く声で高らかに彼らへ言い放つ。
「今回の二大機関はどちらも我が娘プライドの功績となります。きっと彼女は、私をも……歴代をも超える女王となるでしょう。」
己が代から多くの同盟国を結びつけた女王からの宣言に、再び大広間は沸き立った。
その後、ローザの口から閉幕の言葉が放たれた後も彼らの熱は治ることもなく、むしろ加速した。娘の肩を抱きながら女王と、そして第一王女が壇上から降りていけば、一気に糸が切れたかのように大広間中は騒めきが広がった。静粛にする必要がなくなった今、フリージア王国の最大機関と新たな取り組み、そして待ち望んだ学校制度の始動に誰もが口を開かずにはいられなかった。
プライドとローザ、そして国王のランスとヨアンに続いて壇上を降りた直後、早速セドリックは兄達と共に多くの来賓に囲まれた。
素晴らしい、いつからフリージア王国に移住を?国際郵便機関の役員は、郵便制度について質問が、望むべき人材は、見通しは、優先される国は、プライド第一王女の仰っていた将来的な見通しについてもっと詳しく、と。
次々と質問が飛び交い、それに一つ一つ彼は順を追って答えることになった。移住は帰国次第すぐに準備を、人材については移住後に体制を決議次第募集をと次々答えながらも、セドリックは視線だけで燃える瞳を彼らとは別方向に向けた。人の波でほとんど見えないが、隙間を縫うようにちらりと確認したい姿が見え、プライドと共に笑んでいる姿にほっと胸を撫で下ろした。
無事閉幕したのだな、と思い、質問に答えながら今度は隣に並ぶ兄達を見る。二人も思った通りの表情をして自分を見ていた。やはり同じ気持ちだったのだなと理解し、セドリックは兄二人に頷いた。
今、この興奮も冷めない場で安堵に潰されかかっているのが自分だけではないことを、静かに理解した。
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