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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
第一王位継承者の名は

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686.無名王女は踏み出す。


さぁ起きろ。


飲め、歌え、騒げ、讃えろと。

早朝から民の興奮は高まり続けた。第二王女誕生祭以来の王族の式典だ。ラジヤ帝国に完全勝利し、祝勝会が行われ、待ちに待った病から目覚めた第一王女の誕生祭。喜びのみの祝杯は何度行っても飽きはしない。

国を挙げての祭は規模を増し、国中の民が第一王女の記念すべき日を祝い続けた。

上級層の中でも一握りの者は朝から夜の宴へ向けて余念がない。

彼らの主題は城下の祭騒ぎではなく、その夜に行われる城の式典だ。招待されたこと自体が誉れでもあるそれで、更には第二王女が次期王妹として確立したこともあり王族への注目は跳ね上がっていた。

国中で美しく心優しい王女と名高い王族姉妹。新体制により、彼女らの婚約者候補に変更が加わることは誰もが予見した。第一王女のみならず、第二王女まで国内の権利を得たことで、その隣を望む王侯貴族は身なりを整えることに余念がない。一秒でも長く彼女らの注意を引き、次期王配を、次期王妹の夫にと望み、高まる。

権力身分だけの問題ではない。フリージア王国の身も心も美しき王女を一目見れば、誰もがそのどちらかもしくは双方に心を奪われる。

特に清く正しく美しくそして気高く、人望を持ち、既に王女としての功績をいくつも立てたプライド第一王女への憧れは老若男女問わず止まることを知らなかった。

朝から日が沈み出し、各国の王族がフリージア王国に集い出す。国内の貴族も王都へ集まり、城へと向かう。

月の光を浴びた城の式典へ招かれた選ばれし来賓達だ。時間となり、城門が開かれ、来賓の馬車が次々と城門から王居へと進んでいく。厳重な警備をいくつも通り、衛兵によって大広間へと招かれる。

優秀と名高い宰相の采配と騎士団の協力によって、温度感知の特殊能力を持つ騎士が配備された大広間は以前にも増して厚い警備体制が整えられていた。

朝からこの一夜の為に身を清め、美しいドレスで着飾り、化粧と香水に色付けられた深紅の王女と黄金の王女、そして女王を一目見ることができる。それだけでも式典への招待状の価値は計り知れない。

更には第二王女の誕生祭から祝勝会でも大成功を迎えたダンスパーティーは、来賓全員が興奮を極めた。第一王女、第二王女、第一王子のダンスを目にできるだけではなく、自分達が手を取られる機会すら与えられるのだから。

第一王子と第二王女とのダンスと共に、最初に第一王女が迷いなく手を取った自国の騎士だった。王族でも聖騎士でも騎士団長でも貴族でもない騎士の台頭に、大広間中が湧き上がった。

ならば自分も、我こそはと気を逸らせながら王女へ手を伸ばし、沸騰する歓声は色褪せない。ダンスパーティーが終わり、それでも未だ来賓の興奮も緊張も冷めはせず、むしろ張り詰める一方だった。この場に招かれた来賓の全員が先にあった第二王女の大規模な誕生祭にも招かれた面々なのだから。彼らがダンスパーティーの後に待ち兼ねているものは


「……あ、姉君。大丈夫ですか……?」

「おおおお姉様っ……?」


第一王子と第二王女の顔が強張り、引き攣った。

二人の視線の先にいるのは、自分達と同じくダンスを終えたばかりの第一王女だ。深紅の成人女性らしい煌めきがあしらわれたドレスを身に纏ったプライドは、今は女王ローザが座する玉座の傍まで上がってきていた。ダンスで乱れた髪とドレスを侍女達に整えられながら、ジルベールに手渡された紙の束を握り締めた彼女は見事に顔面蒼白で目を虚ろに彷徨わせていた。


「だ、だだだだだだ大丈夫……大丈夫、大丈夫だから。」


全く大丈夫ではない。

それは、誰の目にも明らかだった。

ステイルが一度座りますかと従者に椅子を用意するように声を掛ければ、壊れたラジオのようにプライドはまた「大丈夫……大丈夫」と呟いた。

ステイルに向けた言葉ではあるが、目は彼に向いていない。血の気も薄れ、こんな状態を来賓に見られたらまだ第一王女は病だと噂が立ってしまうのではないかとステイルは目で周囲を見回した。

ジルベールがそっと彼女に水の入ったグラスを手渡せば、片手で受け取ろうとした指が震え、水面がグラグラ揺れた。一度預かりましょうか、とジルベールがグラスを両手で持たせるために、たった今手渡した書類を受け取ろうとしたが、今度はプライドが意思を持って首を横に振った。


「ごめん……なさい。……何だか、いよいよと思ったら……緊張がっ……。」

未だに焦点も合わない虚ろな目で言うプライドは、笑おうとしたが笑えない。

すかさずステイルが「無理もありません」と優しく声を掛けたが、まだ震えは止まらない。ジルベールからも、何かあればすぐに補助致しますからと心強く言われたが、血の気は戻らない。緊張の一色が沁みるほど身体を染め上げ、圧迫し、胃酸どころか胃を丸ごと吐き出しそうだとプライドは思う。

ダンスパーティー中は、全く微塵も彼女の中に緊張はなかった。ついさっきまでは誕生祭中もずっといつもと変わらない笑顔で過ごし、来賓にも元気になって何よりですと心からの安堵を受けていた。

しかしダンスを終えた瞬間。正確にはジルベールから現実に引き戻される紙の束を受け取った瞬間、急変した。誕生祭の主役、そして次期女王でもある彼女がこれから行うのは




〝二度目の〟公式発表だった。




「プライド様。もしお辛いようであれば時間をもう少しずらして頂けるように王配殿下にお伝え致しますが。」

ジルベールの言葉に、ぶんぶんっと力一杯プライドはまた首を振って断った。

ジルベールの気持ちは嬉しいが、もう二度と今回の発表に傷を付けたくない思いの方が強い。「失礼致しました」とプライドの意思を汲んですんなり引いたジルベールだが、それでも彼女から目が離せない。カタカタと指先を震わせ、紙の束を捲る気力もない彼女は、冷や汗を大量に流しながら、繰り返す瞬きの中で今日の発表について反復した。

自分の提案した二大機関。その本格始動を伝える為の資料が、ジルベールに手渡された紙の束だった。

発表内容は、前回の発表予定内容と殆どは変わらない。既に自分の頭にも完璧に入っている。本来ならば資料などなくてもプライドが全てを鮮明に語り切れることは誰もがわかっている。

しかしそれでも最後の確認にと、いつもはやらない資料確認をすべくパラパラ捲ってみれば、そこには決議項目から複数候補と決定事項に至るまでの流れと決議の決め手、目的と意図まで詳細に記載、プライドが直接加わっていない会議内での経緯まで鮮明に記載されていた。それだけに飽き足らず、今の彼女の気休めの為にもとジルベールが用意した紙の束には万が一にも備えて完璧な台本が彼の手により追記されていた。一瞬目を見張ったプライドだが、それを目で追っている間は本当に集中して気も紛れた。

前回、ティアラの誕生祭で発表予定だった新制度の柱。しかし発表する直前でアダムにプライドが襲われた為、公式発表は中止。更にはその機関と制度すら延期から凍結にまで追いやられていた。プライドの豹変から、一時は彼女から全権利没収の見通しも立っていたが、無事その全ての主導権は彼女に返還され、再開が決まった。……しかし。


その結果。一つの公式発表がギリギリになってしまった。


いっそ、始動を遅らせるかとの意見も出たがプライドは断った。一分一秒でも早く始動したいそれを自分の体面の為に送らせたくなかった。

そして今夜、再び二度目の公式発表が行われる。一度は台無しにしてしまった公式発表。その、二度目の挑戦に何も思わないわけがない。

読み終わり、プライドは暗記した内容と寸分違わないことを確認する。深呼吸するように息を吐き、ドレスに零さないように注意してグラスの水を一口含む。乾き過ぎて張り付いた喉が潤いをもち、口からの呼吸も楽になる。もう一口飲もうかと思ったが、それ以上は胃と心臓が受け付けず、礼を言ってジルベールに返した。プライドの前では心配そうな表情のティアラとステイルが彼女を覗き込んでいた。


「大丈夫ですっ、お姉様なら絶対できますよっ!皆、きっとすっごくびっくりして喜びます!」

「ティアラの言う通りです。大丈夫です、傍には俺も補佐として付いているのですから!」

グラスを手放したことで飛び込むようにプライドの片手を両手で包むティアラと、自分の胸を手で示し、抑えた声を張るステイルにプライドは何とか意識的に笑顔で応えた。頭では覚えている、大丈夫だと思っても身体は酷く正直だった。

この場から今すぐにでも逃げ出したい衝動に何度も何度も駆られる。これ以上は心配させまいと顔を上げれば、遠巻きから遠慮するようにハナズオ連合王国の王族三人がこちらを見ていた。

これから発表される主軸の一国にまで不安にさせていると思うと、また別の意味でプライドは顔色が悪くなった。更には自分の異変に気付いてかレオンまで彼らに並ぶように現れる。

自分が緊張で上がれば上がるほど周りに心配と迷惑がかかると思えば、涙目にもなりかけた。人目さえ気にしなくて良ければ、今すぐ目の前のティアラに思い切り抱き着いて癒し補充したいと思う。しかし、多くの来賓の前でそんなはしたないことができるわけもない。代わりにティアラの握ってくれた手を自分からも握り返す。今はそれが一番彼女を落ち着ける薬だった。


「来賓の方々をお野菜と思うと緊張しないらしいですよ!」

本に書いてあったことをそのまま伝えれば、プライドは少し笑った。

懐かしい緊張対策だと思い、頭で一度実行してみるがやはりダメだった。野菜にしては来賓全員があまりに煌びやか過ぎる。どうにかしてプライドの緊張をほぐそうとティアラが一生懸命、今度は「お姉様は素敵ですっ」とひたすら褒めるように鼓舞し始めた。

今までプライドも緊張したこと自体は何度もある。しかし、恐ろしいほどに今回の緊張は格が違った。式典でこんなにも倒れそうなほどの緊張は初めてだと思う。さっきまでダンスで跳ね回っていたのが嘘のように身体が強張っていた。

前回も今回もちゃんと何度もジルベールやステイル、上層部やハナズオ連合王国とも打ち合わせは行った。内容もしっかり頭に入っているし、たとえ質問されても完璧に答えられるくらいに理解もしている。しかし、どうしても彼女の頭に何度もチラチラと過ぎては身体を硬ばせるのは、来賓の視線でも政策への不安でも自分の力量でもなく



「ローザ・ロイヤル・アイビー女王陛下の御言葉です。」



響きの良いその声に、大広間中が静まり返った。

プライドも、そして鼓舞していたステイル達も息を呑み、口を閉ざし振り返る。とうとう最後の締め括りだ。

ローザの挨拶から始まり、誰もが喝采以外は音を立てなうように神経を尖らせる。もうプライドにすら安易に声を掛けられない。

ローザの話を皆が心臓の音と重ねて聞けば、時間などはあっという間だ。プライドの復帰、ティアラの王妹、こうして祝えることの喜び。そして来賓への感謝と未来への希望を語れば、残すはあの時と全く同じ言葉だった。


「この度、皆様に新たな御報告があります。……我が娘、第一王女プライド・ロイヤル・アイビーです。」

ローザの合図と迎える拍手。

プライドの心臓の音は拍手よりも大きく耳に響いた。御守り代わりの資料を丸く纏めて握り、振り返らずにジルベールへそっと返す。ここからは何も持っていけるものなどない。自分の心臓と頭だけが頼りだ。

ゆっくりと一歩足を前に出せば、その瞬間合わせるように


トトンッ、と二つの手が背中を押した。


背を押すその感触に歩きながら顔だけで振り返れば、ステイルとティアラだった。

愛する弟妹に背を押され、そして何よりも力強いその無言の笑みは間違いなく自分に「大丈夫」とその一言を叫んでくれていた。

それを理解した途端、やっとプライドは自然な笑みが溢れた。小さく笑い、前へと向き直り意志を持って踏み込んだ。大勢の割れるような拍手と豪雨のような視線を浴びながら、ローザに明け渡されたその場へ上がる。母親からの温かな笑みを受けてまた少し気持ちが解れたが、喉はまだ少し干上がったままだ。

正面を向き、一人残されたプライドは拍手に応えて笑みを作る。


……緊張の理由は、私が一番わかっている。


彼女の言葉を受け入れる為に拍手が止み、空間が水を打つ。

その沈黙にゆっくりと深呼吸で自ら潜りながら、プライドは一度だけ自身を落ち着かせる為に目を瞑った。これから自分の口で発表する重みを、誰よりも己自身がわかっている。

一度は自分の所為で公式発表が延期され、凍結まで追い込まれた。しかも、狂気に溺れた自分はそれを白紙にすら戻そうとした。それに再び手綱を握る権利があるのか、再び来賓の前で代表として語る権利があるのかと、否が応でも私〝なんかが〟と考え










……ッだめだ。









己を諫め、思考を打ち消した。

唇を硬く噤み、口の中を噛み締めれば昨夜の言葉が二重に響く。

彼女の少し長い沈黙と、笑顔から引き締まった表情に広間中の全員が〝まさか〟と心の中で呟いた。まるで、あの時と同じように打たれた沈黙に不穏がうっすら顔を出す。しかし、それに反してプライドの胸の中は夜の海のように穏やかに静まりかえっていた。


……二人が必要としてくれた私を、私が蔑めるなんて許されない。


彼らが欲し、望んでくれた自分を誇りたい。

彼らが大事に想ってくれる人を信じたい。

二人が欲してくれた人なのだから、きっと二本の柱にだって相応しい。それがたとえ自分であろうとも。

そう思えば胸が熱くなる。自分には間違いなく、今の己を肯定してくれる味方がいるのだと奮い立つ。

二人だけではない。自分を愛してくれた妹も、フリージア王国以外に帰る場所を与えてくれた盟友も、自分に逃げ場所を与えてくれた彼も、自ら騎士の任命を受けてくれた近衛騎士達もいる。

ならばもう、ただ前に進むしかない。

自分のことは信用出来ずとも二人が、そして彼らが信じてくれた人なら信じられる。


「……。」

うっすらと沈黙に騒めきの香りが漂い始めた時、プライドは不意に下ろしていた両手を持ち上げた。

胸の前まで上げ、交差するようにして自身の細い両手首をぎゅっと強く握り締める。それだけで信じられないほどに緊張も不安もほつれていった。

呼吸が正常に循環し、意識せずとも深くなる。一度大きくぱちりと瞬きした目が輝きを増して見開かれ、戸惑う来賓を見据えるように捉えた。


「失礼致しました。御紹介に預かりました。第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーです。」


その声は静かに、しかし大広間中の鼓膜を優しく揺らした。

柔らかな声と落ち着いた色に誰もが目も耳も一瞬で彼女に奪われる。先ほどの沈黙が何だったのかと思うほど、自然な微笑とともに彼女は凛とした声で空間を心地よく打ち鳴らす。

緩やかに今日足を運んできた彼らを労う言葉を紡ぎ、彼ら一人一人に目を合わすかのように何度も花のような笑みを浮かべ、語り出す。


「今回、私が皆様にお伝え致しますのは我らが同盟共同政策となる〝学校制度〟の為の第一歩。我が国独自の教育機関の始動。……そして、ハナズオ連合王国と共同で行う新機関。〝国際郵便機関〟についてです!」


歓声が、上がる。

ついに同盟共同政策の為の第一歩が動き出すことと、聞いたことのない共同機関に誰もが期待に胸を膨らませる。彼ら来賓の反応を見て悠然と微笑み、順を追いながら威厳を放って語り出す姿は




女王ローザと、重なった。


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