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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
破棄王女とシュウソク
865/877

685.破棄王女は受け取り、


「今日は、申し訳ありませんプライド。明日が控えているのにこんな時間までお待たせしてしまって。」


前夜。

いつもならとっくに夢の中にいる時間帯に、彼らは訪れた。

瞬間移動でアーサーとティアラを私の部屋まで連れてきてくれたステイルは、にっこりとした笑顔を向けてくれる。最初に瞬間移動されたティアラも、私の部屋に訪れた途端に「何だか悪いことをしているみたいでドキドキしますっ」と悪戯っぽい笑顔で踵を何度もあげたり戻したりして身体を揺らした。深夜だし、眠くないか心配になったけれど、今は全く心配はなさそうだった。

更に続けてアーサーもステイルと一緒に瞬間移動されて来て、……何故かもう既に緊張で顔がほんのり火照っている。毎年のことなのにどうしたのだろうと思いながら見れば、何故か迎えに行ったステイルまで同じような顔色だった。

今、部屋全体が数個の灯りで薄暗いから気の所為かとも思ったけれど、明かりの下にまで来た二人の顔色はやっぱりいつもより火照っている。「お待たせしました……」と消え入るような声で挨拶してくれるアーサーに対し、ステイルは顔色以外はいつもと変わらなかった。

改めて言葉を掛けてくれたステイルに、私から「とんでもないわ」と心からの笑顔を彼らに返す。


「こちらこそ毎年ありがとう。……今年もこうして三人で誕生日を祝ってくれて凄く嬉しいわ。」


私の誕生日、前夜。

この日になると毎年三人は私の誕生日をお祝いしてくれる。そして今年も、それは変わらなかった。

就寝時間前にアーサーが耳打ちしてくれたお願いは、今夜の時間変更についてだった。どうしてこんな深夜にと少し不思議ではあったけれど、きっと騎士団の方でも忙しかったのだろうと思う。奪還戦以降、初めて国外の来賓も大勢招く式典だもの。

誕生日おめでとうございますっ!と、ティアラが最初に両手に携えていた贈り物を私に差し出してくれた。

ほくほくとした笑顔はまるで陽だまりだ。受け取ったのは私の方なのに、まるでティアラが貰った側かのような眩しい笑みで見上げてくれた。促されるままに一度机に置いてから中身を開けば、可愛らしい髪飾りが納められていた。


「私も、お姉様と今日を迎えられてすごくすごく嬉しいですっ!これからも絶対毎年お祝いしますね!」

部屋の外に聞こえないように声を潜ませながら、跳ねさせる。

目が星空のようにきらきらと輝いた満面の笑みだった。髪飾りを一度手に取った私の両手を重ねるようにぎゅっと握って、整った顔に笑い皺ができちゃうくらいに笑ってくれる。それが嬉しくて、……嬉しすぎてちょっぴり泣きそうにもなりながら私も笑顔で返した。

髪飾りのお礼を言いながら、丁重に机に置いた箱の中にそれを戻せば次の瞬間には飛び込むように抱きついてくれる。「大好きですっ!」と白くて細い腕で愛情いっぱいに抱き付いてくれるティアラに、私も堪らず思いっきり抱き締め返した。もう本当にティアラは天使過ぎる。

むぎゅうぅぅと暫く抱き締めた後、お互いに腕をゆっくり緩めるとティアラは促すように「兄様っ、アーサーも」と二人に振り返り、道を開けるように数歩下がった。背中で指を組んでスキップ混じりに退がるティアラは、それだけでもすごく楽しそうだ。

するとティアラの言葉に押されるままに、今度はステイルとその背後にアーサーも並ぶ。

ステイルは照れたように唇を結ぶと、手の中にある包みをそっと差し出してくれた。両手で受け取り、机の上で確認すれば期待通りの綺麗な万年筆だ。


「俺も、この日をまたプライドと……今の貴方と、迎えられることができて本当に嬉しく思います。これからもどうか女王に向けて務めていってください。俺が全力で補佐しますから。」

強張った顔で、それでも漆黒の瞳を真っ直ぐ向けてくれたステイルは、いつもより辿々しい話し方だった。

それでも話してくれるその一音一音がすごく優しい。私からお礼の言葉を返せば、はにかむように笑ってくれた。こんなにも心強い補佐なんて、世界中探しても何処にもいない。

一度万年筆を手に取ってみれば、深紅の光沢が小さな灯りに照らされてきらりと光った。

カーテンは閉め、起きていることを外の警備に気づかれないように照らす小さな灯りで今は部屋全体が薄暗い。だからかと思ったけれど、明かりに近づけてまじまじと万年筆の装飾を確認すれば、やっぱり思った通りの色だった。


「……今回は特別素敵ね。」

確信した途端、なんだか嬉しくなって勝手に口が緩んでしまう。

どうしてですか?と一瞬小さく肩を上下させたステイルに、私は「だって」と彼が送ってくれた万年筆を三人にはっきり見えるように掲げてみせた。

毎年送ってくれる万年筆は深紅を基調としているのは変わらないけれど、デザインや装飾の宝石は毎回違う。そして今年、彼が贈ってくれたの万年筆に散りばめられた宝石は


「だって、ステイルと同じ色だもの。」


漆黒に輝く宝石はステイルの目や髪と同じ色だった。

彼がくれた物として、これ以上ないその輝きをそっと片手で包みながら、反対の手で宝石と同じように輝いているステイルの目元に手を伸ばす。丸く目を見開いたステイルに黒縁眼鏡の隙間からそっと指を忍ばせ、目の下を軽く撫でた。……うん、やっぱり同じ綺麗な色だ。

偶然なのか、それとも敢えてそうしてくれたのか。どちらにしても素敵には変わらないそれは、今までで一番魅力的なデザインだと思った。

ふんわりと黒縁の眼鏡が曇りがかる彼に改めてお礼を伝えれば、手の甲で口元を隠した後に一度だけ無言で頷いてくれた。……やっぱり偶然だったのかな。だとしたら良い歳をして勝手に妄想してはしゃぐ姉が恥ずかしかったのかもしれないと少し反省する。でも、どうしても同じ色に見えてしまった。

そのままふらふらと数歩ティアラの隣まで退がるステイルに、道を譲られるように今度はアーサーが前に出る。

万年筆を元の箱に丁重に仕舞い、私も両手を胸の前に置いてアーサーを迎えた。

両手に大事そうに抱えた小さな包みを差し出してくれたアーサーは目が泳いでいた。そんなに今回は緊張するような出来栄えなのかと思いながらお礼を伝え、受け取る。

机の上に置き、包みを開けばいつも通り綺麗な栞が収められていた。手に取り、持ち上げれば紐の先には可愛らしい花の形をした飾りが繋がっている。例年よりも更に手の込んだそれは、どうやら花弁一枚一枚を作ってから重ねるようにくっつけた物らしい。何より、花びらに細かく刻まれた日付とサインが目に入っただけで顔が綻んだ。


「今回のは、……俺も、特別です。これ以上の凝った造り、思いつかなくて……。こうして贈ることができて良かったです。また、来年も贈らせて……下さい。」

もしかしてお花の形というのが恥ずかしかったのだろうか。

今までだって花や女の子向けの形にしてくれたことはあったのに。

こうしてぽつりぽつりと言ってくれるアーサーは少し可愛らしい。だけど、凄く素敵だし可愛いと心からの感想を伝えれば、全体に力の入った顔がやんわりと緩んで嬉しそうに笑んでくれた。

はい、と返してくれた笑顔が八年前と変わらないくらい柔らかくて、胸がぽかぽかと暖かくなる。

今までもお花や植物の形の時はあったけれど、花弁一枚一枚からの造りなんて初めてだ。しかも花弁の形が大きめだから、余計に花全体が豪華な仕上がりだった。溶接されて、今は指先で引っ張っても取れない鉄の花弁に感嘆の声が漏れてしまう。本当に、本当に今までの何倍も手を込ませてくれたのだろう。


「……すごく、すごく贅沢ね。」


思ったことがそのまま口に出てしまう。

指先で何度も花弁の輪郭を撫でながら、細かな造りに見惚れた。こんなに手を込ませて作ってくれたことがなにより嬉しい。

渡すのを恥ずかしいと思いながらそれでも私を喜ばせる為にこれを選んでくれたことも、アーサーの優しさ全てが凝縮しているかのように思えた。

「贅沢、っすか……?」と聞き返してくれるアーサーに、私は飾りへ落としていた視線を上げる。

薄暗い部屋でもわかるくらい綺麗な深い蒼色の瞳が、まん丸と私に向けられていた。昔と全く変わらない綺麗で透き通った瞳の彼は、心も、魂も全て透き通ったままだと思う。初めて出会った時からは想像もできないくらい凛々しくなった姿の彼は、今はもう騎士隊長で、私の近衛騎士で、そして……


「聖騎士に花を贈って貰えた王女なんて、きっと私だけだもの。……でしょう?〝アーサー様〟。」


今はもう、大勢に敬意を払われるべき聖騎士だ。

豪奢な花を構成する可愛らしい花弁は、全て可愛らしいハートの形をしていた。本当に可愛くて素敵で、こんな花が本当に実在したら良いのにと思ってしまう。浮き立った気持ちのままちょっぴり悪戯気分に笑ってみせれば、アーサーの顔の色合いが更に強まった。

薄暗くてもわかるくらいはっきりとした顔色の変化に、俄かに開いた口から小さく「……さ、様……」と声が零れる。もしかすると、いきなり王女から様付けされたせいで萎縮してしまったのかもしれない。

だけどもう彼は、王族からはともかく街に降りたら民にそう呼ばれてもおかしくない立場だ。だからこそ、ついそう呼んでみたくなったのだけれど……ダメだった。

ぐらり、と一瞬大きくアーサーが揺れ、私が手を伸ばす前に自力で踏みとどまる。「いきなり変な呼び方をしてごめんなさい!」と慌てて謝ると、身体が傾いたまま首を横にブンブンと振られた。

まだ萎縮が解けないアーサーに、改めてお礼を伝えてから私は素敵な飾りのついた栞を一度元の箱に戻した。そして改めて三人にお礼を伝えてから、一個ずつ丁重に仕舞っていく。

髪飾りと万年筆はそれぞれの引き出しに仕舞い、栞は最近読み終えた本の間へ挟む。それが毎年決まっている、私の宝物の保管場所だ。

最後に栞の挟んだ本を本棚の上に置こうとすれば、ステイルが「俺が」と特殊能力でいつもの場所に並べてくれる。瞬間移動した直後には一際大きな栞の飾りが本から揺れ、存在を主張した。その内、本棚の上のスペースを全て埋める前に続きを並べる場所を考えなきゃなと思





「プライド。」





……突然。さっきまでとは違う、夜の水面のような声が隣から掛けられた。


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