684.破棄王女は説得したい。
「ア゛ァ⁈ふ、ざけんなッッ‼︎‼︎」
誕生日の前日。
部屋中にヴァルの怒声がガツンと響き渡る。
最初こそ予定通りに今日各国からの配達を終えてくれた彼らを客間で迎えた。配達物は全てが明日の誕生祭に出席できない招待客である王族からの祝いの品や書状だ。
凍結されていた配達人の仕事に復帰してから最初の仕事でもある。
今回は私の回復やフリージア王国の勝戦も重なった為、一国目から全て相当な量の祝いの品を預かることになったらしい。その結果、あまりの量にヴァルは今日一日でもう何度も同盟国を訪問しては我が国へ戻ってまた次の国へを繰り返すことになった。
彼らがいなかったら今日明日まで、各国からの贈り物大名行列で城門がごった返しただろう。そう思うと一日でいくつもの国を往復して届けてくれた彼らの速達は本当にありがたい。復帰最初の仕事としてはかなりの重労働になってしまったけれど。
その為、彼が全ての配達を終えてくれた時にはもう夕方に近付いてしまっていた。「無駄にでかいもんばかり運ばせやがって」と苛々が蓄積したヴァルを労う為にも、最後の受け取り後に客間に招いたのだけれど……もう二つ、大事な要件もあった。
ご機嫌取りと言ったら嫌な感じだけれど、この前の地下道工事の報奨金を今日の働き分に更に上乗せした額を彼に差し出した。
元々ヴェスト叔父様が奮発してくれたお陰もあり、いつもの皮の小袋がパンパンになっていた。もう奪還戦の報奨金も合わせれば結構な小金持ちだろう。所有額だけなら地方の下級貴族よりも裕福かもしれない。
報酬を片手に布袋を振っても音が出ないほど詰まったそれの中身をヴァルは自分の目でも確認した。それから服の中に入りきらない大きさのそれを腰に結び付けた。上衣の下からチラリと前回渡した報奨金らしき一回り大きな布袋もぶら下げていた。なんだか荷物を増やして申し訳ない。毎日砂の詰まった荷袋まで背負っている人に更に荷物を増やしたのだから。
労働に見合った報酬に少し彼の御怒りも収まり、更にはセフェクとケメトが毎年恒例の誕生日プレゼントをくれた。丁重に受け取ってお礼を告げた後には大分ヴァルの方も機嫌が直っていた。「用事が終わったんなら帰るぞ」と告げた彼は、もう舌打ちもしていなかった。
そこで、私は今こそと思って彼を引き止め、とうとう本題の一つを伝えた。先ずは確実に御怒り案件の方から。
明日発表される一つである国際郵便機関と、……郵便統括役になるセドリックについて。
最初こそ「へぇ」くらいの感覚で聞いてくれていたヴァルと「すごい!」と大喜びしてくれたケメトとセフェクだったけれど、セドリックの話になった途端あからさまにヴァルの顔が険しくなった。名前が出ただけで嫌な予感がしたらしい。
国際郵便機関。
我が国とハナズオ連合王国と共同で行われるこの国際機関は、お互いの同盟国や和平国を中心に行われる郵便機関だ。
今までは我が国と他国との往復だけがメインだったけれど、国際郵便機関ができれば我が国だけでなく各国同士のネットワークが円滑になる。ゆくゆくは我が国の民向けの郵便局も作る見通しだ。その重要な国際郵便機関を統括するのがセドリック。そして、国際郵便機関の最高責任者が彼ということは、当然ながら配達人であるヴァルは
セドリックの部下ということになる。
『謝られたところで知ったこっちゃねぇんだ。俺に関わるな、近寄るな、テメェと縁なんざ微塵もねぇ』
『わかりました……』
『テメェの為じゃねぇ、俺に金輪際関わるな』
『申し訳ありません…』
ヴァルから関わるなと言われる度、最初は了承したセドリックが次の時には否定できずにただ謝罪した姿を思い出す。
ヴァルとの初対面、そして奪還戦後に初めて見舞い行った時だ。初対面の時こそまだ郵便統括役が確定していなかったから了承したセドリックだったけれど、奪還戦後はヴァルがいくら嫌がろうとも流石に配達人である彼と自分が関わらずに済むことが不可能なのはセドリックもわかっていた。
一応立場としては〝配達人〟のままだし、業務内容もそこまで変わらない。むしろ仕事も報酬も増えるし、基本的には今まで通りフリージア王国王族宛の配達物も私の元に届けて貰う。ただ、時々ハナズオや他国から他国宛の郵便も緊急に応じて手伝って貰うくらいだ。
これから人材も配達に適した特殊能力者も採用するけれど、ヴァルほどの遠距離速達に最適な人は恐らく現れない。彼が罪人でなければセドリックと並ぶ立場を堂々と与えられたのだけれど、どうしても難しかった。それでもちゃんとヴァルに仕事内容も報酬も役職も色々考慮した結果なのだけれど……!
「なんで俺様がクソガキとこれ以上関わらなけりゃあならねぇんだ‼︎」
やはりヴァルとしてはそこが一番不満らしい。
以前のクッキーのことがあってか、それとも王族嫌い故かヴァルは彼と関わりたがらない。レオンとはそれなりに仲良くやっている様子のヴァルだけれど、これ以上はまっぴらごめんらしい。
説明を聞いても尚、不満が消えないヴァルは声を荒げ続ける。「よりによってあの馬鹿王子と……‼︎」と苦虫を噛み締めたように顔を歪めた。相当嫌らしい。
「で、でも今すぐにという訳ではないから!制度は作ったけれど、今後人材募集を始めて、セドリックが中心にそれぞれの配属を決めて研修行って時間を掛けて全て整ってからの始動だし、……ただそれからはセドリックと関わる事も増えるというだけで」
「それがふざけんなっつってんだ‼︎‼︎」
ダンッ‼︎と怒りに任せて床に拳が叩き落される。
牙のような歯を剥き出しにして怒るヴァルは、配達人関係では今までで最高のお怒りだ。今にも火を吐きそうなほど熱い息を吐き、目を血走らせるヴァルにティアラもソファーの上でオロオロしている。
近衛騎士で交代したアーサーとエリック副隊長が、ガン切れ中のヴァルに顔を顰めている中、ヴェスト叔父様から許可を得て一緒に立ち会ってくれたステイルの目が物凄く冷ややかで怖い。セフェクとケメトだけが顔色一つ変えずに傍観者のままだった。二人は基本的にどちらでも良いらしい。
「国際郵便機関なんざ好きにすりゃあ良いが、俺らの仕事はフリージアの配達だ!それをなんでよりにもよって馬鹿王子となんざ」
「因みに。……国際郵便機関は姉君の名の下に行われる二大機関の一つだ。その功績も〝責任も〟姉君にある。」
突然。ヴァルの言葉を上塗りするようにしてステイルが声だけで割って入る。
直後にヴァルの口が止まり、ピクリと反応するように肩が軽く揺れた。ステイルへ振り向けば、腕を組んで冷ややかな目だけをヴァルに向けていた。一方、顔を険しくしたままのヴァルは口を一文字に結んだまま鋭い眼差しをステイルではなく何故か私に向けていた。いや実際は責任はともかく、功績は協力してくれるハナズオ連合王国とセドリックにも大きいのだけれど!
「国際郵便機関でのお前の立場も姉君が精一杯手を尽くして配慮した結果だ。その上、セドリック王弟との接触をお前が断るならば必然的に姉君へしわ寄せが来る。彼からの指示を姉君が間に入らないといけないのだからな。」
ピクッ、ピクッッと険しい顔のままヴァルの肩が反応する。
身体を揺らしながら返事代わりに舌打ちが何度も鳴らした。途中からは貧乏ゆすりまで始め出す。大分苛ついた様子の彼は目だけがジトリと上目に私を睨んでいた。
「…………それに。国際郵便機関で、セドリック王弟が唯一の上司なのはお前としても都合が良いと思うぞ。」
「……どういう事だ。」
とうとうその凶悪な眼差しが私からステイルへと移る。
顔ごと向けたその視線にステイルも合わせると、「考えてもみろ」と相変わらず落ち着いた声でヴァルに続けた。
「元罪人であるお前の立場は最良でそこだ。そして、国際郵便機関を司る郵便統括役は必要な役職だ。……俺や姉君、ティアラはそれを担えない。俺達には将来的に決められた別の役職がある。」
摂政に女王、そして王妹。確かにその通りだ。
私達の誰かが郵便統括役をすることはできない。だからこそハナズオの王弟であるセドリックは適役だった。既にハナズオには宰相も摂政もいるし、セドリックなら問題なく郵便統括役に専念できる。
ステイルの話にヴァルはまだ納得できないまま無言だ。口は結ばれたままだけど、目が「それがどうした」と言っている。するとステイルは一度溜息を吐いた後、更に目の絶対零度を高めていく。
「セドリック王弟は防衛戦の件から、お前に対して好意的に見ている。更には感謝をしているからお前にまで必要以上に腰も低い。レオン王子と同じくお前からの不敬も許し、更には軽い暴力程度も許している。……それがお前には不可解で不気味なのだろうが。」
今度は舌打ちが返ってきた。
その通り、の意味だろう。そうだった、ヴァルがセドリックを倦厭している理由はまだあった。彼がレオンと同じようにヴァルへ親密且つ腰が低いから余計に気持ち悪がって、更に距離を詰められそうだから嫌がっている。
「だが、郵便統括役が他の人物になればどうだ?」
……ここで、大きくヴァルの表情が変わった。
さっきまでは怪訝と不快と不服と激怒をごった煮したような状態だったけれど、ステイルの言葉に一気に目を見開いた。舌打ちも止まり、今気が付いたかのように頭が何かを目まぐるしく考えているようだった。彼の表情が変わったことで、更にステイルが追い打ちをかける。
「可能性としては貴族か他の同盟国の王族……。その人物がお前に対して必要以上に横柄な態度で見下してきてもおかしくはない。」
部下に、というよりも前科者のヴァルに対しての扱いは想像に難くない。
いくら人格的に優れた人でも王族や貴族では、元罪人のヴァルを悪く見る可能性の方が大きい。更に見かけの凶悪さもさることながら大陸でも珍しい褐色肌の彼へ奇異の目も少なくない。上級層の人間であれば、余計に。
ヴァルもステイルの言葉を噛み締めながら再び顔の筋肉に力を込めた。彼にとっても容易に想像できてしまったことなのだろう。
「下手をすれば〝お前〟ではなく〝お前達〟にもあり得る。……だが、セドリック王弟ならば決して無い。」
眉間に皺を刻むヴァルが、口を結んだまま熱も下がったように落ち着かなかった動きも止んだ。
代わりに頭をガシガシ掻いてちらりと目だけでセフェクとケメトを見る。さっきまで座ったまま前のめりのになっていた姿勢から、足を組み直して膝に頬杖を突いた。
さっきみたいな眼の鋭さはなくなったけれど、眉はまだ中央に寄せたままだった。葛藤するかのように顔を左右に重そうに傾ける。北風と太陽のような究極の選択に、最後にお礼は「クソが」と小さく吐き捨てた。
「………………仕事以上は関わらねぇぞ。」
「決まりだな。」
はっきりと言い切るステイルに、ヴァルは深い溜息の後、頭から今度はガリガリと首を掻いた。
未だ不満は残るけれど、やはりセフェクとケメトのより良い労働環境の為にもセドリックを選んでくれたようだ。セドリックなら絶対ヴァルにもセフェクとケメトにも悪いようにはしないし、寧ろ最善を尽くしてくれる。流石天才謀略家ジルベール宰相の影響も行き届いた策士ステイル。見事にヴァルを説得してくれた。……なんだか、私がもの凄く情け無い。
セフェクとケメトが「良いの?」「僕はセドリック王子は嫌いじゃないですよ」と声をかける中、ヴァルは気怠そうに立ち上がった。用事は終わりだな、と私に確認を取ると、転がしていた荷袋を肩に担ぎだす。
「あっ、あの。もし、何か問題があったらちゃんと私からも対応しますから。」
「馬鹿王子をぶん殴る許可でも寄越すんだな。」
ステイルに説得を丸ごと投げてしまったのと、半ば脅す形になってしまったことに申し訳ないと思いながら訴えれば、やはり背中を向けられてしまった。
最後にヒラヒラと手だけを振ってくれたヴァルは、そのまま行くぞと二人を連れて部屋を出る。追い掛けるように王居の前まで見送ったら、門を潜る間際に「おめでとさん」と振り向かないまま声だけを掛けてくれた。……嫌味なのか祝辞なのか。
でもヴァルが言葉でお祝いを言ってくれるなんて初めてだし、彼に釣られるようにセフェクとケメトも「お誕生日おめでとうございます‼︎」と笑顔で手を振ってくれたから、お陰でかなり癒された。…………あれ。何か言い忘れているような。いやでもとにかく
「あ、ありがとうステイル。とても助かったわ。」
「これくらいは貴方の補佐として当然です。その為の俺ですから。」
お礼に柔らかな笑顔で返してくれるステイルは少し誇らしげだった。
ヴァル達の影が小さくなるまで見送った私は、そこからは明日の準備に追われることになる。
ドレスの試着や上層部やハナズオ連合王国との打ち合わせ。私だけでなくステイルもそしてティアラも、そこから火がついたように慌ただしくなった。必ず明日の誕生祭を成功させる為に。……そして
今度こそ、来賓の前で良い報告をする為に。
……
「おやすみなさいアーサー、エリック副隊長。明日も宜しくお願いしますね。」
就寝時間。
ヴァルと予定以上に話し込んでしまった私は、就寝時間ギリギリまで明日の確認作業を繰り返した。
夕食は一緒だったステイルとティアラも、その直後からは同じく各自室に篭ったままだ。近衛騎士の任から演習場に帰るアーサーとエリック副隊長と部屋の前で挨拶を交わした、その時。
「…………あの。」
不意に、アーサーがぼそりと声を漏らした。
今日はいつもより口数の少なかったアーサーだけど、まるで背後に捨て犬でも隠していそうな潜ませた声にエリック副隊長が不思議そうに眉を動かす。私も分からず首を傾げてどうしたの?と尋ねれば、口を固く結んだアーサーは「あ……その……」としどろもどろに視線を泳がせた。
掠れるような声で「耳を……」と零すアーサーは、何故かさっきより顔が赤い。色々仕事に付き合わせた疲れからだろうか。取り敢えず言われた通りに耳をアーサーに寄せてみる。
「っ……失礼します」
エリック副隊長が一歩下がってくれた後、凄く恐る恐る手を添えながら口を近付けてくる。
ごくり、という音が鮮明に聞こえた後、本当に息遣い程度の潜ませる声でアーサーが私の耳に囁いた。
「……っ。……〝今夜〟のことで……お願いが。」
今夜。
その言葉の意味は、すぐにわかった。
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