683.破棄王女は見守り、
「…………セドリック。」
……唖然とする。
セドリックと騎士達との一対一の百人組手ならぬ手合わせが始まってから、かなりの時間が経過していた。
私だけでなくステイルやティアラ、更には私達の護衛で付いていてくれている騎士団長まで僅かに口を見開いている。振り返ればアーサーとカラム隊長も開いた口が塞がっていなかった。それもその筈だ。だって
「ッ素晴らしい‼︎流石はデイヴ殿、やはり塔の中では私に幸運が向いていただけのようです。」
恐縮です。そう返した騎士が今またセドリックと固い握手を交わした。
騎士との手合わせを行なって既に二桁になっても、セドリックの興奮は収まらない。汗は遠目でもわかるくらい滴っているのに、あいも変わらず終始笑顔で怖い。
セドリックと騎士との対戦は、勝敗だけで言えば今のところ騎士達の勝ち越しといったところだろうか。……そう。勝ち越し、だ。つまりはセドリックが勝つこともある。
手合わせが始まってから、剣や格闘術では時折騎士達と拮抗してみせたセドリックだけど、やっぱり純粋な力や素早さとかの身体能力では騎士の方が勝っていた。近衛騎士達と手合わせした時と同じで、騎士の技を正面から受けるのではやはり彼らの技術を盗む前に一本取られることが多い。特に剣だと騎士達の方がやっぱり上手だ。
ただ、剣から接近戦に持ち込むとセドリックが圧すことが増えた。
流石は隊長格である近衛騎士達に教えてもらった技術というか、絞め技とか跳び蹴りとかの完成度だけで言えば騎士達を上回っていることの方が多い。しかも一瞬でも隙を見せると確実にセドリックが急所を狙ってくるから、戦闘が始まってからの緊張感もすごい。
最初の方こそ騎士に剣で一本取られまくりのセドリックだったけれど、接近戦で頭角を現してからは敢えて騎士の方からセドリックに剣ではなく接近戦で挑むことが増えた。確実にセドリックに勝てるのは接近戦に持ち込まずに剣で挑むことなんだけれど、あくまでセドリックに優位な状況で勝ってこそ彼らには意味があるらしい。そしてその途端、セドリックの勝率がぐっと上がったのが本当に恐い。しかも一回一回の手合わせが本当に接待手合わせとは冗談にも言えないほどお互い本気モードだった。
勿論、騎士達も接近戦での攻撃が凄まじいのだけれど、セドリックの防御がまたすごい。やっぱり近衛騎士達の攻撃で目が慣れたのか、騎士達の攻撃への回避率が高い。
更には厄介なことに、時間をかければ掛けるほどセドリックは相手の攻撃を見切ってしまう。もうちょっとした動作で何の攻撃か分かったみたいに身体を動かすし、連打があっても一撃目から二連打目に何があるかも読んでいたりすると本当に恐い。なんか失礼ながら前世の人工知能との将棋対決動画とかを思い出してしまった。
絶対記憶を誇るセドリックは手の内を見せれば見せるだけ相手の動きや癖を覚えてしまう。元々身体能力が高めとはいえ、騎士達に勝てるのは本当にすごい。……ラスボスだった私に人のことは言えないけれど。
しかもゲームのセドリックも騎士達と戦うシーンはあったけれど、絶対現実のセドリックの方が戦闘力も上がっている。
順番待ちをしている騎士達も気づいてからは、敢えて長期戦に持ち込むようになった。実戦でない今は、武器や特殊能力の使用が禁じられているならばとあくまでセドリックに優位な状況で皆戦いたがっている。結果、長期戦では後半から騎士と本気で拮抗するセドリックの姿に観覧している騎士達も大盛り上がりだった。
剣ですら、長期戦に持ち込めば騎士と拮抗するか一本取ることも増えて余計に歓声も強まった。「一体ハナズオ連合王国でどんな訓練が」とか「いやセドリック殿下は防衛戦でも」「だがあの時はセドリック王弟もあそこまでの格闘術までは……」と聞こえる。うん、実際は彼の戦闘技術はハナズオ連合王国ではなく彼らの隊長格四人の指導の成果だ。
「ここまで騎士達に拮抗とは……。しかも、人数を重ねるごとに動きが鈍くなるどころか見切りに磨きが掛かっています。まるで無数の戦士を目にしているかのようです」
騎士団長の感嘆の声に、どこかゲームでも聞いた台詞だなと私も思わず相づちと一緒に苦笑ってしまう。
多分、何人も騎士を相手にしている内に騎士団全体の演習とかで共有されている戦闘の癖とかまで脳内更新しちゃっているんだろうなぁと思う。技術が盗めなくても、どういう攻撃がどこにくるか迄は受けていればわかるもの。
騎士団長がこんな風に驚いているのだから相当だ。セドリックも体力的には結構厳しい筈なのに、今は楽しくて仕方ないのだろう。学習する楽しさを身で味わってくれるのは嬉しいけれど「宜しくお願いいたします……!」と次なる対戦者に構えた時には凄まじい覇気が放っていて、まるでコロッセオにでもいる気分だ。戦闘を続け過ぎて黄金の髪が乱れているセドリックが、遠目からだとライオンのように見えてくる。……確実にライオンより彼の方が強いけれど。
騎士団長の言葉に、カラム隊長とアーサーが口を一文字に結ぶ。もともとのセドリックの戦闘力に一役買っちゃっている二人には、気が気じゃないのだろう。騎士達が勝ち越しとはいえ、どの騎士とも良い勝負をして更には動きを見切りまくっているセドリックはもう驚異の域だ。その後も次々と騎士達と戦闘を繰り返しては握手を交わす彼が、顎まで伝い落ちた滴を手の甲で拭った頃。
「……宜しくお願い致します。セドリック・シルバ・ローウェル王弟殿下。」
とうとう、きた。
今回のセドリックの手合わせ相手の中で唯一の隊長格様。奪還戦前には彼をちぎっては投げを繰り返した四人と同じ近衛騎士。戦闘力だけで言えば騎士団最上位クラスというハリソン副隊長。
既に奪還戦でセドリックに倒されたという八番隊の騎士は、剣を一度も使わずセドリックに素手と足技だけで勝てていた。本人のリベンジ魂か、それともハリソン副隊長に素手で勝ってこいとでも言われたのか凄まじい覇気だった。まだセドリックが長期戦の方が優位だと騎士達が気づく前だったし、五分も掛からずに一本取っていた。
セドリックには申しわけないけれど、正直これにはほっとした。アーサーからハリソン副隊長の激怒っぷりを聞くとどうしても騎士の方を応援してしまう。これで少しはハリソン副隊長のスパルタが元の基準値くらいまで戻ってくれれば良いのだけれど。
ハリソン副隊長を前に、セドリックは張りのある声で応える。
さっきの盛り上がりが嘘のように騎士達から温度の違うざわめきが広がった。さっきまでは「どっちもがんばれ」みたいな空気だったのに、今は「頼むから怪我をさせないでくれ」の空気に変わったことがひしひしとわかる。
背後から鈍く喉を鳴らす音が聞こえてきて、振り返ればアーサーが姿勢を正したまま緊張した面持ちでハリソン副隊長を凝視していた。アーサーもハリソン副隊長がやり過ぎないのか心配なのだろう。カラム隊長が落ち着かせるように隣からアーサーの肩を叩いた。
誰もが固唾を飲んで見守る中、とうとう副団長の合図で戦闘開始が許可される。その瞬間、ハリソン副隊長が一気にセドリックへ踏み込んだ。
高速の足がなくても充分に速いハリソン副隊長は、セドリックでも正面からは見切るのが難しいだろう。速い、と分かった瞬間にセドリックが剣で防御の構えを取る。けれど、構わずハリソン副隊長は速度を落とさず速攻して剣を
セドリックの顔面に向かって突き出した。
「ッ?!」
セドリックが息を飲むのがこっちまで聞こえてくる気がした。
直後にはセドリックが顔を首ごと逸らして避けたから良いけれど、今のは模擬剣でも危ない。うっかり避けきれなかったら確実に怪我をさせていた。しかも、気のせいか今セドリックの目を狙っていた気がするのだけれど。
観覧していた騎士達だけでなく騎士団長達からも息を飲む音が聞こえたから、気のせいではないかもしれない。振り返った先のアーサーの引き攣った顔と冷や汗が凄い。……うん、やっぱり目を狙ったようだ。
更にハリソン副隊長の猛攻が続く。一撃を免れたセドリックに、今度は接近戦を挑み出す。さっきまでの騎士達のように敢えてセドリックに優位な長期戦に挑みたいのか、寸止めや敢えて避けやすい身体の端を狙っているようだった。何故かハリソン副隊長がやっていると手心より生殺し感もあるけれど。
セドリックもそれを避けて見切ってを繰り返しては、瞬きの間も惜しいくらいにハリソン副隊長の動きを飲み込んでいる。拳を防ぎ、足技を避けて後退を続ける。やっぱり高速の特殊能力がなくてもハリソン副隊長の攻撃は速いし鋭い。
暫くはそのままセドリックの実力試しでもしているように一方的な攻防が続いて、最初の一撃以降はヒヤヒヤするようなものはなかった。セドリックも疲労はさておき、動きを少し見切れるようになってきたのか避けた後に自分から攻撃を仕掛けるようにもなる。それから段々と動きが良くなるセドリックにハリソン副隊長は
交差した腕でセドリックの首を絞めあげた。
あっという間だった。接近戦で挑むハリソン副隊長から飛び蹴りが繰り出されて、それをセドリックが避けたと思ったその瞬間に、短く地面を蹴ったハリソン副隊長が振り返られる前にとセドリックの背後を取った。そこから逃げられないように腕でしっかりとホールドして、今もギリギリとセドリックの首を背後から絞めあげている。まさか王族相手に絞め技を使うとは思わず、私達も流石に声を上げた。
ハリソン副隊長の顔は左右の長い黒髪でここからでは殆ど見えないけれど、背後から締め上げられたセドリックが苦しそうに歯を食い縛っているのがわかる。副団長が手合わせ場の端から「ハリソン!」と待ったの声を掛けようとしたその時
ハリソン副隊長が、背負い落とされた。
ドシンッ‼︎とここまで聞こえるくらいの音が響き、騎士達が騒然とした。
まさかのハリソン副隊長が、セドリックに締め上げた腕ごと逆に掴まれて叩きつけられていた。身体ごと前方へと柔道の背負い投げのようにして地面へ。……見たことがある。確か、カラム隊長が以前セドリックに教えていた絞め技からの対応方法だ。流石セドリック、きっちり教えられたものを教科書通りに引き出している。
土埃が舞って、まさかの勝負がついたかと思ったけれどよく見ればハリソン副隊長は背中を打ち付けてはいなかった。
セドリックに背負われた瞬間に捻って体勢を変えたのか、後向きのまま地面にぶつかる直前に両足でしっかりと地面を噛むように着地していた。これなら一本にはならない。代わりにセドリックの方も首絞めからは解放されれば、急ぐように背後足に距離をとった。
流石に騎士として身体の出来上がったハリソン副隊長を背負い投げたのは辛かったのか、背中から腰までぐったり落として膝に両手をついていた。やっぱり連戦の後にハリソン副隊長との戦闘はきつい。
着地から体勢をひと跳ねで立て直したハリソン副隊長は、全く息切れどころか疲労の様子もない。ただじわじわ近付いても今度は距離を置いてくるセドリックに、五秒もしない内に痺れを切らしたらしく駆け出した。高速無しでもハリソン副隊長の足では絶対にセドリックじゃ逃げ切れない。
セドリックもすぐにそれはわかったのか、踏み止まると同時に剣を抜く。まだ絞め技を警戒しているらしい。逆に完全に剣を腰に納めたままのハリソン副隊長は剣を振ってくるセドリックにやはり最初と同じように減速無しで突っ込み、自分に刃が当たる寸前に姿勢を低めて避けきった。
セドリックの剣の横振りを全て躱しながら至近距離まで詰めたハリソン副隊長は、自分へ空振った剣を持つ腕を掴み、今度は高々と捻り挙げる。「ぐぁっ」とセドリックの呻きがここまで聞こえてきたから、わりと痛みも伴ったかもしれない。更には動きを封じたまま背後に回ったハリソン副隊長に今度は背中を足蹴にされる。ひぃっ!と仮にも王族相手にも変わらない容赦の無さに喉から悲鳴が上がってしまう。
動きを奪われたまま地面にうつ伏せに倒れ込んだセドリックは完全に〝確保〟状態だった。
この光景だけ何も知らない第三者に見られたら確実に大変な騒ぎになる。セドリックが地面に膝ごと身体をつけた時点で、ハリソン副隊長の勝利と副団長が審判を下したけれど、それでもハリソン副隊長からの拘束は解けない。そのまま流れるように躊躇なく晒されたセドリックの後ろ首へ適格に手刀まで叩き込
「ハリソン!……そこまでだ。」
ピタ、と副団長の声でハリソン副団長の動きが止まる。
……あれ、今もしかしてセドリックの意識まで奪おうとしていた?
あまりのことに茫然としてしまう間にも、ハリソン副隊長は副団長の鶴の一声に今度こそセドリックへ拘束を解き手離した。
セドリックも開放されてすぐに膝をついて立ち上がると、剣を腰に納めながら服の汚れを払う。副団長から待ったをかけられた後からその場に棒立ちのように佇んで動かなかったハリソン副隊長もセドリックが自分に振り返るタイミングで「失礼致しました」と頭を下げた。まさか手刀を打ち込まれかけていたと知らないセドリックは「何故謝罪など?」と首を捻ったけれど、その後は何事もなかったようにハリソン副隊長に握手を求める。
「素晴らしい。私の完敗でしたハリソン副隊長殿。奪還戦でも貴方と会いまみえていれば確実に私は捕縛されていたでしょう。」
本当に運が良かった、と言いながら怒るどころかキラキラの笑顔をぶつけてくるセドリックにハリソン副隊長も一言返していた。
応える形でセドリックの手を受けて握手を交せば、やっと固唾を飲んでいた騎士達からの喝采が上がった。たぶん皆も生きた心地がしなかったのだろう。本当に審判役で傍に副団長がいてくれて良かった。
騎士団でハリソン副隊長が絶対的にいう事を聞いてくれるのは騎士団長と副団長くらいらしいし。寧ろ、この為に副団長が配備されていた可能性もある。
握手を終えてからまたぺこりと頭を深々下げて退くハリソン副隊長は、最初の殺気が嘘のように今は落ち着いていた。セドリックの実力を自分でも確認できてある程度満足できたのだろうか。
背後からも深々息を吐く音が聞こえてきて、アーサーへと振り返る。明らかにほっとした様子のアーサーは今は顔色も良い。カラム隊長も労うようにアーサーの肩にまた手を置いていた。
「ハリソンさん手加減して下さってて安心しました……。」
え、手加減?
思わず私が聞き返すと、今度はステイルもティアラもアーサーへと振り返った。肩から力を抜いて安心しているところ悪いけれど、どこが手加減だったのか教えて欲しい。少なくとハリソン副隊長が最後にセドリックの意識を奪おうとしていたところまでアーサーも見逃していないはずなのだけれど。
すると、私達の疑問に答えるべく近衛騎士二人は一度互いに目を見合わせた後、口を開いた。
「ハリソンさん、結構簡単に相手の首の骨折るンで……。」
「実際、過去にはハリソンに折られて救護棟送りにされた騎士もいます。……昔の話ですが。」
味方にも⁈
え、と口が大きく開いてしまって思わず両手で隠す。
しかもカラム隊長からのカミングアウトにはアーサーまで「え?!」と声を上げた。アーサーは味方にやったことがあるのまでは知らなかったらしい。カラム隊長がフォローするように付け足しても、目がまん丸だった。「騎士にっすか?!」と後から叫べば、騎士団長に二人揃って騒がしいと怒られる。一気に口を貝のように閉じた二人に私からも謝った。しまった、私が容易に話しかけ過ぎた。
でも、敵だとしても相手の首を軽々折っちゃうとか流石ハリソン副隊長容赦ない。
そんなうっかり折れちゃうものなのかと今度は騎士団長に聞いてみる。すると、ハリソン副隊長がセドリックにとどめを刺そうとしていたことに未だに眉間の皺を寄せていた騎士団長は一言「やろうとすれば子どもでも可能です」と答えてくれた。そんな子どもの身でありながら相手の首の骨バキバキする人滅多にいないだろうけれど。……たぶん。
「ですが、どうして今ハリソン副隊長はあそこで止めなかったのでしょうか。」
「恐らくは、奪還戦でのセドリック王弟殿下を無傷で捕らえるという条件下で挑みたかったのではないかと。」
私の問に間髪入れずに答えてくれた騎士団長が、真っ直ぐハリソン副隊長を目で捕らえながら僅かに顔を諫める。「勿論、意識を奪うまではやり過ぎですが」と続けられながらも、騎士団長の言葉に私はやっと納得する。口を貝にした二人も無言でうんうんと頷いていた。
つまり八番隊副隊長の自分なら無傷でもセドリックを捕らえられたぞと証明したかったということだ。それが騎士団長達にか、それともセドリックを逃がした騎士全員にか、それともセドリック本人にかまではわからないけれど。それにしても意識を奪うまでワンセットでやろうとしたのが、なんともハリソン副隊長らしい。
騎士団長が改めて私達に「来賓に大変無礼を致しました」と頭を下げてくれるけれど、全力で否定する。セドリックも本気でかかってこいというのが希望だったし、結果として怪我はない。アーサーとカラム隊長の話だと最初から手心を加えるつもりはあったみたいだし。何より、確実にセドリック本人は気にしていない。
見れば、ちょうどハリソン副隊長と手合わせの挨拶も終わって、セドリックがこっちに顔を向けていた。私から手を振ってみるとすぐに振り返してくれた。ステイルも合わせて小さく振り返して、ティアラは……、……怒っている。
もうここに来るまでもお怒りだったから仕方がないけれど。頬を膨らませたまま、蕾のような唇がへの字に曲がって細い眉も中央に寄っている。ぷいっとセドリックから正面を外すように顔を背けてしまって、その途端にセドリックも正直に肩を落としていた。笑顔でティアラに手を振り返して貰うまでは先が遠そうだ。
ハリソン副隊長との手合わせも終わって、セドリックはまだまだやり足りない様子だったけれど体力的にもここでということになった。多分、私のダンスの時と同じで気を抜いた途端に倒れられるのを防ぐ為だろう。
副団長が着替えの部屋へと示せば、観覧する騎士達の声に手で応えたセドリックも素直に部屋へ戻ってくれた。踏み切るのも早いけど聞き分けも早くてありがたい。
セドリックが着替え室へと退場していってからすぐ、観覧者と手合わせ相手の騎士達も演習に戻るようにと騎士団長から命令が入った。
すると演習場に敷き詰まっていた騎士が全員退出し始める中、母上と話を終えたランス国王とヨアン国王が訪れてくれた。
入ってきてすぐ騎士達に跪かれた二人だけれど、すぐに頭を上げるようにと断ると騎士団長と副団長に「弟が御面倒を……」と完全保護者対応でお礼を言ってくれた。更には騎士団長達も「とんでもない」「こちらも良い経験に」とか返すから、聞いているだけだと本当に親同士の会話のようだった。
私達も国王を迎えるべく入り口前の四人の元へ移動したけど、完璧な保護者としての風格四人を前に入れる気がしない。しかも一人はれっきとしたアーサーの父親だ。
暫くしてから着替えを終えて部屋から出てきたセドリックも、二人が迎えに来てくれたことが嬉しかったらしく「兄貴も兄さんも早かったではないか!」と元気よく駆け寄っていた。
「今日のは少し確認みたいなものだけだったからね。」
「お前の方こそ一体何人の騎士を巻き込んだ。残りは大人しく本でも読んでいろ。」
ヨアン国王とランス国王にそれぞれ返しながら、「いやまだやれるぞ!」とはつらつとした声を上げるセドリックは遊園地に来た子どものようだった。
もう良い、とランス国王に馬車へと促されるまで本当に隙さえあればまた戦闘できるのだろうことは確実だった。私達や騎士団長達にも挨拶をしてくれた後、セドリックはお兄様達と一緒にひと足先に馬車へと去っていく。
「本当に素晴らしいぞ騎士団は!敢えて俺へ有利に運んでくれたというのに最終的には殆ど歯が立た」
「一年以上前から知っているわ馬鹿者。」
「流石にそれくらいのことは僕達も覚えているよ。」
話を聞け‼︎と怒鳴るセドリックに、二人は慣れた様子で聞き流していた。
セドリックの話をまともに聞こうとすると、確実に一から百まで話しちゃうからだろう。遠ざかっていく声から「せめて馬車まで待たんか」「部屋でちゃんと聞くから」と宥める声まで聞こえてくる。流石お兄さん達だなぁと思う。私なんて未だにステイルとティアラに怒られる側ばかりなのに。
そう思っていると、国王達に見送りはここで結構と断られた騎士団長の背後で副団長が、ハリソン副隊長を呼びつけて何か言い聞かせていた。「それに、最初の突きは……」と窘めらしき言葉が聞こえたけれど、ハリソン副隊長は一度も目を逸らさないどころか瞬きもせずに聞き入るように一つひとつ相槌を打って頷いていた。
その様子を何だか微笑ましくなりながら、私達も間を置いてから馬車へと向かう。
ステイルと、そして甘えるように私の腕にしがみ付いてきたティアラと一緒に。
今回はセドリックと挨拶以外全く絡まれてないのに、心なしかさっきより怒り過ぎて顔も赤いティアラが、まるで焼き林檎のようなのだけが少し気になった。
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