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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
破棄王女とシュウソク

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そして前へ行く。


「ンで……、あの、今夜ってこれからエリック副隊長の試し撃ちなンすよね……?」


食後、ひと声で試し撃ちの誘いに飛びついてくれたアーサーと一緒に、俺達はいた。

騎士団演習場の中にある鍛錬所と演習所。基本的に演習する項目ごとに分かれているそこは新兵用の演習所もあれば、騎馬用、狙撃用、基礎鍛錬用、素手での模擬戦用などいくつもある。その中で俺がアラン隊長に連れられて来たのは射撃演習所の一角、……ではなかった。

アラン隊長、と俺は射撃演習所から別方向に誘導された時からずっと疑問に思っていたことを確かめる。前髪を指で押さえるカラム隊長も今は何も言わない。アラン隊長が最初から俺達を此所に連れてくるのもわかっていたらしい。でも、なんで


「ここは、爆破物演習所だと思うのですが……。」


どうして、ここに。

入り口を入った目の前は、騎馬演習場よりも更に広大な地が広がっている。騎士団の演習項目でも危険とされる演習の一つだ。

爆発物による攻撃は勿論のこと、逆に爆撃への退避や防御、反撃などの演習を行う為の場所だ。他にも爆発物や破壊範囲の広い重火器、そして被害を大きく出す可能性のある特殊能力者の力を見るときにも使われる場所でもある。


「まぁ良いじゃねぇか。ここなら絶対誰も来ないしさ。」


なっ?とアラン隊長が俺達に笑いかける。

確かにこんな深夜に爆破訓練なんて来る者は滅多にいない。何より、騎士達が生活する騎士館から最も離れているここなら他の演習所へ行く途中に通りがかられることもない。だけど……あまりにも大げさ過ぎるような。

呆然とする俺とアーサーを置いてアラン隊長が駆け足で的を用意してくれる。本来もっと危険な重火器や爆弾の使用用の的を携えて演習所の奥へと走り出す。自分がやりますから!と声を上げて追おうとしたら、良いから良いからと言いながらアラン隊長はあっという間に射程距離まで辿り着いてしまった。的もかなり重い筈なのにアラン隊長が持つと他と変わらないように思えてしまう。

更にはカラム隊長が順々に狙撃しやすいように演習所の灯りに火を点けていってくれた。


「ここで良いよな?」

「アラン!あと五歩下がれ。そこでは僅かに近過ぎる。」


アラン隊長に灯りの傍からカラム隊長の微調整が入る。

カラム隊長の指示通りの位置にアラン隊長が的を置くと、確かにさっきよりもしっくり来た。流石はカラム隊長だ。

的を置いて俺達の所まで戻ってきたアラン隊長にアーサーが「次、移動させる時は俺がやりますから!」と自分の胸を叩いた。自分がやるべきだと思ったのにアラン隊長に先を越されたことを気にしたらしい。今はアーサーも隊長で、この中で本当なら副隊長の俺が一番立場も低いのに。

未だに謙虚さが変わらないアーサーも、良いって良いってと笑うアラン隊長も、細部まで付き合ってくれるカラム隊長も本当に昔から変わらない。


「よーっしエリック好きなだけ撃て!もう誰にも聞かれねぇから。」


俺の背後まで下がり、アラン隊長が楽しそうに腕を組みながら声をかけてくれる。

その横ではアーサーとカラム隊長が「俺、エリック副隊長の腕じっくり見るの久々です」「私もだ」となだらかな会話をしている。そう三人にまじまじと見られていると思うと妙に緊張してしまう。しかも、使うのはプライド様から頂いた武器だ。

アラン隊長の張りのある声に押されながら、俺もとうとう指定位置に立つ。騎士団の支給品から銃弾は多めに補充を持ってきた。懐から銃を出せば灯りに反射して深紅の外装がキラリと光った。


今でこそ銃に苦手意識は全くないけれど、剣よりも遥かに後に扱うようになった銃は新兵の頃は倦厭気味だった。

騎士になる為に剣や格闘術は子どもの頃から鍛錬したけれど、銃や騎馬関連は騎士団に入団してからだ。銃も馬も庶民出の俺が買えるようなものじゃない。騎士団に入ってからも銃は支給品だけをひたすらどれも手に馴染ませた。アネモネ王国からの武器提供が豊富になってから騎士団の扱う武器も少しずつ変わっていった。それと比べるとプライド様から貰った銃は少し型だけは古い。一弾一弾指で装填しないといけないのだから。

バラリと腰に下げた小袋から軽く掬った弾を一つずつ銃に込める。最大で込められる弾数も、プライド様の仰る通り支給品より圧倒的に少ない。リボルバーを閉じ、装填完了する。

似たような銃なら騎士団で支給された物で撃ったことは既にある。煌めく外装以外それらとあまり変わらない銃は構えてみれば思った以上に手に馴染んだ。的を睨み、最初の一発目は軽く照準を合わせて



ダァンッ!!



「……へ。」

空間を叩き割るような音の直後、思わず口から零れる。

銃を構えたまま一瞬の情報量に銃口の煙を眺めたまま固まってしまう。背後からパチパチと暢気な拍手が一人分だけ聞こえた。誰なのかは振り返らなくても想像がつく。


「おぉ~さっすがエリック!一発目でど真ん中!これなら今からでも実戦余裕だな!」

「まぁエリックなら当然だろう。」

拍手を叩くアラン隊長の言葉に、カラム隊長も応じた。アーサーの声は聞こえないということは、多分俺と同じ心境なんだろう。次は的を動かすと言っていたアーサーではなく、的に駆け寄るアラン隊長がそのまま俺を横切った。

茫然としたまま、アラン隊長が凄まじい速さで的まで辿り着いたのが視界に入る。的を確認してまた「おぉ~」と声を上げているのが聞こえてきた。俺からは遠目で弾がどこにぶつかったのかまでは確認できない。アラン隊長が真ん中と言うからには真ん中に痕が残っているのだろうけれど……




「……穴、空いてるンすけど。」




ぼそり、とアーサーが呟いた。

さっきまで黙していたアーサーの怖々とした声に、俺もやっと首が動いて振り返る。見れば、カラム隊長の隣に立ったアーサーが大きく目を見開いたまま全身を強ばらせていた。肩が力の入ったように上がり、丸い目が俺ではなくアラン隊長が駆け寄った的に刺さっている。

口端が左右に開いたまま固まり、周囲が暗い所為ではなく顔色が悪い。向こうからアラン隊長の「ここで良いか~?」という声にカラム隊長が答えたのを聞いた後、やっと俺とも目が合った。首まで強ばらせ、目だけをカクカクと俺に動かしたアーサーは、再び震える声でその口を動かした。


「あの的、〝ここの〟的ですよね……?穴空いてるのおかしくないすか……?!」

まるで幽霊でも見たような言い方に俺も全面的に同意する。

アーサーが目で捉えたものが本当なら、驚くのも当然だ。俺も正直信じられない。

アラン隊長が意気揚々と的の位置を変えて戻ってきてくれた後に、やっと構えを解いた。振り返り、俺の横を軽々過ぎ去るアラン隊長を目で追い、やっと声を張る。


「こ、これっ……どういうことでしょうか……?!」

俺まで声が震えるし上擦った。

視界まで震えて揺れながら、アラン隊長とカラム隊長に尋ねれば二人とも予想していたような笑みを俺に向けた。選んだ時に試し撃ちをしてくれたという二人も知っていたのだろう。やっとアラン隊長達がここで試し撃ちを勧めてくれた理由を理解する。


「〝音〟からしておかしいというか!完全に〝超遠距離用の〟銃と同じ音でしたよね?!」

二人からの返答が無い所為で思わず声を張ってしまう。

俺からの言葉にアーサーが何度もブンブンと頷き、アラン隊長が歯を見せて可笑しそうに笑い、カラム隊長が笑いを堪えきれない口で一度だけ頷いた。……この銃がおかしいのは外装だけじゃなかった。

まず、音が違う。いつもの乾いた音じゃない。今の手応えと音はどう考えても遠隔からの狙撃する時の音だ。しかもただの遠距離じゃない、肉眼で捉えられないような超遠距離用だ。普通の銃とは威力も飛距離も段違いに違う、狙撃銃の。本来なら全長も腕一本分近くの長さはある筈の物だ。

だけど、俺が持っている銃は懐に隠せる程度の大きさしかない。……拳銃だから当然だ。


「アラン隊長!穴が空いていたというのは本当ですか⁈」

「あ、アーサーが見たのか?空いてた空いてた。やっぱすげぇよな。」

「いくら〝鉄製〟とはいえ、小爆弾用のものでは薄かったな……。エリック、後日からは重火器用の的を使うように。」

俺の叫びに平然と二人が頷き答える。……おかしいのは俺の方なのだろうか。

二人と俺を真っ青な顔で見比べるアーサーが唯一の救いだ。改めて自分の手の中にある深紅の銃が恐ろしくなる。

アラン隊長が俺に用意してくれたのは、小爆弾を投げる用の的だ。確かにこの演習所の中では一番強度も低くて消耗品になる盾だし比較的に薄い。でも、鉄製だ。普通の銃弾ならまず弾かれる。それを当然のように貫通したこの銃の威力はどう考えても異常だった。


「いや~、プライド様もレオン王子も張り切っちゃってさぁ。それ、見かけは古い型だけどフリージアどころかアネモネ王国で一つしか手に入らなかった最新式だから。」

「私達が試し撃ちした時も、的どころか背後の壁も貫いた。恐らく鎧程度であれば簡単に貫通するだろう。」

「ッどんだけやばいンすか⁈」

アラン隊長とカラム隊長の言葉に、絶叫したアーサーが顎が外れるほど口を開ける。

流石王族直々の品とは思うけれど、プライド様から頂いたのがこんな殺傷能力の高い物だと思うと若干恐ろしい。すると俺の心を読んだようにカラム隊長が「プライド様が最優先されたのは防弾性だったが」と補足してくれる。


「その銃が最も防弾と耐久性に優れ、尚且つ騎士団で支給される弾の口径にも合っていた。」

「レオン王子もすっげぇ勧めてたよなぁ。色もプライド様っぽいし、何よりプライド様を〝確実に〟守るのに良いと思うって。」

それに使いやすいしな。と、アラン隊長の言葉に銃を持つ手が強ばる。うっかり下ろしたまま引き金を勝手に指が引きそうになり、慌てて抜いた。

アラン隊長の口からだからそこまでではないけれど、……レオン王子の〝確実に〟という言葉にはまだ見ぬ敵への殺意が込められている気がした。つまりこれはプライド様からの感謝の証と共にレオン王子からの「しっかりプライドを守ってね」という意思表示じゃないだろうか。

うっかりこれを演習中に使わなくて良かったと心から思う。射撃演習中に隠れてでもこれを撃ったら、確実に音で目立つ。更にはこの時間帯に射撃演習場でうっかり撃ったら、演習所を使っている他の騎士達に敵襲と勘違いされる可能性もある。アラン隊長達がここまで連れてきてくれた理由もそこだろう。


「次からはここ以外で練習するなら絶対昼にしろよ。流石に深夜にその音はまずいから。」

「確実に騎士館にも届くだろう。」

注意します……。そう返しながら、今はプライド様から銃を頂いた時とは別の意味で心臓が煩い。

取り敢えず撃つのに問題はない。手にも簡単に馴染んだ。ただ、凄まじい殺傷能力のあるこれは万に一つも外せない。外せば仲間の命も奪いかねない。全ての武器に言えることではあるけれど、これは特にだ。……だけど。


ガチャッ、と一度残りの弾を確認する。一発分が減って空洞ができている。そこに再び新しい弾で埋めてから、装填を完了させた。

確かに、プライド様を御守りする為には相応しい武器でもある。

貫通力があるということは飛距離も長いということになる。的へと振り返り、更に遠くへ設置された的を見る。普通の銃であれば、照準関係なく銃弾が届くのが難しい距離だ。アラン隊長が置いてくれたということは、きっとこれも届くのだろう。



……この銃で、また届かない場所にまで更に届くというのなら。



「限界まで、確認します。」

また一歩先へ。

届かない筈の標的へ向かい、再び二発目の弾を放つ。空間を叩き割る音が響き、俺の目では捉えられない先を貫いた。

目の良いアーサーとアラン隊長が「また真ん中っすか?!」「よしもっと離そうぜ!」と叫ぶのを聞きながら、息を吐く。二人が競うように俺の横を駆け抜けるのを目よりも先に余波の風で感じながら、数年前にアラン隊長が殲滅戦で〝ジャンヌ〟について話していたことを思い出す。


『それでよ、その鎖を細切れに斬っちまったんだ!信じられるか?!鉄をだぞ!?』


殲滅戦でも、防衛戦でも奪還戦でも殆ど見たことの無いプライド様の実力。特出した実力がない俺は、きっとまだあの人の境地までは辿り着けていないだろう。

騎士団に普及される武器には、特殊能力で作った盾を含めて市場には決して出回らない武器もある。狙撃の特殊能力者にとって、狙撃の腕なんてあっても無くても変わらない。

他にも攻撃や武器に還元できる特殊能力者は騎士団には何人もいる。他の近衛騎士達みたいに才能も特殊能力もない俺が、プライド様を守り切れるほど強くなれるかはわからない。

たった十一歳で騎士団長を救う為に立ち上がったあの人を俺が守るなんて、……守れるなんて想像もつかない。

けれど


『これからも期待しています』


あの人の期待に応えたい。

その為ならばいくらでも努力できる。単に手に馴染んだだけのこの銃を、いつかは手足のように使ってみせる。


この銃に恥じない騎士になる為に。


再び銃に弾を込める。軽く握りを緩めれば、深紅の外装に刻まれた金色の字が目に入った。俺を守る為にこれを与えてくれた人の名前を指の腹で軽くなぞる。

その瞬間、〝鉄をも貫く〟〝深紅の〟銃に、……恥ずかしい名前をつけたくなった。

心の中で試しに呼んでみたら、思った以上に気恥ずかしくなって熱が上がる前に振り払う。



誇り高いその名は〝まだ〟俺の銃には似合わない。


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