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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冷酷王女とヤメルヒト
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そして我にかえる。


ー 私は、なんてことを。


全身の血の気が引き、戦慄する。

彼女は、プライド様はマリアを救う為だけに私を探し、自ら病を癒す特殊能力者をここまで導いて下さったのだ。私を見つける最中で私の裏切りも罪も知り、それでも私をここまで連れ、マリアを救って下さった。

彼女の助けが、慈悲がなければ私は、マリアは…。


私はこのような御方に今まで、何を。


利用する為に数年間にも渡り悪評を広め、名を陥れ続けた。彼女が成長とともに女王の器になりつつあることを理解しながらそれでも偽りの噂を流し、事実を捻じ曲げ、名を汚し続けた。たった齢八だった幼い少女に対して、五年間も。更には公的な場ですら何度も不敬な言葉を浴びせてきた。

そして女王に認められ始めた途端に手のひらを返し、彼女の名を汚したこの口で取り入ろうとし続けた。

今日など、病を癒す特殊能力者を得る為ならば王族…プライド様の命すら代償にされても構わないと思っていた。

七年間、ずっと彼女を利用することしか考えていなかった。


私をこの地獄から、そして何よりマリアを救い出して下さった大恩人に私は今まで何を犯し続けてきた?


よくもこの口で、私の罪を知ったプライド様へ縋りつき乞い願えたものだと、己に対し憤りが湧く。後悔と自責の念が押し寄せ、死にたくなる。

あの時、ステイル様に放たれた言葉全てを私の口から私の言葉であの時の私に浴びせてやりたくて堪らなくなる。


「なんてことだ…」


思わず、言葉がとうとう漏れ出した。

今更になって、今まで己が犯して来た大罪に震えが止まらなくなる。

許されない、私の罪は。

このような御方を裏切り、冒涜し、陥れ続けた私が何故、この場で愛する人と喜んでいられるというのか。


「プライド様…‼︎」


立ち上がり、プライド様とステイル様の前へ平伏す。

彼女に対しての恩と罪と後悔が溢れ、どうすれば良いかわからなくなる。いっそ、この場で首を刎ねられてしまいたい。


礼を伝え、「貴方が居なければ、私はマリアンヌは」と口にした途端また恐怖に襲われた。

そう、彼女がいなければマリアは助からなかった。今頃、私の手の中で冷たくなっていたかもしれない。

プライド様から御言葉を頂いても、喉の奥から溢れ、絞り出されるのは感謝とそしてそれ以上の懺悔の言葉だった。

このような大恩人へ五年にも渡り、不敬を犯して来たという事実が耐えられなかった。

肩に触れられ、この御方に膝を折らせてしまったことすら畏れ多く、震えが止まらない。

私の名を呼ばれ、自分は何もしていないと繰り返そうとするプライド様へ声を張り上げる。


許されぬ事をいくつも犯してきたと。


許せない、誰でもない私自身が。

この御方を利用し冒涜し続けた事だけではない。友であった王配のアルバートを、私達に慈悲を与えて下さった女王を、王族を、民を欺き裏切り続け、あまつさえ犠牲にしても構わないと思っていた私自身に。己が利己と自己満足で、特殊能力を持つ民や人事売買で苦しむ者すら蔑ろにし、その上で国の法を、在り方を捻じ曲げようとしていた私自身に殺意にも似た憤りが抑えきれない。そして怒りと後悔の次に込み上げてきたのは…


恥だった。


今まで、私は何を考えていた…⁈

法を犯し、友の愛娘でもある幼い子どもを利用し陥れ、民を蔑ろに、私達に特別な処置をして下さった友すら裏切り…それをまるで正当な権利かのように五年間振舞ってきた。

このようなことをして救われたところでマリアが喜ぶ訳がない。もしかしたら彼女は己自身のせいで犠牲になった者がいたことに心を痛め、嘆くかもしれない。いや、確実にそうだろう。正当な方法以外で彼女を救ったところで、彼女の心は救われない。むしろ余計に苦しめることになる。

国の宰相という誇り高く責任ある立場を任されておきながらこの体たらく。利己に塗れ、血迷うなど。

なのに、なのに私は‼︎


噂も、裏稼業の人間との繋がりも、人身売買の黙認も、裏切りの意思も全てをマリアや侍女達の前で彼女へ吐露していく間にもこみ上げる怒りと後悔と恥じる気持ちが止まらなかった。

そして、その一番の被害者は目の前にいるプライド様だ。


覚悟はできていると、はっきり明言する。

彼女にならば…我が友の愛娘であり、私とマリアの恩人、そして私の暴走の被害者である彼女に願わくば裁かれたいと心から願った。

許されたいとは思わない。

裁いて欲しい、愚かで非道なこの私を。

叶うのならばこの薄汚い命をもって。


「…それは、私に貴方の罪の裁きを委ねるという意味で間違いありませんか?」


彼女の言葉に間髪入れず応じる。

その後も彼女の言葉は続く。

私達を咎めるつもりはなかったと。その言葉さえ、正直耳を疑った。本当に彼女はあの時、私を許すつもりだったのかと。だが、身を硬くし、最後の一言までプライド様の裁きを待ち続ける。

彼女は続ける。私の悪業を知った以上、許す訳にはいかないと。当然だと、心の底から同意する。今の今まで生かされたことすら、彼女の慈悲だと思えてならない。


「ジルベール・バトラー。」


彼女の手が、私の肩に触れ、顔を上げさせられる。

彼女の姿を改めて目にするだけで、後悔の念に押し潰されそうになる。

私は、この人を、この方々を裏切り続け、切り捨てようとしたのだ。

何の理由もなく私に慈悲を与え、己の利もなく私達を救ってくれたこの御方を。

再び懺悔の言葉を連ねたくなる気持ちを私は必死に堪えた。


「父上や母上に…全てを〝打ち明けない〟覚悟はありますか。」


彼女の言葉に、再び耳を疑った。

打ち明けない…?そのような選択肢があり得るのだろうか。

その上、プライド様はマリアや侍女達にすらそれを命じられた。

そんな、そんな甘さが許される訳がない。

私は大罪人だ。拷問を受け、首を刎ねられ、晒され石を投げられて当然の人間だというのに。

この御方は、裁判を今までも数回任されてきた。罪人には容赦なく的確な処罰も処刑も言い渡されてきた。そのような御方が、何故。

思わず許すとでも、と尋ねる私にプライド様は許さないと仰られた。ならば、秘匿する意味がわからない。


プライド様は真っ直ぐに私の目を見据え、言葉を放った。

そして、彼女が私に誓えと命じた内容はまるで神の啓示かのように思えた。


未来永劫、王に望まれる限りこの国の民の為働き、我が国の宰相としてあり続けよと。



宰相の任を降りることすら許されない。

私が愛し、誇り、そして汚した宰相としての生き方で償えと。永劫にそうあり続けよと。

まるで光を当てられたかのようだった。


「宰相として、不法な取引から身を引き、今まで知り得た人身売買の情報を元にその者達を捕らえ、裁き、そして貴方自身が利用し裏切ろうとしていたこの国の為に尽くし続けなさい。今の貴方ならばそれができる筈です。」


宰相としての、償いを。

それを許されることが、私にとってどれ程の重罰で、そして救いだろうか。

だが、宰相として私の手で、私が犯してきた罪を少しでも拭い生きていけるというのならば。


他ならぬこの御方が

それを、望んで下さるというのならば。

それを、私ならばできると信じて下さるのならば。


「…畏まりました…‼︎」


答えなど、一つしかないではないか。

この御方の大恩に報い、そしてこれまでの贖罪が為に私は今度こそ、国へ、民へこの身を捧げてみせよう。


「心の臓が止まるその時まで、貴方の愛するこの国の民を守り続けると。今ここに誓いましょう…‼︎」


そして、その為ならば我が命も、人生すら惜しみなく捧げてみせる。

この御方との、誓いの為ならば。

そうして次期女王となるべき御方の手を握り締め、宣誓した。


プライド様はそんな私の言葉に微笑み、そしてゆっくりと立ち上がった。そのままゆっくりと先ほども触れていたはずの私の顔へ手を沿わせる。まるで、何かを確かめるように。

微かに表情を歪めながら私の顔を隅々まで捉え、最後に私の首へ手を添え、降ろす。

次第にその整った表情が歪められ、一体どうしたのかと不思議に思った、その時。


「こんなになるまで…気づいてあげられなくてごめんなさい。」


この御方は、どれ程までに清いのか。


思わず息を飲む。

私は今まで、これほどの広い御心の方を陥れてきたのだと己の愚かさを痛感する。何度でも、この御方に懺悔をしたくなる。

この御方からの謝罪に対し、その言葉を否定しようと喉が震える。


貴方が今日一日だけでどれ程までに私を救い、赦して下さったか。

きっと本人は理解していないのだろう。

まるで、当然の如く人を救い続けるこの御方が、神かのように思えてくる。

私のような大罪人にまで、償いの機会を与えて下さったのだから。


「こんな形でしか…宰相に縛り付けることでしか貴方を裁けなくてごめんなさい。」

辛そうにそう再び謝罪を続けたプライド様に、思わず目を剥き、そして…笑みが零れた。


この御方は…。

何処までも理解していないのか。

宰相に縛り付ける、と?

これは縛り付ける、ではない。


〝生かす〟と呼ぶのだと。


首筋に添わされたプライド様の手を取り、失礼に当たらないようにゆっくりと彼女の手の甲へ口付ける。


まずは、心からの〝敬愛〟を。

その広き心と、海より深き慈悲の心に。


そして。


跪き、その脚をとる。

靴を脱がすこともそのまま許され、私はその爪先に口付ける。


神の如き存在である貴方に〝崇拝〟を。

私を、マリアを救いし救世主を授けて下さったその存在に。


そのまま、流れるように足の甲へ。

稚い細く小さな足が、私の手のひらにおさめられる。


恩人を、友を、主を、…民を。

裏切り、踏み躙り続けた大罪人として〝隷属〟を。

檻からでも、死をもってしてでもなく。

更に永く多くの民へ償いと王族へ報い続ける誓いを。


最後に脛へと唇を押しやる。

寸前にプライド様を見上げれば、同時に視界の隅でプライド様と同じように赤面されたステイル様の姿が映る。

嗚呼…若い。

やはり未だ二人とも子供なのだと。

そう思えば思わずまた笑みが零れた。


最後に、忠誠の代わりに〝服従〟を。

もう二度と裏切らぬと、生涯尽くし続けるべき永遠の我が主に。


己と、主と、そして愛する彼女に誓いを終えた私はゆっくりとプライド様の脚を元のように整えた。


「私は騎士でも…ましてや貴方と従属の契約も結べません。だからこそ、この場で身を以て誓わせて頂きます。」

口付けだけでも、足りはしない。

この御方へ一つでも多く、そして確かな誓いを。

祈りを捧げるように手を組み、プライド様を見上げ、主たるこの御方へ誓いの言葉を並べた。

頭を下げ、捧ぐように宣誓する。


「私のような大罪人に、今一度国に身を捧げる機会を下さったこと、心より感謝致します。マリアンヌの事も含め、このご恩は一生忘れません。」


最後の一音を言い切った後、やっと私は自信を持ってこの御方に笑みを正面から返すことができた。


「約束ですよ。」


その笑みに、愛しさまで沸いてくる。この数年間の憎しみや妬み…あれは何だったのだろうか。

心からの笑みで返せば、また再び優しい笑みが返ってきた。


永遠を、貴方に誓おう。

私の全てを取り戻し、与えて下さった貴方に。

この世で最も愛しい人にすら捧げられないこの命を。

最後の一滴まで、この御方の今日の言葉の為に。


民の為に。


我が、悠久なる命を。


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