679.破棄王女は証する。
「プライド様、近衛騎士の交代に参りました。」
午後が過ぎた頃、いつも通りの時間にアラン隊長とカラム隊長が交代に来てくれる。
今朝も叙任式で一度会った二人は何故か団服がヨレていた。朝はアイロンでも掛けたみたいにピシッとしていたのに、まるで満員電車に揉まれた後みたいだ。王居に入る前にはある程度整えたのだろうことを鑑みると来る前はもっと酷かった可能性もある。
お疲れ様です、とアーサーとエリック副隊長が挨拶をして頭を下げた。私からもアラン隊長達へ挨拶を返して部屋の中に促す。隣で本を片手にソファーで寛いでいたティアラも嬉しそうに挨拶で声を跳ねさせた。
彼女もカラム隊長達の服装には気がついたらしく、どうかしたのか尋ねると二人からなんとも言えない苦笑いが返ってきた。
「今朝の叙任式で、参列できなかった騎士達にひっ捕まりまして……。」
……なんか、察してしまう。
アラン隊長の言葉に、私だけでなくティアラやアーサー、エリック副隊長も納得したように口を開けたまま頷いた。
アーサー達曰く、今回の叙任式参列の為に騎士団では争奪戦が起こったというし、なかなかの倍率だったに違いない。多分、叙任式での話を参列した騎士から聞いて、自分も見たかったという不満が本人達にぶつけられたのだろう。だって叙任式での三人、すっっっごく格好良かったもの。
カラム隊長なんて凄く騎士の理想像みたいな立ち振る舞いで、アラン隊長もいつもの雰囲気と別人のように凛々しくて、ハリソン副隊長はちょっと怖かったけれど剣に口付けをした姿は凄く男前で綺麗だった。
新兵から本隊騎士になる人しか受けない叙任式だけれど、騎士として経験を積んだ人がやると威厳や風格が重なってあんなに格好良くなるんだなと思った。
叙任式が終わった後もしばらくエリック副隊長とアーサーの興奮は冷めなくて、先輩騎士三人のことを二人で褒めちぎっていた。「アラン隊長は真剣だと本当にいつも別人のようですが今回は特に」とか「カラム隊長は流石であんな完璧な立ち振る舞い初めて見ました」とか「でも宣言後のハリソンさんはすっげぇ格好良くて」とべた褒めだった。……ハリソン副隊長に対しては、是非アーサーの口から直接本人に言って褒めてあげて欲しい。
あんなに素敵だった騎士三人の叙任式を一部の騎士しか見れなかったのは残念だったとすら思う。悔しくて本人に噛みついちゃう気持ちも少しわかる。
今回の叙任式。最初にカラム隊長達から希望を聞いた時は本当に驚いた。三人揃って同じ内容なのも驚いたけれど、何より〝プライド様から騎士としての叙任式を改めて受けさせて頂きたい〟だったのだから。
何故選りに選って私から?と思ったし、ティアラではなくって?とも思ったけれど、……あんなことを犯した私に三人が騎士の任命を望んでくれたことは素直に嬉しかった。それはきっと、彼らが私のことをこれからも騎士として護ろうと思ってくれている証だから。
「この後、二人とも休息?」
開いていた本をテーブルに置きながら、引き継ぎを済ますアーサーとエリック副隊長に向けて首を傾ける。
はい、と二人ともほとんど声を揃えて答えてくれた。日によって直後に休息が入る時と、すぐに演習や任務に戻らないといけない日とあるけれど今日は二人とも休息だ。
一人は知っていたけれど、ちょうど二人一緒なのは嬉しい。そう思っていると、再びコンコンッと扉からノックが鳴った。「プライド、俺です」とステイルの声が聞こえ、返事をしたらすぐに開けられた扉から現れる。
「お疲れ様です兄様っ。」
「お疲れ様ステイル。ごめんなさい、忙しいのに休息時間を指定なんてして。」
いえ、と返してくれるステイルは部屋に並ぶ近衛騎士四人に目を向ける。時間帯から彼らが揃っているのは予想していたらしく、続くように挨拶を交わした。
「ヴェスト叔父様も問題なくこの時間帯から休息を回して下さったので。……ちょうど良かったようで何よりです。」
今回、ステイルにはお願いして休息時間をなるべくこの時間帯にしてもらっていた。
その理由もちゃんと知っているステイルは、ちらりと目で近衛騎士達を見た。視線の意図がわからないように首を捻るアーサーとエリック副隊長に、ティアラが私の隣でふふっと小さく笑う。振り返れば片手で軽く口を隠して笑っているティアラと目が合った。促されるようにコクンッと頷かれ、私も返す。
ちょうどステイルも揃ったことだし、二人も休息時間だと言うし今が一番良い。もし都合が合わなかったらステイルが揃ってから馬車で騎士団演習場へ会いに行こうと思ったけれど、無事この場で平気そうだ。
「ごめんなさい、休息の前にちょっと待って貰って良いかしら?」
声を掛け、引き継ぎを終えたアーサー達を私は引き止める。
あまりにもサプライズ感のないグダグダっぷりだけれど、仕方ない。それよりも貴重な休息時間を無駄にさせない方が大切だもの。
早足でクローゼットへ向かうと、専属侍女のマリーが先回りをして戸を開けてくれた。お礼を言いながら私は一番大きな戸の奥に隠していた箱を大事に両手で抱える。あまり重くは無いけれど、緊張で若干指が震えるし湿る。専属侍女のマリーとロッテ、そして女子力最強のティアラにも手伝ってもらった包装は我ながら会心の出来に出来上がっていた。……というか殆ど彼女達のお陰だ。
私がやろうとしたら、一枚目の包装の時点でビリリッと破けて心が折れた。本当は包装無しでも贈るのに問題はなかったけれど、せっかくならもう少し手を込ませたかった。
そうして私は両手に箱を抱えて、四人揃ったままの近衛騎士達の方へ歩み寄る。同時に気付かれないようにそーっとカラム隊長とアラン隊長が数歩下がった。
なんだか贈り物というよりも誕生日ケーキみたいだなと思うと少しおかしくなってしまう。緊張とおかしさで頬に力が入りながら、私は姿勢を正して彼の前に立つ。
「エリック副隊長。今回の奪還戦、私からの〝個人的なお礼〟です。どうか受け取って下さい。」
平行を保ちながら贈り物の箱を差し出せば、エリック副隊長がぐらりと揺れた。
口が力なく開いたまま、栗色の目が丸い。王族からの贈り物というのに緊張してしまったらしく、ぽわりと赤ら顔になったまま確認するように左右へ振り返った。アーサーは隣に並んでいたけれど、アラン隊長とカラム隊長が数歩下がっていたことに気付き、「へ⁈」と声が上がる。
アラン隊長もカラム隊長もエリック副隊長の珍しい反応に、肩だけを震わせて笑っている。アーサーもエリック副隊長に控えるようにじわじわと後退していった。アラン隊長の隣まで下がってから、目が二人に「知ってたンすか⁈」と叫ぶように向けられる。アーサーも今日まで知らなかったし、驚くのは無理はない。
二日前はエリック副隊長と一緒だったし昨日はアーサーの方が非番だったしでなかなか話せなかった。アーサーの無言の問い掛けにアラン隊長もカラム隊長も含んだような笑みで今は応えた。
アーサーにも置いていかれて、左右に頭を振って狼狽えているエリック副隊長がなんだか可愛い。思わずくすっと笑ってしまうと、エリック副隊長の顔に更に赤みが帯びた。しまった、馬鹿にしたつもりはないんだけれど。慌てて私は贈り物の箱を手前に引いて持ち直し、エリック副隊長に笑みを向ける。
「今回の、褒美でエリック副隊長だけは御自身のことは望まれなかったので。……でも、やっぱり私個人がちゃんとエリック副隊長に向けてもお礼をしたくて。なので、こちらを。」
自己満足ですけれど、と断りながら私は手元に引いた箱をもう一度エリック副隊長に差し出す。
奪還戦での近衛騎士への褒美。それでエリック副隊長が望んだのは自分のことではなく、アラン隊長と私がダンスの時は一番最初に踊ってほしい、というものだった。
隊長想いで優しいエリック副隊長らしいとは思ったけれど、結局私は直接エリック副隊長には何もできていない。それにアラン隊長のダンスだってもともと一緒に踊るつもりで、それを一番最初に決めただけだ。だからどうしても私が個人的に満足できなかった。……そう、本当に自己満足だ。自分でもわかっているし、ありがた迷惑になる可能性も考えたけれど、それでもどうしてもどうしてももっと何かしたかった。
だってエリック副隊長にもラスボス状態の時には酷いことや迷惑もたくさん掛けたし、奪還戦では塔の上まで駆けつけてくれた。ステイルの話だと離れの塔に私がいる間は、水面下で近衛騎士達皆がアーサーに協力をしてくれていたらしいし、アラン隊長の話だと奪還戦では本人も結構怖がっていた筈のハリソン副隊長を軽く狙撃するくらいは必死になってくれたらしい。どんなに少なく見積もっても、やっぱりもっと私からエリック副隊長に何かしたかった。
エリック副隊長を前にここで突き返されたらどうしようかとヒヤヒヤしたけれど、少しの間の後に両手で受け取ってくれた。瞬きが停止しまった瞼で、目の焦点も贈り物ではなくて私に向いたままだったけれど。
開いたままの唇が結ばれて顔どころか首まで火照ったエリック副隊長は、まだ緊張しているのか受け取ってくれる時まで手が震えていた。
箱を両手で持ったまま放心するように固まってしまったエリック副隊長は、まだ目の焦点が私に向いたままだ。……そんなに私が贈り物をするというのは意外だったのかしら。
なんだか見つめられると恥ずかしくてなって、はにかんでしまう。気まずさを感じたのか小さく肩を震わしたエリック副隊長は、まだ何も言わない。
すると傍からティアラが「私も中身は知らないので開けて見せて欲しいですっ」と嬉しそうに声を跳ねさせた。
その言葉で、まるで今気が付いたように大きく瞬きをしたエリック副隊長は手の中の箱に初めて視線移す。「あっ……ありがとうございます……‼︎」と開ける前から思い切り頭を下げてくれた。
「エリック副隊長、宜しければこちらを。」
ステイルがソファー前のテーブルを示してくれる。
確かに気合い入れて装飾を施してしまったし片手では開けにくいだろう。エリック副隊長も上擦った声で返事をしながら、本当に壊れ物のように大事に抱えてテーブルまで運んでくれた。
置いてすぐにソファーにもティアラが勧めてくれたけれどそれは畏れ多いと断られてしまった。テーブルが低いからそのまま膝立ちするエリック副隊長は、包装の一枚一枚を解いてくれた。その時すら「失礼致します」と断ってくれて、本当に丁寧だなと改めて思う。
背後からはアラン隊長が一番良い笑顔でそれを眺めていた。カラム隊長も眼差しが暖かい。アーサーも固唾を飲んで見守る中、私とステイルはテーブルを挟んでエリック副隊長の向かい側に移動した。最後の包装を取り払い、包まれていた箱の全体像を確認した途端、重厚感のある造りで早くも察しが付いたらしく「これは……」と僅かに声に漏らした。
一度そこで箱から手を離したエリック副隊長は、包装を綺麗に畳みながらも視線は箱に刺さったままだ。綺麗に折り畳まれた包装をテーブルの脇に置き、とうとう金具を外して箱を開く。パカリ、と小さな音すら拾えるくらいに気がつけば部屋は静まり返っていた。
箱の中身を確認したエリック副隊長と背後にいるアーサーの息を飲む音が殆ど同時に聞こえる。中に納められているそれを、エリック副隊長は吸い込まれるようにすぐ手を伸ばしてくれた。
カチャリ、と手袋越しに触れられたそれが軽く音を立てれば、ティアラがまん丸の水晶のような目を開いて口を両手で覆う。ステイルは小さく感嘆の息を漏らして、アーサーも口が大きく開いたまま目だけがきらきらと光っていた。
そんな中、エリック副隊長が一番まだ茫然とした表情だった。見開かれた目が穴が空くほどにそれを見つめ、手に取った。
「深紅の……銃…………?」
どうか、喜んでくれますように。
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