674.騎士隊長は報告される。
「以上で早朝演習を終了する。各自次の演習まで身を整えるように。」
はっ!と騎士達の一声が騎士団長であるロデリックへ返される。
早朝演習をいつものように終え、最初の騎士団長からの朝礼が行われる時には太陽が燦々と昇りきっていた。
「そしてアラン・バーナーズ、カラム・ボルドー、ハリソン・ディルクはこの後すぐ騎士団長室へ来るように。以上だ。」
解散!と声が張られ、騎士達の重なる一声の後に騎士達が散っていく。隣に並ぶ副団長のクラークが「新兵は片付けを怠らないように」と声を張れば、新兵達から強い一声が返された。
「じゃあハリソンさん、自分は先に朝食行ってますね。」
ちゃんと食って下さいね、とアーサーが声を掛ける。
それにハリソンは一言だけ返すと、次の瞬間にはロデリック達よりも先に高速の足で騎士団長室へ向かった。残像だけを見送ったアーサーも、カラムやアランが騎士団長室の方へ向かうのを眺めながら首を捻る。近衛騎士ならば自分も呼ばれる筈、と思いながら頭を掻いた。
騎士団長命令ならば理由も考えずに従うハリソンなら未だしもアランやカラムも落ち着いた様子から呼び出しの理由は分かっているのだろうと考えながら、駆け足で食堂へと向かった。
今すぐに食べ終えれば、新兵が午前演習の準備をする頃には手伝えるかもしれない。
「……ハリソンさん達も飯食い損ねなきゃァ良いけど」
……
「朝からすまないな。近衛任務前に話しておきたかった。」
騎士団長室の前でロデリックを迎えてすぐ、アラン達は姿勢を正してロデリックとクラークに礼をした。
三人に手で応えながら、ロデリックは騎士団長室の扉を開ける。続いてクラークも中に入ってからアラン達も「失礼致します」とそれに続いた。
「今日はエリックが非番だからな。ハリソンも近衛任務に就くからお前達三人が揃うのは今か演習後だけだった。」
「どうせなら早い方が良いだろう。」
クラークの言葉にロデリックが重ねる。自分の席に腰を下ろし、起立する三人を目で見据えた。
三人共呼ばれた理由の見当は付いている。そして、今からそれをロデリックの口から放たれることに僅かな緊張が走った。唇を結び、背中を反るほどに伸ばしながら騎士団長の口が開かれるのを待った。
数秒の沈黙後、腕を組んだロデリックからは、先ほどとは比べ物にならないほどに低い声が放たれた。
「…………また思い切ったものを望んだな……。」
ズシリ、とその場の空気全てに重量を加えるようなロデリックの声に、余計三人の緊張が跳ね上がる。
ハリソンが一番に「申し訳ありません」と淡々とした声で謝罪したが、アランとカラムはまだ固まったままだった。引き攣った笑みのまま返す言葉もないようにロデリックを見返す。やはりそうか、と自分達が呼ばれた理由を確信した。ロデリックの隣ではクラークが既に、くっくっと喉を鳴らして笑っていた。「謝る事ではない」とロデリックがハリソンに断った後、長い深い溜息を吐いてから話を続けた。
「昨晩、女王陛下から通達が届いた。……正式に、承認されたということだ。日取りは三日後。私とクラークも同席する。準備や支度については、……言うまでもないだろう。」
その言葉に、三人は同時に目を見開いた。
予想していたこととはいえ本当に叶うのだという驚きと喜びが大きい。ロデリック達の前でなければアランは飛び上がっていた。よろしくお願い致します!と三人は声を揃え、今度こそ頭を深々と下げた。その返答に早々と二度目の長い溜息を吐いたロデリックは一度ぐったりと背もたれに身体を預けた。眉間に皺を寄せ、三人を順々に見やる。
「わかっているだろうが、これは特例だ。今回の功績とプライド様からの願いがなければ到底あり得ないことだ。部下達にも、そして己にも肝に命じておくように。」
念を押すロデリックに三人はまた言葉を揃えた。
机に肘をつきながら、軽く頭を抱えるロデリックは若干ぐったりする。つい先日アーサーの表彰式やティアラの王妹確立があったばかりだというのに、今度はこれかと思う。
しかもアランやハリソンは未だしもカラムまで便乗するとは思わなかった。三人同時に同じことを考えたとは考えにくい。ならば、誰かが提案して残り二人を誘うか巻き込むかしたのか。性格から言えばアランが妥当かと考えながら頭を重くする。歴代騎士団長の中でも自分ほど部下に驚かされてばかりの者はいないのではないかと半ば本気で思う。
そしてわかってはいたもののプライドの騎士団への影響力を痛感した。今回のことで、彼ら三人は特例だと騎士達にも言い聞かせておかなければ確実に笑えない事態になるだろうと確信する。……そして、隣に並ぶ友は腹を抱えて笑うだろうということも。
「当日には今も滞在中であるハナズオ連合王国も当然城内にいる。恐らくは招待もされるだろう。既に〝一週間前〟でもある。……気を引き締めるように。」
鉛のように重いロデリックの言葉に、三人は口の中を飲み込んだ。
引き締めないわけがない。これがどれほど特例か、そして他ならない自分達が胸を張らなければプライドや騎士団にも恥をかかせることになる。
再び声を張り上げ、頭を下げればロデリックは「以上だ」と彼らに退室を許した。扉に近いカラムから順々に礼をし、外へと去って行く。クラークが笑いを噛み殺している中、ロデリックは始終眉間に皺を寄せ、彼らの退室を扉が閉めきられるまで見届けた。
「……クラーク。いつか、本当に陛下にお咎めを受けそうだと思うのは私だけか?」
「その時は私も頭を下げるさ。それにハリソンはああいう奴だからだが、……カラムとアランも今回は本当にやりきってくれた。」
大目に見てやろう、と続けて笑うクラークにロデリックも無言で頷いた。
『あの方の犠牲を許すな』
奪還戦の拷問塔。
そこでのやり取りは一部始終とは言わずとも通信兵を介して報告は受けていた。正気を取り戻し、自害しようとしたプライドを瞬時に止めたのがカラムだということも、それでも死を望むプライドからナイフを手放せさせたのがアランであるということも知っている。
『あの方を守るだけではない、時には阻め。犠牲となる前に窘め、無理にでもお止めしろ』
防衛戦後の二人に、そう指示をしたのは他ならないロデリックだった。
プライドの危うさに気付いていたからこその指示を、間違いなくカラムとアランは果たしてくれた。罪の意識に潰されかけた彼女を、いっそあの場で死んだ方が楽だったと嘆いたかもしれない彼女を引き止め、阻んだ。
たとえこの先に死よりも辛い事があり、彼女を今以上に苦しめることになろうとも、それでも意思に抗った。
あの時にロデリックが望んだことを彼らは間違いなくやり遂げた。
そしてきっと、この先も彼らはそれを貫く覚悟があるのだろうとロデリックとクラークは確信する。
「あの〝褒美〟は、カラム達に相応しい。……それは、私もわかっている。」
そうだな、とクラークは端的に言うロデリックに苦笑する。
彼らしい感想だと思いながら、何だかんだでやはり彼も喜んではいるのだなと理解した。
椅子に座る友の肩を叩き、自分も扉へ向かう。「さ、早く行かないと朝食に遅れるぞ」と声を掛ければロデリックも無言で椅子から立ち上がった。クラークがドアノブを掴み、回して開け放てば蓋をした外のざわめきが一瞬で彼らの耳に飛び込んだ。
「ッッハリソンさん‼︎何やってンすか!部下へ奇襲前に飯食いに行って下さいって‼︎」
ガキィィィンッッ!と金属の音が強く響き、見ればハリソンが八番隊の騎士に奇襲を仕掛けているところだった。
その光景にクラークが再び苦笑う。ロデリックも呆れたように片手で顔を覆ってしまう。
早々に食事を終えた八番隊の騎士に斬りかかったハリソンが、次の瞬間にはナイフまで投げ放った。「すぐに終わる」と振り返らずに返したが、アーサーは「ハリソンさんの分食っちまいますよ!」と更に声を荒げる。新兵を手伝う為、急ぎ食事をかき込んだ彼もちょうど演習場へ戻ってきたところだった。
アーサーの言葉に、それはそれで構わないとハリソンは思ったが、敢えて口を閉ざす。既にアランとカラムの姿はなく、ハリソンだけが未だに食堂へ向かわないままだった。アーサーの叫びとハリソンの猛攻を受けながら、必死に攻撃を避ける八番隊騎士だけがそれどころじゃない。ただでさえいつもよりも手加減が損なわれたハリソンからの一撃は、集中力を切らせれば大怪我もあり得るのだから。そしてアーサーの叱責を受けて、ならばさっさと済ませようとするハリソンが接近戦へ持ち込もうとすれば
「ッ今日朝食抜いたら明日は俺の分も食って貰いますからね⁈」
あくまでハリソンと部下との手合わせに実力行使は我慢したアーサーが、代わりに怒鳴った。
その途端、ハリソンの攻撃がピタリと止まる。キィンッ!と軽く刃が騎士の剣表面に触れたが、それ以上は踏み込まなかった。長い左右の黒髪でアーサーの位置からは表情が読めないハリソンだったが、騎士が反撃を試みるよりも先に一瞬で姿を消した。
ぶわり、とロデリック達の位置までも風圧が届き、食堂へ向かい高速の足で移動したハリソンはもうその場にはいなかった。自分への罰の為に明日のアーサーに朝食抜きをさせるわけにはいかない。
わかりやすいハリソンの姿に喉を鳴らして笑うクラークは「大はしゃぎだなぁ」と呟いた。今日は部下への奇襲が増えるだろう、と思いながらも止めるつもりはない。
残されたアーサーが部下である八番隊の騎士に手合わせの邪魔をしたことを詫びたが、そっけない返事で返される。既に八番隊からの反応には慣れていたアーサーもそれには全く気にせず、扉の前で佇んでいたロデリック達に気付くと頭を下げた。「失礼致しました!」と声を上げ、演習の準備を始めようとする新兵の手伝いへと今度こそ走った。
「今日も平和だな、ロデリック。」
「……それが最良だ。」
急ぐか、と言葉を返しながら彼らもまた早足で食堂へと向かう。
今日もまた、自分達の出番がないほどに平和な一日が続くことを心から願いながら。
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