673.破棄王女は訪れ、
「ありがとうレオン、買い物に付き合ってくれて嬉しいわ。」
当然さ、と。レオンは滑らかな笑みで返してくれた。
アネモネ王国、城下。その王都に、私達は訪れていた。
祝勝会が終わって三日。お祭り騒ぎを終えて、いつもの平穏が戻ってきてとうとう私はまたアネモネ王国との定期訪問を再開することができるようになった。奪還戦での罰を命じられた私にとって、貴重な城外の空気だ。
夜通しの祝勝会が終わって殆ど間も無くだし難しいようだったらと、書状にも書いて尋ねてみたけれど、快く受け入れてくれた。
本当ならもう少し日を開けてからも考えたのだけれど、どうしても早めに済ませたい買い物があった。今回はその私の買い物にレオンも付き合ってくれている。第一王子直々のガイド付き買い物なんて贅沢過ぎるけれど。でも、今日はステイルもティアラも来れなかったし、レオンが付き合ってくれるのは本当に嬉しい。
「ティアラも今日から王配業務に携わっていくのだろう?フリージアの王宮もまた賑やかになるね。」
「ええ。私の方が二人がいなくてちょっぴり寂しいくらい。」
ふふっ、と笑いながら思わず本音を言ってしまう。
ステイルとティアラはヴェスト叔父様と父上に付く為に城に残った。次期王妹のティアラは、恐らく今度の式典後は更に父上付きとして忙しくなる。その為、今日は他の護衛を抜いたら私と近衛騎士のカラム隊長とアラン隊長の三人だ。今も馬車にレオンも一緒に四人で乗り込んでいる。
向かいの席に中性的な綺麗な顔が近いので少し緊張する。……というかレオンの場合はたまに出すあの妖艶な笑み攻撃が直撃するのを身構えてしまう。
「寂しがる必要ないじゃないか。二人は君とずっと一緒にいる為に頑張っているのだから。その分、土産話をたくさん今日は作っていこう。」
本っ当にレオン優しい。
滑らかな笑みを浮かべながら優しい言葉を言ってくれるレオンに私も思わずはにかむ。ええ、と言いながら見つめ返せば、嬉しそうに翡翠色の瞳を揺らしてくれた。
確かにレオンの言う通りだ。今日も私ばっかり楽しいことをしているのは気が引けるけれど、それならその分ちゃんと二人に楽しい話を持ち帰りたい。二人が居なくて寂しいから楽しめませんでしたなんて良い年して恥ずかし過ぎる。それに今日はただでさえ、ちゃんと目的があるのだから!
「それでプライド。目的地まではまだ少し距離はあるんだけれど、……もし良かったら広場に寄らないかい?」
「?ええ、良いわよ。何か用事でもあるの⁇」
城で話した時はそんなこと聞かなかったのだけれど。そう思って尋ね返すと、肩を竦めてレオンが笑う。「いや、そういう訳じゃないんだけれど」と言いながら、蒼色の髪を耳に掻き上げた。
「プライドの復帰が知らされてまだ三日だろう?アネモネの民も君を心配していたから。……少しでも顔を見せてくれたら嬉しいなと思って。」
確かに。
レオンの言葉に凄く納得する。同盟国且つ隣国でもあるアネモネ王国にも私の病床は広まりきっていた。レオンとの盟友関係も有名だし、きっと気に掛けてくれた民もいただろう。
それにラジヤ帝国の侵攻では生きた心地のしなかった民もいる。フリージア王国が攻め落とされたら、我が国と海に挟まれた彼らにも当然火の粉がかかるのだから。何より、彼らの大事な第一王子を戦に巻き込んで大怪我を負わせて、ひと月も我が国に引き止めることになってしまったのも私の所為だ。余計に心配を掛けてしまったことを考えても、お詫びに姿を見せるのは筋だろう。
わかったわ、とレオンに言葉を返し私は気を引き締める。
最悪の場合、レオンを熱烈に慕う民にある程度のことをされても平然とせねばと今から覚悟を決める。彼らの大事な大事なレオンに怪我を負わせたことは公にはなっていないけれど、それだけの報いを受けるのは当然だ。
私の返事にレオンはほっとしたように胸を撫で下ろしてくれた。良かった、と言いながら窓を覆いきったカーテンの隙間から小さく目だけを覗かせる。レオンの姿が見えるだけで彼のファンが集まるので昼夜関わらずカーテンで締め切られている馬車の中は少しだけ薄暗い。
小さくカーテンを開けば、細い隙間から明るい陽の光が射し込んだ。もうすぐ着くから、と進行方向を眺めながら笑うレオンは少し浮足立つように座り直した。滑らかな笑みが楽しみを隠しきれないように綻んで可愛らしいと思ってしまう。
そこまで話してからふと、扉側に座るアラン隊長とカラム隊長に目を向けた。この場自体が薄暗くはあるけれど、それでも顔色が良い二人に少しほっとする。どうか致しましたか、とすぐに私の視線に気付く二人に首を横に振る。
「ううん、ただ二人とも元気そうで良かったと思って。もし体調が芳しくなかったら遠慮なく言ってくださいね」
そういって笑って見せると、二人の両肩が僅かに上がった。
その直後に深々と頭を下げられてしまう。「申し訳ありませんでした……!」と謝られて私の方が焦った。しまった、嫌味に聞こえてしまっただろうか。
いえ、そういう意味では!と必死に弁護するけれど頭を下げた二人の耳がほんのり赤い。そんなに緊張するほど圧を掛けたつもりはないのに!やっぱりまだラスボスの時の威圧感が残っているのだろうかと心配になる。
昨日、近衛で来てくれた時、カラム隊長とアラン隊長、そしてエリック副隊長も顔色が優れなかった。三日前の夜通しの祝勝会の疲れが響いたのかと聞いてみたら、三人とも「飲み過ぎただけ」らしい。……祝勝会で徹夜した日にまた飲むなんて三人とも元気だなぁと思う。
特にカラム隊長は凄くその件を尋ねた時には落ち込んだ様子だったし、アラン隊長に至っては額に擦り傷の痕がうっすらあった。今日はもう怪我治療の特殊能力の効果で綺麗に消えているので何もないけれど。
近衛任務中は全く問題なくこなしてくれた二人だけど、それでも少し顔色は悪かったからアーサーがいることを踏まえてもやっぱり少し心配だった。騎士団長からの配慮なのか、控えのハリソン副隊長まで加わって三人の近衛時間を短めにされて休息時間を確保されていたし、単なる飲み過ぎにしては色々気にかかることが多かった。
「今日もごめんなさい、お疲れのところで買い物まで相談に乗って頂くことになってしまって。」
「!いえ、とんでもないです‼︎むしろすごく楽しみですから!」
「どうかお気遣いなく……!体調管理も全て我々の責任です!」
アラン隊長とカラム隊長がすごい勢いでフォローしてくれる。
今日の買物はどうしてもアラン隊長とカラム隊長が近衛の時じゃないとできなかったから近衛の調整も買物のこともお願いしたけれど、二人とも快く了承してくれた。
特にアラン隊長は凄く乗り気だった。私もアラン隊長なら前のめりに協力してくれるかなとは思ったけれど、本当に文字通り前のめりに凄まじい勢いで「良いですね‼︎」と同意してくれた。一人で考えるより二人の協力を貰えた方が絶対良いと思ったから協力して貰えると返して貰えた時は嬉しかった。
そしてレオンもアネモネ王国の城に到着してから相談したら快く協力を申し出てくれた。お勧めのお店を案内してくれるだけで良かったのに、彼自ら有力候補の店から今日買い付ける貿易船の品まで全てを紹介と案内をして回ってくれる事になった。貿易最大手国の王子様本当に心強い。無事買えたら後はフリージアの王都で転写の特殊能力者のいる店に行って……
「僕もアランとカラムが居ると心強いよ。やっぱりこういう物は、僕の好みだけじゃ選べないから。」
折角なら良い物にしたいよね、と楽しそうに笑いかけてくれるレオンに、はっと顔を上げる。うっかり頭が予定で詰め詰めになっていた。今は先ず買い物を成功させないと始まらない!首を軽く傾けながら笑うレオンの仕草に、私からも思い切り首を縦に振る。
その反応が少し子どもっぽかったのか、くすくすと笑うレオンが窓枠に頬杖を突いて私を見た。滑らかに笑んだままじっと見つめられて、何か顔についているのかと思い指で軽く頬を払いながらレオンに問いかける。すると、レオンは「ううん」と一度瞼を閉じて返した後に翡翠色の眼差しを私に射した。
「やっぱりあのドレス可愛かったなぁって思って。今のも良いけれど、次の僕の誕生祭にはまた着てきてくれるかい?」
レオンの言葉に、ぶわわっと一気に顔が熱くなる。
膝に重ねた両手に思いっきり力をいれながら両肩が上がる。思い出すだけで恥ずかしい!まさかここでその事を引っ張り出されるとは思わなかった‼︎
祝勝会のドレス。レオンが選んでくれたドレスは凄くすごく素敵で可愛くて、着終わった後も丁重に洗ってから大事に保存させてもらうことにした。本来、王族が同じドレスを二度着ることは滅多にないし、式典でなんてマナー違反にも近いのに!口を一文字に結んだまま、私がブンブンと火照りを冷やすように左右に風を切れば、レオンは「残念」と一言返した。でも全く残念そうじゃないし、寧ろ恐れていた妖艶な笑みを至近距離から向けてきて顔どころか身体中が火照った。
暗がりの中で色気まで倍増で溢れ出してきて、息まで詰まる。唇を絞りながら固まる私に、レオンは変わらず微笑を向けた。本当に本当にこの距離と暗がりは心臓に悪い‼︎心臓の音まで聞こえてきそうで思わず自分の胸を押さえる。
それからレオンも何も言わないで、頬杖を突いたまま妖艶な微笑をずっと私に向け続けてくるし、寧ろ私の反応を楽しんでいるのだろうかと思ってしまう。……その場合は確実に意地の悪さをヴァルに影響されている。
そうしていると、だんだんと緩やかに馬車が速度を緩め出した。