表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
無認可王女と混迷
844/877

そして沈められる。


「……ステイル様。どうにも調子が優れないようで。」


む、と。ジルベールからの投げ掛けにステイルは眼差しを鋭くした。

自分が機嫌の悪いことをわかっていながら、喜々としてそれを指摘してくるジルベールへ不快を隠さず露わにする。

王配であるアルバートから離れ、ジルベールの執務室で仕事を手伝いに場所を移した途端、また黒い覇気がもわりと彼を纏っていた。王配の執務室に現れた時から彼の異変にはアルバートとジルベールも肌で感じてはいたが、指摘されたのはステイルも今が初めてだった。


「ヴェスト摂政と喧嘩でもなさりましたか?」

「……お前のように神経を逆なでたりはしていない。」

低めた声に、ジルベールは優雅に笑んだ。

やはりヴェストと何かあったらしいとあたりをつけて、肩を竦めてみせる。一体何を、と尋ねても彼が答えてくれないのは目に見えている。そっとしておくべきかとも考えたが、このままアルバートとまで諍いが生じればステイルが気落ちするであろうことも安易に想像できた。

ステイルはアルバートの執務室に入ってから、最初こそジルベールと共に彼の手伝いに勤しんでいた。しかし父親であるアルバートも婚約者候補のことは知っていたことを思えば、自分とアーサーを婚約者候補リストに入れたのは何故かとまた気になってしまった。

自分に話してくれなかったのは、まだ仕方ない。もしヴェストに全て任されていたとすれば、父親といえどもアルバートにどうこうする権利はないのだから。だが、しかし、何故と。変わらず疑問がステイルの中に渦巻いていた。

結果、不満の色こそ無いものの部屋に入ってからはステイルからの圧が今度はアルバートへと向いていた。語りかければいつもの調子で返すステイルが、無言で父親でもある自分に圧を飛ばしてくるという状況に、アルバートはステイルがまたジルベールに似てきたのではないかと思案した。それを察したジルベールからすれば、元々自分に似た素養があったとも思うがその言い訳をする場は沈黙の中ではとても与えられなかった。

そして今度はアルバートから、自分の手伝いは良いからジルベールと一緒に資料を纏めて持ってきてくれと言い放たれてしまった。


「王配殿下にまでそう気を向けられては、その内あらぬ疑いを招きますよ。」

「疑いを生むのが得意なお前に言われると重みが違うな。」

嫌味で返せば、ジルベールはおやおやと眉を垂らした。

アルバートの前とは違い、奥に隠し切っていた苛立ちまでもがジルベールに炙り出されていく。自分でもジルベールに対しては八つ当たりだとわかってはいる。それでもヴェストやアルバートと違い、容赦なくぶつけられる相手にステイルの刃は鋭くなった。

ヴェストからの最後の一言で大分不満は落ち着いたステイルだが、それでも疑問だけは消えない。プライドを問い詰めるわけにも、ましてやアーサーやカラムに相談できる内容でもない。そして兄としてティアラに愚痴をこぼすのも嫌だった。


「そうですね、例えば……。」

トントントンとジルベールの話を聞きながらもステイルは必要より多く書類を纏める手に回数を重ねる。

ジルベールと二人では、必要以上に彼にあたってしまう自分を自覚しているからこそ衝突を意識的に回避する。彼自身に怒っているのならば遠慮なく言葉で叩けるが、そうでなければ理不尽にもほどがある。



「ステイル様が王配の座を狙っている、などと誤解を招いてはそれこそ一大事かと。」



グルンッ‼︎

勢いよく振り返るステイルの首が空を切る。黒縁眼鏡の奥が鋭く光り、ジルベールへと放たれた。

〝あり得ない〟の一言で片付けられた筈の返しが、真正直に槍となる。ステイル自身、気付いた時には反応してしまった後だった。

どちらの意味とも取れる言葉に、本気でステイルは返答に詰まる。単純にアルバートを凝視していたからと言われればそのままだが、ジルベール相手では別の言葉にも聞こえる。まるで、知る訳がないジルベールまでもがプライドの婚約者候補を知っているかのような耳通りにステイルは彼を疑った。最上層部ではないジルベールが知る訳がない。だが、ジルベールならもしくはと。

もしそうだとしたら、彼は知った上で自分が一人悶々としていたのを眺めていたことになる。若干黒い覇気に殺気を混じえながらステイルが睨めば、ジルベールは確信を得たように口角を緩やかに上げた。


「ステイル様。……気晴らしにたとえ話などいかがでしょうか。」


優雅な物腰と笑みに、ステイルは眉をひそめる。

どういうつもりだ、と思いながらも無言で了承した。睨みながら書類を纏める手を止めれば、ジルベールもそれが合図と言わんばかりににこやかに口を開く。


「〝例えば〟プライド様の婚約者候補。もし私がリストに推薦者の名を入れるとすればプライド様にとって近しい人間をいくつか入れるでしょう。」

やはりわかっている、と。

ジルベールの語り口調からステイルは確信する。一体いつから知っていたのか、そしてどうして今自分が知った事に気付いたのか。ジルベールはやはり底が知れないとステイルは思う。

近しい人間?と軽く聞き返してみれば、ジルベールは緩やかに頷いた。遠回しに自分とアーサーのことを話しているのかと思えば、更に言葉は続く。


「プライド様は、……憚れはしますが婚約は二度目になります。そして間違いなくそのことを女王陛下も王配殿下も、ヴェスト摂政殿下も気にされておられるでしょう。」

それは、ステイルにも最初から理解はできた。

プライドの相手が選りすぐられていることもわかっている。自分の誕生祭の日にヴェストからもそう言われ、更にはその一人がカラムだと知れば疑う余地もない。

女王であるローザがプライドとレオンの婚約を叶えられなかったことに気負っていたことも目の当たりにしている。ならば、今度こそと婚約者候補のリストはどれも間違いなく選び抜かれた相手だと思う。……そして、そこに自分とアーサーは普通に考えればあり得ないことも理解している。


「……それと近しい人間に何の意味がある。」

「ありますとも。プライド様は引く手数多な御方です。あの御方の隣を望む者があとを絶たないのはステイル様もご存知かと。」

また、無言でステイルは先を促す。

頷かずとも、それは当然の周知の事実だ。式典で群がる男性達からでも彼女に届く手紙の数からでもそれは証明されている。

自分を眼光で刺し続けるステイルに、ジルベールは笑みを広げると軽く両手を上に広げてみせた。「それこそ星の数ほどに」と大袈裟に言ってみせれば、ステイルから再び黒い気配が宿った。さっさと続けろと全身で訴える。


「ならばその中で資格がある者に絞り、そして残すは〝プライド様自身が隣に望むような相手〟を加えたいと。……私ならば考えますね。」

一種の親心でしょうか。とその言葉にピタッ、とステイルの覇気が収まる。

息まで止まり、唇を固く結んだまま見開いた目から鋭さが消えた。理想通りの反応にジルベールは思わず笑いを堪えて肩が震えた。切れ長な目が和らぎ、灯る。


「しかも今回は幸いにも〝摂政業務だけではなく王配の職務すらも補佐、兼任できるほどの力量を持ち合わせた〟ステイル様のお陰で〝誰であろうとも〟王配を務められる体制は整っております。ならば、プライド様が望むという点の方が厳しい条件でしょうか。〝拒まない〟と〝望む〟は天と地ほどの差がありますから。」

ピクッ、ピクピクッと堪らず俯いたステイルの肩が震える。

今の自分の顔はジルベールに見せたくない。両拳を握って耐えるが、それでもジルベールの言葉に恐ろしく自分の思考が引き摺られてしまう。


『叶うのならば摂政業務だけではなく王配の職務すらも補佐、兼任できるほどの、それくらいの力量をこの僕は自身に欲しているのです』


確かに言った。

ヴェスト付きをローザに望んだあの時、他ならない自分がそう言ったのだから間違いない。しかしまさかこうなるとまで考えてはいなかった。

これではまるで結果的に自分が王配の椅子を狙っていたかのようではないかと思う。しかも、ジルベールの言葉は何とも的確に自分の内側を撃ち込んでくる。心臓が小刻みに速度を速め出した。酸素が薄くなり、呼吸までが速まっていく。


「それこそ、プライド様が心から信頼できる御方でしょうか。欲を言うならば単なる好意だけでなく、プライド様に〝並々ならぬ〟感情を抱いている御方だと良いですねぇ。二度目の過ちを防ぐ為にも、一度婚約すれば二度とあの御方を手放さないようなー」





バシッ。





「……たとえ話、ですが。」

微笑み、そこでジルベールの言葉が一度止まった。

口封じのように自分の側頭部に繰り出された蹴りを片腕で防ぎ、その体勢のまま停止した。

薄水色の眼差しの先には、自分に長い足を高々と振り上げている第一王子がいた。防がれた一撃を引かないまま、俯かせた顔を上げ、その色は茹で蛸のように真っ赤に火照り切っていた。唇を引き絞り、漆黒の目を光らせているにも関わらず、その顔はあまりにも情けない表情だった。

ステイルの珍しい表情を引き出せたことに意地悪く満足したジルベールは、悪びれもせずに笑んだ。ゆっくりと彼の足を下ろさせながら穏やかな声で更に追撃を浴びせる。


「いかがでしょう。そのような御人がおられますかねぇ?ステイル様、どなたか心当たりはありませんか。」

「お、前はっ……‼︎‼︎昔ッからそういう所が俺は嫌いなんだ‼︎‼︎」

悪戯するように声の抑揚を踊らせるジルベールに、ステイルは震えた唇で怒鳴りだす。

怒るステイルに「存じておりますとも」と受け流すジルベールは歯牙にも掛けない。そしてあくまで知らないふりをする。自分が話したのはあくまでたとえ話、彼は婚約者候補が誰か知れるわけがないのだから。

しかし、プライドが選ぶ相手。そこに王配としての絶対条件の一つがステイルによって取り払われ、更には二度目の婚約者という絶対に間違えられない状況で、想像できる相手は彼の中で名前も幾らか入っていた。更にはその中でプライド自身が選ぶとあれば、余計に選択も容易に絞れる。そして誕生祭でカラムが明らかに婚約者候補として現れた時に九割近くはステイルとアーサーで確定していた。

三人の一人が伯爵家とはいえ、城内に住むことを許されるほど大きな家柄でもない。彼がリストに入っているならば第一王子のステイルや、同じく騎士として優秀なアーサーが入るのも想像できる。アーサーがステイルの友人なのはローザ達にも周知の事実だ。ステイルが王配を支えるという点で考えても、その彼の友人であれば都合も良い。そしてヴェストの慧眼であれば間違いなく見逃さないであろうこともわかっていた。


「覚えがありましたら是非、参考までにお聞かせ願えませんか。私の足らぬ頭ではとてもとても思い当たりませんので。」

「知、る、か‼︎‼︎億が一知ろうともお前にだけは絶対に教えてやるものか‼︎」

ギリギリと口に力を入れるように歯軋りを鳴らすステイルに、ジルベールはにこにこ笑う。

やはり、そうか、なるほどと。頭の中だけでその言葉を飲み込み、笑んだ。本音であれば「おめでとうございます」の一言くらいは伝えたいと思うが、それを言えば情報漏洩を認めることになる。

代わりに切れ長な目をこれ以上なく柔らかく笑ませれば、ステイルが真っ赤な顔で今度は拳を突き出した。しかしそれもパシンッと軽々ジルベールの手のひらに受け止められる。未だに素手だけでは敵わないのだという事実にステイルは顎が痛むほど食い縛った。瞬間移動を使おうかと思ったが、素手での負けを認めるようで躊躇った。


「おやおやそれは困りました。プライド様に万が一にも不逞の輩が婚約者候補となっていたと考えると夜も眠れません。」

「ッお前の心配など必要ない‼︎姉君に不逞の輩などっ……っ。」

一度、言葉に詰まる。

頭に血が上り過ぎてクラクラする。ジルベールに乗せられてうっかり自分の口から肯定する言葉にならないかと考える。

悔しいほどにジルベールの言葉に無理やり納得させられてしまったのを自覚する。単に奴の口車に乗せられているだけだとも思うが、だがどうしても納得してしまう。そして納得したい自分がいる。

自分とアーサーが選ばれた理由。リストに入れたのがローザかアルバートかヴェストかはわからない。しかし、その理由がもしプライドの幸せを願ってのことだというならばこれ以上の理由はない。

そしてその結果、カラムだけでなく自分とアーサーも含まれたというのならばこんなに嬉しいことはない。極め付けにはそのリストから本当にプライドが選んでくれ、そして今も候補者から外そうとは思わないでいてくれたと知れば、それ以上の理由を望むのは恥ずべきことだとすら思う。王配が誰でも選べるという要素の元で、様々な条件下で自分とアーサーが選ばれたのならば不満に思うことなど無いではないかとさえ思えてしまう。

今はただ、プライドに婚約者候補の一人として選ばれたことが嬉しい。

アーサーもカラムもプライドを独占するような人間でも、彼女の意思を捻じ曲げるような人間でもない。これでもう何も躊躇いもなく彼女の傍にいられる。安心して他の男を跳ね除けられる。もう孤独感を味わうことも、扉の向こうに消えていく彼女に胸を痛めることもない。彼女を狙う男が現れる度に一歩引くか否か考える必要もない。婚約者候補で居られる間はその権利が自分にもある。

婚約者候補は、彼女との時間が優先された立場の人間なのだから。


「……ッ不逞の輩など、二度と〝俺達が〟近づけたりなどするものか‼︎‼︎」


顔を真っ赤にしたステイルの怒鳴り声が、扉の向こうまで響き渡った。

片手が塞がったジルベールの耳を弓のように貫いたが、それでも僅かに顔を傾けるだけで笑顔は変わらない。むしろ、目の前で決死の宣言をする青年が微笑ましくすら思う。

一息に腹から声を捻り上げた所為で直後からステイルの息は乱れたが、それ以上に言葉にした途端心臓の音が大きくなった。ハァ、ハァッと肩で息をしながら、漆黒の目がプライドの目のようにつり上がった。怒りも喜びも羞恥も全てを拳に込めて更にジルベールへと打ち込んだ。


……また、彼女の最も傍に居られる。


その権利を自分は国の最上層部と他ならないプライドから与えられた。

たったひと時のプライドとの最優先権利。それでも、今は充分幸せだと思う。彼女が選んだ三人は間違いなく、彼女の心と幸福を優先する人間だと、自分はよく知っているとステイルは思う。


「これはこれは。大変失礼を致しました。ステイル第一王子殿下。」

ステイルの渾身の一撃すら軽々と片手で防いだジルベールは、穏やかに笑んだ。

熱が込もったステイルの拳を受けたままそっと包み、また降ろさせる。今度はすぐに手を引いたステイルは「フン‼︎」と音に出して鼻息を荒くすると、僅かにずれた眼鏡の黒縁の位置を直して押さえつけた。纏め終えた資料を乱暴に片腕に抱えると、「さっさと行くぞ‼︎」と声を荒げたままジルベールに怒鳴る。

ええ、とステイルの背中に深々と頭を下げたジルベールもまた、必要書類を手に取り、彼に続いた。


その後、再び王配の執務室に戻ったステイルが完全にいつもの調子に戻っていたことに、アルバートは気付かない振りをしながらも舌を巻いた。

父親の自分でも預かり役のヴェストでも持て余し、敵わなかったことを難なくやり遂げたジルベールにやはりステイルが一番影響を受けているのは彼だろうと、心の底で敗北感すら感じてしまった。


162

163-2

383

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ