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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
無認可王女と混迷
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そして怒られる。


「ッだ!から!!もう話もついたことなンで!!」


キンッキンッ!!とけたたましく金属同士の音を響かせる中、アーサーは喉を張り上げる。

新兵の目にはアーサー一人が目に見えない敵と争っているようにも見えたが、実際は確かにそこにいる。風が何度も彼の四方を吹き抜け、そして余波が数メートル先にいる騎士達にも届く中、アーサーは何度も同じ言葉で弁明を続けていた。

鍛え抜かれた本隊騎士にすら、目を凝らさなければアーサーが人間ではなく黒い風と対峙しているようにも見えた。それほどに今アーサーと闘っている相手は本気に近い。いつもは部下への奇襲にも特殊能力を控えることが多い彼が、今は容赦なくその能力を使って襲いかかっている。


「関係ない。騎士団長に刃を向けたことには変わりはない」

黒い風が一人言のような声でそう呟いた。

同時に右手の剣が助走をつけ、高速で弓矢のように放たれる。いっそ弓よりも鋭く厄介だと思えるその突きをアーサーは一振りで弾いた。勢いのままにハリソンの軌道が逸れるが、弾かれたと理解した瞬間に地面を蹴ってまた態勢を立て直す。今度は傍にある木を蹴り、無重力のように真横からアーサーへ飛び込んだ。

最初に斬り掛かられてから容赦のないハリソンの剣戟を捌き続けるアーサーは、まだ反撃をしようとはしない。ハリソンから一歩間違えれば即死が免れない攻撃を受けながら必死に口を動かした。


「そりゃァそうっすけど……!!」

自分でも言われてみれば確かに父親とはいえ騎士団長であるロデリックに襲いかかったことは騎士団の規則に引っかかりかねないことはわかっている。

実際、彼が実の息子でなければ確実にその場で騎士団総出で取り押さえられるか、処罰の対象になっていた。騎士団内での個人的な争いすら、ものによっては規律違反になるが、上官どころか騎士団長に剣を振るい暴言を吐くなど通常であれば許されない。

しかし、アーサーにとっても今回ばかりは譲れなかった。プライドから衝撃の事実を聞かされ、ここで大人しく言葉だけで耐えられるわけがない。次のロデリックの休息日までこの怒りと衝動を抑えておくのは流石のアーサーにも困難だった。

再びハリソンから横殴りの剣撃を繰り出される。

アーサーもそれをいなすように今度は弾くのでなく、刃同士を滑らせれて軌道を変えた。同時に火花が散るほどの摩擦を引き起こす。パチパチとした火花に僅かに身を反らし、と剣同士が擦れ合う中でハリソンを肉眼捉えられる内にと反対の手で左腕を捕まえた。

高速の足が急激に停止され、反動でハリソンの足が僅かに浮く。次の瞬間にはその浮かんだ足のまま身体を捻らせアーサーの側頭部を回し蹴りが狙った。

「ッだ?!」とまだハリソンから反撃があるのかと思いながらアーサーも背中を大きく反らして避ける。その隙にせっかく捕まえたハリソンの腕も逃がしてしまった。


「言い訳があるならば言ってみろ」

淡々と冷たく告げる言葉だが、他の騎士達はその言葉に「聞くのか」と心の中だけで声を揃えた。

ハリソンは基本的に言い訳は聞かない。しかも今回は彼が忠誠を誓う騎士団長とロデリックへの無礼でもある。それを攻撃こそ本気であるものの、あのハリソンが理由を聞くなどと誰もが思った。それはつまり要件によっては剣をしまってやっても良いということなのだから。

しかし、アーサーもそれを言われれば。逆に先ほどより険しい表情で歯を食いしばってしまう。まさかプライドの婚約者候補に入れられていたことを黙られていたのが腹立ったとなどいえるわけもない。そして口を噤めば余計にハリソンからの攻撃は鋭さを増した。

どうした、言えないのかと一撃凌ぐ度に尋問のように一言重ねられ、どうして戦闘の時ばかり口数が増えるんだとアーサーは今更過ぎる不満を思う。いっそ自分を尋問するべく口を動かす為に殺しにかかっているんじゃないかとまで考えてしまう。次の瞬間には、空中に飛んだハリソンから槍のように剣が投げられた。

流石に受けきるよりもと横に一歩跳ねて地面に深く突き刺さる剣を見送ったが、これでハリソンの武器は減ったと自分の剣を腰にしまったアーサーは地面に刺さったその剣を片手で抜いた。力尽くで乱暴に抜いた為、地面の亀裂から土が跳ねる。



「じッ……分ッも色々あるンすよ!!」

ハリソンの剣では自分の剣より使いこなせないことはわかっている。

だからこそ先ずは武器を奪うことを優先に考えたアーサーは、ハリソンへ遠投のように渾身の力で剣を投げ返した。ブバッ!!と空を鋭く裂く文字通り飛ぶ斬撃そのものと化した剣に流石のハリソンも掴み取れない。捉えられないことはないが、アーサーが本気で放てば空中で剣を掴んだ瞬間に剣の勢いに負けて自分の高速の足が鈍る方が今は致命打になる。

投げ放たれた剣の軌道だけ読んで避けたハリソンは、高速の足でアーサーに距離を詰めていく。ハリソンに受け取られなかった剣はそのまま真っ直ぐ十メートル以上先に佇む木へ根元まで刺さった。

ハリソンの拳が腹へ向け、放たれる。鎧を着込んでいようとも確実に響くであろうそれにアーサーもとうとう前足を出した。正面から突撃してくるハリソンに長い足で先に一撃与えようと踏み出すが、次の瞬間には高速の足でそれすらも避けられてしまう。

一瞬で正面から真横に移動したハリソンの残像にアーサーも気付くと、鍛え抜かれた反射神経で腕を出す。直後には自分の顎を狙ってナイフを振り下ろすハリソンの手首を掴んでいた。ギギギギッ……とほんの一秒、二秒の間だけハリソンの動きが止められる。ナイフを握る右手首を掴まれ、そちらにアーサーが集中してる間に反対の手で懐から新たにナイフを近距離から放とうと忍ばせた瞬間。

ガンッ!!とアーサーの頭突きがハリソンの頭頂部に直撃した。

まるで不出来な鐘でも鳴らしたかのような音が余波まで響き渡り、遠巻きで見学していた騎士達も唖然とする。歯を食いしばったまま息を切らせて佇むアーサーに反し、真上からの攻撃に流石のハリソンも脳が揺れ、足下がフラついた。しかしそれでも態勢を立て直そうと、グラつく視界で自分の手を握る相手へ触覚のみで照準を合わせる。前のめりに倒れ込むように見せて彼の銃を奪おうとそっと手を伸ば




「〝親子喧嘩〟なンすから‼︎‼︎ちょっとぐらい大目に見てくださいよ‼︎」




「?!…………」

予想外のアーサーの訴えにピタリとハリソンの手が止まった。

あと数センチでアーサーの銃に指が届くと思ったところで中断された。その躊躇いの内にアーサーは掴んだハリソンの右手首を高々と腕の力だけで持ち上げた。ギ、ギ、ギ、と単純な腕力だけならばアーサーに軍配が上がる。

右手だけが釣り上げられるようになることで、自然と前のめりになっていた態勢も背中から伸びていくハリソンは、瞼のなくなった目のまま顔ごとアーサーを見上げた。眉間に皺を寄せ、肩ごと息を切らせながら険しい表情で自分を睨む表情は、やはり父親であるロデリックによく似ていると思う。

動きを止め、自分を真っ直ぐ見つめるハリソンに、戦闘無しでも続きを聞いてくれる気になったのかなとアーサーも一縷の希望を抱く。本気でハリソンとこのまま闘り合えば、ロデリックかクラークが止めに入るまで続きかねない。最悪の場合はまた明日の朝まで続くだろうと思えば、ここでできる限り言葉での説得を試みたかった。

ゼェ、ハァと息を切らし続けながら、警戒するようにアーサーもハリソンの紫色の瞳から目を離さない。アーサーが右手首を持ち上げたせいで、顎も少し上げるような状態になったハリソンは、パッツリ切り落とされた前髪からはっきりとその顔が見えた。


「……な、ので……、本ッッ当にくだらねぇ親、……子喧嘩なので……、大目に見て頂けねぇっすか……」

自分で言って恥ずかしい。

もう二十代にもなった自分に〝親子喧嘩〟などという言葉を使う日が来るなどアーサーも思いもしなかった。羞恥でじわじわと内側から顔が茹だっていくのを感じながら、ハリソンを見つめ続ける。

ハリソンも、予想だにしなかったアーサーの言い分に切り返しがすぐには思いつかなかった。更にはアーサーの叫びを聞いた周囲の騎士達も「親子喧嘩……?」「アーサー隊長と騎士団長がか?」とコソコソと囁き合い始める。その声一つ一つを耳で拾ってしまう度にピクピクと痙攣するようにアーサーの肩が震え、耐えきれず一度口の中を噛んだ。

いい歳して何いってンだ俺、と心の中では叫ぶが、実際そうなのだから仕方が無い。事情も言えず、喧嘩内容も言えない今、唯一ハリソンからの糾弾を免れる方法は〝家庭の事情〟という武器しかなかった。

今からでも撤回したい、逃言したいという欲求に耐えながらハリソンの熱が冷めるのを待ち続けるアーサーに、ハリソンが口を開いたのは三分も経過してからだった。


「…………親子喧嘩……?」

理解不能の言葉かのように小さく繰り返すハリソンにアーサーも一言の肯定で返した。

先ほどまで固くナイフを握りしめていたハリソンの右手が僅かに弱まり、気付かれないように薄く息を吐く。最悪の場合はそれも「理由になるか」と再発するかとも思ったが、今のところは鎮火していっている気がする。高々と上げていたハリソンの手をほんの少しだけ降ろし、釣り上げるのではなく自由を奪う程度の高さまで低めた。


「……ちょっと、自分と騎士団長とで、その、騎士団とは関係なく腹立つことがあって、…………それで、喧嘩を売ったのは自分すけど。」

上手く誤魔化そうとするか、最後は正直に折れてしまう。

真っ直ぐと自分の目を両目で見つめ返してくるハリソンに嘘を付くのはアーサーに困難だった。むしろさっきまであんなに怒っていた筈の自分の方がいつのまにかハリソンに鎮火されているんではないかと思えてくる。

ぽつぽつと遅く口から零すように言う内に、自分一人で話しているような気分にまでなってくる。他の騎士達の視線も刺さる中、親子喧嘩で先輩に怒られ言い訳をしている自分が情けなくなる。

唇を結び、それから解けば、一度目まで逸らしてしまった。全く返事のないハリソンに、何か一言でも答えて貰えないかと言葉を探す。


「ハリソンさんは、その、……やっぱそォいう親と喧嘩とかはなかったすか?」

「〝喧嘩〟はない」

きっぱりと、それこそ剣より先に彼を両断するような言葉にアーサーは首だけをガクンと落とす。

そうっすよね……、と半ば諦めながら納得もした。目上の人間である騎士団長と副団長、そして上官になった自分の言うことを忠実に執行してくれる彼なら、同じように親に対しても逆らうなどあり得なかったのだろうと思う。それほど厳格な家だったのか、それとも元々ハリソンがそういう気質なのか、もしくは、……思っていた以上に自分自身が実は甘ったれて育った方なのだろうかと若干落ち込みたくなった時




「〝蹂躙〟だけだ。」




…………、と。今度はアーサーの方が言葉を失った。

必要最低限の言葉しか口にしてくれないハリソンの言葉に疑問がいくつも出てくる。

そっちの意味か、そして蹂躙の主語はどちらかと色々考えたが、さらりと言い切られたその言葉に深入りしてはいけないと思った。

あまりの言葉に、そうっすかとしか返事を出せなかった。ポカンと口を開けたまま蒼色の瞳を丸く見せるアーサーは、無意識に彼の右手首を掴む力が弱まった。それを見逃さなかったハリソンは、振り払うようにして手を引き、自由になった手を身体の横へ降ろした。そのまま再び戦闘に戻ろうとはしない。


「お前と私では〝父親〟の質が違う」


少し考えを捻らせれば背景がわかってしまいそうなハリソンの発言に、アーサーは瞬きしかできない。

もしかしたら触れてはいけないことを言わせてしまったのではないかと、自分のことは思考から消え、ハリソンに謝罪すべきかどうかすら考える。

しかし、ハリソンにとっては別段隠す必要も話す必要もない経歴だ。それよりも急に覇気が薙いでしまったアーサーの方が彼は彼で気になった。何か返答を間違えただろうかとまではわかっても、そこで深く考える気にもならない。もっと説明しろという意味かとも思ったが、アーサーの父親とは比べるのすら烏滸がましい自分の父親についてここで口にすべきでないと判断した。雲泥どころか、天と地でたとえようとも不敬にあたる。

しかし、だからと口を閉ざせばアーサーの肩が次第に落ち込むように丸くなってしまう。最終的には自分にしか聞こえない潜んだ声で「すんません……」と謝られれば、正直に首を捻ってしまった。何故ここでアーサーが謝るのかがわからない。

これでは自分が次に攻撃を放ったら、気付いても甘んじて受けそうになるアーサーにハリソンまで気が削げた。短く溜息を吐いた後、元々何の話しをしていたかと記憶を巡らし、口を開く。


「………………騎士団長のご判断に間違いなどありはしない。」

はい。と、それしかアーサーも言えなくなる。

今は売り言葉に買い言葉でも自分の父親を否定するような発言をしたら、確実にナイフを振るわれると思う。自分の父親が立派であることはアーサー自身よくわかっている。常に正しく在り、正しく判断し、そして行動するのが自分の尊敬した騎士であり、父親なのだから。

しかし、そう思っている間にもハリソンが言葉で彼を刺す。


「意見の相違ならば、間違っているのはお前の方だ」

「……いえ、その相違つーか腹が立って」

「お前が悪い」

あまりにもロデリック絶対主義のような意見に、流石のアーサーもやんわり抵抗したがすぐにたたき折られた。

まだ自分とロデリックの間にどんな喧嘩があったか、事情すら何も知らないハリソンにそこまで断言されると少し引っかかる。殺しにかかられないだけマシだが、責められて怒られるにしてもせめて少しは事情を踏まえて怒って欲しいと思ってしまう。実際はその事情を言いたくないのが自分にも関わらず。


「……腹立ったってのが、……騎士団長が俺に隠してたことで」

「お前が悪い」

「いえでも、騎士団長もそこに関しては一応さっきので非は認めて」

「お前が悪い」

「………………」


黙殺するハリソンと、肩も首まで丸くなって俯きだすアーサーの姿は、周囲の騎士達にはあまりも珍しく光景だった。

ただでさえ、聖騎士が先輩とはいえ部下に叱られるというだけでも後世に残されかねない場面である。だが、それ以前に可愛がっているアーサーをハリソンがよりにもよって〝言葉〟で叱りつける姿も、そして小さくなっているアーサーの姿も全て、耳や目を疑う光景だった。騎士団の中でも長身のアーサーが今は親に怒られている小さな子どものようだった。


「…………隠されてたのが、俺の方でもっすか」

「お前が悪い」

ンぐぐ……と俯けた顔でアーサーは口の中を噛むが、それ以上は言えない。

父親が婚約者候補について、しかもプライドの婚約者候補のことについてずっと黙っていたのだと。張本人である自分にだけ教えてくれなかったのだと訴えたい気持ちを必死に押し込める。

頭ではわかっている。先ほどのロデリックとの喧嘩でも何度も思った。他の誰でもない、息子の為にロデリックがその重大事項を押しとどめてくれていたことは。しかしそれでもと、やはりどうしても不満が残る。

やっぱり今度こそ一発殴りたいと思ってしまう程度にはアーサーは覇気を呼び戻した。口の中を噛んだまま力が入りすぎて血の味が満ちる。

顔を俯け未だ小さくなりながら、僅かに覇気を放ち出すアーサーにハリソンはまだ何か不満があるのかということだけ理解する。ハリソンからすれば、騎士団長であるロデリックが間違うことなどあり得ない以上、確実に間違ったのはアーサーだと思う。だが、それを演習中に一度も口答えすらしたことのないアーサーが自分へ不満を抱くというのならばと考え、ゆっくりと口を開いた。


「……信頼に足らなかった結果だ」


「!!」

ガバッッ!!とその言葉にアーサーは勢いよく俯けていた顔を上げた。

目が零れ落ちそうなほど開いたまま蒼く光るそれをハリソンに向け、唇も引き結ぶ。

アーサーが強い反応を見せて光を宿したことに「もっと話せと言うことか」と、ハリソンはもう一度だけ口を動かした。仕方なく、とは思えないほどに容赦ない言葉を躊躇いなく。


「隠されるほど騎士団長の信頼に値しなかったお前が悪い」


普通に聞けば辛辣と取れる言葉が、アーサーには真っ直ぐと捻ることなく突き刺さった。

自分にどうして隠していたのか。それが自分を想ってのことなのはちゃんとわかっていた。しかし、今回ばかりは自分に非があるとまでは今の今まで考えてもいなかった。そして今、その言葉を飲み込みきった途端、一瞬で顔色が赤く茹で上がる。息を引き、肩まで力が入ったまま背中が伸びるどころか反り返す。じわじわと、さっきロデリックに殴りかかった自分が癇癪を起こした子どものように思えて羞恥が噴き出した。

ロデリックは自分の為に言わなかった。何故それが自分の為になるかといえば、それは聞いたら確実に自分が取り乱すと考えたからだ。そして取り乱す原因は相手がプライドであること、そしてティアラのことがなければ王配に位置付く自分は騎士団長になるという夢を諦めなければならなかったこと。だからロデリックは隠していた。つまりロデリックが自分に隠していた理由は元を辿れば間違いなく



── 俺が!!絶ッッ対に頭悩ますって〝わかってた〟からだろォが!!!!



「〜〜〜〜っっ‼︎‼︎」

馬鹿だろ俺!!とそう自分で自分を叱咤した途端、ボンッと頭が破裂する音がした。

自分が頭を悩ますことは、誰よりも自覚できている。しかし、自覚できているだけでは意味がない。つまりは〝そういう〟自分だから打ち明けて貰えなかったのだと思い返せば、一気にロデリックへの怒りが沈下する。

もしここで「ンなことない」と「悩むわけねぇだろ」と一蹴できれば良かった。それならばまだ父親に怒っていられた。だが、現に自分は悩む。そして悩んだ結果騎士としての任務に支障を来す。それは否定のしようのない事実だ。つまり一言で言ってしまえば、自分の〝能力不足〟が元はという原因だと思えば納得してしまえた。もしかすると、自分でも無意識の内に〝最年少騎士〟や〝騎士隊長〟や〝聖騎士〟の肩書きに鼻を伸ばしていたのではないかとさえ考え、その場で頭を抱えてしまう。自分がそのどの肩書きにも不相応であることはわかっていた筈なのに、と額を打ち込みたくなる。

次の瞬間、アーサーは「すみませんでした!!」とハリソンの鼓膜を破らんばかりの声で叫ぶと深々と頭を下げた。あまりの大声にハリソンどころか周囲の騎士達の脳まで響く。しかしアーサーはそれに気付く余裕もなく「謝ってきます!!」と続けると、持ち前の足で一気に駆けだした。

あまりにも突然弾けるように走り出したアーサーの背中に、ハリソンも今度は追いかけなかった。言葉足らずな自分の発言がどれだけアーサーに伝わったかはわからない。だが、少なくとも今ここで自分の非を認め、今からロデリックのところへ謝罪に行くのならば良いかと考えた。

小さく消えていく背中を見送った後、ハリソンは何事もなかったかのように刺さったままの剣を回収しに向かった。


「ちっ……ッ騎士団長!!」


騎士団長室の前に着いてすぐ、アーサーは声を荒げた。

在らぬ誤解を解いて回り、クラークと共に散らかした部屋の片付けを終えたばかりのロデリックは机の前に腰掛けながらあまりにすぐの再来に目を見開いた。

まさかまた部屋を散らかすことになるのではないかと僅かに身構える中、開口一番にアーサーから謝罪の言葉が放たれた。

虚をつかれ、まだ自分がアーサーに謝罪して半日も経っていないにも関わらず一体どうしてと思えば、走ってきたこととは関係なくまだ顔を紅潮させていたアーサーは一度口を絞る。

目の前には事情を知らない筈のクラークもいる。そして騎士団長室の周囲には新兵達も行き交っている。ここで具体的に謝罪することはできない。だからこそ謝罪の次にアーサーは決意を言葉で表明する。


「父上が俺を息子って……もっと、今度こそ胸張れるくらい信頼してもらえる騎士になってみせますから!!」


信頼されたい。

父親のようになりたいだけでなく、父親から「アーサーならば平気だろう」と思って貰えるぐらいの騎士になりたい。いつかは〝息子〟でなく〝自分という騎士〟だからこそ頼って貰えるようになりたい。

プライドのことで頭を悩まし、任務に支障を来すと思われている〝程度〟の自分では、まだ駄目だとアーサーは思う。いくら大仰な称号を着せられても、騎士団長である父親に認められる騎士になれなければその椅子を託してなどしてもらえない。未だに自分がロデリックの中で補助してやらなければならない〝子ども〟の内は決して、と。

騎士としての技能だけでなく何事にも動じない心を持たなければ、決して父親には届かない。

聖騎士になってから、ロデリックが自分のことをプライドや周囲に誇ってくれたのは知っている。だが、直接それを言われなかったのも自分が慢心するかと思われていたからではないかと考えれば納得がいく。

だからこそ今度は、自分が何を言われどんな選択にせまられようとも動じない人間と思ってもらえるようになりたいとアーサーは強く思った。ステイルにプライドを守る剣として選ばれ、女王に聖騎士の名を継ぐ者ととして選ばれ、プライドに〝特別〟な一人として選ばれた今、彼が望むのは


父親である〝騎士団長〟に選ばれたい。


プライドの婚約者候補として恥ずかしくないくらいに。

いつか突然、父親に何の前触れもなく頼られる時が来ても「お任せ下さい」と言える騎士として認められたい。

紅潮させた顔で興奮のままに告げたアーサーは、その意思を胸に喉を張った。

突然の息子の決意表明と持ち直しに、一体何がと戸惑うロデリックだが、自分の胸を手で示して叫ぶ彼の決意が本物であることはわかった。

眉間の皺が全て伸びきったまま「……わかった」とその一言だけを今は返せば、アーサーも満足したように再び頭を下げきった。勢いのままに背中の束ねた銀髪が跳ねて肩にかかる。それも気にせず再びアーサーは姿勢を正すと「失礼しました」と声を響かせ、また自分で扉を閉めた。


パタン。


「…………。」

「もう仲直りか?ロデリック」

意外と早かったな、と。閉まる扉と遠ざかる足音を確認してから、沈黙するロデリックへクラークが投げかける。

くっく、と喉を鳴らして笑う彼が顔ごと視線をむければ、どうにもポカリとした表情を隠せない友がいた。

暫く扉を見つめ続け、考えを巡らせたがわからない。今回の件はどう考えても隠していた自分に非がある。にも関わらず、アーサーから謝ってくることすらロデリック自身が解せなかった。だが、さっきまで目を鋭く釣り上げていた息子が、再び強い意志と光を宿した目を自分に向けてくれたことは嬉しく思う。ただ、自分が息子だと胸を張れる騎士になると豪語されたことに関しては


「…………既になっているのだが。」

「それをアーサーに直接は言っていないからだろう」

そうだな……、と。ロデリックはクラークの言葉に片手で頭を抱えた。

椅子に腰を落ち着け、机に向けて小さく俯いてしまう。自分にとっては既にアーサーは胸を張って自慢の息子と呼べる騎士だ。それにも関わらず、それを目標の一つのように掲げられてしまえば少なからず複雑な気持ちになる。慢心させない為だったとはいえ、今晩にでももう一度アーサーをあの酒場に連れて行ってやろうかとすら考えてしまう。

長く深い溜息を吐いて一人葛藤してしまうロデリックに、クラークだけが彼の考えているであろうこともアーサーがどうしてそういう考えに至ったのかも想像はついた。

クラークからすれば、どちらも決して間違ってはいない。ロデリックが婚約者候補について隠していたのは間違いなくアーサーの為であるが、彼は息子としてアーサーを間違いなく誇っている。信頼をしていないわけでも、息子だからと軽んじているわけでもない。そして、アーサーの気持ちを考えれば、そう捉えられてしまったことも仕方が無いとも思う。そしてあながち間違ってもいない。何故ならば


「お前は今も変わらず親バカだからなぁ、友よ」


「黙れ馬鹿」

ゴン、と友の言葉にとうとうロデリックは机へ額を打ち付けた。


無意識にも子どもを守りたくなってしまうのは親の性だと、クラークは思う。

たとえどれほどに自慢に思い、頼り、信頼していても、やはりどこかで守りたくなってしまう。

いつかそれすらも越え、ロデリックがアーサーに全てを託せるようになった時こそが騎士団長の椅子を譲る時だろうと、クラークは一人喉を鳴らし笑った。



……その後、アーサーの決意表明を聞いていた新兵から再び〝騎士団長の隠し子疑惑〟が浮上し出すのはまもなくのことだった。


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