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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
無認可王女と混迷

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670.騎士は怒り、


コンコンッ。


「八番隊アーサー・ベレスフォードです。騎士団長、……御時間宜しいですか。」


騎士団長室。

騎士達の演習も一区切りつき、夕食前に自室で副団長のクラークとと共に各隊の演習状況を確認していたロデリックは顔を上げた。

クラークに目で確認をしてから扉の向こうへ返事をする。「失礼致します」と一言と共に扉を開けて入ってくるアーサーを椅子に掛けたまま迎えた。やぁアーサー、とクラークが明るく声を掛けたが、返事はない。

扉を後ろ手で閉じきった後、顔を僅かに俯かせたまま早足でロデリック達の机まで歩む。「どうした」とアーサーの異変を感じ取り、ロデリックからも眉間に皺を寄せて投げ掛けたがやはり返事はない。タンタンタンッと床を踏み込む足にも力が入り、音が鳴る。そして彼らを前に立ち止まって良い筈の位置になっても未だ足を止めないアーサーは




















「こンッッの……クソ親父ッッッッ‼︎‼︎‼︎」


















抜いた剣を真っ直ぐにロデリックへと振り下ろした。

ガキィィィンッッ‼︎と凄まじい金属音が響き渡り、殆ど反射で身を逸らしたクラークと抜いたばかりの剣でアーサーの攻撃を受け切ったロデリックが目を剥いた。斬撃無効化の特殊能力で素手でも全く問題はないロデリックだが、それでも放たれた覇気に応じるように自分も剣を抜いた。両腕で振り下ろしたアーサーに対し、片腕で応じるロデリックだが、ギギギッと未だに力が込められた剣同士が拮抗し合っていた。

振り下ろした後もゼェッハァと肩で息で息を荒げるアーサーの目の奥はギラギラと光っていた。グルグルと唸り声まで聞こえてきそうな顔つきにロデリックは訝しむ。剣筋からしても目の前にいるのが偽物ではなくアーサーであることに間違いない。なら何故攻撃を仕掛けてきたのか。アーサーの攻撃を止めたまま、再びロデリックは投げ掛ける。


「……何のつもりだ、アーサー。」

「ッテメェがどォいうつもりだっつってンだッッ‼︎」

落ち着いたロデリックの声に逆に火がついたようにアーサーがまた剣を振る。

防いでいたロデリックの剣を弾き、怒りのままに再び剣を振る。全く手加減の一つもない一撃を再びロデリックは剣で防び、とうとう椅子から立ち上がるが、アーサーの様子に疑問しかない。

今朝までの祝勝会ではプライドとの時間に全く調子を落としていなかった。その後も他の騎士達同様に士気は高まったまま継続し、そして問題なくカラムと共に近衛騎士任務へ向かった。なのに、帰ってきて演習を終えた途端に騎士団長である自分に剣を振ってきた。一体何が、と考えながらアーサーの猛攻を全て剣で受ける。

普通なら厳罰ものだと怒鳴るが、今のアーサーの様子は尋常ではなかった。上官である自分に斬りかかり、更にはいつもの彼なら絶対にしないにも関わらず机に足を掛けて乗り上がってくる。

ふと、さっきから黙しているクラークにも意識を向ければ、自分に助太刀する様子もなく寧ろ数歩下がって苦笑いをしていた。所詮は親子喧嘩と思われているのか、と考えたところでアーサーに剣を力強くで弾かれた。そのまま一瞬で剣を自分の顔面へと横振りされ、流石に追い付かず斬撃無効化の腕で防ぐ。ガキィィィッ‼︎とまた凄まじい音が響き、至近距離にアーサーの顔が近付いた。

自分と同じ深い蒼の瞳を真っ直ぐに見返しながら、本当に剣は凄まじい腕前だと感心する。騎士団長である自分に剣術だけでは今も一本取ったのだから。

再び拮抗しながらアーサーが落ち着くのを待つが、全く本人の熱は収まらない。仕方無く、一撃を防いだ手でそのままアーサーの剣を掴み取った。更には反対の手で剣を握るアーサーの腕を片方掴み、自分の方へと引き寄せた。力で勝てずに「ぐぁ……」と小さく呻くアーサーだが、次の瞬間にはロデリックの頭突きが直撃し倍以上の声で呻くことになった。

ゴンッと鈍くも鐘を鳴らしたかのような音が響き、額を赤くしたアーサーが勢いのまま仰け反った。剣だけは離さず、ロデリックに掴まれた腕のまま背を反らすアーサーはそのまま腕を捻り上げられる。完全に拘束されるように動きを封じられ、そこでやっとロデリックから再び言葉が突き立てられた。


「何のつもりだ。言えるものならば言ってみろ。」

「アァ⁈」

冷静なロデリックの声にアーサーは再び歯を剥き、顔だけで振り返る。

完全に敵意と憤怒しか感じられないアーサーに、まるで昔のようだとロデリックは思う。〝クソ親父〟呼ばわりも何年振りだと考えればいっそ懐かしい。うっかり感慨深くまで思えてしまえば、額を赤く腫らしたアーサーが眼を光らせた。


「テ、メェが言わなかったンだろォがァアアア‼︎‼︎」

怒声と共にアーサーがとうとう後脚でロデリックを蹴り飛ばす。

ゴフッ!と的確に鳩尾に入った鋭い蹴りに、流石の騎士団長も僅かに呻いた。鎧越しでも充分にアーサーの蹴りは響く。未だにメラメラと怒りを滾らせているアーサーに、一体何がどうしたのかと考えた。

言わなかったとはどういう意味かと。拘束が解け、再び身構えるアーサーの今にも再び殴り掛かってきそうな覇気に変わらず警戒を強める。そしてもう一度低めた声で呼びかけた。


「落ち着けアーサー。私に怒る理由があるならば、先ずはそれを明確にしろ。」

「ッその前に俺の質問に答えやがれッッ‼︎」

冷静を呼びかけるロデリックに、変わらず火を吐くアーサーは全く熱が冷めない。

今も変わらずフーフーッと獣のように息を荒げて歯を剥き出しにしていた。これではいつまで経っても埒があかないと、ロデリックは一度自ら構えを解いた。

「良いだろう」と返し、アーサーからの質問を促す。合わせるように構えを解いたアーサーもそこでやっと息を整え、口の中を飲み込んだ。剣を腰へ納め、そして父親と同じく蒼い眼光と低めた声で言い放つ。



「母上は知ってンすか……⁈」



……は、と。

予想外の問い掛けにロデリックの言葉が詰まる。

先程よりも言葉遣いが元に戻ったことから考えても、幾分冷静になった様子のアーサーだが、それでも鋭い眼光はロデリックに刺さったままだった。そして今度はロデリックからも「何のことだ」という返しはでなかった。

やっと理解する。アーサーの憤りの理由を。


「お前……何故それを。」

さっきまで訝しんでいた表情のロデリックから顔色が変わり、血の気が引く。

その言葉にアーサーは唇を絞ったまま無言で顔を赤くした。じわじわと顔色が塗ったように染まっていく様子は間違いなく怒りとは別の理由だった。

本人もそれ以上言えないように絞った口端をピクピクさせ、握った拳も震わせる。目まで若干充血し始め、真っ赤に染まった頭からは白い湯気まで見えてきた。その姿に、ロデリックは確信する。アーサーが婚約者候補について知ってしまったという最大の危機に。

アーサーが怒るのも当然だと、納得すればロデリックは珍しく目と眉の間が大きく開いた。喉仏を上下させ、口を固く結ぶロデリックの方が明らかに追い詰められる。とうとうアーサーから視線まで逸らし、彷徨わせてしまえば、アーサーからギリギリと歯軋りがなった。さっさと答えやがれと言わんばかりに睨み続けるが、なかなか返答は出なかった。

痺れを切らし、もう一度「知ってンすか⁈」と怒鳴れば、諦めたようにロデリックは長く深い息と共に肩を落とした。重々しく頷けば、次の瞬間にはアーサーがその場から脚力だけで跳び上がる。


「なァッンで‼︎俺にだけ黙ってやがったクソ親父ふざけんなッッッ‼︎‼︎」


待て、アーサー、落ち着けとロデリックが必死に和解を望むが、もうアーサーは止まらない。

「一発殴らせろッ‼︎」と繰り返し怒鳴りながら、今度こそ本気で騎士団長に殴りかかった。剣こそロデリックには効かないが、打撲であれば間違いない。本気で父親の顔面に一発いれるつもりでアーサーが腕を振るう。


「いっつもいっっつも肝心なことばっか隠しやがって‼︎」

「いや今回はちゃんとクラリッサとも話し合ってだな……‼︎」

「どォせ母上にバレちまっただけだろ‼︎百回侘びろクソ親父‼︎」

「アーサー、大体何故お前がその事をっ……。」

「どォでも良いだろォが‼︎‼︎寧ろテメェはいつまで黙ってる気でいやがった⁈」

「お前が動揺することを考えた結果だ‼︎」

うるせぇ言い訳ばっか並べやがってと。怒声を上げるアーサーに、慌てるロデリックまで声量を上げ出した。

数年ぶりの親子ゲンカを目の当たりにしてクラークは横で一人笑いが止まらない。はははっ……と腹を抱えて笑ってしまえば今度はアーサーとロデリック双方から「クラーク!何を笑ってやがる⁈」「クラーク!笑っている場合か!」と同時に叫ばれた。その様子が可笑しくなり、更にクラークが声を上げて笑えば、アーサーから「まさかクラークまで知ってンのか⁈」と剥き出しの怒りがロデリックに放たれた。

言っていない‼︎とロデリックも声を荒げるが、実際はクラークの方がアーサーが怒っている理由はロデリックより先に勘付いていた。敢えて笑いながら、二人の喧嘩理由は知らない振りをする。事情を知っている筈がない自分が仲裁まではできないが、少なくとも自分がこの場にいるだけでもアーサーもロデリックも婚約者候補の単語を伏せて会話する分は冷静になるだろうと敢えて部屋から出ず、佇み続けた。

本気で殴りたいアーサーと、あくまで黙っていた自分に非はあると反撃ができないロデリックの格闘で騎士団長室は今までになく乱れ、散らかる。後で掃除をするのが大変そうだと思いながら、クラークは呑気に重要書類や壊されたら困る物を二人の余波のかからないところへと避難させていく。


「私にどうしろと言う⁈言っておくが流石に私でも断ることは」

「ぜっってぇに断ンな‼︎‼︎断ったらぶっ飛ばす‼︎ンなことより殴らせろっつってンだよクソ親父‼︎‼︎」

城内でその呼び方はやめろ‼︎と、とうとう叱り付けるロデリックだが、それでもアーサーは猛攻をやめなかった。

そしてロデリックも父親の威厳として騎士団長として黙って殴られるわけにもいかない。しかしアーサーが自ら婚約者候補を降りたくないと意思を示した事に驚き、思わず彼の拳が顎に入りかけた。直前に手で受け止め、顎を反らして突き飛ばしたが、動揺を隠すので精一杯だった。


アーサーは、自分から婚約者候補を降りるつもりは全くない。


〝王配〟や〝プライドの婚約者〟という冠には今も戸惑いも躊躇いも大きい。たった一時期であろうともそこに立つ可能性のある者として、その候補として自分が扱われるのだと思えば畏れ多過ぎて逃げたくもなる。だが、それ以上にその立場を〝手放したくない〟という欲の方が強かった。

今まで、プライドの婚約者であるレオンが現れた時も、セドリックが彼女に近付こうとした時も、そしてアダムの存在にも歯痒さが何度も自分を引っ掻いた。

騎士である自分は、プライドの恋愛やその本心を聞けるような立場ではない。

自分の意思だけで、プライドに近付く魔の手を全て払う事はできない。彼女がもし、その相手を恋愛的に好ましく思っていれば自分に阻む権利などないのだから。

しかし、婚約者候補となり、更には彼女の他の候補者もわかった今ならば間違いなく自分には止める資格がある。自分が婚約者候補と名乗らずとも、間違いなく自分の意思で彼女を守って良い。ステイルとカラム以外の相手は間違いなくプライドへ好意を向けてもそれは一方通行なのだから。

もう、式典や彼女が男性からの手紙を目に通す度に、彼女を幸せにしてくれる相手なのか、悪手を伸ばす相手ではないのかと気を揉む必要もなくなる。

自分を抜かせばプライドが選ぶのはステイルかカラム。どちらも間違いなくプライドを幸せにしてくれるに違いない相手なのだから。彼女を守れる、もう引け目を感じなくて良い、そして傍にいても良いのだと。その為ならばアーサーは重すぎる冠の一つや二つは背負う覚悟はあった。所詮は一時的な冠で、その間に間違いなくプライドを守れる資格も傍にいる機会にも恵まれるのならば構わない。そう、所詮は一時的な


「それはアーサー……!まさかお前も本気でっ……」

ロデリックの見開いた目と、その含みのある言い方にグワリとアーサーの頭に血が上った。

ロデリックのその言葉が〝本気で婚約者になるつもりなのか〟という意味なのが嫌でもわかる。歯を食い縛り、熱くなる顔色を誤魔化すようにアーサーは裏返りかけた声を怒鳴りに変換させ、腹から叫ぶ。


「〜〜〜〜ッッな‼︎わけねぇに決まってンだろォォォオオがァ‼︎‼︎」


荒げながら、想像しただけで顔が熱くなり目が回った。

先ほど、プライドが照れたように笑い、頷いてくれた瞬間を思い出せばどうしようもなく気恥ずかしさが込み上げて指先まで痺れ出す。

今日一番の叫び声を上げながら、アーサーは再び剣を抜く。素手で敵わないなら剣身でぶん殴ってやると目に蒼焔を滾らせる。これは本気で部屋が破壊されると悟ったロデリックも、再び剣を抜き、身構えた。

騎士団長である父親がどんな理由であろうとも王族からの打診を拒めない事はわかっている。そして騎士団長になってみせると交わした後の自分に〝王配候補〟を言いづらく思ってくれたこともわかっている。ティアラが王妹とならなければ確実に、王配となると同時にその夢も潰えてしまうのだから。


だからこそ、ただただ一発殴りたい。


慌てるロデリックと、真っ赤な顔で怒り喚くアーサーにクラークは息が苦しくなるほど笑った。

ガッシャンガッシャンと騎士団長室が乱れていくのを眺めながらそれでもクラークはロデリックに助けを求められるまで全く干渉をしなかった。

取り敢えずアーサーが知ってしまったことで、ロデリックの戸惑いや憂いも少しは晴れるかと思えばこの喧嘩も悪いものではないも思う。何より、アーサーが婚約者候補でいることを望むなら、ロデリックが憂うことなどない。たとえ彼が王配になったとしても、間違いなくアーサーは騎士で在り続ける道を選ぶのだろうと確信を持ってそう思えた。

騎士団長対聖騎士の室内乱闘戦は、その後も一時間近く続いた。

夕食の時間になっても、八番隊の騎士隊長はおろか騎士団長と副団長まで現れないという事態に、既に多くの騎士や新兵が部屋の外には集まっていた。激しい物音と共に、防音処理が施されいる筈の部屋からは「母上には何て言った⁈」「ずっと隠せると思ったのかよ」「百回侘びろ」といういつものアーサーにしては珍しい暴言と騎士団長が口で完全に押されている状況が部屋の外にいる騎士達にも丸聞こえとなっていた。明らかに自分達が立ち入ってはならない規模の聖戦に、治まるのを部屋の外でじっと待った。

最終的にはクラークの助けを借り、背後から羽交締めにされたアーサーに改めて説得と謝罪、そして家に帰ったら朝まで手合わせに付き合う事を約束してやっとアーサーの熱も一時的にだが鎮火された。

時計の時間に気付いた三人が部屋を出た時には、聞き耳を立てていた騎士達の間で〝騎士団長に隠し子がいたのがアーサーにバレた〟という噂が広がり出した直後だった。

頭を抱えるロデリックと、笑いながら誤解を解いて回るクラークを見てやっと、アーサーは頭を冷やす。




「アーサー・ベレスフォード。……お前は何故、騎士団長に刃を向けた……?」




直後、騒ぎを聞きつけた怒れるハリソンとの二戦目が始まることに、ロデリックもクラークも敢えて止めなかった。


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