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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
無認可王女と混迷
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そして捕まる。


「カラム隊長と同じようにステイルもアーサーも選ぶ権利があるもの……。」


その言葉に。

先ほどまで顔を俯け、逸らしていたカラムでさえプライドを直視し固まった。

ティアラもプライドを撫でた手のままピタリと固まり、そこから視線を変えられない。

ステイルとアーサーも理解が追い付かないように、プライドを凝視したまま声が出なかった。


何故、今自分達の名前が出されたのか。


カラムの名前が出るのはわかる。

しかし、何故そこで急に自分達が出るのか。その疑問が何度も何度も繰り返し頭を占拠し、消えてくれない。そして打ちひしがれるように落ち込んだまま落とした視線を上げないプライドは、未だに自分の失態に気付いていなかった。

プライドにとっても、ステイルの最後の言葉は頭を金槌で叩かれたように衝撃だった。確かにその通りだと。カラムにはダンスの時に「嫌だったら教えて下さいね」と伝えたから良いが、ステイルとアーサーには当然ながら聞いていない。そして、確かに二人もまた拒みたいと思うのは当然だと思う。

狂気に溺れ、醜態を晒した自分を恐れて。

二人には特に迷惑を掛けた。酷い扱いも数えきれないほどし、苦しめた。ステイルには従属の契約を利用して精神的に嬲り、アーサーには暗殺まで仕掛けたのだから。

自分の醜い姿をいくつもその目にしてきた二人に、婚約者候補などいい迷惑だと思う。少し考えればわかることなのに、全く今の今までその発想が自分の頭に沸かなかったことに恥らいすら覚える。二人がどれだけ酷い被害を受けたか、それを当事者である自分がわかっている上でそれでも


ステイルとアーサーなら、傍に居てくれると思えてしまった。


塔の上でずっと守ると自分を抱き締め、引き留めてくれた二人なら、と。

いつの間に自分はこんなに傲慢で我儘になってしまったのだろうとプライドは思う。

カラム相手以上に迷惑をかけて醜態を晒した相手である二人にまで、これ以上自分のことで巻き込もうとしてしまったことにプライドはとうとう自分で頭を抱える。元々は三人を婚約者候補に選んだ理由は別だったにも拘わらず、ローザに問われた時自分は迷いなく「この三人が良い」と思ってしまった。カラムにダンス中問われた時すら、外したくないと迷わなかった。


「ごめんなさい……。ちゃんと、母上に再考を願ってくるわ……。」

そう言いながら片手で頭を抱えたプライドはゆっくりとソファーから立ち上がる。

固まったティアラの手から肩が抜け、カップに残った紅茶を飲み切らずに扉へ向かう。今頃は王室だろうかと思いながら、彼らと目を合わすこともできず扉へと足を進めたところで




腕を、掴まれた。




がしっっ、と細い腕を痛ませないように手を強張らせながら二本の手が彼女を捕まえる。

突然背後から引き留められたことに、つんのめったプライドはそのまま足を止めて振り向いた。見れば、ステイルとアーサーが瞼をなくした目でプライドを凝視している。

殆どマネキンのように固まった表情の二人の顔は塗ったように真っ赤だった。一体どうしたのか、とプライドが身体ごと二人に向き直る。もしかして「ごめんなさい」の一言だけで謝罪を済ませようとしたことを怒っているのだろうかと、再び謝罪の言葉を探した。すると


「どう、いう意味ですか……?」

「どういうことっすか……⁈」


二人の声が、重なった。

同じような表情のまま、口だけ動く二人にプライドはきょとんとしたまま首を捻る。

どういう、というどういう意味だろうと、哲学のようなことを考えながら意図を考える。どうもなにも、今から母親に婚約者候補の再考をと発言の取り消しを願いに行くつもりなのにと思う。

確かにさっきまでの話はそういう流れだった筈。それをアーサーだけでなくステイルまで止めるなんてと、逆にプライドが聞きたいくらいにはなる。

「どう、って……?」と結論が出ずに聞き返してしまえば、それ以上の言葉が出ないように二人は互いに目を見合わせ、唇を震わせた。

もし、自分達の早とちりや自意識過剰だったらこれほど恥ずかしいものではない。しかし、さっきのプライドの発言から想像できるものなど一つしかなかった。最後の一歩が踏み出せず、プライドの腕を掴んだ態勢のまま固まることしかできない。

プライドも二人を振り払うこともできず、状況説明を願うように視線をティアラとカラムに向けた。ソファーに座ったまま顔だけを姉に向けるティアラと、そして近衛騎士としてプライドに続かないといけないにも関わらず、上気した顔で動けず放心してしまったカラムに余計にプライドは頭を絞る。すると、やっと口が動き始めたティアラが鈴の音のような声で彼女に核心を確かめた。


「お姉様……、やっぱり兄様とアーサーが婚約者候補だったのですか……?」


はっ!!と、そこでやっとプライドの肩が震えた。

タラタラと尋常ではない汗がドレスに湿り、額に伝い、息を引いたまま全身が強張った。口角が引き攣り、血の気が引いていく。自分の失言に気が付き、指先までカクカクと震え出した。唯一痙攣していない目で改めて自分の手を掴む二人を見る。

顔が真っ赤なステイルもアーサーも震えていた唇を固く絞ったまま自分を見つめていた。婚約者候補二人に真実を迫られて、ティアラの「やっぱり」発言にすら思考が及ばない。


「え……えっと……。」

ゴクッ、と鈍い音が目の前の二人の喉から殆ど同時に聞こえた。

混乱していく思考の中でプライドはぼんやりと「やっぱり二人は知らされてなかったんだな」と呑気に思う。しかし、それ以外の大半は「やらかした」の意識が強かった。本来ならば親が知らせていなかった事実を二人に伝え、更には婚約者候補三人に全員が知られてしまったのだから。

考え、考え、言い訳をしても確実に誤魔化せないだろうと確信する。ステイルもティアラも、そしてカラムも簡単に言い包められる相手ではないとプライドは知っている。いっそ今すぐ扉に向かって走って逃げたい衝動にも駆られたが、二秒以内にステイルかアーサーに捕まるだろうと理解する。そうでなくても自分の腕を掴む二人の手から逃げられる気がしない。そして最後にプライドが選んだ答えは


「……は、母上に再考を願うのと、ヴェスト叔父様と騎士団長に謝りに行くのどっちにすべきかしら……?」

……泣きそうな声で絞り出した究極の選択は、明らかに肯定そのものだった。


「どっ……どういうことですか⁉いつ⁈何故、どうしてそのようなっ……⁉」

「まっ、まっ待って下さい⁈ステイルとカラム隊長はわかりますけどなんで俺なンすか⁈」


堰を切ったように飛び出る二人の訴えにプライドの背中が反った。

ひぃぃぃぃ……と顔を真っ赤にしている二人に怒らせてしまったとプライドは顔を正直に引き攣らせる。若干既に涙目になりそうな第一王女に逃げ場はない。

ごごごごごめんなさい、と謝りながらやっと動いた足で後退る。二人に掴まれた腕だけが意味を変えないまま、腕を伸ばしきった身体だけが少し距離を取る。


「そのっ……当時、予知した時の記憶で結婚できないで死んじゃうって思い込んでいて。だから、…………結婚できないならせめてずっと一緒に居たい人を選びたくて。」

断罪される時まで、と。

その言葉を飲み込んで伝えたプライドに、とうとう腕を掴んでいた二人の手がポテリと脱力し滑り落ちた。塗られた顔で固まったまま、口が開いた二人は何も言えなくなる。

そんな思考をしていたプライドを怒ればいいのか、それとも「ずっと一緒に居たい人」に自分が選ばれていたことに喜びを噛み締めればいいのかもわからない。強い感情が混ざり過ぎて化学反応を引き起こす。

感情が爆砕してしまったような二人に、プライドは慌て出す。そんなことで婚約者候補に巻き込んだのかと愕然とされたと思い、「だ、だけど」と必死に二人に訴えかけた。


「だ、大丈夫!これから母上にお願いして再考するわ!ちゃんとステイルとアーサーは候補から外しておくからもう心配しないで!」

そう言って安心させるように二人の脱力した手をそれぞれ掴み、握る。

一方的に握手を交わすようなかたちで、本当にごめんなさいと再び謝った。必死に冷静に振舞おうとして逆に焦燥が明らかだ。だが、そのプライドの様子にも二人の反応は全くない。顔を真っ赤にして皿になった目で固まった彼らは、息をしているのかも怪しかった。今、突然自分達が王配候補にされかけていたのだという事実に二人が追い付けていないのも当然だとプライドは思う。

そのまま二人の返事を待てば、次第にさっきまでプライドに詰め寄っていたことが嘘のように二人からは熱がなくなり、プライドから握られた手を見つめるように視線を落とし俯いてしまった。

表情が読めない二人に、それでも少しは安心してくれたのだろうかとプライドは自身も呼吸を整える。肩で数度息を繰り返し、それから敢えて明るい口調で俯いたままの二人に笑いかけた。

「そろそろアラン隊長達も来るし、近衛騎士が交代してから母上の元に行くわ。今度はちゃん相談して決め」




「「外さないで下さい。」」




ぐっ、と。

自分の手を握るプライドを、逆に反対の手で握り返す。

自分よりもずっと熱量のある二人の手の温度に、そしてその言葉にプライドは途中で口を噤んだ。

目を丸くし、見返せばそれぞれ自分の手を両手で掴み握る二人はそれぞれ肩まで僅かに震えていた。まるで示し合わせたかのように同じ台詞で同じ動きをして見せる彼らを見返せば、顔を上げる間すら同じだった。真っ赤に茹り、傍にいるだけで熱気を感じる二人の顔から漆黒と深蒼の瞳だけが意思を宿して光る。驚き、両眉を上げるプライドへ先に口を開いたのはステイルだった。


「外さ、……ないで下さい。俺は全く問題ありませんし選別期間の間にも貴方の傍にいることを許されるならばそれ以上のことはありません。アーサーもカラム隊長も外す必要はありません誰にも〝お飾り〟などとは絶対に俺が言わせませんから。」

落ち着いた声に反して、途中からは殆ど一息で言い切った。

聞き取れはしたが、あまりにも抑揚のない声で言われ、プライドの背筋が張り詰める。「言わせない」の言葉には自分相手ではない明確な敵意を滲ませているのがはっきりとわかった。

すると今度はアーサーから「俺も」と上擦った声が掛けられる。


「俺も、大丈夫です。候補者でいられる間は俺もプライド様達の傍にいれるンすよね……⁈プライド様に手ぇ出す奴がいた時にもう迷わなくていいなら。なら、置いて下さい。ステイルとカラム隊長以外の奴からは絶対俺が貴方を守りますから。」

上擦り、必死に熱を抑えようとしながらも目の奥は蒼く燃えている。

力強い声には確固たる意志が既に伴っていた。心拍と共に荒くなりそうな息を意識的に整え、握るプライドの手を握り返す手に更に圧を乗せた。頷いて貰えるまで離さないと、目が口よりも明確に語っている。

お願いします、と二人から更に言葉を重ねて真っすぐと合わせた眼差しは剣のように研ぎ澄まされ、眉を寄せて険しくされた表情は懇願にも等しかった。

二人の熱の籠った手と眼差しに、プライドは息を忘れる。

てっきりさっきの話の通り二人にも重荷で迷惑だと思っていたプライドにとっては、どれも予想外の言葉だった。

少しでも長く、少しでも近く彼女と共に在りたい。そして、もう二度とプライドに害を及ぼす手があれば迷わなくて良いのだと。候補者とはいえ、婚約者であればその権利は充分にある。プライドの婚約者候補という事実よりその権利の方が、遥かに今は二人の頭を色付けた。

二人に手を握り返され、熱の籠った目で見つめられ、そして傍に居てくれると意思表示をしてくれた二人にプライドが出せる返答など一つしかなかった。


「……宜しくお願い、します……。」


こくんっ、と小さく頷いたその顔が照れるようにうっすら紅に染まる。

こんな自分でも傍にいてくれると改めて二人が口にしてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。

プライドからの返事に、やっと彼らの口元が緩む。

良かった、外さないでいてくれる、この人をまた近くで守れる、と安堵した瞬間







〝婚約者〟候補という言葉の意味を遅れて理解する。







ボンッ!!と突然今まで以上に赤く、爆発のような音を立てた二人にプライドは思わず悲鳴を上げた。

ステイル⁈アーサー⁈と叫び、二人の手を自分から握り返せば、その途端電気が流れたかのように二人は勢いよく手を離した。「失礼しました!」「すみません!」と声を上げ、一体自分達はプライドに何を一体言っていたのかと我に返る。

自分達の言ったことは全て、間違いなく本心だ。しかし、プライドの手を両手で握り、詰め寄り、婚約者候補を維持して欲しいと詰め寄るなどまるで求婚のようだと今更思う。

自覚した途端に羞恥が込み上げステイルは口を手で覆い顔を背けた。更にアーサーも飛びのくように一歩以上プライドから離れ、腕ごと使って顔を隠して胸も押さえ目を泳がせた。明らかに挙動不審な二人にプライドも慌てて大丈夫かと声を掛けるが、ステイルもアーサーも今はもう目すら合わせられない。必死に頭の中で婚約者という言葉の意味を繰り返し考え、過呼吸になりかける。

瀕死になるステイルとアーサー、そして慌てるプライドを遠目にカラムはやっと呼吸が整った。

未だに現状の情報整理で手一杯だが、これ以上考えては自分も二人と同じになると確信し、一度思考を止めた。すると、不意にプライド達とは別の方向から声を掛けられる。


「カラム隊長も……もし名ばかりの王配になっても騎士として幸せになって下さりますか?」

「はっ、…………⁈」

突然のティアラからの問いかけにカラムの熱がまた上がった。

予想外のところから予想外の問いかけに思わず声を溢して見返せば、ティアラは「しー」と人差し指を唇に当てて見せた。三人の注意がこっちに向いていない今だからこそ問いを投げているのだとカラムはすぐに理解する。そしてそれは、何よりカラム自身への配慮でもあるのだと。

唇を一度結び、それから一度視線をプライド達へ確認するように向ける。未だに瀕死の二人とその介護で忙しそうなプライドを確認してから改めてカラムはティアラに顔を向けた。そして


一度だけ、短く頷いた。


「私のような者が最後に選ばれるとは思いませんが……。」

声を潜め、言葉で返せたのはそれだけだった。

騎士として生き、プライドを守れるのであればそれ以上の幸福などあり得ない。そしてきっとそれはアーサーも同じだろうとカラムは思う。

前髪を指で押さえ、口にはせず笑みだけにそれを込めた。綺麗にそれを受け取ったティアラは、ほくほくと嬉しそうに陽だまりの笑みを彼へと向ける。

彼女のその笑みにカラムは眼差しを柔らかく緩めた。自分がまた婚約者候補の一人と扱われたことには全身が擽られ指先まで痺れたが、ティアラからの問いはただただひたすらにプライドと自分のことを案じてくれたのだと理解する。


「私、カラム隊長のことも応援しますよっ」

明るく声を弾ませた次期王妹のその言葉に、カラムはその意図が嫌でも理解できてしまった。

見開いた目のまま唇を強く結ぶ。顔が火照り出すのを自覚しながら、今度は何も言わずティアラへ頭だけを深々と下げた。


ティアラ自身、プライドがステイルとアーサーを選んだのは想像はしても確信したのは今が初めてだった。

自分の婚約者候補を選び直す為にローザとヴェストから手渡されたリストに、ステイルとアーサーの名前がなかった。

国に残る自分が、それなりの身分の相手として義兄であるステイルの名前が無いのは逆に不自然とも感じた。実際、義兄と婚姻して国に残る王女もいる中でどうしてと。

そして、アーサーも同様だった。ティアラへの婚約者候補のリストには国内の貴族としてカラム以外の貴族出身の騎士も何人かリストアップされていた。だが、そこにアーサーの名前がない。彼が庶民の出であることはティアラも知っている。しかし、〝聖騎士〟となっている彼が含まれないのはやはり不自然だ。

そして、どちらも考えれば理由は一つしか思いつかなかった。


……私が、そうだと良いなと思っただけだけど。


そう思いながら、ティアラは一人でふふふっと笑った。

ステイルも、アーサーも、カラムも。全員が間違いなくプライドを幸せにしてくれると思う。そしてもしこの三人を押し退けてまでプライドが婚約者候補にしようとする人物が別に現れたら、もしくはこの三人から最後のたった一人に絞られたその時は。それは間違いなく



プライドにとって、よっぽどの相手に違いないのだから。


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