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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
無認可王女と混迷
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668.騎士は飲み込む。


「アーサー。そろそろ近衛の時間だ。出られそうか?」


はい!とカラム隊長の声に振り向くより先に応える。

プライド様のパーティーを終えて演習に入ってから、気がつけばもう午後だ。

昼食を終えてひと呼吸つけた俺にカラム隊長が声を掛けてくれた。もうそんな時間になってたのかと少し焦る。今朝からずっと起きている所為か、時間の感覚が鈍い。

すみません、と謝って駆け寄れば「まだ余裕はあるから焦らなくて良い」と駆けるのを止められる。午後からの演習はハリソンさんに任せたし、後はもう向かうだけだ。

通りがかった騎士の先輩達が気が付いたようにカラム隊長の隣を歩く俺を見た。


「おー、今日はアーサーとカラム隊長からか。頑張れよ〝聖騎士〟ー。」

「プライド様の前で寝るなよ〝聖騎士〟。」

「ティアラ様とステイル様にもお会いしたら宜しく頼むぞ聖騎士。」

…………すっげー言ってくる。

昨晩のパーティーでも、ハナズオとアネモネも王族が退室した辺りからがっつりそれで弄られた。

祝ってくれてはいンだけど、すげぇ恥ずかしい。祝勝会だって、プライド様のパーティーの筈なのに途中から俺の聖騎士称号祝いみたいな空気にまでなって大変だった。「すげぇな!」「もっと喜べ‼︎」「羨ましいぞ!」「流石です!」と騎士の人達に褒められて叩かれて揉みくちゃにされた。

更にはアラン隊長が先導して「アーサーの表彰に乾杯‼︎」とか叫んだら皆それに乗っちまうし‼︎副団長のクラークだけじゃなく、父上まで無言でジョッキを掲げた時は恥ずかしさで死ぬかと思った。クラークに釣られてか、ハリソンさんまで乗るし。プライド様達も嬉しそうにグラスを掲げてくれて、わざわざ椅子から立ち上がってくれたけど本気でどう反応すりゃァ良いかわかんなくて、全身が熱くなった。


「ですから、その呼び名止めて下さいって……。自分はそんな大仰な称号似合わねぇですし。」

もう何十回目になる台詞をまた先輩達に訴える。

皆「わかったわかった」と言いながら笑って手を振ってくれるけど、絶対また言ってくるだろう。もう何度もこれでからかわれてばっかだ。最初こそ「今まで通りの呼び名でお願いします!」って叫んだけど、それで余計に面白がられてしまった。

挨拶をして、先輩達に背中を向けて歩けばカラム隊長が俺の肩に手を置いた。「長くても二、三ヶ月もすれば落ち着くだろう」と慰められ、最悪あと三ヶ月もこのやり取りが続くのかと頭が重くなる。

返事をしながら肩まで丸くなる俺にカラム隊長が今度は強めに肩を叩いた。


「悪気はない。全員お前の表彰を喜んでいる。……少しくらい許してやってくれ。」


はい……。とカラム隊長に悟らされて何も言えなくなる。

確かに皆が喜んでくれたのはすげー嬉しい。……だから恥ずかしい。

ステイル達から聖騎士の称号の重要性を聞いてからは、余計に呼ばれるだけで肩にギクリと力が入った。いつもみてぇに名前で呼んで欲しいのに、先輩達や同期が俺をふざけてそう呼ぶから新兵や他の騎士達まで俺を〝聖騎士〟とか〝アーサー聖騎士〟って呼んでくる。本当にこれで馴染んちまったらどうすンだと本気で思う。


「身体はどうだ。体調が悪かったら先にエリックかアランに回すが。」

「いえ、大丈夫です。カラム隊長こそ大丈夫ですか?」

心配してくれるカラム隊長に俺も返す。

問題ない、と返されながら二人で歩いていると、今度は新兵とすれ違った。昨晩のことで疲れてねぇかなと気になって目を向ければ、すげぇ勢いで「お疲れ様です‼︎」と頭を下げられた。心なしか目がキラキラしてる気がして取り敢えず元気そうなのにほっとする。

こっちからも返事をして通り過ぎれば、今度はカラム隊長にまで何故か微笑まれた。どうしたのか聞いても「いや」と返されて笑まれたままだ。


「今朝から士気が上がったままだが、上がり過ぎの者もいる。お前も、演習場に戻ったら無理をしないように部下達に声を掛けてやってくれ。」

そう言って、気合いを入れ直すように背中を叩かれた。

カラム隊長のこういう、いつもの扱いで関わってくれるのが今はすげぇ安心する。ひと声で返しながら、自然と丸まった肩が戻って姿勢が伸びた。聖騎士の名に恥じねぇ為にもまずは隊長として気を引き締めねぇと。


『大丈夫よ。アーサーは本当に本当に素敵な騎士だもの。特別に考えなくてもそのままのアーサーで良いの』


…………駄目だ今それ思い出すと死ぬ。

バチンッ‼︎と気が付けば自分で自分の両頬を挟んで叩いた。

気合いを入れ直して頭を無理やり切り替えさせる。すると「元気があって宜しい」とカラム隊長にまた笑まれた。……多分この人には今何を考えちまったのかも気付かれてンだろう。


「……早朝から午前の演習もすげぇ気合いでしたよね。俺、八番隊まであんなに気合入ってるの始めて見ました。」

カラム隊長からの話にそのまま移る。

パーティーが締めくくられてすぐ、騎士団は早朝演習に戻った。でも、誰一人疲労を口にする人もいなかったし、むしろ演習とは思えねぇほど「やるぞぉぉぉおおお‼︎‼︎」と全員が声を上げて滾ってた。

他の隊よりも声がでかくねぇ八番隊まで演習に移る時の声がいままでになく張ってた。……ハリソンさんが部下に斬りかかる数まですげぇ増えたのは大変そうだったけど。あのペースじゃ今日一日で八番隊の騎士全員に奇襲仕掛けるンじゃねぇかと思う。

午前はともかく、早朝演習は走り込みとか素振りとか基礎や体力系の鍛錬が主なのにまるで隊内で競っているかのような意気込みだった。走り込みに至っては、アラン隊長率いる一番隊と二番隊の足が速過ぎていつもの二倍近くの周回で走ってた。アラン隊長だけは確実に三倍近く走れていた気がする。


「まぁ午後休息までは少なくともそうだろう。万が一にもここで演習の質や士気が落ちていれば、プライド様の責任にもなってしまう。」

確かに。

カラム隊長の言葉に物凄く納得する。今回みたいなパーティーがまたあるかどうかはわからない。歴代でもこんな試みは初めてだってステイルとジルベール宰相も言っていた。せっかくプライド様があんなに俺たちの為に時間を割いてくれたのに、その所為で後の演習に支障を来たすわけにはいかない。


パーティーは、本当に夢みてぇな時間だった。

何時間経ってもプライド様がそこに居て、時々ダンスを踊って、また騎士達と話をして、また踊って。しかも途中からはプライド様自ら新兵達の方に向かっていったから、騎士達に遠慮して下がっていた新兵全員が目を剥いた。

新兵はダンスが必修じゃねぇからわからない人もいたけど、その度プライド様が躊躇いなくヴァルの時と同じダンスで踊るから余計に響めき立った。お陰で近年で入団した騎士や新兵の中でもまたプライド様の人気が突き抜けた。その上ティアラまでダンスを受け始めたから、余計に盛り上がった。

パーティーが終わってプライド様達が先に退室した途端に、何人か騎士や新兵が「もう悔いがない」とか呟いていてクラークが笑ってた。


「それに、アランや一部の騎士に至っては、二度目を期待している者もいる。」

あー……と、思わず口から一音が漏れる。

悔いがない発言をした騎士達にクラークが「ちゃんと生きないとプライド様との〝次〟もないぞ」と言った途端、大広間全体の空気が一気に張り直した。……俺もだけど。

早朝演習前のアラン隊長なんて、すげぇ声で一番隊に「今日の演習で全体の成績上がったらまた騎士団長から許可降りるかもしんねぇぞ!」と気合を入れさせていたら、周りにいた騎士達まで全員が雄叫びを上げていた。その後にはすぐにエリック副隊長が「気合入れ過ぎて怪我をしたり、もしくはさせないように!」と騎士達に呼びかけていたけど。……主にアラン隊長の方を向きながら。確かにあの人が素手での模擬戦で本気出したらマジで死人が出る。


「……まぁ、私達よりもプライド様達に無理が祟らなければ良いのだが。」

「取り敢えずステイルは結構何度か眠そうでした。」

ははっ、と俺の返しにカラム隊長が珍しく小さく声に出して笑う。

パーティー中、他国の王族が退室したあたりから何度かステイルがウトついていた。騎士達を労ってる時は平然としてンのに、時々俺と話しては、急に欠伸するし正面にいる俺に頭を重くして頭突きまでしてきた。

眠いならプライド様みてぇに椅子に掛けて仮眠でも、いっそ瞬間移動で部屋で少し横になってくりゃあ良いのに頑なにずっと耐えてた。多分、プライド様から目を離すのが嫌だったんンだろうけど。ああいう変な意地張って無理するところは昔から治らねぇなと思う。


「ステイル様が我々を以前よりも信用してくださった証だと思えば何よりだ。」

無理をされるのは困るが、と言いながらカラム隊長が指先で前髪を払う。

確かに言われてみればステイルも大分昔より騎士団に馴染んだなと思う。労いに騎士達と話している時も、近衛騎士や父上達以外の騎士相手でも薄気味悪さが大分減った。普通に腹から笑えている時もあるし、アイツも何だかんだ成長してンだなと勝手に思う。


「………………アーサー。」


不意に、数秒の沈黙の後にカラム隊長が呼び掛けた。

もう演習場からも離れて、騎士達ともすれ違わない。はい、と声を返すとカラム隊長が顔を軽く俺の方に傾けた。

さっきとも違う静かな笑みに少し緊張して正した姿勢から背中に力を入れ過ぎて反りかける。口の中を飲み込んで言葉を待てば、柔らかな声が続けられた。


「〝聖騎士〟の称号を重く感じたら私達に言ってくれ。」


どくんっ、といきなり心臓が跳ね上がる。

すげぇ優しい表情で、柔らかな声が真冬みてぇに静けきっていた。思わず口を結んで返事に止まると、足を止めないままカラム隊長は背後を指の動きだけで示した。


「アランもそういう類いを得る機会を自分のものではないと自ら譲ったこともある。エリックもお前が気負い過ぎないかと心配していた。ハリソンはお前の表彰を心から喜んでいた。」

すらすらと俺が全然知らなかったことが出てくる。

アラン隊長のこととかすげぇ詳しく聞いてみたい気もするし、エリック副隊長が心配してくれてたとか、ハリソンさんなんて表彰式の後から一度も笑ってるところすら見ていねぇのに。

もう演習場から離れた後なのに、探すみてぇに背後を振り向いちまう。カラム隊長の話も驚きだけど、それを全部把握しているカラム隊長にも驚く。


「私もアランもエリックも、そしてハリソンも少なからず責任や期待、立場や称号を負う重さなら理解できる。全員がお前の表彰を心から喜ばしいと思っている。が、周囲の期待や鼓舞、励ましや時には悪意の無い軽口が肩に積もることもあるだろう。」

……やっぱ、この人はすごい。

昔から気付いてくれるし、言葉をくれる。隊関係なく大勢の騎士がカラム隊長を支持して慕うのも当たり前だと思う。

今は正直、重さの実感はそこまでない。俺にはでか過ぎる称号で、ただただ分不相応だと思うし俺よりずっとその称号に相応しい騎士がいると思う。たとえば今こうして俺のことを気遣ってくれているこの人とか。


「だが、間違いなくその称号は第三者から見たお前への評価だ。軽んじてはならないが、それ以外はどう思うのもお前の自由だ。ただ、重さを感じた時だけは相談して欲しい。」

俺よりもずっと聖騎士の称号の良さも全部理解して知っているのに、取り繕わずにいつも本音で俺達のことを考えた言葉ばっかりくれる。

ポンッと背を押すように手のひらで叩かれて、鎧越しに熱が伝わるようだった。


「大事なのはお前が〝アーサー・ベレスフォードという騎士〟を誇れることだ。その為ならば私達は協力を惜しまない。」

エリート騎士。

……カラム隊長も、そういうのを重いと感じたことがあったんだろうか。

そう思ったら、少しだけ胸が絞られた。思わず合わせていた目を伏せながら感謝を込めて頭を下げる。

すると「それに」と今度はさっきまでの静かさとは少し違う明るめの声で切られた。溜められたその空白に、自然と顔も視線も上がる。見れば声と同じくらい柔らかな笑みが俺に向けられていた。



「聖騎士の名は、お前によく似合っていると私も思う。」



熱が、急に上がった。

本当にこの人には一生頭が上がらない。

ありがとうございます、と辿々しく返しながら、目が泳ぐ。初めて素直に〝聖騎士〟の名自体を嬉しいと思えた気がした。

……カラム隊長は、数えきれねぇくらい色々な功績と勲章と立場を持っている。でも、たとえそのどれが無くても絶対に誰もがこの人を騎士として慕って、頼って、尊敬もするんだろう。

まだステイルから借りた聖騎士の本は読んでいない。

でも、鉄腕の騎士も百年騎士も間違いなくすげぇ騎士だ。その人達に並べるような聖騎士に俺がなれるかはわからない。でも、今はそれよりも


「あ……りがとうございます……。」


騎士団長になる為には、この人まで超えねぇといけねぇんだなということが今はもっとすげぇ難題だと思った。



……



「……それで、本当に宜しいのですねプライド。」


謁見の間。

正午になり、近衛騎士達が到着する前にプライドは王室の一つへと足を踏み入れた。共に呼ばれたティアラ、そしてヴェストの補佐としてステイル、宰相のジルベールもまた女王と王配と共にそこに居ることを許された中で、ローザからの言葉にプライドははっきりと言い切った。


「はい、母上。私はこのままで構いません。」

明るく、強い意志を宿した声に迷いはなかった。

胸を張り、爪先まで向きを整えた彼女はその言葉を最後に頭を下げ、立ち去った。




「婚約者候補の変更は結構です。私はこのまま十九の誕生日を迎えます。」と。




女王へ告げたその意思とともに。


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