667.無認可王女は朝を迎える。
「それでは騎士の皆様、この後も頑張って下さい。」
はっ!!と凄まじい一声が大勢から重なり、大広間中に響き渡った。
祝勝会の翌朝。
太陽が完全に昇り始めた頃、とうとう第二部の祝勝会は幕を閉じた。
挨拶を終え、一足先に退室するプライドとステイル、そしてティアラの背後にはジルベールも控えた。護衛の衛兵達がずらりと並ぶ中、これから彼女達はやっと自室へ戻ることになる。
騎士団長であるロデリックから改めて今回の祝勝会の感謝を伝えられたプライドは、最後に騎士達へ小さく手を振って大広間を後にした。さっきまでどんちゃん騒ぎをしていた騎士全員に跪いて送り出された彼女達は大広間の扉が閉ざされた瞬間脱力した。
ふらり、とプライドもティアラも一緒によろめき、傍にいたジルベールとステイルに支えられる。すぐに礼を伝えて体勢を立て直した二人だが、身体が正直に疲労を訴えたことに顔を合わせて笑ってしまった。ふふっ、と姉妹揃って笑い声を重ねれば今度は溜息交じりにステイルが肩を落とす。
「全く……まさか本当に朝まで続けるとは思いませんでした。しかもティアラ、お前まで。」
はぁぁ……と音になるほど吐かれた息に、プライドもティアラも苦笑う。
ごめんなさい、と口では謝りながらも二人とも悪戯を知られた子どものように悪びれなかった。ふらふらと足を踊らせながら、互いに寄りかかり合うようにして歩けばジルベールが「そんなにくっついていては転びますよ」と言葉をかける。あまりにも微笑ましい二人の姿に思わず口が緩んでしまう。
「心ゆくまでお楽しみ頂けたのならば何よりです。騎士団の方々もとても喜んでおられましたよ。」
勿論、私もですとジルベールが言葉を続ければ、プライドが振り返るように笑顔を向けた。
「良かったわ」と返しながら、若干眠気に負けているその顔は少女のようだった。ティアラも「私もすっっごく楽しかったですっ!」と声を跳ねさせれば、ステイルがすかさず「声が大きすぎるぞ」と窘める。
彼も彼でずっとプライド達に付き合って起きていた為に睡眠がとれていない。いつもよりも若干説教が多すぎていることを自覚しながら、それでも口が止まらない。その様子にプライドはステイルが摂政のヴェストに似てきたなと頭の隅でうっすらと思った。
「大体、夜分の内にアネモネ王国とハナズオ連合王国は部屋に戻られたというのに。我が国の王女である二人が朝まで男性達と過ごすなど……。」
「母上から許可は取ったし……。」
「ヴァルとセフェクとケメトも一緒でしたよねっ」
ステイルの説教に首を窄めながら返すプライドに、ティアラも応戦する。
しかし、すかさずステイルは「奴は王族ではないだろう」と不機嫌気味に両断した。むしろ、彼に関してはレオンと一緒に早々退室しても良かったのにと今は思う。
パーティーが夜分から大分過ぎてから、王族である彼らは定時には部屋に戻った。宿泊予定だったハナズオ連合王国だけでなく、夜分遅かったことと疲労が溜まっていた為にレオンも一晩だけフリージア王国からの厚意に甘えることとなった。
そしてヴァルもレオンの退室に合わせ大広間を出ようとしたが、既にその時には騒ぎに疲れてセフェクとケメトが寝付いてしまった後だった。二人が起きたら即刻大広間を出ようと決めていた彼だったが、今回は声を掛けても揺すっても二人はびくともしなかった。既に慣れない礼服やドレスと知らない大人だらけのパーティーと空気に疲れきっていた二人は、ヴァルを置いて床に転がったまま泥のように眠ってしまった。
結局、騎士団に合わせてプライドがパーティーをお開きにすると宣言したところで、仕方なく用意された客室に彼もひと足先に身を引くことになった。荷袋もない為、特殊能力も使えない彼は背の伸びたセフェクを抱え、身体の小さなケメトを衛兵に任せ、案内役の衛兵に引率され、だるけで身体を左右に揺らしながら退場した。
アネモネ王国に普段着も荷袋も資金も置いてきたままの彼らは、レオンの出国までは部屋で待つしかない。
「アーサー達、大丈夫かしら。本当にこの後すぐ演習なんて……。」
「ご心配ありません、プライド様。たかだか一夜程度で潰れる騎士など我が国にはおりませんから。」
穏やかに笑んでみせながら言うジルベールの言葉に、プライドだけでなくティアラとステイルも「確かに」と頷いた。
騎士団はこれから普段通りの演習に入る為、パーティーもそこで幕を閉ざされた。しかし、パーティーが終わることに名残惜しむ声はあっても疲労や眠気を訴える騎士は一人もいない。無事、酒を飲む量を自制できた新兵も覇気は本隊騎士と同じほど活力が漲っていた。
朝まで飲んで歌って騒いで、それでも翌日には何事もなかったことのように演習に臨める騎士団をプライドは改めて尊敬する。奪還戦の後も引き続き後処理に翌日まで務め続けていた彼らにとっては、これも疲労の内に入らない。
「どうぞ、この後はお部屋でゆっくりお休み下さいませ。近衛騎士と従者や侍女達にも正午までは寝かせるように手配済みですから。」
「ジルベール宰相はこの後如何されるのですかっ?」
彼もプライドに招かれた来賓側だったにも関わらず、最後まで彼女達に付き添っていた。
一睡もしていない彼が、まるで他人事のように自分達に休息を促すのが気になりティアラが尋ねれば、彼は優雅に肩を竦めてみせた。
「私はこれから一度屋敷に帰って妻の様子を見てから業務に戻ります。王配殿下から遅出の許可は頂いておりますのでご心配なく。」
妻の体調が気になりますから、と言いながら全く疲労の色を見せないジルベールにステイルは眉を寄せた。
つまりは彼も騎士団と同じく今日は殆ど不眠不休でこのまま公務に戻るということだ。自分の休息よりも家族を優先させるのは実に彼らしい。更には本当に無理をしているようには見えない。
未来の摂政である自分は今もこうして自覚するほど疲労に襲われているというのにと、けろりとしているジルベールに若干の敗北感があった。
険しい表情のステイルに気付き、ジルベールは「私はダンスも踊らず、立っていただけですから」と返したが、彼は第一部の祝勝会の後始末から直接第二部に参加し、ずっとプライドの補助や来賓の労いなどに回っている。ここまで差がつくと、ステイルは嫌でも経験の差を痛感させられた。疲労と寝不足で若干冷静さを欠いている彼は、無言で歩く速度を緩めて背後に控えていたジルベールに並ぶ。声を潜め、大人気ないとわかりながらもプライド達に聞こえないように彼へ投げつける。
「……俺だってこのままヴェスト叔父様の補助に戻れる。」
「ええ、存じておりますとも。無理を強い過ぎた結果、ステイル様がどうなられるかも。」
「一度は何処ぞの宰相に不意打ちを受けたがな。」
「処分なら甘んじて受けましょう。」
平坦な返しに反し、ジルベールの顔は楽しそうに微笑んでいた。ステイルもまたそこで何も言い返せなくなる。
自分が不眠続きの結果、ジルベールに強制的に眠らされたことを思い出せばあの時も自分は簡単に崩れてしまったと思う。
しかし、その前後にも連日で不眠不休を重ねたことは何度もあったが、ここまで疲労を感じることはなかったのにと思う。従属の契約の影響もなく不安もなく、寧ろ楽しい時間を過ごしたというのに何故こうにも疲労が強いのか。しかも、祝勝会の最中すらアーサーと話している途中で何回か眠気に襲われた時もあった。まさか自分で思った以上にはしゃぎ過ぎたのかも思えば、恥じらいまで込み上げる。
黙したステイルに彼が何を悩んでいるのか何となく察したジルベールは気付かれないように苦笑した。
プライドとティアラよりもステイルの方が祝勝会中に睡魔に襲われかけていたのはジルベールも気付いてはいたが、つまりはそれだけ肩の力を抜けていた証拠だと思う。自分どころかプライドを含むたった数名の前でしか気を抜こうとしなかった彼が、騎士団や他国の王族の前でそれほど寛げていたのならば寧ろ喜ばしいことに違いなかった。それだけ彼が信頼を預けられているということなのだから。
プライドやティアラの前でも気を引き締めていた彼が、アーサーの前になると数度船を漕ぎ出していたのに関しては実にわかりやすいとも思った。愛する姉妹にも格好を付けたいという意地はいっそ敬服に値する。そして逆にそのステイルからそこまで警戒を解かせてしまうアーサーにも。
「せめてレオンの見送りはしたいのだけれど……。」
「レオン王子も就寝が遅かったのは違いありませんし、昼に発つ予定だと昨晩仰っていました。プライドはそれまで今度こそちゃんと休んで下さい。」
「ティアラ様も。ダンスが続いてお疲れでしょう?身を休めるのも大事な公務ですよ。」
はぁい……とプライドとティアラは二人で萎れた声を返した。
結局、レオンと踊った後のプライドはその後も休み休みではあるが、他の騎士達ともダンスを踊っては休むを繰り返していた。更にティアラもセドリックと踊った後は流れに乗るように騎士達とダンスを繰り返していた。最初は止めに入ったステイルも途中からは諦め、祝勝会は鎮まることがなかった。
「お昼過ぎには母上にも呼ばれているし、本当に寝なきゃ……、……こんな顔では謁見できないわ……。」
「私も……その前には湯浴みしたいです……。」
う〜……と、二人は顔を両手で覆う。
朝陽が窓の向こうから自分達を襲い、反射した硝子が恐ろしく情けない自分達の顔を映した。化粧も汗で剥げ落ち、こんな顔で至近距離に騎士達の前に立ってダンスを踊ったのかと今更になって恥ずかしくなる。ステイルやジルベールの目から見れば、可愛らしい素顔に変わりはないのだが、年頃の女性には辛いものがあった。
ジルベールが「起きられたら湯浴みもできるように手配しておきましょう」と優しく声を掛ければ、今度は二人同時に目を擦って頷いた。その様子にステイルも思わず笑いを噛み殺しながら、二人の背後に付く。
優しくその背を当てるように叩き、「ゆっくり休んで下さい」と二人の王女に笑いかけた。……この後の一波乱も知らぬまま。
新しい朝がいま、始まった。
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