表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会
833/877

665.貿易王子は淀みを知る。


「……おい、レオン。殴られてぇならそう言え。」


げんなりと息を吐きながら、ヴァルはレオンから顔ごと逸らした。

プライドのダンスパーティーが終わってから、再び後方に引いたヴァルは、気を取り直すように呑み始めていた。テーブルにどっかり座り、上等な酒を贅沢にも瓶から直接口を付けて飲んでいるにも関わらずその顔は苦々しい。不味そうな顔で酒を飲むヴァルの隣にはセフェクとケメトがテーブルに寄り掛かっていた。大皿に盛られていた料理をフォークや素手で口へ頬張っている。さらには時折、自分達が食べた料理を思いつくように「これ美味しい!」「こっちも初めて食べました!」とヴァルの口に押しやっていた。ヴァル本人は酒以外全く料理に手を付けようとしないが二人に料理を突きつけられる度、肉食獣のように大口でかぶりついていた。そして彼の目の前ではレオンが先程から変わらず滑らかな笑みでただただ彼らを眺めていた。

最初こそ無視をしていたヴァルだが、あまりにも機嫌を良さそうに自分達を眺めてくるレオンにとうとう痺れを切らした。耐久勝負に負けたように肩こそ丸くなったが、鋭い眼で怒りを込めて睨むヴァルにレオンは「ごめん」と笑顔で謝り、続ける。


「本当に素敵なダンスだったなぁって思って。勿論、君とプライドのもね。」

やっぱりその話題か、とヴァルは大きく舌打ちをした。レオンが笑いかけてくる時点である程度は予想がついていた。ダンス直後は、プライドのダンスに集中する為に殆ど無駄口をしなかったレオンだが、それさえ終われば閉ざしていた口も緩み出す。


「君も途中からは随分楽しそうだったし、礼服も仕立てた甲斐があったよ。」

「抱き合って棒立ちになっただけだ。とんだ金の無駄遣いだったな。」

ケッ、と吐き捨てるヴァルにレオンは首を傾げた。

そうかな、と呟きながら、ダンスの時を思い出す。間違いなくヴァルはプライドと共に音楽に合わせて揺れ、正装で並ぶ二人は絵になっていたとも思う。プライドの笑顔と、ヴァルの上機嫌を見れただけでも彼に礼服を提供した価値はレオンにとって充分以上にあった。

だが、それを指摘すればこの場で暴れ出し兼ねないヴァルにはっきりと言うのはやめる。代わりに「でも楽しかっただろう?」と聞けば「生き恥晒しただけだ」と不味そうに酒を仰がれた。味は良い筈なのに彼の表情は不機嫌この上ない。

セフェクとケメトもその顔を上目に覗くが、敢えて何も言わなかった。代わりに牙のような歯を剥く彼の口に料理を押し込んでいく。


「そんなにあのダンスが気に入らなかったなら、今度僕からダンスを教えようか?」

「頭沸いてんじゃねぇ。」

グビッ、と喉を鳴らして酒を多めに飲み込んだ。

しかし、レオンからの提案を一蹴するヴァルに代わり、セフェクが飛び上がる。「私踊りたい!」と声を上げれば「セフェクが踊るなら!」とケメトも手を挙げた。二人の反応に嬉しそうに眼差しを緩ませるレオンに反し、ヴァルは払うように二人へ手をヒラヒラ振った。

「勝手にしろ」と言い捨て、自分は巻き込むなと意思を示す。二人がレオンに習う分はどうでも良いが、自分まで巻き込まれては堪らない。もう二度とダンスなんざやるものかと思うと同時に、プライドと踊る為にダンスの練習などそっちの方が露見したら大恥だと思う。

不満を露わに身体を揺らすヴァルにレオンは肩を竦めて見せた。彼はつい先程までヴァルが大人しく自分達と肩を並べてプライドのダンスを観覧していたことも知っている。彼らしい態度だとは思いながら、今は少しそっとしておく気にはなれなかった。酒瓶を空にし、またテーブルの上にある酒瓶を指で開けるヴァルに、気が付けば唇がとんがった。


「……折角プライドと踊れたのに。」


「…………………………あ゛?」

ぼそ、と小さく呟くレオンの声は目の前にいるヴァル達にはしっかり届いた。

セフェクとケメトも聞き取り、いつものレオンより大分むくれたような声に目を丸くした。ヴァルも一口目を飲もうとする手を止め、口を開けたままレオンを見る。三人分の視線を受け、見開いた後に目を逸らすレオンに聞き間違いではなかったことを確信した。

さっきまで機嫌が良かった筈のレオンの低めた声と、その態度に眉を寄せる。ギロリと刺すようなヴァルの視線にレオンは心の中だけで〝しまった〟と嘆いた。

これまで友人になりたいヴァル達の前でだけは気を抜くことも増えていた所為か、うっかり本音が出てしまったと焦る。他でもない彼相手でなかったら確実に最後まで誰にも隠し通せていられたのにと思う。

今までこんな風に誰かに対して擦れたような気持ちにならなかったのにと頭の中を整理しながら、誤魔化すようにテーブルのグラスに手を伸ばした。並々と注がれたワインを一気に傾け、言葉と一緒に飲み込む。ごくんっ、と喉が鳴ってしまったことも気にする余裕がない。

ふた呼吸ほど置き、逸らした目を恐る恐るヴァルの方へ戻した。願わくば彼がもう自分に興味を無くしてくれていることを願い、確認するように向ければ





この上なく、悪い顔で笑う前科者がそこにいた。





「なるほどなぁ……?」

ニタニタと笑みを広げたヴァルは、テーブルの上に座ったまま自分の膝に頬杖をついてレオンを眺めていた。

今まで何度か見たことのあるその笑みに、レオンは凄まじく嫌な予感がした。びくっ、と思わず肩を揺らすと同時に一歩後退る。空のグラスがつまんだ指から滑りそうになる。何か理由をつけてこの場を後にしようと思ったが、その間にもヴァルがテーブルから腰を上げて立ち上がった。さっきまで頑なに動かなかった彼が、いとも簡単に。

酒瓶を片手にゆっくり大股で近付いたヴァルは、笑みがニタニタと粘着していた。一歩で目の前に立っていたレオンの隣に立ち、酒の匂いが混じった息を吐きかけながら彼の肩に腕を回した。親しみにも見えるそれがレオンには喜ばしいことでもあったが、今だけは喜べない。

ヴァルから再び目を逸らし、唇を結ぶ。ヴァルが何を言おうとしているかは粗方想像がついてしまっていた。「レオン、テメェ……」と反応を楽しむかのようにゆっくり語るヴァルは、次には敢えて彼の耳へ向け低く囁いた。




「羨ましいんだろ?アネモネ王国の王子サマが俺に嫉妬か?」




カァァァァァアッ……と、ヴァルの言葉を引き金にレオンの顔がみるみる赤くなる。

完全なる図星だった。

今まで、プライドがどれだけ他の男性と親しくしても全く感じなかったものをあのダンスでだけは感じてしまった。ヴァルとプライドとのダンスも、他の男性とプライドとのダンスも間違いなく心から楽しめた。彼らがプライドと踊る姿は自分のことのように嬉しく、プライドの幸せそうな顔を見る為に胸が高鳴った。しかし、最後の最後にダンスパーティーが終わり、思い出してみれば羨みが少なからず残ってしまった。

まさか自分がこんなところで〝嫉妬〟という感情を味わうことになるなどレオン自身思いもしなかった。

そして、心から思う。この感情は恐ろしく厄介で、制御が効かないと。頭でわかって納得しようとしても、どうにもそれを拒んでしまう。弟二人が過去に自分への嫉妬で罪を犯してしまった理由も、本当に片鱗だけだがわかったような気すらした。少なくとも初めの頃にセフェクとケメトに嫉妬されて嫌われてしまった気持ちはよくわかる。

単なるプライドとのダンスなら、ここまで思わなかった。自分だって第一部では彼女と踊ったのだから。充分過ぎるほど幸せなダンスだったと断言できる。

第二部で自分の手が取られず、騎士達が優先されることも承諾済みだった。本当ならば嫉妬どころが、ダンスの後も幸せでいっぱいの筈だった。プライドがあんなにも世界で一番可愛い姿で現れなければ、絶対に。他でもない彼女が、よりにもよって


「わかるぜぇ……?テメェが贈ったドレスでテメェ好みに着飾って、それで他の野郎と踊られちゃあなぁあ?」


まるで淀みを注ぐようにヴァルが囁きかける。

その言葉にレオンの顔の赤みが更にじわじわと増していく。何故そこまでバレているのか自分が聞きたくなるほどにその通りだった。

ケラケラとレオンの様子を嘲笑いながら、敢えて馴れ馴れしくヴァルは彼の肩に回した手で二度レオンを叩いた。産まれて初めてのヤキモチと、図星を突かれた動揺でレオンは無抵抗に揺れる。


「そりゃあテメェ好みに飾ったらテメェの思い通りにしてぇのが男だろ?なんだぁ?テメェにもその程度の欲はあったんじゃねぇか。」

いっそ見直したとでも言うようにレオンを嘲笑うヴァルの声が妙に優しい。

完全に悪い友人と優等生の典型だった。あわよくば引き摺り込もうとするヴァルは顔を近付け、レオンを引き寄せ揺らす。

プライド関連で滅多に粗を見せないレオンがとうとうボロを出したことが楽しくて堪らない。結んだ唇を微弱に震わせ、目を虚ろにさせるレオンにヴァルが更に囁く。


「良いのかぁ?今なら遅くねぇぜ。テメェが一言ダンスに誘えばそれだけだ。」

ビクッ、ピククッ!と分かりやすく肩が震える。

まるで蛇が林檎を食べろと嗾すような口振りだった。低い声で染み込ませるように語り掛け、レオンの欲を刺激する。

ヴァルの言葉に触発されるように、確かにダンスに誘う行為自体は問題でも何でもないとレオンも考え出してしまう。だが、あまりにも個人的な欲求と嫉妬の上での行動だと思うとどうにも踏み出せない。


「いや……僕は良いよ。プライドももう疲れているし」

「主がンなこと気にすると思うか?……テメェ好みの主をその手に抱けんのは今だけだ。」

プライドが居れば「変な言い方しないで下さい‼︎」と叫んだが、レオンにはそんな気力も残されていなかった。

今だけはどうしようもなくヴァルの言葉が魅力的に聞こえてしまう。

レオンが完全に聞く耳を持ってしまったところで、ヴァルはそのまま「よし」と肩に手を回したまま歩き出す。突然自分と肩を組んで歩きだそうとするヴァルに流石にレオンも「⁈ちょっ、ちょっと待ってくれ」と声を漏らし出す。ヴァルが動き出したことで二人の背後にセフェクとケメトも続いたが、慌てるレオンと自分から肩を組んでいるヴァルの様子に首を捻る。


「どっ、何処にいくつもりだい?!」

「決まってるだろ主のところだ」

プライドの……?!と繰り返し裏返るレオンの声に、ヴァルはニマァと悪い笑みで返す。

しかし抵抗しようと足をレオンが止めた途端、契約の所為で本人の同意なく連れ去れないヴァルも同時に足を止めた。短く舌打ちをし、どうするか考えたところで背後にいる二人に目がいく。ヴァルの足が止まったことにレオンは少し安堵し、彼の回した腕を外しながら改めて尋ねてみる。


「どうしていきなり……。まるで君が取り持ってくれようとしているかのように聞こえるよ?」

「あー?んなわけねぇだろ。……セフェク、ケメト。レオンを主の所まで連れて行け。」

気を削がせようとするレオンの言葉も効かず、ヴァルが今度はセフェク達をけしかける。

犯罪行為こそ人に命じることもできないヴァルだが、単なる嫌がらせであれば抵触はしない。レオンから一歩離れ、二人に彼を指で示せばセフェクもケメトも躊躇いなくレオンの手を引き出した。

主のところ?こっちですよ!と子ども二人に両手を引かれ、レオンが再び強制的に歩き出す。本気を出せばレオン一人でも二人には力で勝てる。だが、今まで手を引いて貰えたどころか、二人と手を繋いだこともないレオンにはどうしてもここで無碍にはできない。ヴァルの命令とはいえ、初めて二人が自分の手を握ってくれたのだから。

更には「こっちですよ」と笑顔で引っ張られれば、もう抗いようがなかった。必死に口では抵抗するが、一歩一歩二人に引きずられて足が動く。今の心境でプライドのところへ行くのは心の準備が全くできていないが、二人からの手を振り払う勇気は更になかった。

じわじわと追い詰められていくレオンと並んでゆらゆら歩くヴァルは、子ども相手になすすべもないレオンを肴に酒瓶へ口をつける。さっきと違い、心から美味そうに喉を鳴らすヴァルはプハッと一気に半分近く飲みきる。

その横で「いや、本当に僕はっ……」と二人に手を引かれながら背をわずかに反らすレオンに、今度はセフェクとケメトが投げかけた。


「?レオンは主と踊りたくないの??」

「今日の主、すっごく可愛いですよ!」

ドスッ、と下手な鈍器よりも破壊力のある言葉がレオンの頭を殴り、腹にめり込んだ。

顔を真っ赤にしてまた口を噤むレオンに、ゲラゲラ笑ったヴァルが隣から再び吹き込んでいく。


「別に会うぐれぇは構わねぇだろ。その後に折角の機会を溝に捨てるかどうかはテメェの自由だ。」

「だからっ!君がなんでそこまでするんだい⁈」

騎士達に目立たないように声を抑えたレオンだが、彼にしては珍しく荒くなる。

子どもの泣く手前のような荒げ方に、ヴァルはただただせせら笑った。ヒャハハッ、と短く高笑いまで上げ、性格の悪い笑みでレオンに返す。そして「決まってんだろ」と一言切ると、引っ張られるレオンが自分の方へ振り向いた瞬間に悪人らしい満面の笑みで断言した。





「テメェが欲に負ける姿が見てぇだけだ。」





その言葉に、唇の引き絞り目を丸くする。

赤い顔に映えるように翡翠色の瞳が光ったが、同時に眉が垂れた。

その表情すら珍しいレオンの顔にヴァルはまた上機嫌に残りの酒も飲み干した。両手を引っ張られて歩くレオンの背中を軽く叩き、ニヤニヤとまた悪く笑う。歩きながら暢気にまた近くのテーブルから酒瓶を新しいものに交換し、蓋を開けて床に転がした。


「君、ほんっとうに意地悪だよね……。」

「気付くのが遅ぇな。」


半分抵抗を諦めて観念し出したレオンに、ヴァルが一言で断じて並んだ。

その言葉にがっくしと余計にレオンは脱力し、二人に引かれるままに前のめりになる。このまま抵抗したところで、いずれはプライドの元に辿り着いてしまう。のろのろと抵抗すれば亀の歩みになるが、最終的に負けるのは自分だろうと理解する。そして、プライドを前にしたら確実に自分は欲に負けるだろうということも。


自分の弱点を完全に把握してしまった友人に、自分自身が大分毒されていることを静かに自覚した。


166-幕

349-2

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ