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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会
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663.怨恨王女は微笑む。


「……あの、ジルベール宰相。これは流石に大袈裟すぎかと……。」


椅子に掛け、目の前の光景に思わず顔が引き攣る。

私の背後に控えながら、ゆったりと佇むジルベール宰相に目を向ければ「とんでもない」とゆるやかな声で返された。にっこりと笑う切れ長な目が、逃言は許さないと言っている。

それ以上何も言うことができず、口を閉じてギギッ……と再び前を見る。視界に広がる全員がこっちを見ているだけで口端がピクピク震える。騎士やセドリック、ランス国王達まで遠巻きでこっちを見ているだけでも心苦しい。なのに更には私の目の前には二人の騎士が跪いてくれている。私よりも背もずっと高い騎士が小さくなっている光景は、本当に申し訳なくなる。別に彼らが悪いことをしたわけでも、忠誠を誓ってくれている最中でもない。二人ともジルベール宰相が選んだ怪我治療の特殊能力者だ。


ステイルのダンス後、はしゃぎすぎて足を酷使してしまった私は一時的に筋疲労で挨拶の前に崩れてしまった。

ステイルが受け止めてくれたから良かったけれど、その後も結構なガタガタだった。生まれたての小鹿レベルな私を、目を真っ赤にしたステイルが支えながら退場させてくれた。

ステイルの腕にしがみついて、肩をがっしりと支えられる私はまるで要介護の老人みたいで、最後の最後に恰好悪い締めくくりになってしまったけれど観客も温かい拍手で送ってくれた。優しい身内ばかりで良かったと心底思う。それから端に下がってすぐにジルベール宰相が椅子を用意させてくれていて、椅子に掛けてひと休憩いれた時には見事にプチ騒ぎになってしまった。

侍女達が飲み物を持って来てくれたり汗を拭いてくれたり従者が風を扇いでくれたまではまだ良かったのだけれど、医者を呼びましょうかとまで言われた時は流石に焦った。ただの筋疲労なのに城の医者なんで呼んだらそれこそ城中の騒ぎになってしまう。下手をすれば母上に二度と個人的なパーティーを許してもらえなくなる可能性すらある。

全力で断った私に、今度は数歩離れた位置まで騎士達が詰め寄ってきてくれた。

「自分が‼」「宜しければ是非……‼」と申し出てくれた騎士は全員、怪我治療の特殊能力を持った騎士達だった。ダンスを踊ってくれたマートやジェイルまで来てくれていて、本当に心配させたんだなと分かった。二人とも私と踊った後は他の騎士と同じく大分消耗していた筈なのに。

私はダンスに慣れていたから良い方だけれど、やはり騎士達にとっては純粋な戦闘や訓練とは違うらしい。突然の第一王女というダンスという強制イベントに殆どの騎士が一曲でもかなりの消耗だった。アーサーも初めての時に最低限は義務付けられていると言っていたけれど、やっぱり踊り馴れていない人が多かったのだろうと思う。皆すごく上手だったけれど、やっぱり技術と疲労は違う。しかも第一王女相手に騎士団長達の前で踊らされるのだから余計に。

それでも踊ってくれた騎士達は皆、私の話にも付き合ってくれたしダンスも丁寧にリードしてくれた。カラム隊長みたいに貴族出の騎士かなと思うくらいに高技術の騎士までいて、本当に一人一人との時間が素敵な時間だった。……それを、最後の最後に私がやらかしちゃったわけなのだけれど。

自ら私の足を診ると言ってくれた騎士の中からジルベール宰相が二人指名して、今はその二人が私の足に特殊能力を施してくれている。多分ジルベール宰相のことだから、特殊能力の優秀さで選んだのだろうなと思う。

怪我治療の特殊能力は前世のRPGみたいに疲労まで取り除いてくれる訳ではないけれど、疲労の所為での筋肉の炎症や痛みは取り除いてくれた。これで足に特殊能力を施されるのは早二回目だ。

骨折や怪我の心配はないと言ってくれた騎士が「動かすとまた少し痛む可能性はあります」と続けたけれど、怪我でもないからそこまで厳重にする必要もない。痛むといっても筋肉痛程度のものだ。

ありがとうございます、と騎士二人にお礼を伝える。座っているからとはいえ、上から目で見下ろすような状態になってしまったけれど、二人とも笑みで応えてくれた。

まだダンスを踊れていない騎士だったけれど、一人は話したことのある騎士だ。もう第二部の祝勝会から数時間経ったけれど、やっぱりまだ話し足りてないなと思う。騎士の人数が多いから当然といえば当然なのだけれど。


「お姉様、本当に大丈夫ですか?」

隣からティアラが膝を曲げて私と目線を合わせてくれる。

折角の可愛いドレスが床に付いちゃうのが気になったけれど、それよりも眉を垂らすティアラに意識がいく。大丈夫よ、と笑って見せたけれどまだ表情が晴れない。本当に大したことないのに!

確かに無理をした。でも、どうしても一人でも多くとと考えたら止められなかった。踊っている間は足の痛みなんで忘れちゃうくらい楽しかったし、息がいくら切れても彼らと話したい欲の方が強かった。

ティアラを安心させるように金色の柔らかな髪を撫でながら、反対方向へ振り返る。ステイルが侍女に渡されたハンカチで目元を押さえていた。片手で眼鏡を外しているステイルの素顔は少し珍しい。本人も泣き顔か素顔が恥ずかしいのか、今は後ろを向いて肩も丸くしていた。きっとダンス中に色々張り詰めていたものが切れてしまったのだろうと思う。

アーサーが少し離れたところで心配そうに私とステイルを交互に見比べてくれていた。多分、騎士の人達の前だから王族である私達に気軽に話しかけられないのだろう。私の近衛騎士……というかもう聖騎士なのだし、もっと堂々としてくれていいのに。

傍にはアラン隊長とカラム隊長、エリック副隊長達も居て、彼らも心配してくれたのか私の方に目を向けてくれていた。大丈夫だと示すために手を振ってみせたら、……目を見開いた後、逸らされてしまった。四人で唇を固く結んだり口元ごと手で覆って隠すし顔赤いし、改めて自分の姿が恥ずかしい。確かにダンスに燥いで応急処置受ける王女とか前代未聞だと今更思う。


「取り敢えず暫くはそのままごゆっくりお寛ぎ下さい、プライド様。」

「あ、いえ……本当にもう大丈夫。まだ騎士の方々とお話も」

「話すだけならばこの場でも可能かと。……最低でも一時間はそのまま動かないで頂けますね?」

決定事項のように断言するジルベール宰相に、抵抗もむなしく頷くしかなくなる。

私が頷いたことに満足してくれたのか、ジルベール宰相が「では、ごゆっくり」と周囲の騎士に合図を出した。その途端、さっきまで数歩手前で控えていた騎士達が恐る恐るといった様子で前に出てくれる。

お話を……と言ってくれる騎士に私からも応える。同時に、目の前にいた治療をしてくれた騎士二人が一度下がろうと私に頭を下げて立ち上がった。そのまま退場しようと横に逸れる彼らを私から呼び止める。


「折角ですもの。お二人ともお話がしたいです。……いかがですか?」

わざわざ仕事を忘れて楽しんで貰う筈だった場で、私を心配して自ら名乗り出てくれた人達だ。ちゃんと彼らのことも理解したい。

私からの希望に、二人は目を皿のようにした後にすぐ答えてくれた。突然の第一王女からの個人面接呼び出しに緊張したのか、みるみるうちに顔が赤みを帯びていった。別に圧迫面接するつもりもないし、寧ろ私が面接されてもいいぐらいなのに。

圧迫の意思がないことを示すために「ありがとうございます」と言いながら笑ってみせたら、余計に赤く染まった。……圧迫面接向きのラスボス顔、本当になんとかしたい。

それでも早速そのまま二人と話をさせて貰い始めれば、祝勝会が始まった時のようにじわじわと二人の背後に控えていた騎士達が並び始めた。どうやら彼らも私と話してくれるつもりらしい。良かった、割れ物注意扱いで引かれたらとちょっぴり心配だった。

話をしていると、前にも話をしたことがある気がした方の騎士は七番隊の副隊長だった。そしてもう一人は二番隊の騎士。……流石ジルベール宰相、本当に所属の隊関係なく全員の特殊能力を把握しているんだなぁと心の中で感心してしまう。

わかってはいたことだけれど、本当にまだ話しきれてない騎士が多すぎる。新兵も含めたらもっとだ。

新兵だとやっぱり本隊騎士に遠慮してしまうらしく、なかなか前には出ない。騎士団内の上下関係は仕方ないとしても、やっぱり少し残念だ。こうして私自身が動けない状態だと余計に彼らを捕まえて話すのは難しい。彼らも陰ながら我が国を守ってくれたのには違いないのに。せめてこの〝後〟にでも話す時間があればいいのだけれど。

七番隊のウォルト副隊長と二番隊騎士のフレディと話し終わった後、ジルベール宰相に振り替えれば笑顔で首を横に振られた。

まだ一時間経っていませんという意味に肩を落としてしまう。それでも前に出てくれる騎士達に再び向き直り、また次の騎士と話をする。

一度、別の方向に目を向けてみるともうアーサーや近衛騎士達はいなかった。今日の祝勝会から一度も私のところに直接は来なかった彼らだけれど、多分他の騎士と話したい私に気を遣ってくれているんだろうなと思う。いつもは式典でも必ず私のところへ会いに来てくれる彼らだし、多分自惚れじゃなければそうなのだろう。本当にさっきダンスを踊れて良かった。そうじゃなかったら私の方が色々悶々と考えてしまった気がする。

そこまで考えると、ふと今回第二部でダンスを踊れなかった相手の一人を思い出した。それについても心残りは色々あったけれど、取り敢えず今は目の前で話をしてくれる騎士のことを考えることにする。

ティアラも騎士達を労いに行くべくそっと身を引くように私から離れ始める。目を合わせれば、柔らかな眼差しが返ってきた。小さく私に見えるように手を低めの腰の位置で振ってくれる動作が可愛いらしい。

すると今度はステイルが隣に並んで顔を近づけてくれた。まだ目が少し赤いまま「何かあれば必ず呼んで下さいね」と耳打ちしてくれる。返事代わりにそっとまた彼の黒髪を撫でたら、一瞬だけ表情を険しくされてしまった。その後すぐに優しい笑みで返してくれたけれど、赤くなった目の奥で漆黒の瞳が揺れていた。もしかすると私が目の前で崩れたことに責任を感じてくれているのかもしれない。ステイルは全く悪くないし、完全に私の自業自得なのだけれど。

ティアラと同じく、動けない私の代わりに一人でも多くの騎士を労うべくステイルも引いていった後、騎士達と引き続き話しを続ける私に侍女達や従者達からの配慮は変わらなかった。飲み物や風をくれたり、汗を拭いてくれたりと、多分ジルベール宰相からの指示だろう。しっかり私が無理をしないように一歩背後で見張っているジルベール宰相は完全に私のお目付け役だ。彼も本当は招待客側だからゆっくりパーティーを楽しんで欲しいのに申し訳ない。


……


「プライド様。……そろそろ。」


騎士達と話を繰り返して、また暫く経った頃。

ちょうど一時間経ったのか、ジルベール宰相が音もなく私の隣に立って言葉を掛けた。

目の前にいた騎士にも聞こえる声に、何人かが姿勢を正して目配せし合った。きっと何のことなのかある程度の察しはつけたのだろう。さっきまで一生懸命に私へ言葉を返してくれた騎士も今は口を堅く噤んでいる。

ジルベール宰相も私が母上に許可を得たことは知っているから多分そっちの意味なのだろうけれど。目を合わせれば、薄水色の目に私を映して笑んでくれた。


「ステイル様もお忙しそうですし、宜しければ私からお話致しますがいかがでしょうか。」

「ありがとうございます。ぜひ、お願いします。」

ありがたい。ステイルをわざわざ呼び出すのも悪いと思っていた私の返事に、深々と頭を下げたジルベール宰相は背筋を伸ばした。

遠くまで見据えるような視線に、目の前にいる騎士達も改まるように姿勢を正す。ピシリとした緊張感が薄く大広間中に浸透し始めた頃、見計らったようにジルベール宰相が手を三回叩いた。

広い大広間に信じられないくらい響いた音に、賑やかだった大広間が完全に静まり出す。布告役もいらないくらい、見事な鎮めようだ。

騎士達の視線が私の方に集まり出せば、その場からジルベール宰相が高々と響く声を放った。まるで母上のように覇気の込められた声は、内容を知っている私にまで息を殺させた。


「プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下より皆様にお知らせがございます。」

ジルベール宰相の言葉に全員が沈黙で返す。

殆どの人達がきっと、同じ内容を想定しているのだろうなと思う。


「皆様もお気づきの通り、御時間も良い時が過ぎた頃合いかと存じます。既にお疲れの方々もいらっしゃることでしょう。」

心無しが溜息のような吐く音がいくつか聞こえた。

見回せば、笑みを作りながら落胆の色もちらちら見える。今話していた騎士達の背後にいる、私と話す順番を待ってくれていた騎士達だ。


「ここで一度、今回のプライド第一王女殿下主宰によるパーティーは締め括らせて頂きます。」

私も顔の向きと目だけで時間を確認したけれど、本当に時間が経つのは早いなと思う。

感覚だけなら一時間も経っていないくらいだけでも、実際は深夜だ。始まった時間自体が遅かったのを抜いても、既に数時間経っているのが信じられない。

ジルベール宰相の言葉に、何人かが早くも拍手を鳴らす準備をする。ジョッキやグラスを持っていた人達は音もなくテーブルに置くのが見えた。全体の呼吸を読むようにジルベール宰相もそれに気づいて静かに笑う。そして


















「どうぞ、お疲れの方〝は〟遠慮なくお帰り下さい。」















含みのある言葉に、会場中の音が止まった。

敢えて全員が気づくように言い放ったジルベール宰相の言い方に、沈黙が続きを待つ。

それすら予想していたように笑いジルベール宰相は数拍の間を作ってから、再び口を開いた。


「本日は、ロデリック騎士団長の御要望によりプライド第一王女殿下が特別に陛下から許可を頂きました。」

騎士団長の名前が出た途端、騎士達の顔がぐわんっ、と一方向に向かった。私の位置からは見えないけれど、多分騎士団長の居る場所だろう。

彼らの表情と、驚愕に見開かれた目を眺めながら、私は今夜の祝勝会第一部で、騎士団長がダンス中に私に願ってくれた言葉を思い出す。


『もし叶うのならば、一つだけこの後のことについてお願いをしてもよろしいでしょうか』


私もそれは願うところだった。

むしろ騎士団長が許してくれるなら、是非にと思った。だから第一部の後すぐに母上にもお願いして今回だけはと特別に許可を下ろしてもらった。

「今夜に限り」とジルベール宰相がまた静かに声を響かせれば、また一瞬で騎士達の視線が顔ごとジルベール宰相の方へと集中した。来賓の注意が自分に戻ったことを確認してからジルベール宰相は優雅に笑い、そして言い切った。



「パーティーはこのまま夜通し行わさせて頂きます。」



どうぞこの先は帰還も歓談もダンスも食事も酒も自由にお過ごし下さい、と。そう言ってすぐにジルベール宰相が演奏者達に指で合図を送った。

さっきまで静かな音楽を流していた彼らが、一転してダンスパーティーともまた違った軽やかな音楽を奏で始めた。上級層用のダンスだけでなく、城下でも馴染みのあるお祭り用の音楽だ。

今夜のパーティーで女性は私とティアラしかいないけど、男女二人でなくても遠慮なく騒いで楽しめる音楽に一気に場の雰囲気が明るくなる。おおおおぉぉ……⁈と、騎士達からも騒めきが込み上げてくるようだった。彼らの興奮に、最後は呼吸を読んだジルベール宰相が火をつけた。


「では、ごゆっくりとお楽しみ下さい。」


おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおぉぉおおおおおおおっっ!!!!!

まるで、これから戦に行くかのような士気の向上と轟音に大広間中の空気が震えた。

壁に反響して思わず私は耳を塞ぐ。それでもやっぱりビリビリと肌まで響いた。

プライド様万歳‼騎士団長!!ありがとうございます!飲むぞ!と手の隙間から様々な声が耳に響いてくる。軽やかな音楽すら塗りつぶすほどの音量だ。耳には痛いけれど、折角のパーティーが名残惜しかったのは私だけじゃなかったことは嬉しい。

テーブルに置いたジョッキやグラスを掲げ、叫び出す騎士達に私まで笑ってしまう。目の前にいる、話途中だった騎士に「宜しくお願いします」と挨拶すると凄くキラキラした眼差しで返してくれた。



『この後の祝勝会。出来る限り長く、多くの騎士達を直接労って頂けないでしょうか。……時間の、許す限り』



騎士団長の願いも、私の願いも一緒だ。

今日は、その為のパーティーなのだから。


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