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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会
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661.怨恨王女は受けまくる。


「……ねぇ、ランス。」


ダンスの華やかな音楽を聞きながら、ハナズオ連合王国の国王ヨアンが声を顰める。

目の前ではダンスパーティーを始めてから全く疲労を見せずダンスを舞い続けるプライドがいた。真紅の髪とドレスを靡かせながら、何度も華麗にステップを踏む彼女の姿はいくら見ても飽きない。隣に並ぶランスもまた、腕を組みプライドへと目を向ければ何度でも見惚れた。「どうした?」と聞きながら、プライドのダンスから目を離さない。

突然ランスに問い掛けるヨアンに、セドリックも振り返る。そしてヨアンの表情を見て思わず「どうした兄さん」と同じように問い掛けた。さっきまで細縁眼鏡の奥から穏やかな金色の眼差しでダンスを眺めていた筈のヨアンが、今は若干口が引き攣っていた。体調が優れないのか、とセドリックが心配するが、ランスは見ずとも何となくヨアンの言いたいことはわかっていた。ははは……とセドリックに枯れた笑いを零しながら、ヨアンは更に周りに聞こえないように声を潜め、尋ねる。




「ここ……フリージア王国の救急病棟だっけ……?」




「いや、間違いなく王居の大広間だ。……気持ちはわかる。」

だよね……と、今度は苦笑いを零すヨアンは小さく背後を振り返った。

最前列にいるヨアンの位置から最後列以降はうまく見えないが、耳を済ませれば声だけは拾える。そして身体つきの大きなランスからは少し顎を上げるだけでしっかりと後列以降を眺めることもできた。長身のセドリックも軽く爪先を上げて振り返る。先程も何度か三人で振り返ったその先は


死屍累々だった。


最初こそ、ヴァル以外の招待客は全員ダンスフロアの周りを囲っていた為、誰も居なかった。

給仕に回る侍女や従者、そして衛兵こそ控えていたものの、それ以外は誰も居なかった筈の空間に今は何人もの騎士が退がってきていた。侍女や従者が慌しく水を運び、付き添う別の騎士に医者を呼ぶか尋ねるが、毎回断られる。顔を真っ赤にし、中には壁に寄りかかり項垂れ小さくなっている男達にその場から動けそうな者は一人も居ない。


「何人か見覚えがある気がするんだけど……彼ら、全員フリージアの騎士だよね……?」

「?そうだ。兄さんも見覚えがあるに決まっている。今で丁度半数が防衛戦にも関わった騎士達だ。」

「ハナズオを極少人数で防衛したあの騎士達だろう……⁈」

ヨアンとセドリックのやり取りに、ランスは無言でうんうんと頷いた。

セドリックは冷静にヨアンに返しているが、ランスも気持ちはヨアンと一緒だ。

今、背後で瀕死状態か泣き伏している騎士は全員、プライドと念願のダンスを叶えた騎士達だった。ヴァルとのダンスを終えた後、プライドがとうとう他の騎士達とダンスを始めれば一人また一人と戦闘不能になった騎士が後方に回されていた。

三人の目から見ても、プライドは特に何もしていない。伸ばされた騎士のその手を取り、踊り、楽しげな笑顔を浮かべながら会話をしていただけだ。たったその短時間で、ダンスを終えた頃には騎士の顔が沸騰し、涙ぐんでいる騎士もいた。その度に仲間の騎士達が回収していったが、プライドがダンスを踊る度に被害は増えるばかりだった。


「プライドと踊れたのだから無理もあるまい。」

「うん……セドリック、君の基準もちょっとずれてるかな……。」

大分既にプライドへの基準が二人と違うセドリックに、ヨアンは苦笑いする。

プライドとダンスを踊ったことのあるランスとヨアンにも、騎士達の気持ちはある程度理解できる。プライドが騎士達に慕われていることも知ってはいる。だが、圧倒的不利な防衛戦で生き抜き活躍した屈強な騎士達がものの数分でプライドに無力化されていく光景はあまりにも衝撃だった。言葉にこそしないものの、プライドがフリージア王国を転覆しかけられた理由がわかった気すらした。

昏倒し、急病と言われ、そして操られていた。そんな彼女が目の前で自分の手を取り、笑ってくれる。奪還戦後からプライドと頻繁に顔を合わせることができた近衛騎士達すら耐えきれなかったそれに、プライドの姿を目にすること自体が三ヶ月以上ぶりの彼らが耐えられるわけがなかった。中にはプライドと直接話をするのすら初めての騎士もいたのだから。

セドリック相手に女性が骨抜きにされるのはよく見る国王二人だが、屈強な騎士相手をここまでにするプライドにいっそ畏敬の念しか出てこない。プライドが慕われていることは知っていても、彼女が防衛戦後にエリックの見舞いに行った当日、騎士団長に面会謝絶を言い渡されたことを彼らは知らない。

交流目的のダンスの為、そこまで体力は使わないが既に何人もの相手と踊りながら変わらず一人一人と言葉を交わし合い、笑顔で迎える彼女をランスもヨアンも心から感心した。いくら優雅なダンスでも、女性の身体であれば尋常でない運動量に変わりはないのだから。それでも可能な限り一人一人とダンスを交わすプライドは、無理を全く感じさせないほどに始終笑顔だった。


「兄貴と兄さんも踊れるならばそうしたいだろう?」

プライドと、と。純粋に尋ねるセドリックに、二人はぎくりと肩を揺らした。

確かに、あんなにも可愛らしい姿のプライドと踊りたいかと聞かれて否定すれば嘘になる。だが、既に招待状を預かっていた二人は今回プライドが騎士達を優先させることも、大仰な礼儀不要の場であることも全て知らされていた。当然プライドとのダンスも難しいことも承知の上だ。

更に今はあの騎士達の惨状を見ると、今の格好のプライドとのダンスは危険な気すらした。彼女が第一王女でなければ、自分達すら一年前に揺り動かされた部分があることは二人とも自覚している。


「まぁ、……僕は次の機会があればかな。」

「そうだな……。」

事前に危機察知を行った国王二人は、そう言って互いに目を見合わせた。お互いの考えていることも、恐らくは同じ事を考えたことも何となくわかっている。

そして音楽が一区切りつきプライドが騎士と共に礼をした。彼女の手を取りながらフラフラと歩く騎士は顔が遠目でもわかるほどに真っ赤だった。そのまま仲間の騎士に回収されるのを眺めながら、やはり今回は避けようと二人は決意を新たにした。



……



「……そろそろ次で止めるか。流石の姉君も疲弊する頃だろう。」


プライドと騎士のダンスを眺めながら、ふとステイルは指揮者に合図を送った。

ステイルからの合図を確認し、演奏者達が曲調を少し変える。次が最後だとプライドに報せる為の合図だ。音楽が流れた途端にプライドもすぐに気付き、ステイル達の方へ向けてコクリと頷いた。そのまま目の前の騎士へ再び笑顔で向き合う。至近距離でプライドの笑顔を浴びた騎士は、早くも顔を紅潮させた。


「お姉様すっごく楽しそう!もっと踊らせてあげなくて良いの?」

「お前ならあの人数と踊れるか?」

観客に合わせて拍手を送りながら問い掛けるティアラにステイルも問いで返す。

その言葉にティアラは即答で首を横に振る。もともと一人でも多くの騎士と踊りたいプライドに、ティアラでは体力的に合わせられないから最初から控えたところもある。ティアラの体力が平均より低めなこともあるが、それ以上に戦闘力に特化したラスボスのプライドが平均を大幅に上回る体力である為、余計に二人の差は大きかった。

しかし、既にプライドのダンスの数は平均より上回った人数をこなしている。本人がいくら平気な顔をしていても、それだけはステイルも信用できない。「そういうことだ」と一言でティアラに言い切る兄に、ジルベールも困ったように笑いながら言葉を掛けた。


「私もステイル様に同意致します。プライド様のお身体を考えたらこれくらいが一区切りには丁度良いかと。」

むしろオーバーしているくらいだと、ジルベールは心の中で思う。

単純に人数だけで見れば、プライドには丁度良いか多いくらいだが、いくつか激しい振り付けのダンスを挟んだ上に、数時間前には公式の祝勝会でもダンスを披露している。ここでステイルが止めに入ったのはまさに英断だった。事実、遠目からは見えないが既にプライドの身体からは尋常ではない汗が内側からドレスを重くしている。

ジルベールの意見に素直に頷くティアラだが、ステイルは少し不満そうに眉間に皺をよせる。ジルベールに捕捉されたのが少しだけ腹立たしい。その様子にジルベールは少し肩を竦めて見せながら、話を変えるように抑揚を変えて二人に投げ掛けた。


「それにしてもやはり素晴らしい人気ですね。流石プライド様です。」

そう言いながらジルベールは遠目から後方に目を向ける。

プライドとダンスをしてから屍状態にされた騎士の山を眺めれば、今度はティアラもステイルも同時に頷いた。プライドが次々と騎士達を無力化し、それでも彼女へダンスを望む意思は絶えない。むしろその様子に、今度こそ自分がと熱を上げる一方だった。

騎士団には所帯や恋人のいる者も少なくない筈なのに、それでも隔てなく圧倒的な人気を誇っている。ここまで騎士団に熱を上げられる王女も歴代に稀だ。プライドに対し落ち着いた対応ができる騎士は騎士団長と副団長くらいのものだろうとジルベールは思う。「すっごく素敵ですっ!」と声を跳ねさせるティアラを見れば、自然と顔が綻んだ。

彼女がこうして幸せそうに笑っている姿に心から良かったと思う。ティアラが国を出る決意をしていたことを知っていたジルベールにとっては、彼女の行く末を考える度に胸が痛んだ。誰よりも最初にティアラの決意を知っていたにも関わらず、自分にできることは彼女のフリージア王国への憂いを少しでも晴らすことしかなかった。そしてだからこそ



『フリージア王国で予知能力が次なる王の啓示とされているならば、今ここに二人存在することもまた啓示かと!』



セドリックの提案にも、全力で応戦した。

自分にも思いもつかなかったその考え方は、間違いなく連合王国の第二王子である彼だからこそのものだった。そしてティアラにとっては、唯一の希望でもあった。彼女がフリージア王国を離れず、プライドとも争わず、共に在れる道があるならば最善を尽くしたいという気持ちはジルベールも同じだった。そしてそれを願うのは自分だけでもなく


「ステイル様も。……落ち着かれたようで何よりです。」

フフフ、と楽しげに笑うジルベールにステイルは目を尖らせた。

今でこそ心穏やかにプライドのダンスを眺めているステイルだが、約一名とのダンスの時だけは踏み止まるのに必死だった。わなわなと手を震わせ、ティアラに腕を掴まれて押さえられ、更に横からはジルベールに「どうせ契約で一線は超えられませんから」と諭された。

第一部での祝勝会で、レオンとプライドが踊った時は不穏感も感じなかった。むしろ色のある雰囲気でレオンと抱き合い揺れるプライド当てられ、顔が熱くなったほどだった。

だが、ヴァルの時にはただただ驚きと、いつプライドに手を出すんじゃないかという不安ばかりに急き立てられた。本当に一線を越えようものならその時は問答無用で城外に瞬間移動させることも決めていた。少なくともティアラとジルベールに止められなければ、皿の一枚や二枚はヴァルの頭に叩き落していた。

ヴァルの奪還戦での活躍は理解している。だが、それでも許せることと許せないことはある。むしろプライドを引き倒し顔を近付けた時はよく耐えた方だった。あまりの熱烈な光景に顔を真っ赤にしながら〝まだダンス中だ〟と、〝ここでプライドのダンスパーティーに水を差すわけにはいかない〟と自分に言い聞かせ続けた。既に自分だけでなくアーサーや騎士達すら臨戦態勢になりかけ、固唾を飲んでいたのだから。

ジルベールの言葉に無言で睨み続ければ、ふと拍手の音が耳にかかった。割れんばかりの拍手と歓声に耳を向ければ、今のダンスが終わったことに気付く。

あとは最後のダンスで締めくくり、そして……とステイルは次の予定を頭の中で組み立てる。今回の祝勝会について特にこの第二部を一任されているステイルはたった一つの綻びすら許すつもりはなかった。

黒縁の眼鏡の位置を直し、口元に曲げた指の関節を押し当て俯く姿は真剣そのものだった。そんな彼にジルベールもティアラも何も言わない。第一王子にとって大事な大仕事に集中するステイルを温かく見守った。すると


「ステイル!」

ダンスを終えた騎士と別れた後のプライドが、早足でステイルのもとへ駆け込んでくる。

姉君、と呼びながらステイルは正面から体を向けた。フロアの中央からここまで大した距離でもないのに息を弾ませているプライドは、やはりそれなりに疲労しているのが見てとれた。少し止めるのが遅かったか、と。既に満身創痍状態のプライドに気を配りながら潜めた声で彼女に伺う。


「やはり、もう限界でしたか。ならばここで切り上げましょう。」

「いえっ……そう、じゃなく、て……。」

ハァ、ハァと息を切らせながら尋ねるプライドは、そこで口籠る。

一度足を止めた途端、思い出したように疲労が追いかけてくる。膝に手をついてゼェハァしたいところを王女として必死に堪える。代わりに胸を抑え、呼吸で忙しい口の代わりに目で先に訴える。

少し顔が前のめりになったせいで深紅の髪がプライドの目前に垂れた。プライドが話せるようになるまで待ちながら、彼女の乱れた髪を直すべく手を伸ばす。そして侍女に水を持ってくるように指示を



パシッ。



「ッ踊りましょう!」

……する、前にプライドに手を掴まれる。

え……?とステイルは目を丸くしたまま反応が出来なかった。ポカンと口を開け、彼女の髪を整えようとした手が掴まれていることに驚きながら思考より先に心臓が反応した。


「さ、行きましょうっ前奏が終わっちゃう!」

満面の笑みで笑うプライドは、そう言ってステイルの手を両手で引いた。

えっ、待って下さい、プライド⁈と言葉も纏まらないまま半分裏返った声を零すステイルが、殆ど無抵抗に連れられていく。フロアの中央に足が近付くにつれ、また心臓がドクンと連続して高鳴った。

眩い世界に、笑顔に、息も忘れるほど思考を奪われる。


「……兄様。いまお姉様に手を差し出すの、忘れちゃっていましたよね。」

「まぁ、無理もないかと。流石のステイル様も〝それ〟は初めてですから。」

苦笑するティアラの言葉にジルベールはそう言って軽く肩を竦めた。


それどころかエスコートすらも忘れ、引っ張り引き摺られていく王族姉弟を見送りながら。


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