656.騎士は手にする。
「いや、あのっ……ぷ、プライド様!俺、もうさっきも踊って貰ったのに……!」
おかしい、絶対に。
真っ赤に茹だったアラン隊長と入れ替わりにプライド様が俺の手を引いた。
さっきの公式のダンスでも踊ってもらってもう充分過ぎなのに、二度も踊れちまうとかおかしいだろ‼︎
なのにやっぱりプライド様に笑顔で手を引かれるとどうしても抗えなくて。遠慮する機会も逃したまま足が動くし、フロアの中央に近づいていく。
「だってまだ騎士団の前では踊ったことないもの!」
いや一生なくて良いです。……とは言えない。
でも、貴族や王族の前よりもずっと緊張するし、視線が熱い。
あの時は対して知り合いってほどじゃない人ばかりだったのに、今回は騎士団が殆どで全員よく知っている人だ。しかも俺の前に踊ったのはアラン隊長で、俺とは比べ物にならねぇほど上手いし格好良かった。その後に俺じゃぁ折角練習したダンスでも下手なのが丸わかりだ。
俺達が中央に辿り着けば、前奏が緩やかに短縮される。アラン隊長の後にすぐ傍に俺が居たから、相手を選ぶための前奏の時間が余った。プライド様に促されるまま手を重ね腕を組み合えば、その途端誰からか容赦なく口笛の音が鳴らされた。更には「頑張れよー!」「アーサー隊長!」「聖騎士ー!」と呼ばれて、肩が勝手に上がる。騎士の先輩達が大勢見てる中でプライド様とダンスとか畏れ多すぎンだろ‼︎
前奏が短縮される中、プライド様と組み合って見つめ合うだけでも熱が上がる。というか目の行き場に困る。
今更だけどダンスじゃ距離が近すぎる。ここまで来るといっそ早くメインの音楽が始まってダンスに集中したい。今もこうして背中に手を回して、組み合って、密着するプライド様があまりにも
可愛すぎるから。
こんなに可愛い人、みたことない。
今までだって式典の度に目を奪われた。綺麗な女性らしいドレスも美人だったし、これ以上ないってくらいお似合いだった。なのに、今の格好は本当に可愛いっつーか女性っつーか……もう今までとは次元が違う。今までが美人で綺麗だったのに、急に可愛い格好で現れるとかずるすぎる。
さっきだって遠目で横顔見ただけで心臓が死ぬほど脈打った。アラン隊長とのダンスなんて可愛いのに綺麗で、くるりと回る度に花が舞っているみたいだった。
「大丈夫よ。アーサー、とっても上手だもの。」
ダンスの音楽が流れ始めた途端、プライド様がそういって笑ってくれた。
アラン隊長達ほどじゃないっす、と言いたいけど言えない。今はこの人が褒めてくれた言葉全部を飲み込みたい。
音楽に乗って、今度は俺がリードするのをプライド様が待ってくれていることに気付く。もうそれだけで嬉しくなって、血流も早くなる。ダンスの為に組み合ってることも、至近距離に顔があるのも、身体が触れ合っているのも全部が全部いつもの倍以上恥ずかしいけど、……背中へ回して抱き寄せる手だけには妙に抵抗がない自分が一番恥ずかしい。
音楽に乗ってステップを踏む。プライド様が綺麗に見えるように、ちゃんとリードを続けられるようにと何度も頭の中で繰り返す。
プライド様と回る度、拍手が上がる。これが全部俺が知ってる人達からのものだと思うと全身がくすぐったくなる。プライド様に目を向けるのも恥ずかしいのに観客に目を向けるのも恥ずかしい。うっかりステイルにでも目があったら、またあの悪い笑みで笑ってるンだろうと思う。
「アーサーと二回もダンスなんて贅沢ね。」
ふふっ、と悪戯っぽくプライド様が笑う。それだけで心臓が跳ね上がる。
口の中を飲み込んだ後に思わず「いや!俺の方がっ……‼︎」と声を荒げちまう。この人はなんで飽きもせずにそんなことを言ってくれるんだろう。
そう思った途端、曲に流れながらプライド様が俺の方に顔を上げた。何か思い出したように目を輝かせて、言おうと口を開いた途端……そのまままた閉じた。
プライド様には珍しく躊躇った様子が気になって「どうしました?」と聞けば、はにかんだように笑い返してくれた後、また口を開く。もうその一挙一動だけで顔が燃えるし心臓の音がプライド様にも聞かれそうだからやめてほしい。気づけば熱源から顔を逃すように喉を反らしちまう。その上、プライド様はまた言葉で平然と俺を殺しにかかるから。
「表彰おめでとう。皆喜んでるわ。聖騎士なんてすごい。こうやってダンスも皆に認められて……、ごめんなさい。もう何回言っても言い足りなくて。」
また言おうとしてしちゃったの、と恥ずかしそうにプライド様が笑う。
照れた顔を隠すように俯くと長い真紅の髪が俺にかかった。ふふっと笑うのを堪えるように肩が震えて、ちらちら見える笑い顔が死ぬほど可愛くて。この場で崩れ落ちそうなのを必死に足で踏ん張って堪える。
表彰された後にもさっきの祝勝会のダンスでも言ってくれた言葉をまた言おうとしてくれたのかと思うと身体中が疼いて筋肉がピクピク震えた。息を止めないと口が馬鹿みたいに緩むと確信する。なのにそんな俺の気も知らねぇでプライド様は「あ、でも」と続けてその笑顔を向けてくれる。
「これはちょっと違うかも。」
俺の腕をくぐって、リードするままに回るプライド様の言葉が風圧と一緒に耳の傍を通り過ぎた。
一周し終えたプライド様を受け止めてから聞き返せば、俺の手をぎゅっと指の力だけで強く握り返してから視線を回した。周囲の観客を指し示すような視線に釣られれて俺も目を向ければ、それだけで騎士の一人一人と目が合っていった。
全員笑ってくれてたり、……なンかニヤニヤしてた。絶対顔が赤いのがバレてンだと確信する。恥ずかしさを紛らわすようにプライド様を連れて大きくターンをする。覚えたばかりのステップを踏んで進んでみせれば、また歓声と喝采が返された。ニヤニヤしてた騎士の先輩達からも「良いぞ良いぞー」と声をあげられる。その途端また肩が強張った。でも、プライド様はそれに反するように笑顔を広げて言い放つ。
「アーサーのこと、〝私の〟騎士だって騎士の人達にも自慢したかったの。」
……もう、泣きたくねぇのに。
熱が上がって、目の奥までとうとう届こうとする。何度も鳴らすぐれぇに口の中を飲み込んで、一緒に何度も回りながら誤魔化した。
〝なんで俺じゃなくって貴方が自慢するンすか〟
目の奥の熱と同時に、その言葉が喉の奥からせり上がって舌の上まで乗った。
俺の方が誇らしくて贅沢で嬉しくて自慢したくて堪らねぇのに、いつもいつもいつもいつもこの人は先に自分のものにしちまう。俺だって気持ちだけじゃ負けねぇし絶対今のこの状況を自慢したいのはプライド様より俺のー……、……。
自慢。
気付いた瞬間、足が止まりかけた。
身震いがして、全身の毛が逆立った。心臓も二拍ぐらい止まった後に遅れを取り戻すみたいに高速で鳴り出す。
ステップを踏みながら、曲に乗って、騎士の人達に笑って見てもらって拍手貰って喝采もらって歓声までくれて名前を呼んでくれた。プライド様自ら俺を自慢したいと言って騎士達の前で手を取って踊ってくれている。
こんな、こんな可愛くて綺麗な人を、騎士団全員の憧れで、もう何日もプライド様に会いたくても会えなかった騎士が大勢いてそんな中で俺はプライド様と二度目もダンスを踊ってる。まるで、本当に、俺がこの騎士団の中でもこの人にとって特別みたいにー……、……違う。
本当に、この人にとっての〝特別〟になれたんだ。
優秀で強くて格好良い……ガキの頃から憧れだった騎士達が集う中で、この俺を選んでくれて今も最高の笑顔を向けてくれている。こんな贅沢過ぎる、七年前と比べたら夢みてぇな状況でこの俺が
今ここで胸張らねぇでどうすンだ。
「……俺だって、自慢しますよ。」
うっかりでた声は、思ったよりも小さくて音楽に半分はかき消された。
え?とプライド様が聞き返してくれたけど、言い直す勇気はない。だから、言葉よりも行動で示すと今決めた。
一緒にステップを踏み、端まで移動してから一緒に回る軸足を何度も使って観客の騎士達の鼻先を横切っていく。ハリソンさんから八番隊の騎士も一番端に集まっていて、そこからさらに流れればカラム隊長達がいた。回る度に起こしてくれる拍手のそれぞれのずれ合う音から、目の前にプライド様が過ぎていくことへ「おおおおぉ!」という歓声、さらに進めばマートさんやジェイルさん達、先輩騎士の人達が続いてもう俺より騎士経験も年も下の騎士の前も通り過ぎる。
中央に近くなるとレオン王子とセフェク、ケメトが、そしてセドリック王弟やランス国王、ヨアン国王も過ぎていく。ジルベール宰相もいて、更に進む方向に目だけを向けると父上とクラークが見えた。丸まりそうな肩をぐっと反らして口の中を噛みしめる。
翻る寸前にはティアラとステイルの姿が見えた。頬をピンク色にしながら目をきらきらさせているティアラの隣にステイルだ。腕を組んだままその口がやっぱり悪く笑ってた。だけど目は思ったよりもずっと柔らかくって、……すげぇ嬉しそうだった。
ステイルにダンスを教えて貰って良かった。
祝勝会でプライド様と踊ると決まって、頼んだらティアラに相手役の協力まで頼んでくれた。お陰で二日の付け焼き刃でも人に見せれるくらいにはなった。
二人の前を横切って、父上達へと通り過ぎる。背筋を伸ばして胸を張り、プライド様の手を握り直す。同じステップで繰り返し回りながら過ぎ去れば、やっぱり二人も笑ってた。拍手の手の形のまま微笑んでこっちを見てる父上に並んでクラークはもう俺とプライド様が近付いて来た時点で拍手を鳴らしてた。
過ぎて、過ぎて、端まで進んでからまた元のステップに戻して中央に戻る。迎えてくれるようにまた割れるような拍手が響いたのを聞きながら、プライド様にだけは届くように今度こそ声を張る。
「俺だって自慢ですから‼︎この会場中っ……ッ世界中に見せつけてやりてぇぐれぇに‼︎」
プライド様は息を整えながら口を開けて俺を見る。
少し声がでか過ぎたかなとは思ったけど、こればっかは譲れない。言いながら顔が茹だってるのを感じた。
今の俺がどんだけ幸せかは言い切れねぇけど、もうこの瞬間も今の俺も世界中に胸張って自慢できる。相手が貴族だろうと国王だろうと、今の俺がすげぇ幸せで胸を晴張れると言い切れる。たくさんの幸福をプライド様から貰って、大勢の人に恵まれて………………ンで、
この手で幸福を勝ち取った。
誰かから与えられただけじゃない。
俺が自分の手で手に入れた。今は本気でそう思える。そしてこの先も守り抜いていくと断言できる。
「そうね、アーサー。」
気がついたら、もう音楽も終わりに近付いていた。緩やかに静かになっていく中で、気がついたら馬鹿みたいに同じような振り付けを途中から繰り返していたなと気付く。でも、プライド様はまったく気にしねぇみたいに花のような笑顔を俺に向けてくれた。
「私も、素敵な貴方に自慢に思って貰える王女になりたいわ。」
ほんとに、ずりぃ。
どんだけ俺が思い切っても、この人は軽々とその先をくれるから。
そんな可愛い格好で綺麗な声でこの距離で嬉しいことをいわれたら、もう心臓が破裂する。
「とっくの昔になってます」の一言すらもう言えなかった。舌が乾いて肺が止まって心臓が爆発して、至近距離にいるプライド様から音楽が終わった後も暫くは手も指も離せなかった。
歓声と喝采に応えるように重ねた手のまま、観客へと礼をする。もう笑顔どころか表情を引き締める余裕もない。元の場所へ戻る時、最後の最後にはプライド様に手を引かれてしまった。戻る途中でプライド様に「負担に思わせたらごめんなさい。でも、いつかはそういう王女になってみせるから」と小さな声で囁かれた。だからもうなってるってのに。
カラム隊長達のところに戻ると、プライド様と手を離した途端に力が抜けた。身体の軸ごと倒れそうになるとアラン隊長が両腕で受け止めてくれた。
すみません、と謝ろうとしたら先に「もう俺が引き取るんで!」と多分プライド様に向けて断ってくれた。そのまま気配が遠のくと「わかる、すっげーわかる。なんかもう死ぬよな?」とすげぇ察せられた。
寄りかかったアラン隊長の肩の上で首だけ動かして頷くと、エリックさんが「誰かこっちに水を頼む!」と声を上げるのが聞こえた。前奏がまた途中で短縮され出した辺りで、干からびかけた頭に水が掛けられる。ジュワッ、と蒸発するような音と感触がして、このまま高熱死したらやべぇなと思う。
しっかりしろーと、アラン隊長が俺に寄りかかられたまま肩を叩く。動けねぇ……と思ったけど、次のエリック副隊長の言葉で一気に目が醒めた。
「カラム隊長とのダンスが始まるぞ。見なくていいのか?」
見る。絶ッッッッ対見る。
プライド様の、ンでカラム隊長のダンスなんて何度見てもすげぇ絵になって格好良いのに。
干上がった喉で返事が出せない代わりに、アラン隊長の支えから身体を起こした。




