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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会
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655.騎士隊長は笑う。


「プライド、様……‼︎まさかエリックにっ……⁈」


いやいやいやいやいやいやいやいやいや‼︎‼︎おかしいだろ絶対‼︎‼︎‼︎

心臓がまずい。もうプライド様に手を取られた時からバクバク身体を叩いて休まない。

しかも聞いてみればプライド様から至近距離で微笑まれた。もうそれだけで毒が回ったみてぇに身体が動かなくなる。俺の番はあっても絶対数番目だと思ってたから心の準備もできていねぇってのに‼︎

というか絶対ないだろ一番とか‼︎

公式の場だったら完全に一番の花形だ。身内や婚約者かそれに相応と見受けられないと手を取られない。エリックの奴なんでよりにとよって貴重な褒美を自分じゃなくて俺に使ってんだよ⁈そこは普通自分だろ!俺が褒美二つ貰うとかおかしいだろ‼︎

エリックなら全然あり得る、そういう奴だとは知っている。奪還戦でも言っていた。プライド様からもし褒美を貰えるならって話で、まだもしもの段階なのにアイツは全くの無欲だった。いっそエリックやアーサーはプライド様からの褒美は断ったんじゃないかとも思ってた。だけど、だけどなんで俺に


「すごい人気ですね。流石アラン隊長です。」


擽るような声に口を絞る。

嬉しそうに華が開くみたいに笑うこの人が、そう言って俺から視線を示すように周囲へ見回した。

プライド様に手を取られたまま中央に辿り着いても、まだ呼吸すら上手くできない。目が釘付けのまま、聴覚に意識を集中させれば騎士達の声がいくつも耳に届いた。「流石アラン隊長‼︎」「おめでとうございます!」「この時を待ってました!」「おい押すな!」「頼むから見せろお前はしゃがめ!」「こっち空いてますよ!」と騎士達の舞い上がった声がする。……だけど一番舞い上がってるのは確実に俺だ。

いえそんなことありませんよ、と言いたいのに言葉に出ない。目の前の人が可愛すぎて息の仕方も忘れる。長い睫毛も仄かに紅に染まる頬も近過ぎる。完全に油断していた。

前奏が終わりかける前にと向かい合って組み合えば、これ以上ないほど近くなる。プライド様の腕が背中に添えられて、反対の手を組み合う。俺からもその背に手を回せば、スルスルとしたドレスの質感とプライド様の薄い身体の表面を感じた。

背骨や肩甲骨の輪郭までなぞればわかりそうで必死に思考を止める。駄目だティアラ様だって同じくらい細かったのに緊張の度が比じゃない。ただの綺麗な王女様だったらこんな風にはならなかった!


「大丈夫ですか……?」

「いえッ!はい!平気、です‼︎」

言葉がまだ駄目だ。

汗も額に染みるし燃えるみたいに頭は熱いし絶対顔が赤くなってる。心配してくれるプライド様をリードするように動かしながら、ガチガチと硬い足はまるでブリキだ。腕も関節も動かねぇし最悪だ。せっかくプライド様とのダンスの為だけに練習したってのに!

しかもそれに気を遣ってプライド様がリードしてくれようとする。いや何の為に睡眠時間削ったんだよ俺‼︎

息の仕方を忘れたまま、一度止める。代わりに力を手足に込めてまともに動けと言い聞かせる。騎士の初任務でもこんなに震えそうにはならなかった。

触れ合ってる肌にそれだけでも知られないようにと張り詰める。プライド様を腕の中に通して見せれば、それだけで騎士達が沸き上がった。まさか一番にプライド様のダンス姿を見せる相手が俺になるなんて思いもしなかった。


「やっぱりお上手ですね。ティアラとのダンスも素晴らしかったと聞きました。」

…………貴方の為です。

近衛騎士になって、……憧れ以上に好きだと思ったあの日から。〝もしかして〟と一度考えたら練習せずにはいられなかった。まさかそんな日がこんなに早く来るとは思わなかった。

目の前で褒められただけで、また身体の節々が硬直する。駄目だ目に入るだけで可愛すぎる。

さっきだって遠目から眺めるだけでも心臓に悪かった。何度見ても飽きなくて何度も何度も覗き見て、今はその人が目の前で踊ってる。一番最初のダンスの栄誉を俺が受けている。


「こうしてアラン隊長ともダンスができて夢みたいです。ありがとうございます。」

言葉が未だに出ない俺を、落ち着かせようとしてくれてるみたいに語りかける。

最初の頃は憧れだけだった小さな姫様が、今は世界で一番綺麗な王女だ。

俺もです、とか言いたいのにやっぱり言葉にでない。せめてダンスだけはまともに身体を動かせているけれど、口はガチガチだ。「い、いえ!」しか出ない。もっと言いたい、話したいと意思だけが先走る。

目の前の人が共に揺れ、軽やかな足取りで観覧してる騎士達の前を流れる。深紅の髪が流れ、華の香りが鼻を掠めたら心臓が一際大きく音を立てる。

指先にピキリと力が入れば、プライド様が俺を見上げた。少し沈黙を作るように唇を閉ざした後、そっと開いた。


「……耳、本当にごめんなさい。痛かったでしょう。」


翳るような表情とその声に、一気に頭が冷える。

まさか何か勘違いしてるのか、俺が黙っていたから変に気に病ませたらしい。

背中に回されていた手が少しずれて指が伸びる。俺の耳に触れようとしたのか、それでも届かずに指先がスッと首筋をなぞった。その瞬間、身体中に雷が走ったみたいにピリリと震える。「ごめんなさいくすぐるつもりはっ……!」とプライド様が焦るように抑えた声を放った。擽ったいとかそういう問題じゃない。人前でダンス中にこれ以上触れられるとか拷問だ。せめてダンスが終わるまでは死にたくない。

焦って困った顔すらすっげぇ可愛い。ただ、一気に青くなる顔色と、曇り出した表情を思い出すと少しだけ熱が引く。プライド様の身体を支えたまま、何度も回る。もう少し速めても余裕でついてくるんだろうと思うほどこの人の足取りは軽い。流石はプライド様だ。


「本当に謝っても済まされないことをして。あの時、……怒って下さってありがとうございます。」

うっすらと膜を張ったように潤んだ紫色の瞳に吸い込まれる。

〝あの時〟……プライド様が豹変して間もない頃だ。まだあんな事まで気にしててくれたのかと少し驚く。

プライド様へあんな風に怒鳴るのも、あんなに不快を感じるのも絶対あれが一生で最後だ。今はもうこんな指先が掠れるだけで心臓が、全身が弾む。やっぱり、当たり前だけど姿が一緒でもこの人じゃないと意味がない。

噛まれた耳も、張り詰め串刺された心臓も今はもう全部が癒えた。この人が戻ってきたあの瞬間に報われた。


奪還戦が終わってから最初の休息時間、自室に戻ってから本気で泣いた。


笑えるぐらい、扉を閉めた途端に涙が溢れ出してきて、気付いてすぐ片手で顔を覆ったのに遅かった。

俯けた顔からポタリと大粒が指先を掠めて床に落ちた。

ハナズオの防衛戦後みてぇに泣くことなんてもう無いと思ったのに、今度は逆の感情でボロ泣きだった。プライド様が戻ってきた、本当に変わらないあの人のままだった。それが嬉しくて安心したらぐちゃぐちゃの感情が押し寄せた。

枯れるぐらいに涙を出しながら、顔が皺くちゃになるほど笑った。気が遠くなったと思えばベッドへ辿り着く前に床で寝てた。

目が覚めた時、ベッドの上にいなかったことに驚くよりも、目が覚めたら全部が都合の良い夢で病室のベッドの上じゃなかったことにほっとした。


「しかも、塔の上では右手まで……、……引き止めて下さって、感謝しています。」

アーサーに比べたら大したことない。

ただ、それを言えばアイツが隠したがっている腕の件までバレると閉ざす口に力を込める。

プライド様の自刃を止める為なら右手も安い。腕丸ごと持っていかれてでも情報を持ち帰って、最後にステイル様と一緒にプライド様の心を引き止めたアーサーと比べるまでもないし、比べて落ち込む必要も勝敗もない。ただ、プライド様を引き止められた事実があればそれで良い。


「……いえ。あの時はただ俺ができることをやっただけですよ。寧ろ脅すようなかたちになってしまい、申し訳ありませんでした。」

やっと頭が落ち着く。

ダンスが始まってから初めてまともに喋れた俺の言葉にプライド様が目を丸くする。「とんでもありません!」と言いながら、俺の手を強く握り返してきた。

声よりもそっちの方で心臓がひっくり返る。誤魔化すように二人で回り、大幅なステップで騎士達の傍から距離を取る。


「アラン隊長の右手は億をも救える騎士の手です!あの時に掛けてくださった言葉もとてもお優しくて……っ。…………本当にその手を失わせないで済んで良かった。」

思い出したのか、顔を僅かに歪めながらプライド様がまた泣きそうな声を漏らす。

いきなり大袈裟に褒められて顔に熱が入ったけど、最後のその声だけで急激に鼓動が遅くなって、内臓も刺すように痛んだ。


……本当に、ナイフで刺し貫かれても良いと思った。


あの時のプライド様を引き止められるなら、少しでも〝戻った〟という確証をプライド様自身が、……俺自身が得られる為になら賭けられた。もしあそこで本当にプライド様が狂気に蝕まれて引き返せなくなったその時は










一緒に終わっても良いと、少し思った。









それこそ気の迷いだけど。

ただ、泣きながらカラムに死なせてくれと望むプライド様を止める為に、俺にとって一番大事なものが心臓よりも右手だった。

騎士の命。騎士として死ぬ為の権利証。一年前にプライド様に証を与えられた右手より俺にとって価値のあるものなんてなかった。


「ですから、本当に本当にアラン隊長にも……」

「プライド様。ちょっと失礼しますね。」


波打ち出した曲調に合わせ、プライド様から手を離す。

「えっ」と声を漏らしたその身体を両腕で抱き締める。ドレス越しでもわかる柔らかな感触と密着した途端よけいに花の香りが鼻腔に届く。

王女相手に言葉を遮っちゃいけないとわかりながら敢えて上塗った。

最初から、……俺が一番好きなこの人から聞きたいのは、そういう言葉じゃなくって。



─ ぶわり、と。



俺が抱き上げ、曲調のままにプライド様で弧を描く。

ドレスが空気を含んで膨らみ、開いた。足元を浮かせたプライド様は、本当に妖精かなんかだと思うくらい重さを感じない。

わっ、と小さく声を漏らしながらそれでもしっかり両腕で俺の背中に掴まってくれる。身体ごと振り回したドレスの下が騎士達に見えないようにだけ気をつける。プライド様が宙を舞ったことに歓声と喝采が跳ね上がった。

「おおおおおおおぉぉお‼︎‼︎」と上がる声の中、一周分の風を感じるのはあっという間だった。再びゆっくりと元の位置へプライド様を降ろせば足元が少しフラついていた。足を床につけたプライド様から両腕を離す直前、一瞬だけ強く抱き締める。

甘い感覚と胸の痛みが同時に走って心地良い。絶対一生この人にしかこんな気持ちにはならないと確信する。

プライド様が気付く前に、何事もなかったようにもう一度その手を取り、ダンスの為に組み直した。ぽかんと気の抜けた表情をして俺を見つめるプライド様は、たぶんさっき言おうとしたことも忘れてるだろう。……それが良い。


「今俺すっげぇ光栄で幸せですよプライド様!」

当然みてぇに声が出る。

それを言葉に出来た瞬間、さっきまでガチガチだったのが嘘みたいに身体が軽くなる。短いステップの後にまた腕の中を潜らせれば目を回す様子もなくプライド様は深紅を揺らした。本当に綺麗で可愛い人だと何百でも思う。

張った声は騎士達にも聞こえただろうなと思うほどはっきり出た。歓声に混じって消えていても、聞かれていてもどっちも良い。


「最高の瞬間です!もう今日のことは墓場まで持っていきますし自慢しまくります!」

プライド様の目が零れそうなほど丸くなる。

口まで開いたままで、両眉も上がったプライド様に力一杯笑いかければ、ステップを速めると同時に笑顔が返された。照れたような嬉しそうな笑顔にまた心臓が持ってかれて血流が高速で回り出す。

本当に死ぬなと思うと同時に、まだずっと見ていたいから絶対死ねないとも思う。熱が回って頭も浮かされて指先まで熱い。プライド様の熱量を上回った身体にプライド様の人肌の冷たさが沁みる。


「大好きです、貴方のことが。俺も、騎士団も、全員が。」


今度は喉を張らずにただはっきりとそう告げた。

多分、俺は一生この人が好きだ。憧れからだった、子どもだったこの人が今はただただ愛しい人だから。

叶う必要なんてない。ただ、この人を好きだという気持ちは騙せないし隠せない。知ってもらうつもりなんて一生ない。そして



無くすつもりも一生ない。



プライド様が顔を綻ばす。

羽根が生えてるみたいに軽い足取りと輝く目に真紅のドレスと花を模った髪飾り。憧れてた頃は戦う姿と格好ばっかに目が奪われたのに、今はもう全部が全部好きで心全部鷲掴まれてる。

俺が貴族でも王族でもなくて良かった。結婚なんて義務付けられる立場じゃなくて良かった。

プライド様が将来選ぶのが誰かはわからないけど、残り二人が知らない奴ならカラムが良いなと勝手に思う。どうせ誰になっても泣く気はするけど辛くはない。この人を幸せにしてくれる人と結ばれて、一生この国にいて欲しい。


「〝褒美〟……楽しみにしてますから。」

音楽が終わりに向かったところで、そっと白い耳に囁いた。

期待通りの返事を笑顔で返してくれて、やっぱり好きだなと思う。最後に手を取ってプライド様を何度もくるりと回した。流れる髪と振り返る瞬間の笑顔を見る為に、あと百時間くらいこのまま踊っていたいと無茶な欲が出る。

音楽の終わりと同時に仰け反るプライド様の腰を支え、動きを止める。割れるような拍手と歓声に混じって口笛の音まで聞こえてきた。やっぱここは騎士団のど真ん中だと改めて思う。

身体を起こすプライド様の笑顔に汗が数滴伝っていた。……気付けば結構調子に乗って飛ばし過ぎた。大丈夫ですか⁈と焦りながら聞いたら、プライド様から返事より先に楽しそうな笑い声が返ってきた。


「すっっごく楽しかったわ!アラン隊長とのダンス、癖になっちゃいそう!」


また心臓が容赦なく跳ねさせられる。

指で細かく汗を拭いながら、満面の笑みを向けてくれるプライド様にまた身体がブリキになりかけた。ほんとにダンスの練習をしといて良かったと心から思う。過去に戻れたら、練習してた俺に「よくやった‼︎」と背中を叩いてやりたい。

ダンスぐらいじゃ息も上がらない筈なのに、今は呼吸も荒いし胸も苦しい。心臓がバクバク唸って耳まで響く。

プライド様の手を取ったまま、観客の騎士達へ礼をする。また拍手が膨れ上がって口笛の数が増えた。


「え……エリックに、礼言いますね!アイツが今回の祝勝会でプライド様に俺とダンスを……しかも一番最初になんて頼んでくれたからこそ、こんな最高のダンスが出来たんですから!」

まさかプライド様からの褒美を俺との一番のダンスにしてくれたと思わなかった。

アイツらしいなとは思うけど、こんな可愛い姿のプライド様に俺が最初に手を取れるなんてそうじゃなきゃありえない。

プライド様と手を取り合いながら、元の場所へと向かう。エリックもアーサーもカラムもいる場所だ。これ以上ないくらい笑って胸張って自慢してやろうと今から思う。エリックにも思いっきり礼も言ってやらないと気が済まない。

すると一緒に歩きながらプライド様は少し首を傾げた。跳ね上がった息と笑顔のまま、当然のように口を開く。


「?ダンスを受けたのは私の意思ですよ。エリック副隊長からのお希望は〝この先アラン隊長のダンスに受ける時は可能な限り最初に手を取って下さい〟とのことでしたから。」


…………へ⁈


「へ⁈は⁈……えぇ⁈あ、じゃあっ……、……⁈」

待て待て待て待て⁉︎何かおかしい!まるでいまのじゃっ……!

折角据えた腹がまた揺らぐ。

裏返った声で思い切りプライド様に顔を向ける。プライド様が最初から俺と踊るつもりでいてくれたことはすげぇ嬉しいけど、そういう人だっていうことはわかってる!いやそれよりも、それよりも今のエリックの願い方じゃ俺が思ってたのと全然違う‼︎

気が付けば戻る途中で立ち止まっていた。足が縫い付けられたみてぇに動かない。手を取ったまま固まる俺にプライド様が少しつんのめった。添えた手を掴んで引き止めれば、そのまま合わせて足を止めてくれた。

ありがとうございます、と俺のせいで転びかけたのに礼を言うこの人が、改めて頬を緩めて俺に笑う。


「ええ、なので〝これからも〟よろしくお願いしますアラン隊長。……きっと、頻繁に一番をお願いすることになってしまうと思いますから。」

うっかり正面から照れたように笑うプライド様を直視する。駄目だブリキ化で死ぬ。

これから先……ティアラ様発案の催しは定着化される可能性が高い。めでたい式典の度に、きっと規模の大小はあってもダンスパーティーは行われる。そしてプライド様は近衛騎士の俺達を絶対に選んでくれる。ティアラ様と合わせれば二分の一の可能性だけど、その度に、俺はまた一番最初にこの人と踊る事になる。義弟のステイル様か、もしくはステイル様よりも先に‼︎‼︎

息も止まり、固まって動けなくなる俺に騎士達もざわつき出す。駄目だ頭でわかってても動けなくなる。一生で最後だと思った瞬間がこれから一体何度来るんだ。

頭が熱に煽られて、考えることも難しい。その間もプライド様の手だけは離せないしプライド様も離そうとしない。本気でこのまま死ぬ。


「あのっ……もしお嫌でしたら私からエリッ」

「いえ‼︎嬉し、……光栄!です‼︎はいッ‼︎‼︎」

絶対死ぬけどな‼︎‼︎

いつか血管がはち切れて死ぬと今から覚悟する。それでもこの機会を死んでも逃したくなくて思い切り響くほどに声を張る。多分、外から見たらどっかの胡桃割り人形みたいになってるだろうと自分でわかる。

俺の返事に「良かった」とほっとしたように笑うプライド様が、きゅっと俺の手に力を込めた。また雷が走って心臓が跳ね上がる。

俺を連れるように手を引いて、その先にはエリック達がいる……けど、もうどんな顔すれば良いかわからなくなる。ガッチガチのままプライド様に手を引かれる俺に騎士達の声援と拍手が妙に耳に残る。

エリック達の方まで辿り着くと、まだエリックもアーサーも俺達に手を叩いていた。カラムが「アラン。極端に急変し過ぎだ」と腕を組んでいる。いやもうそうなる他ねぇって!

ブリキの俺をカラムがプライド様から受け取るように腕を掴んで引っ張り込む。プライド様から手が離れると同時に、カラムの怪力に強制回収された。

そのままプライド様は、拍手を止めたアーサーの手を掴む。「え⁈」と予想外だったみたいに叫ぶアーサーに構わず、プライド様は「それと」と俺へ振り返った。熱で視界が狭く霞む中、真紅と眩しい笑顔が飛び込んでくる。楽しそうな凛とした声が俺の耳と心臓を串刺した。



「ごめんなさい、きっと〝毎回〟お願いしちゃうわ。だってアラン隊長とのダンスすっっごく好きだものっ!」



刺す、というより寧ろ抉った。

眩しい満面の笑顔と、うっすら紅潮した頬で高々と宣言される。これは絶対騎士達にも聞こえた。その証拠にまた「おおおおおおお‼︎‼︎」と歓声と響めきが上がる。

もう頭が爆発した所為で、今度は返事すら言葉にできなかった。それでもプライド様は笑顔を俺に向けると、アーサーの手を引いて今度こそ背中を向けた。深紅の髪と妖精のようなドレスが揺れて、幻でも見てた気すらする。


……毎回。


本当にこれから毎回、いつも。……ダンスパーティーで、俺はプライド様と踊れる。しかもステイル様を抜いたら一番最初に。

その事実に頭がガンガンと鐘みたいに叩かれる。プライド様が俺とのダンスを好きだと言ってくれたのすら嬉しいのに、毎回踊ってくれるとか俺を殺すつもりだろと言いたくなる。

アーサーを迎える拍手と歓声が大広間中で膨れ上がる中一人だけガチガチに固まっていると、不意に肩が叩かれた。


「アラン隊長、大丈夫ですか⁇そろそろ前奏が終わりますよ。」

「…………エリック。」


エリックが何でもないように俺を覗き込んでくる。

少し笑いを堪えてるように肩を震わせながら、アーサーのいる方向を手で示した。それとも水持って来ましょうか、と今度は後方にいる給仕中の侍女達の方へ目を向ける。それから声を潜めて、苦笑気味に眉を垂らしたまま俺に囁きかけてきた。


「驚かせてすみません。ですが折角ならサプライズをと思いまして。自分とアラン隊長はこの催しも知っていましたし、ならアラン隊長には是非」

「お前なぁあ……。」

エリックの言葉を遮り、思わず溜息交じりに零す。

続きを止めたエリックに俺はそのまま両腕で正面からしがみつく。本当に最高なサプライズ過ぎるだろ。

驚いたような声の後、抱きしめ返してくるエリックから笑い声が聞こえた。ははっ、と思わず零れたような笑いだ。

エリックに賛辞を千ぐらいは言って叫びたいぐらいだけど、取り敢えずは全身で訴える。そういや、また舌は回るかなと思いながら俺はエリックに向かって口を動かした。


「本当に本当に本当に本当本っっっ当にマジで幸せ死ぬって。上官殺しは大罪だって知ってるだろ⁈いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……死ぬ。」


死にそうな心境をそのままに吐き出せば、ブリキの身体に力が入ってきた。抱き締める腕がメキメキとエリックの身体にめり込む。

「このままだと自分が圧死しますから!」と声を上げるエリックの背骨から軋む音が振動と一緒に伝わってきた。

その途端、俺が力を抜くより先にカラムに力尽くで腕をベリリと引き剥がされる。「部下殺しも重罪だ」と言いながら、俺の右手も左手も順番に下ろさせた。怪力の特殊能力を使われたら、単純な力比べじゃカラム相手に勝てる奴なんてどこにもいない。

しがみつくことができなくなった分、脱力するようにエリックにそのまま寄りかかれば抱きしめ返してきた腕のままに俺の背を叩いてきた。部下であるエリックにポンポンと叩かれながら、今までで一番情けない姿を晒してる気がすると自覚する。騎士達が皆、プライド様とアーサーに集中してるように願うことしかできない。


「死んだらプライド様とのダンスも今回が最後になっちゃいますよ〜。」

「それは困る。………………ほんと良い男過ぎるだろお前……。」

アラン隊長には敵いませんよ、と笑いながら返すエリックの声を聞きながら、幸せすぎる幸せを噛み締める。

……たぶん、いや絶対。プライド様がたった一人を決めたら俺は確実に泣くんだろう。その時はダンスの相手だって一番最初はそいつだ。そんで、その男の隣であの人が心から笑ってたら













俺は、その百倍笑うんだろう。


415-1

436

582-3

76-幕

540-2

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