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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会
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654.怨恨王女は探す。


「どうぞ中央へお集まりください」


「兄貴、兄さん!そこにいたか!」

中央に集まる騎士達に道を開けられながら、セドリックが声を上げた。

弟の声にランスとヨアンも振り返り、息を吐く。ランスが「そこにいたかはこっちの台詞だ」と言いながら一度立ち止まり、彼を待った。ヨアンもまた彼を待っていることを示すように軽く手を振ってみせる。笑みを向けながら待つ兄達にセドリックも早足で駆け寄った。すまない、と一言断りながら兄達の背後につくセドリックは最前列にいた二人の肩越しにダンスフロアとなる中央へ目を向けた。


「まさかここでもダンスが行われるとは……贅沢な一日だな。」

「お前のお目当てのティアラ王女は今回も不参加だがな。」

「セドリック、ちゃんとティアラ王女とは話せたのかい?」

感嘆の声を漏らすセドリックへランスとヨアンから予想外の言葉が放たれる。

二人からの不意打ちに「なっ⁈」と声を上げるセドリックの頬が僅かに火照る。その反応に肩で笑う二人は楽しそうに赤らんでいく顔色を眺めた。ティアラが不参加でも、プライドがダンスというならば充分な贅沢だと言い返したくても上手く言葉にできない。

それよりも先に口から出たのは、……思い返したままに沈んだ声だった。


「ティアラには、……まだだ。俺などよりも今はプライドやステイル王子と同じく騎士達への労いを優先したいに決まっている。俺の所為で時間を割かれたら…………また嫌われる。」

ずん……と錘でも頭に乗せたかのように落ち込みを露わにするセドリックに、ヨアンは笑いを堪えながら頭を撫でた。

我慢したんだね、と言葉を掛けながら、本当は嫌われてはいない筈なのにと心の中で思う。


「それに……先ほどはドレスに目を奪われたから良いが、顔を直視すればまだ話せる気がしない。」

顔、というよりも正確にはティアラの唇だが、それをこの場で言葉にする気力は今のセドリックにはなかった。

第一部の祝勝会でもティアラの顔からその唇までをひょっこりプライドの背中から出した途端、発熱した。それが目に入るだけで、ティアラから受けた口付けを思い出し記憶の中に繰り返しその瞬間が再生された。

当時の甘い香りから感触、視界に入りきらないほど至近距離に近づいてくるティアラの一瞬一瞬を思い出す度に文字通り顔から火が出る思いだった。

折角プライドやステイル、ティアラを前にしても赤面を克服してきたというのにティアラに対しては最初の頃に戻ってしまったとセドリックは自分でも思う。


「本当に目を奪われる美しさだった。天使が舞い降りたかと思ったほどだ。プライドも初めて目にする系統で麗しかったが……」

「間違ってもティアラ王女の前で〝天使〟などと恥ずかしげもなく言うなよ。」

「あれでも自重した方だったんだね。」

再び兄二人に容赦なく突っ込まれる。

うぐっ、と言葉を詰まらせたセドリックはすぐに対抗するように「だが本当のことだろう?!」と声を抑えながら言い返した。セドリックの訴えに苦笑で答えながら、ランスとヨアンは目を合わす。

確かに間違いなくティアラのドレス姿は天使の名に相応わしいほど愛くるしかった。だが、それを遥かに上回ったのはプライドの方だ。現にランスもヨアンも最初にプライドを眼前にした時には目を奪われたのだから。

国王として落ち着き払っていたものの、いつもの凛々しい佇まいとは全く印象の違う可愛らしい格好のプライドは二人にとっても衝撃だった。少なからず心臓の音が己自身にだけ煩かったことをセドリックや周りに気取られないようにすることに全神経を集中させたほどに。

しかもセドリックがティアラと揃いの格好だということを指摘してから見れば、愛くるしい彼女達の姿は間違いなく二人が血を分けた姉妹だという事実をありありと物語っていた。髪の色や瞳の色、目付きや顔付きこそ違うが、間違いなくあの可愛らしさは双方とも女王であるローザから受け継いだ美貌そのものだった。

そして、そのプライドの印象を物ともしないセドリックのティアラへのベタ褒めは筋金入りだなと二人は思う。


「それにしても姉妹での揃いの服を披露とは……。」

「僕らも次はお揃いにでもするかい?」

聞いているのか!と自分の投げ掛けを無視する兄にセドリックが怒る。

頭を片手で抱え火照るのを抑えるランスと、それを察してクスリと笑うヨアンの心情には全く気付かない。しかしそれでもランスが「悪くはないな」とヨアンに返せば、セドリックも自分の話より兄弟三人の揃いの衣装というのに少し興味を抱いた。全く同じ服というのは立場的にも年齢的にも厳しいものがあるが、二国で共有のデザインというのも悪くない。近々故郷のハナズオ連合王国を離れてフリージア王国に移住するセドリックには、ペンダント以外にもそういう揃いがあるのは嬉しいとも思う。

それに何より、たとえ自分達が揃いの格好をしてもプライドやティアラのように大勢の異性の心臓を鷲掴み圧迫するような殺傷力だけはないだろうとも思う。プライドだけでもかなりの破壊力だというのに、ティアラまで並べば視界に入る情報量も可愛らしさも倍以上だった。セドリックの言葉で言えば天使と女神が並んでいるようなものなのだから。

ただでさえ来賓に男性ばかりの中、こんな殺傷兵器を組み合わせてくるなどおそろしいことを考えたものだと二人は思う。

そしてその考案者こそがセドリックの〝天使〟だということは二人は知る由もない。

三人で談笑している間に、とうとう殆どの来賓が中央フロアへと纏まった。それに合わせ、布告役が高々とダンスパーティーの説明を告げる。ティアラの誕生祭と第一部の祝勝会に参列したセドリック達には聞き慣れた説明だった。




ただし、それ以外の彼らには。




「……つまりは前回と同様ということか。」


セドリック達とは別の位置で、話を聞いたカラムが小さく呟いた。

前奏の間にプライドが伸ばされた手を取る。今回ダンスを踊るのは主催でもあるプライドのみだという報せを聞いた時、騎士達は喉を鳴らした。ティアラと踊れないことは残念でもある。だが、それ以上にプライドと踊れる可能性に胸を高鳴らせる。

更には騎士団長、副団長は他の騎士達を優先して欲しいとプライドからのダンスを既に辞退していた。つまりは限られている筈の時間で、自身がプライドと踊れる可能性が更に高まった。


「凄い緊張感ですね……。」

説明が始まってから漲る覇気が凄まじい。

騎士として、ダンスの誘いに図々しく前に出て声を上げることはできない。あくまでマナーを守り、王女を誘う。だが、この手をもし気紛れにでも取られたら。

騎士である同僚や部下、後輩、そして上官。何よりプライド本人の前でダンスを披露しなければならないという恐怖と、そして同時に彼女に手を取られ、一時でも彼女と自分だけの時間を得られるという事実に誰もの心臓が激しく内側を叩いた。大きなリスクを負ってでもプライドに手を取られる栄誉を得たいと願ってしまう。

話が終わり、前奏が本格的に鳴り響く。

今回は式典と違い、最初にステイルが手を取る必要もない。中央フロアを取り囲む騎士達に手を差し伸ばされながら歩き、プライドはきょろきょろと視線を泳がせた。

既に彼女の中で最初の一人は決まっていることをその場にいる誰もが察する。〝最初の一人〟……義弟であるステイルが先陣を切らない今、その意味は大きいのだから。

そっと、近衛騎士達や王族の周りにいる騎士は自然と彼らを前に出すかのように身を引いた。プライドが探しやすいようにと配慮されながら、譲られた者は誰もが苦笑う。


「……アラン隊長。」

そっとエリックが隣にいるアランへ声を潜ませた。

どうした?と、エリックも自分達への扱いに苦笑いを浮かべているのだろうと思いながらアランは短く答えた。いつの間にか自分達がプライドに手を取られて当然のような立場にされていることが擽ったい。自分達がいる側とは反対方向をきょろきょろとするプライドを眺めながら、探しているのが誰なのかはアランもある程度見当はついていた。エリックとは反対側に立つ人物のことを考え、笑いを堪える。


「祝勝会で仰っていたことですけれど……本当に例の件は望まれなかったのですよね?」

「ああ、別の事にした。今回のこと知ってたしさ。」

視線だけはプライドへ注ぎ、意識をエリックに向ける。

奪還戦中、戦闘に入る前にエリックへ話したことをアランは思い出す。もしプライドを取り戻し、何か御礼をしてくれるのなら何を願うかと。

だが、それをプライドに願う前にアランとエリックはティアラ達が今回のダンスパーティーを企画しようと話していたことを知っていた。

騎士団全員を招いたプライド主催のダンスパーティー。そうなれば、近衛騎士である自分達は少なくとも数に入れられるだろうと。自惚れではなく、単純にプライドという人間がそういう人物だとアランもエリックも理解していた。


「ですよね……。」

ふぅ、と小さくエリックが息を吐くのもアランの耳に届いた。

それにアランは振り向かずに笑いながら「そりゃそうだろ?」と返した。見なくてもエリックが呆れている姿が目に浮かぶ。カラムの耳に届いていたら確実に「褒美を得ることを事前に想定するなど」と言われるだろうとも思う。

だからこそカラムやアーサーに聞こえないように声を潜めながら会話した。視線の先ではプライドがハナズオ連合王国をもすり抜けたところだった。


「だって叶うなら、貴重な願いはもっと別の事に使いてぇだろ?」

「それでは何を願われたのですか?」

プライド様に、と。仕方なさそうに相槌を打ったエリックが、思い出したように尋ねた。

その問いにアランは少しだけ意外に思い、眉を上げる。騎士団での祝勝会以来、これまで互いにプライドへ何を願ったかについてはお互い殆ど詮索しなかった。自分の願いをカラムとハリソンも揃えたことは知っていたが、それだけだ。エリックに尋ねた時も結局お互い言わずに終わった。

あー……と少し声を漏らし、この場で言うか少し悩む。別に隠す事でもないが、今更言うのもなともアランは思った。いっそその時までは秘密にしておいてエリックやアーサー達の反応を見たいとすら思ってしまう。

漏らした声を止め、プライドがレオンの前も過ぎ去ったのを眺めながらアランは誤魔化すように笑った。


「まぁー、……プライド様関連ってのは変わらねぇかな。」

しししっ、と笑ってはぐらかしながら両手を後頭部へ回す。

プライドが段々とハリソン以外の近衛騎士がいる自分達の方へ近づいてきたなと思いながら、手を伸ばす前に後頭部を押さえさせることで緊張を誤魔化した。今夜、この手がいつか取られるのだと思うだけで指先まで落ち着かず、胸が踊る。


「やっぱりそうですよね……。」

エリックもそこで深くは聞かず、受け流す。

アランがプライドからの貴重な願いをプライド関連以外で使うとは思えない。いっそ、婚約者候補にと言ってみたと宣言してもエリックは驚いても納得はしてしまう。それほどに今のアランにとってプライドは特別なのだから。

















「……ですから自分は〝これ〟を願ったんです。」

















ドンッ、と。

突然エリックが突き飛ばすようにしてアランの背を押した。

あまりの不意打ちにアランは抵抗する間もなく、反りかかっていた背中から前のめりに倒れ掛かった。転びはしなかったが、エリックに押されたまま勢いよく二歩ほど前に出てしまう。騎士達が整列している中でアランだけが飛び出す形になった。なんだいきなり、と思いながら目立つ前にと元の列へ飛び退



「アラン隊長!」



─ く前に、弾んだ声が掛けられた。

突然呼ばれたことに振り向けば、プライドがほっとしたような笑みで自分へ真っ直ぐと歩み寄ってきていた。

何がどうなっているのかわからない。目の前で愛くるしい姿をしたプライドが突然近付いてきたことに身体も思考も硬直する。え、あ⁈へ⁈とガチガチの口から声が溢れ漏れる中でプライドの唇が先に言葉を放った。


見つけた、と。


その言葉に目を見開いたアランは、今がダンスの誘い時間中だということだけ思い出し、反射だけで手を伸ばした。すると彼女は躊躇いなくその手を両手で掴み、引き寄せる。


「ええ!踊りましょうっ。」


えええええええっ⁈とプライドの言葉を受けてからやっと叫びに近い声が出た。

何故自分が、ここは婚約者候補のカラムか聖騎士のアーサーじゃないのかと。そう疑問のままに思わず彼らの方へ振り返れば、騎士の誰もが驚愕と興奮で「おおおおおおおぉ‼︎」「アラン隊長‼︎‼︎頑張って下さい‼︎‼︎」と盛り上がり、エリックだけが楽しそうに笑顔でアランを送り出すように手を振っていた。


「エリッ……‼︎おまっ、まさか‼︎‼︎」


プライドの姿を直視しただけでも真っ赤に蒸気したアランが、上擦ったまま叫ぶ。

プライドに引き寄せられるままに足を動かしながら、見開いた目がエリックを捉える。その傍で拍手しているアーサーも、彼らと自分とを見比べて半笑いをしているカラムの姿も今は目に入らない。

距離が空き、更には騎士達の声援と喝采に塗り潰される中でアランの中途半端な叫びは打ち消されてしまう。

今、自分の手を握って引いているのがプライドなのだというだけで彼女の方へ振り返ることすら緊張で難しかった。

ただ、かすみかける意識の中で何度もつい先程のエリックの言葉を思い出す。


『それでは何を願われたのですか?』


エリックは、何を願ったのかと。

まさか、とは思う。だが、もしそうだとすればこの上なくエリックらしい。エリックの性格をよくわかっているアランは、心からそう思う。


『ですから自分は〝これ〟を願ったんです』


「プライド、様……‼︎まさかエリックにっ……⁈」

上擦った声のまま、無理矢理に痺れた舌を回す。

アランの問いにプライドは一度だけ口を閉じた。自分より背の高い彼を上目で覗き、思い出すように口元を緩めてしまった後照れたように笑った。

愛らしいドレスとその姿で至近距離で笑まれ、今度こそアランは言語機能を失う。そして同時に確信する。間違いない、と。



エリックという騎士はそういう人間だと、彼はよく知っている。


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