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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会

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653.騎士達は熱を上げる。


「いや〜〜……死ぬだろ、あれは。」


酒瓶を片手にアランは声を漏らす。

既にジョッキを数度空にした後のアランだが、それとは関係なくその顔は赤かった。視線の先には多くの騎士に囲まれたプライドが一人一人に声を掛けては言葉を交わしている。

既に開始から数時間。騎士団長であるロデリック達へヴァルのことについての挨拶を終えたプライドは、早速騎士達とも語らっていた。

ステイル、ティアラもそれぞれ騎士達に囲まれてはいるがプライドの人気は誰もの予想通りにその中でも群を抜いていた。


「暫く騎士団全体が沈黙しましたよね……。」

「無理もない。私達でも言葉を失ったが、久々のプライド様であの御姿ならば刺激も強過ぎる。」

騎士団では、数ヶ月ぶりにプライドの姿を見れたという騎士が殆どだった。奪還戦とその後も彼女の姿を目にできた騎士は七番隊、九番隊を含めても騎士団の中では一握りだ。

エリックの苦笑いに頷きながら答えるカラムは騎士の装いに戻っていた。

第一部の祝勝会後に速攻で演習場で貴族の礼服から着替えた彼は、今はいつもの騎士の装いだ。騎士団長のロデリックにはどちらでも構わないと言われたが、やはり騎士団の団服の方が彼には落ち着いた。


「プライド様がいらっしゃるの、先輩達はご存知でしたか?」

アーサーからの問い掛けにカラムだけが首を横に振った。

「私も初耳だ」と返すカラムに対し、アランとエリックは目を合わせる。二人は当時、今回のことをティアラが発案した時にその場に居合わせていた。しかし口止めを受けた為、アーサーやカラムにも今夜のことは話さなかった。

彼らだけが今夜のお楽しみについても以前から知っている。


「まぁ、知ってても知らなくてもあそこには飛び込めねぇって。近衛騎士の俺らと違って、あいつらはずっとプライド様に会えなかったしさ。」

更にジョッキを傾けながらアランが笑う。

彼らも正直な感想を言えば、今すぐにでもプライドの元へ駆け込みたい。だが、自分達よりもプライドに会えていなかった騎士達を優先すべく、今は四人の誰もが広間の隅で自重していた。

プライドを近くで一目見ようと、あわよくば一言でも話そうと集まる騎士達を眺めながら、エリック、カラム、アーサーも頷いた。

アランが椅子の上に乗り上げ、見下ろせばちょうどプライドが七番隊のジェイルと話をしているところだった。嬉しそうに笑いかけ、その後に眉を垂らして何かを言えばジェイルが全力で首を横に振った。先程から頻繁にアランが覗く度にプライドの様子は同じだった。笑い掛け、何か謝罪し、そしてまた笑う。繰り返される言動にも関わらず、その一つ一つに心がこもったそれは相対する騎士達の心臓を毎回収縮させた。


「折角の機会だ。一人でも多くの騎士がプライド様と関われるようにするべきだろう。」

祝勝会の時間も永遠ではない。制限時間の中でプライドを間近に目にでき、更には話をできる騎士は僅かだ。騎士団の規模は大きく、そしてプライドが一人一人に掛ける時間は長いのだから。

そう思いながらカラムは指先で前髪を整える。隣で椅子に乗り上がるアランを何度か注意したくもなったが、その内自分も人の事は言えなくなるかもしれないと我慢した。何よりアランの気持ちは痛いほどによくわかった。単なるいつものプライドであれば彼らもある程度は落ち着いていられた。だが、今日に限ってプライドの装いは見逃せるものではなかった。何故ならば


「プライド様……本当に可愛かったですねぇ。」


自分で言いながら照れたように笑うエリックは、今は視界に捉えられないまでも先程のプライドを思い出した。

真紅のドレスを纏うこと自体はプライドには良くあることだが、可愛さに全力を注いだ格好を見るのは誰もが始めてだった。

もともと奪還戦直後からプライドを一目見たさに警護の任務取り合いで殴り合いをしていた騎士達には心臓に悪い。この数ヶ月彼女を一目もできなかった騎士達にとってはあまりの衝撃だった。その証拠に今もプライドに近付くことも出来ず、顔を火照らすだけの騎士も少なくない。


プライドが最初に姿を現した時、彼らの記憶と異なる女の子らしいプライドの姿に、騎士達は殆どが惚けて声も出なかった。

本人か、という疑問と共に愛らしさが振り切って彼らの頭を一瞬で沸騰させた。アランとカラムは一度、そのドレス自体はプライドが鏡の前で軽く合わせているのを見た事があるが、それでも実際に着て髪飾りから足先まで整えられるのを見るのとでは大違いだった。

アランは顔を茹だらせたまま口を開けて惚け、エリックは発熱と共に瞬きする余裕すらなくなった。カラムも思わず緩む口を片手で押さえ、茹る顔を必死に抑えようと息まで止めた。アーサーに至っては視界に捉えた瞬間にフラつき、塗られた顔のまま崩れ掛かった。

騎士達の中でもプライドを目にしている数の多い彼らでさえ赤面を止められなかった。そこにプライドへの免疫の少ない他の騎士達にあの姿は過剰摂取も良いところだった。

第一王女の御前にも関わらず、誰もが声も出ず拍手の手も止まり、全員がプライドの姿を目に焼き付けたのだから。


「……アラン隊長、俺もちょっとそこ乗って良いすか?」


とうとう我慢できずにアーサーが音を上げる。

おう、とアランが快く椅子を貸せば、悪いと思いながらアーサーはそこに足を掛けた。

数十センチの踏み台を得て、大勢の騎士達に囲まれた中心にプライドの姿が見えた。ぎゅうぎゅうに詰め寄った騎士達がプライドの周りだけ一定の距離を保っている。まるで見えないバリアを張られているかのように空ける空白に、時折語る相手の騎士へと手を伸ばすことも何度かあった。

アーサーが覗いた時も自分が射撃した相手である騎士に手を伸ばし、傷は痛みますかとその部分へ触れていた。傷こそ痕の有無は置いて全員完治しているが、至近距離にプライドが自ら近付き触れてくる方が遥かに彼らの体調を悪化させた。

花の髪飾りを頭につけ、ウェーブがかった髪を揺らし、愛らしいドレスに合う化粧を施された彼女はアーサーの目には妖精のように映った。

更には横顔でもその笑顔が目に入った途端に心臓が発作のように大きく脈打った。いっそ痛みにも感じるほどの激しい鼓動に、アーサーは椅子の上のまま崩れるように蹲る。可愛い、と。その言葉が何度も頭をぐるぐる回り視界から消した後も頭に残り続けた。両膝を抱くようにして小さくなったアーサーに、アランが察したように肩へ手を置いた。


「死ぬよな。」

「死にます。……可愛い過ぎて死にます。」


遠目で、しかも横顔でこれなら正面から受け止めたら本当に心臓発作で死ぬんじゃないかとアランもアーサーも思う。

椅子から降りずにその場に固まり動けなくなるアーサーにアランは「今夜生きてると良いなー」と気楽そうに声を掛けた。ははっ、と笑いながらもまたその顔は赤い。アーサーはその言葉に一度首を捻ったが、少なくとも今こうして距離を取っている間は死なないだろうと思う。

顔を上げれば、椅子の上に蹲るアーサーにはもう騎士の背中しか見えなくなった。ハァ……と安堵も混じった熱の溜息と共に何気なくアーサーが見回せば、カラムが背筋を必要以上に伸ばし、僅かに踵を上げていた。それに対しエリックは変わらず笑いながらジョッキを一口分傾けている。カラムよりもエリックの方が冷静なのが少しアーサーには意外だった。

そのまま再び魔が差さないうちにと静かにアーサーは椅子から降りた。顔の火照りが冷めないアーサーへアランはなみなみと注がれたジョッキを手渡す。顔の熱を内側から冷ますようにアーサーはそれを半分近く一気に飲み込み、僅かに頭に響く酔いで緊張を誤魔化した。

また大きく息を吐き、目がプライドへ向かないようにと周りを首を回せば、また別の方向でセドリックの金髪が横切っていくのが目に入った。

先ほどからも大広間中を歩き回っているセドリックは、一人ずつ騎士の顔を確認しては照合した相手に声を掛けていた。

奪還戦では大変な無礼をと、ティアラの為とはいえ自分達を保護しようとしてくれた騎士に暴力を振るったことを一人一人に謝罪する。プライドと同じく彼にとっても、この場は自分の無礼を全員に直に謝罪できる貴重な機会だった。

セドリックに声を掛けられ、中には名指しで呼ばれ、更には王弟から頭を下げられた騎士は誰もが慌て出す。セドリックに抵抗されたことよりも、自分が王族に敵わなかったことの事実の方が遥かに彼らの記憶に残っていた。セドリックの強さに感心すると同時に、寧ろ畏敬を抱く騎士もいる。フリージア王国騎士団内以外で正面から彼らを実力行使で倒せる者など滅多にいない。

本音を言えば「是非もう一度手合わせを……‼︎」が全員の希望だったが、他国の王弟にそこまで直接願える騎士はいなかった。お気になさらず、見事な立ち回りでした、こちらこそ大変な失礼をとしか返答もできない。

国王のランスとヨアンも今は騎士の健闘を讃えつつ、やはりセドリックの迷惑への謝罪も重ねる。頭こそ下げないものの、国王二人に謝罪されれば騎士達の方が姿勢が低くなった。更にはレオンは騎士達への語り合いが一区切りつき、ヴァルと合流すべく彼の好みそうな酒を片手に広間の端や隅を集中的に見回していた。

大広間の端で食事と酒を漁っていたヴァル達も時間が経った今は大分落ち着いている。何処を見ても騎士と王族ばかりの光景にはうんざりしたが、誰も自分達に大して興味は向けないから思った以上に過ごしやすい。プライドへの注目が高いお陰で、異質な彼らの印象すらも霞ませた。そして


「どうも、近衛騎士の皆様。酒は足りておりますでしょうか。」


ひと塊になる自分達へ声をかける人物にアーサー達は姿勢を正した。

これは、と頭を下げて挨拶を交わし合えば、その人物は優雅な笑みと共に騎士達へ手の中の酒瓶を彼らに掲げて見せた。上等さという面ではこの場のどの酒よりもゼロの数が違うその酒を惜しみなくテーブルの上に置かれた持ち主のいないグラスへ注いでいく。

どうぞ、と促され彼らは感謝を返しながらジョッキからグラスへと持ち替えた。カラムだけでなく騎士全員がその味の違いに思わず元の酒瓶へと目を向ける。

「軽い労いですが」と彼がラベルを見えるように示した酒瓶に、酒好きのアランも、価値がわかるカラムも思わず目を剥いた。アーサーとエリックも味の違いと、そして二人の反応からかなりの品なのだろうということだけは察する。


「このような品をわざわざ……ありがとうございます、ジルベール宰相殿。」


代表としてカラムが頭を下げれば、アラン達もすぐに続いた。

ジルベールはそれに「とんでもない」と笑顔で返すと、もう一杯いかがですか、と最初に飲み切ったアランへ二杯目を注いだ。大広間に出された酒も上等なものではあるが、ジルベールが持参する為に用意した酒はそれを遥かに凌駕していた。

一杯目を一気に飲み込んでしまったアランも、二杯目は慎重に味わうべく静かに口をつける。

第一部の祝勝会での後片付けが一区切りついたジルベールは、プライドに招かれていた第二部にいま合流したところだった。手土産の酒を持参した彼もまた、他の騎士達の為にプライド達への挨拶は自粛中である。

代わりにと自分と同じように控えている騎士団長のロデリック、副団長のクラーク、傍にいたハリソンに続き近衛騎士達を労うべく酒を注ぎに回っていた。


「いえいえ、遅刻した些細なお詫びです。大した労いにもなりませんが。」

とんでもない、とカラム達が口々に礼を言う中、ジルベールはそれを優雅な動作で返した。

そして彼らに示すように視線を移せば、その先には人集りがあった。その中で一際熱量の多い人集りがプライドのいるところだろうかと思えば、エリックが「プライド様はあいも変わらず素晴らしい人気です」と答えるように言葉を掛ける。

やはり、とジルベールもそれに目を細めながら相槌を打った。以前と変わらずプライドが騎士達に囲まれている光景が遠目だけでも喜ばしくて仕方がない。


「本当にこの度はありがとうございました。皆様のご活躍あってこその勝利です。」

視線を戻した途端宰相に深々と頭を下げられ、近衛騎士達は同時に断った。

いえ自分達は……と返せば、ジルベールはゆっくりとその頭を上げる。時計を確認すると、彼らを端から端まで確認した。薄水色の瞳が一度だけ光り、微笑が緩やかに含まれる。


「皆様はプライド様の心身を御守り下さった恩人ですから。プライド様、そして王族一同心より感謝しております。どうぞ、この〝後〟も存分にお楽しみ下さい。」

その途端、エリックとアランの肩が目に見えて揺れた。

意図をいまいち理解していないように一度瞬きをするアーサーとカラムと違い、目を大きく見開き口が結ばれる。

その様子にジルベールも情報の把握に差があるようだと察した。これはこれで面白いと思いながら、にこやかに微笑む。


「私も、こればかりは見逃さないようにと急がせて頂きました。……騎士の方々のお手並みを拝見できるのがとても楽しみです。」

途端に僅かに妖しく笑んだジルベールに、アーサーとカラムは肩を強張らせた。

宰相からこの場で〝お手並み〟と言われたことにまさかここで手合わせでも行われるのかと本気で思う。今この場にはプライドのために招かれた一部を除き、残りは騎士しかいないのだから。

すると、まるでジルベールの言葉を合図にしたかのようにラッパの音が鳴り響いた。

布告役が注目を促すように彼らの聴覚に呼びかければ、ざわついていた大広間内は水を打ったように静けさに落ちた。

プライド達の登場からずっと存在を消していた布告役の声に、ここが単なる騎士団だけの祝勝会の場ではなく、王族が取り仕切る祝いの場なのだということを新めて理解する。

そしてとうとう、布告役の響かせる喉から高々とこの場にいる全員へと告げられた。




「ただいまより、プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下によるダンスパーティーを行います。」




その号令に今度こそ大広間中がどよめいた。

ラッパの音を聞いてから、中央へ移動を始めるプライドは周囲の騎士達からの注目を肌で感じ、思わず苦笑する。

「ちょっと失礼しますね」とドレスに皺を作らないように注意して歩くプライドにステイルとティアラも歩み寄る。布告役から「どうぞ中央へお集まりください」との声が響き、演奏家達が曲調をダンスの為の華やかな曲調へと変えていく。

王族三人の歩みに誰もが道を開け、一歩一歩と中央へと引き寄せられた。



王族の式典でしか許されない催しに、この場の全員が招かれた。


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