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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会

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そして逃げ去る。


「騎士団長!副団長‼︎今夜はありがとうございます!」


張り上げたプライドの声に、やっぱりかとヴァルは眉間に皺を寄せた。

騎士の中でも会いたくない人間の最上位がいることに不快で仕方ない。プライドにもう一度不満を言おうとしたが、それより先に彼らの前まで着いてしまった。

仕方なくプライドに腕を掴まれたまま、せめてもの抵抗にヴァルは二人から顔を背けた。真後ろを向けば後ろめたさを感じていると思われそうだと、結果的に眉間に皺を寄せた横顔だけを騎士団長、副団長二人に晒すことになる。

プライド様、この度は御招待ありがとうございます、先程は本当に、と。騎士団長のロデリックと副団長のクラークはプライドに挨拶を返す間はヴァルに目もくれなかった。互いに挨拶を終え、一区切りついてからゆっくりとロデリックとクラークは合わせるように視線をヴァルへと向ける。二人の視線がそのまま問いだと理解したプライドは「ええと……」と声を漏らしながら、改めてヴァルを掴む腕に力を込め直した。


「ご存知……だとは思います。私の配達人、ヴァルです。今回、私の我儘で彼にも出席して貰うことになりました。なので、大変申し訳ありませんが宜しくお願い致します。」

背後にいるのがセフェク、ケメトですと手で示しながらヴァルの背中に隠れる二人をプライドは示した。

ヴァルの背中から少し顔だけを覗かした二人は、警戒こそしながらもプライドからの紹介にぺこりと会釈程度に小さく頭を下げた。セフェクとケメトも、そしてロデリックとクラークも直接話しこそしたことは無いがアーサーの昇進祝いで面識だけはある。

その後も、私に免じてどうか穏便に……と丁寧に願うプライドにヴァルは嫌そうに顔を歪めながらも黙し続けた。不快を露わにする剥き出しに食い縛られた歯と、決して目どころか顔すら合わせようとしない体の向きが全てを無言に物語っていた。

プライドからの願いに畏まりました、勿論ですと返すロデリック達はヴァルの態度にも特に感想はない。それよりも自分達に不満と威嚇を露わにする元野盗が身形も整え正装した上でプライドと腕を組み、更には少年少女と手を繋いでいる光景の方が遥かに詳しく説明を聞きたい状況だと思った。


「あと、その……一応ハリソン副隊長にも念押しを……。」

怖々と望むプライドに、ロデリックとクラークは「ああ」と視線を上げる。

ヴァルとハリソンの間に既に事故があったことは知らないが、彼にハリソンを掛け合わせればどうなるかは容易に想像できた。ロデリックが腕を組んで頷けば、クラークが少し可笑しそうに笑いながら手をパンパンッと二度叩く。鯉でも呼ぶような呼び方でそのまま「おーい!ハリソンはいるか⁈」とクラークが声を上げれば、次の瞬間には短い風が彼らの眼前に吹いた。


「お呼びでしょうか。」

ぶわり、と高速の足で急停止したハリソンの余波を受ける。

プライドは思わず一度目を瞑りながらヴァルがうっかり斬られないようにと彼を更に自分の方へ引き寄せた。砂の荷袋すら持っていないヴァルはハリソンには圧倒的に不利だ。同時にヴァルとセフェク、ケメトもハリソンの登場に身構えた。

ハリソンは三人とプライドには背中を向けたまま、クラークとロデリックへと向けて佇む。長い黒髪を揺らし、紫色の目を光らせるハリソンからはまだ殺気は放たれなかった。その様子に「よしよし」と言いながらクラークは彼の肩に腕を回し、自分の隣へと立たせた。


「ハリソン。プライド様からお前にお願いがあるそうだ。ちゃんと心して聞け。」

何なりと。と、クラークからの説明を聞いた途端、プライドが口を開く前にハリソンは跪いた。小さくなったハリソンは長い髪先が磨かれた床についた。

突然のハリソンからの低頭にプライドは立ち上がるようにと伝えてから改めて紹介する。腕でヴァルをしっかり捕まえ守りながら、なるべく落ち着かせた声を彼に放つ。


「ハリソン副隊長、見た通り今日は彼らも同席します。騎士団長と副団長からも許可は頂きました。複雑だとは思いますが、どうかここは穏便にお願いします。」

「仰せのままに。」

プライドの言葉に即答でハリソンが答える。

あまりにも躊躇いどころか動揺すら見せないハリソンにプライドは少し驚いた。前回はあそこまで殺意を露わにしたハリソンが今は冷静そのものだ。

やはり騎士団長と副団長の威は強い、とプライドは思う。瞬きを繰り返すプライドにハリソンは深々と頭を下げ、それから鋭い眼光でヴァルを睨んだ。

ヴァルもハリソンの出現から顔は背けたまま眼だけを刺すように向けていた。また以前のように斬りかかられたら、最悪の場合この大広間から床の大理石までひっくり返そうと考える。

背後にセフェクとケメトを退げながら、顔を顰めるヴァルへハリソンの眼差しは冷静を通り越して冷ややかだった。既に一触即発の気配しかない二人の間に入り、プライドはヴァルを一歩ハリソンから退げる。


「ヴァル、貴方も騎士の方々とは穏便に。彼らも不必要に貴方達に喧嘩は売ってきませんから。」

「あー?最初に喧嘩を売ってきたのはそこの黒髪だ。」

ヴァル‼︎と、プライドがそれ以上言わせまいと声を張る。

プライドに腕を引かれ黙するが、舌打ちができない分にハリソンへの眼差しは鋭い一方だった。

ここで二人を喧嘩させれば確実に大広間ごと建物が戦場になってしまうと、プライドは早々にヴァルを更にハリソンから引き離す。プライド達の指示の元ハリソンは冷ややかなまま黙しているが、明らかに穏便とは程遠い眼差しだった。ヴァル達に興味を無くしたわけでもない様子のハリソンをクラークが確認するように覗き込む。


「ハリソン?喧嘩は売るのも買うのも駄目だぞ。」

「承知しております。」

クラークからの念押しに淡々と答えるハリソンだが、やはりヴァルから目を離さない。

クラークとハリソンの会話に「売ったのはそっちだ」と再びヴァルは言いたくもなったが、その前に目に入れたくない顔が視界に入った為再び顔を逸らした。舌打ちができず、代わりに足で床を踏み鳴らす。


「主!もう用は済んだな?後は好きにするぞ!」

「この場で乱闘だけはやめて下さいね。」

うんざりとした声でしがみつかれた腕を解こうとするヴァルに、プライドが念を押す。

プライドからの命令に適当にも聞こえる返事を返し、腕を解かれた途端ヴァルは彼女からの一歩引く。再び捕まるまいと思ったところで先ずはこの場から離れるべく背中を向けた。アネモネ王国の侍女達に整えられた髪をガシガシと掻きながら大股で去っていく。セフェクも早足でそれに続きながら、途中で一度だけちらりと振り返った。そして


「……ケメト?」


行かないの⁇と、プライドは一人残ったケメトに目を丸くした。

いつもならばヴァルかセフェクの傍についていく彼が、その場に留まったままだった。遠去かる二人の背中を見つめ、動かないケメトにプライドが心配する。

振り返ったセフェクが気付き、ヴァルの腕を引いて引き止めれば長身のヴァルはすぐに人混みの向こうからケメトが佇んだままだったことに気が付いた。立ち止まり、顔を顰めてケメトとプライド達の様子を睨む。


「えと……あのっ。」

ケメトは遠目から一度ヴァルに手を振ると、すぐにまたプライド達に向き直った。

少し言いにくそうに視線を泳がせ、口籠る少年にプライドだけでなくロデリックとクラークも待つ。ハリソンも無言のまま出方を待てば、不意に泳がせたケメトの視線が彼の紫色の瞳とぶつかった。


「ヴァルをっ……助けてくれてありがとうございました。…………ヴァルが昔、悪い事をしたのはごめんなさい。」

年齢のわりに小柄な身体に合う小さな声でそう言うと、ケメトはハリソンにペコリと頭を下げた。

そのまま「失礼します!」とプライドにも手を振ると、駆け足でヴァルの方へ戻っていった。パタパタと歩き慣れていない靴で駆け、騎士達の間から訝しむように自分達の方を睨んでいるヴァルへと真っ直ぐに向かう。小柄な身体は屈強な身体の騎士達に紛れ、すぐに見えなくなった。しかし、ヴァルが振り返った体勢から再び背中を向けたことできっとケメトが合流したのだろうとプライドは理解した。


「良かったじゃないかハリソン。お礼を言われるなんて久々じゃないか?」

「はい。…………。」

ヴァル達が完全に騎士達の影に消えていってから、クラークはハリソンの肩を叩いた。

全く嬉しそうでもないハリソンだが、表情を変えずともその視線は未だにケメトが去っていった先を見つめていた。

何故、彼に礼を言われたのかハリソンはあまり理解できていない。だが、自分の代わりに嬉しそうなクラークを見ればそれでも良いかとも思う。


「あの、ヴァルを助けたというのは……?」

「奪還戦で負傷した配達人をハリソンが救護しました。恐らくそのことではないかと。」

問いに答えるロデリックの言葉に、プライドは「えっ⁈」と思わず声を上げた。

ヴァルが騎士団に保護されたのは知っていたが、誰が助けてくれたのかまでは知らなかった。まさか選りにも選ってハリソンが助けたのかと、プライドも驚きが隠せない。瞬きも忘れて見つめれば、視線に気付いたハリソンが少し頭を下げてから口を開いた。


「やはり始末すべきだったでしょうか……?」

「⁈いえ全然‼︎‼︎助けて下さって正解ですありがとうございます‼︎」

さらりと恐ろしいことを言われたプライドが食い気味に声を上げる。

何故ハリソンがヴァルを殺すどころか助けてくれたのかはわからない。だが、助けてくれたことに関しては感謝しかない。

今のハリソンの発言に背筋が冷たくなり、慌ててそのまま「今後も殺さないで下さいね⁈」と続けてしまう。プライドからの要望に「承知致しました」と答えるハリソンに息を吐くが、むしろここで冗談でも殺せと言えばこの場で血祭りが起きそうで恐ろしいとも思う。僅かに身震いを起こしながらプライドは改めてロデリックとクラークにも向き直った。


「彼のことは私が全責任を負いますので……。本当にごめんなさい。先ほども失礼な態度しか取りませんでしたし、騎士団長にとっても……」

プライドがそこまで謝罪すると、ロデリックが「いえ私は」と手で止めた。

当時、騎士団長であるロデリック達を殺しかけた一味の一人であるヴァルだが、ロデリックも自分のことに関しては元々根に持ってはいない。むしろ経過はどうあれヴァルの特殊能力で生き長らえたことも、ハナズオの防衛戦で助力を受けたこともある。ただし、彼とその一味の所為で未来ある新兵の命まで危ぶまれたことに関しては許していない。しかし、それを引き摺るつもりも今後私情を挟むつもりもなかった。


「それよりもプライド様、件のことですが……如何でしたでしょうか。」

話を変えようとロデリックは僅かに声を潜める。

その問いかけにプライドも何を指しているかは察し、「!ええ」と笑顔で返した。


「母上からも許可を頂きました。今回は特別に、と。……どうぞ宜しくお願いします。」

プライドからの返答に、ありがとうございますとロデリックは頭を下げた。


「この後のことも含めてどうぞ宜しくお願い致します。ステイル様のご指示通り、騎士達にはまだ労いの場としか伝えてはおりません。」

この後の予定について騎士団長であるロデリックと副団長のクラークはステイルからいくらか聞いている。だが、同時に当日までの楽しみにとステイルにより口止めも受けていた。

プライドも「ええ」と返しながら、最後に深々と三人へ礼をした。ドレスの裾を小さく広げての動作一つ一つには女性らしい気品が溢れた。


「プライド様。」


早速他の騎士達への挨拶に向かおうとするプライドに、ふと気が付いたようにクラークが声をかけた。

なんでしょうか、と気の抜けた表情で顔を向けるプライドにクラークは笑顔で口を開く。


「本日の御召し物、とても愛らしい装いですね。騎士達も皆、目を奪われました。」

突然、忘れかけていた自分の格好への指摘と更には褒められたことにプライドの顔が急激に火照り出す。

唇をきゅっと結び、思わず目を逸らしてしまう。するとその間にクラークは同意を求めるようにロデリックとハリソンの背中を軽く叩いた。クラークからの促しに、気付いたようにロデリック達も口を開く。


「ええ、とてもお似合いです。女性らしく、プライド様にこそ相応しいドレスかと。」

「第一王女殿下はどのような装いも麗しいです。」

女性への賞賛が得意ではないロデリックとハリソンの落ち着いた声と、その褒め言葉にプライドは指先で小さく頬を掻いた。ありがとうございます……となんとか口を動かしてから、挨拶を返した彼女は逃げるようにその場を去っていった。特に七年前にはお子様扱いされた相手であるロデリックから女性として褒められれば、お世辞と思ってもやはり嬉しくて顔が熱くなるのを止められなかった。


「あの愛らしい姿は騎士達の目には毒だな。」

「お似合いです。」

「…………そこが問題なのだが。」


くっくっ、と喉を鳴らして笑うクラークと、全く意図を理解していないハリソンにロデリックは深く長い溜息を吐いた。そのまま眉間の皺を指で押さえつけ、肩を落とす。

プライドの歩いた跡にはすれ違った騎士達の赤面が残るのを頭が痛そうに見届けた。


この後には、死人が出るのではないかと危惧しながら。


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