652.怨恨王女は挨拶し、
「レオン、……レオン?大丈夫⁇もしかして体調でもー……。」
顔が真っ赤に茹だったままのレオンを心配し、プライドがそっと歩み寄った。
その途端、言葉もないまま唇を震わせたレオンがプライドから距離を置くようにしてフラリと後退る。「ぁ……ぅ……」と、譫言のような声を掠らせながら、それ以上が出てこない。突然後退ったことで、彼の肩に肘を置いていたヴァルの足を踏みかけた。
踏まれまいとヴァルも足を引っ込め、レオンを睨めば未だに上気したままの姿に片眉を上げた。プライドがいつもと雰囲気の違う格好であることはヴァルも驚き、最初は目を見張った。だが、今も変わらずプライドに見惚れ続けているレオンには面倒くせぇとしか思わない。ジロリと睨み、肘を降ろせばレオンは余計にフラつくばかりだった。
自分から目を離さず狼狽えるレオンに、プライドはそこまで不似合いなのかと心の中で傷付く。レオンに引かれたことも悲しいが、それ以上に辛いのは
「あの、レオン……ごめんなさい、折角貴方が選んでくれたのに。……その、やっぱり私にはあまり似合わなかったみたいで。」
ロッテ達は頑張ってくれたのだけれど……と言い訳のように呟き、悄げるプライドにレオンの息が止まる。
熱した頭の中では「そんなことないよ」「凄く素敵だ」「可愛いよ」「見惚れてしまったよ」と言いたかった。実際、いつもの彼ならば迷わずそう甘い言葉を説いていた。プライドの格好がいくら愛らしくても、それくらいで彼は赤面しない。だが、今回のプライドは単なるドレス姿ではない。
レオンが選んだドレスをその身に纏った姿なのだから。
「なんだぁ?主。その格好はレオンの仕立てか?」
プライドの言葉にヴァルが眉を上げる。
更にはそれを聞いてケメトも「僕らと一緒ですね!」と声を上げた。ヴァル達の格好もまたレオンが用意したのだと思えば、プライドも納得だった。
ヴァルも、ケメトもセフェクも三人とも本人達にぴったりのコーディネートだ。三人とも色彩も揃い、ケメトに至っては着こなし方こそ全く違うがヴァルと殆どお揃いの格好だった。
胸元を晒し、上着のボタンも留めずに羽織るような形だけで着崩しているヴァルに対し、ケメトはボタンも袖もぴっちりと留めていた。同じ服でも着こなし方でここまで内面が見えるものかとプライドは少し思う。
「ええ、レオンが以前に選んでくれたドレスよ。凄く気に入ったし、素敵だと思ったのだけれど……やっぱり私には可愛過ぎたわね。」
ちょいっ、とプライドはドレスの裾を摘みながら見降ろす。
ドレス自体は本当に素敵だとプライドも思う。だが、自分には似合わなさ過ぎると肩を落としていればケメトとセフェクが一斉に「そんなことないです!」「素敵です!お姫様……王女様らしくって‼︎」と声を上げた。
ティアラも「すっっごくお似合いです!」と二人に加わり、プライドの腕をぎゅっと掴む。ステイルも言葉にこそしないが腕を組んだままうんうんと頷いた。四人の優しさが身に染みると思いながらプライドは一言返した。
すると、その様子を眺めながらヴァルは一人「へぇ……?」と一人ニンマリと悪く笑った。眼差しをプライドからレオンへ向けると、ニマニマと笑みを広げたままレオンの耳に顔を近づけ、潜める。
「イイ御趣味じゃねぇかレオン。こういうのがテメェの好みだとはなぁ?」
レオンの反応を楽しむようにじわじわと囁かれるヴァルの言葉にレオンの顔色が更に赤くなる。
近付けた肌にまでレオンの熱気が帯びてくるのに、ヴァルは愉快そうに口端を引き上げながら舐めるように眺めた。
未だに上手くレオンに嵌められたことも、当日になった途端に衣服どころか頭の先まで整えられたことも彼は根に持っている。日頃比較的に身嗜みにも気を配っている女性のセフェクや寝癖のような髪型のケメトは小綺麗に整ったが、ヴァルからすれば無駄に時間を浪費し疲れただけだった。野犬が無理矢理風呂に入れられたくらいの不快さだ。
「女にドレス贈るなんざ脱がせてぇと同義だと、お上品な王族じゃ習わなかったか?」
完全にヴァルからの報復だ。
いや、そんなつもりはっ……と震える唇でレオンは何とか唱えたがプライド達どころかヴァルにすら届かず空になった。
実際、そういう揶揄があるのは知っていたが、王族や貴族でも意図なくドレスを贈ることはある。更にレオンは贈ったのではなくあくまでプライドに選んだだけだ。
だが、今のレオンには自分の望んだドレスに身を包んだプライドのことで視界も頭もいっぱいだった。更には頭の髪飾りもあの時に自分が選んだものだと気付けば余計に熱が上がってしまう。
もともと魅力的な女性であったプライドが、余計にレオンの中で燃えるように魅力が輝き出した。頭から足先まで、その全てが自分にとって最も魅力的な格好で仕立てられたプライドが愛おし過ぎる。うっかり抱き締めてしまいたくなるほどに腕が疼いた。
レオン?ときょとんとした顔でプライドがレオンに振り向く。その一挙一動が可愛くて仕方がない。自分色に染まった今のプライドを、可能なら絵師を呼んで記録に残しておきたいと本気で思う。
可愛い、可愛い、可愛いと今までの人生でない程に何度も可愛いを頭の中で連呼してしまうレオンは心臓の音まで強まった。
「ヴァル……一体レオンに何を吹き込んだのですか。」
あまりのレオンの赤面と、更には囁きかけた後もニマニマと笑うヴァルの姿にプライドは少しだけ察したように息を吐く。プライドから見れば、完全にヴァルに絡まれてレオンが虐められている図だ。
プライドからの問いかけに契約通りヴァルは「女にドレスを着せるのは脱がせてぇって意味だとな」と笑いながら答えた。その途端、今度はプライドまで顔を火照らせる。彼女が自身を抱き締めるように両腕を交差させて一歩引けば、レオンの方が狼狽えた。まるで自分がそう考えたかのような誤解を受けた気がして焦る。急いで弁明しようと思ったが、プライドの方が早かった。頬を染めたプライドは怒ったように鼻の穴を膨らませると強い口調ではっきりと言い放つ。
「レオンと貴方は違います‼︎‼︎レオンがそんなこと考えるわけないでしょう‼︎」
ヒャハハハハハハハハッ‼︎とムキになるように怒ったプライドにヴァルが大声で笑い出す。
あまりにも予想通りの反応で怒るプライドを上機嫌で嘲笑った。それにぷんすかと怒ったプライドは、ドレスに皺が付かないようにと一度だけ力の限りカンッと靴を鳴らした。だが、その遺憾の意すらヴァルには愉快な材料だ。
レオンに変なことを吹き込むなとも言いたいが、以前からヴァルと対等な関係を望んでいるレオンには、そんな自分からの命令も迷惑だろうと考える。だが、折角素敵なドレスを選んでくれたレオンをこれ以上弄られるのも可愛そうだと思う。これはもう二人を一度引き離すべく、プライドは先ず乱暴に彼の腕を取り、引き寄せた。
「レオン。」
プライドの凛とした声に顔を火照らせたままのレオンが目を向ける。
突然呼ばれたこととプライドの行動に少し目を丸くすれば、彼女は柔らかな笑顔で彼に続けた。
「素敵なドレスをありがとう。私には素敵過ぎたけれど、レオンが選んでくれなかったら着る機会もなかったわ。」
また選ぶのを手伝ってくれると嬉しいわと。そう続けながら花のように笑いかければ、レオンも自然と止まっていた胸が膨らんだ。
息を吸い上げ、静かに翡翠色の瞳が揺れる。小さく頷きながら「うん」と今度こそ言葉にしようとすれば、容易に口も動いた。
その途端、香水のような色香と妖艶な眼差しがプライドにあてられた。びくっ、とレオンの色香に当てられ、顔を紅潮させるプライドはこれ以上動きを止められる前に、掴んだ腕に力を込める。
「ッさ、さぁ行きましょう!大事な挨拶があるんだからっ!」
色香に惑わされないように裏返った声を張り、彼女は捕まえた腕を強引に引っ張る。
前方に体重をかけ、足に力を込めれば彼もまた引かれるままに姿勢が前のめる。プライドは彼へ小さく振り返ると再び声を張った。
「ヴァル!すぐに終わるから私について来て下さい‼︎」
プライドは、自身に引っ張られるままに前のめる彼へと命じる。
掴まってから引っ張られるまで、意味がわからず怪訝な顔で腕にしがみついてくるプライドと会話するレオンを見比べていたヴァルだったが、今は本気で意味がわからない。「アァ⁈おい、主!」と抗議の声を上げるが、プライドの命令通りに足を動かさざるを得なくなる。てっきり引き離すなら自分ではなくレオンの手を引くだろうと思っていたヴァルには予想外だった。
残されたレオンをティアラ達に任せ、プライドがヴァルを引っ張り進む。
「おい!挨拶する相手なんざいねぇぞ‼︎」
「い、る、の、で、す‼︎貴方は黙ってて良いですが代わりに黙する間は舌打ちも鼻で笑うのも禁止です‼︎」
私が挨拶は全部しますから‼︎と叱りつけるように声を荒げるプライドに、ヴァルは嫌そうに顔を歪めた。
どう考えても嫌な予感しかしない。プライドが自分の腕に巻き付き横に並ぶこと自体は悪い気もしないが、彼女が連れて行こうとする先が誰であろうとも最悪だ。ここには王族と騎士しかいないのだから。
プライドの登場と、更にはパッと見ではわからない配達人兼前科者の並びにすれ違う騎士達の注目が集中する。可愛らしい格好のプライドに頬を染める者もいれば、あれはまさかとヴァル達の珍し過ぎる格好を二度見する騎士もいる。
大広間の中央近くまで切り進み、その間にヴァルはうんざりとしながらもプライドの横姿を至近距離で眺めた。どうせ命令すれば自分が逃げられる訳もないのに、彼女は強引に彼を引っ張るようにその腕に両腕を巻き付けて離れない。しかも腕だけは密着させて歩く為、時折自分の腕が無計算にも彼女の柔らかな部分に何度か押し付けられる。こういうことを計算もなくやってしまうところがまだガキなんだと、ヴァルは呆れるように低く息を吐き出した。
天井を仰ぐように頭を傾け、ついでに背後へ振り返れば予想通りにセフェクとケメトが手を繋いで背後に付いてきていた。ヴァルの広い背中に隠れるように周りの騎士をきょろきょろと見回し、肩幅を小さくさせている。ヴァルは腹の中の息全て出すように大きく溜息を吐くと、プライドに掴まったのと反対の腕を背後に伸ばした。その途端、気付いた二人は同時にヴァルの腕を掴み、握り締める。
プライドに引かれる自分に、更に引っ張られる二人。その姿は余計に間抜けで滑稽だろうとヴァルは思う。しかし、前方を向けばとうとうプライドの目的がわかり、他の目線など一気にどうでもよくなった。
「騎士団長!副団長‼︎今夜はありがとうございます!」
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