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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会

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幕間 貿易王子


三日前。


「あー?招待状だぁ?」


自国へ帰還を果たしたレオンと、そしてヴァル達が落ち着いて酒を楽しめたのはフリージア王国を出たその日の夜だった。

ヴァルの特殊能力によりアネモネ王国にはすぐ到着できたレオンだが、ひと月ぶりの帰還を果たした彼はその後こそが忙しかった。国王に報告を終えたその足で早速城下へ視察に降り、民から熱烈な歓迎を受けながら貿易の様子をその目で確認し、フリージア王国内ではできなかった書類仕事と公務に熱中し、ひと息つけた時には完全に日が落ち切っていた。

その間、全く手伝う素振りどころか以前のように扉を開けることすらしなかったヴァル達は、彼の自室で部屋主よりも寛ぎ続けていた。

レオンの手が空くまでぐだぐだと一ヶ月ぶりの酒を楽しんでいた彼だが、レオンと飲み始めてからも酒瓶を傾ける手は緩めない。むしろこれからが本番だと言わんばかりに飲む勢いが増していた。


「うん、ステイル王子からね。馬車に乗り込んだ時に君達の分も纏めて預かったんだ。」

渡すのが遅れてごめん、と滑らかに笑いながらレオンは自分宛を除いた三枚の書状を翳して見せた。

招待状⁈僕達のもあるんですか⁈と前のめりになるセフェクとケメトに反し、ヴァルは椅子の背もたれに肘をかけながら片眉を上げて見返した。

ヴァルを挟み、両脇に座る二人もまた菓子を摘んでいたが、今はそれよりも書状が気になって仕方がない。見せて!と声を上げるセフェクに合わせて、レオンは席から手を伸ばして三人に書状を手渡した。セフェクが一通、ケメトがヴァルの分も二通受け取り、その場で開く。内容は三通とも同じ、王族の個人的な祝勝会招待の旨が書かれていた。

ケメトに手渡された一枚を指先で摘み、ピラピラと揺らしながら、ヴァルは二人がそれぞれ開いた書状を覗き見る。個人的な、という文面とステイルから手渡されたことから、プライドが絡んでいることは容易に予想できた。

わざわざ通例の祝勝会ではなく、別の物として行うことから上層部や上流貴族ばかりが呼ばれる類ではないだろうことはヴァルにもわかった。


しかし、会場は城内だ。


「興味ねぇな。」

パラリと捨てるようにテーブルに手紙を落とす。

すぐにケメトが拾い上げ、封すら開けられなかった手紙を代わりに開いた。中身の文面が同じか確認すれば、やはり自分達と同じ文字列だった。一文字ずつ目で追いながら読み上げるケメトを眺めながら、ヴァルは退屈そうに酒瓶を傾けた。セフェクもケメトがちゃんと最後まで読めるか確認するように隣から同じ文面を覗く。そしてケメトが最後まで読み終えたのを確認してから、二人は同時にヴァルを見上げた。


「行かないの?」

「行かないんですか?」

主もいるかもしれないのに、と言葉を重ねる二人へ煩わしそうに顔を顰める。

グビリと最後の一滴まで飲み干した後、適当そうに生返事をした。すると今度はレオンが少しだけ意外そうに頬杖をつき、テーブルの向こうから彼を見つめる。


「行かないのかい?」

「しつけぇ。」

舌打ち混じりに返しながら、犬でも払うようにレオンへ向かい手を振った。

嫌そうに顔を歪め、身体ごとレオンから逸らして座り直し、テーブルに並べられた酒瓶から新たなものを取り、栓を抜く。グビグビと喉を鳴らして飲む横顔を眺めながら、レオンは暫く何も言わなかった。ヴァルの一挙一動を観察しながら、自分もグラスを傾け空にする。更にグラスへ酒を注ぎ、水面を緩やかに揺らしたところで再び口を開いた。


「プライドもいるのに。」

「うぜぇ。」

わざと言ってんのか、と悪態つきながらヴァルは酒瓶の底をテーブルに叩きつけた。

ゴン、と鈍い音が響いたが、レオンは全く気にしない。むしろ何かを図ろうとするように曲げた人差し指の関節を顎に当てて小さく唸った。うーん……と漏らしながら、しかし全く困った様子はない。どこから話すか考えあぐねる程度だった。呑気な様子にも見えるレオンは眉の間すら狭まってはいない。

いつもならこちらが黙っても適当に返しても気にせず一方的に話を続けるレオンが話さないことが、逆にヴァルは若干の嫌な予感がした。酒を飲んで誤魔化し、一本空にしてから今度はヴァルから口を開く。


「……主にはこのひと月毎日会ってんだ。見飽きたツラ拝みにわざわざ王族の溜まり場なんざごめんだ。」

「プライドを見飽きるとかあるのかい?」

間髪入れないレオンからの問いにヴァルはうんざりと息を吐く。

上げ足でもなく、素直な感想としてレオンはそれを言っている。しかも、それを自分だけでなくヴァルが見飽きるなどあり得ないということも前提だった。

この場でテーブルを蹴り倒して一々うるせぇと怒鳴りたいが、契約でどちらも禁じられている。今更ながらプライドから全許可を貰った時にレオンを一度くらい殴ってみれば良かったと思う。むしろそれを思い付きもしなかった自分の神経を疑う。


「それにステイル王子からも是非君達をと色々頼まれたんだ。僕も折角の祝勝会に君達を呼べるなら一緒に行きたいな。」

「興味ねぇ。こっちは城下を回るので大忙しだ。」

「こっちの祝勝会は深夜だし、城下を回った後でも充分間に合うと思うよ?」

うざってぇ、とヴァルは再び息を吐く。

いつもなら自分が断れば割とすんなり諦めるレオンが引かない。裏で何があるんだと思いながらヴァルはレオンを鋭い眼光で睨む。

その眼差しにレオンも何か勘付かれたかなと思いながら、滑らかな笑顔で返した。肩を竦めてみせ、グラスの中身を一口含みながら視線をヴァルからセフェクとケメトへ移して示す。


「二人も大きなパーティーなんて初めてだろう?楽しいと思うよ。皆が正装して女性は誰もが煌びやかで。きっとティアラやプライドも凄くおめかしして来るし、お酒だけじゃなく御馳走だって食べ放題だ。」

何かあれば僕がフォローするから。とそう続けるレオンに二人は目を輝かせる。

パーティー用にめかし込んだティアラやプライドを彼らは一度も見たことがない。更には御馳走まで出ると聞けば気にならないわけがない。城の料理人が作った料理など、それこそ簡単にありつけるものではないのだから。

レオンの言葉に興味が湧いた二人はヴァルの腕や肩を交互に引っ張った。「お酒も出るって!」「主もきっと綺麗ですよ‼︎」とセフェクとケメトに無抵抗に揺らされ、飲もうとしていた酒瓶が傾けた拍子にピシャリと溢れた。服が濡れたことも汚れたこともどうでも良いが、ずっと揺らされては落ち着いて酒も飲めない。


「ならテメェらだけで行ってこい。レオンをつけてやる。」

俺はいつもの酒場で……とそこまで言おうとした途端、二人から「嫌!」「嫌です‼︎」と左右同時に怒鳴られる。至近距離で叫ばれ、ヴァルは顔を顰めながら酒瓶を片手に反対の手でセフェク側の耳を塞いだ。ケメトもまだ男としては声が高い方だが、女性であるセフェクの甲高い声は頭に響く。


「ヴァルも行くの‼︎私達だけが楽しんでもつまらないじゃない!」

「僕もヴァルと行きたいです‼︎折角のお城のパーティーなら一緒に楽しみたいです!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎながら抗議する二人に再び左右に引っ張られる。

いい加減に本気で酒を飲むのが難しくなってきたヴァルは飲みかけの酒瓶をテーブルに置いた。二人に引っ張られ、掴んだ拍子に服を伸ばされながらいい加減にしろと二人の手を掴んだ。すると二人は掴む手から今度は交互にヴァルの腕に巻きつくように両腕でしがみつく。行くの!行きましょう!と再び声を上げる二人にヴァルはどちらへも向かず喉を反らす。

セフェクもケメトもレオンと一緒ならば、今はヴァルと離れることもそこまで難しくはない。ヴァルが一人で酒場に行きたいと言えば空腹でなければ我慢もできる。

だが、ひと月前に生死を三日間も彷徨ったヴァルとまだ離れたくはなかった。更にはプライドが行うパーティー。煌びやかなそれは自分達が一生に一度行けることすら奇跡のような場所だ。そんな素敵なところに行けるなら、ヴァルと一緒に楽しみたい、ヴァルにも見せたい、共有したいとそう思ってしまう。

二人からの猛攻に、ヴァルは地の底に響くような低い声を漏らし、ぐんなりと腕から力を抜いた。完全にレオンに上手く乗せられていると確信する。

しかも、自分の行く先に何でもかんでも鬱陶しく付いてきた二人が、やっと離れられるようになったかと思えば今度は強制的に自分を連れて行く。以前のように自分の行き先を変えるのではなく、本人達の行きたいところへ〝自分と離れられるにも関わらず〟強制的に連れて行こうとする。

これはこれで厄介だと心の底からヴァルは思う。舌打ちを数度繰り返して考えていると、二人が再び「行くわよね⁈」「行きましょう!」と揃えるように両隣から吠えてきた。厄介な人間三人に挟まれ、耳を何度も劈かれればもうそれ以上を考えることよりも


「ッだああああああああああ‼︎‼︎うるせぇクソガキ共‼︎行ってやるから黙りやがれッ‼︎‼︎」


うざってぇ‼︎‼︎と腹の底から怒鳴り、今度こそ振り払う。

一際大きな舌打ちを鳴らし、巻き付かれた腕を引っ張り上げれば、すんなり手放した二人は両手を上げて声を弾ませる。やったぁ!とセフェクとケメトはハイタッチをするようにパチンと両手を合わせた。

クソが、と二人の上機嫌な様子に悪態を吐くが、ヴァルの反応を全く二人は気にしない。むしろ思ったよりすんなりと許してくれたことが嬉しくて仕方ない。

楽しみですね!楽しみ!と燥ぐ二人に顔を顰め、牙のような歯を剥き出しにしながらヴァルはやっと自由になった手で酒瓶を取り、傾けた。

グビグビと一気に残りの酒を休まず飲み干していく。空にした瓶を床に転がし、更に新たな酒瓶へ手を伸ばす。すると、それを掴むより先にレオンが既に栓を開けた酒瓶を彼の眼前に置いた。コンッ、と丁寧に置かれた酒瓶越しにレオンを睨みつけながらヴァルはそれを掴み、瓶ごと仰ぐ。それを見届けてからレオンは満足げに滑らかな笑みを彼に浮かべてみせた。


「それじゃあ決まりかな。僕も楽しみだよ。」

「テメェの為じゃねぇ。」

わかってるよ、と笑いながらレオンはくるりとグラスの水面を回す。

そして優雅な動作で飲み干すと、彼もまた自分の酒瓶を手に取りグラスへ注ぐ。ちょうど中身が空になった酒瓶をテーブルの端に置くと香りを楽しんだ。

ヴァルの要望で今まで彼に出した事のない酒を出したレオンは、自身もまたその酒の香りや味を嗜む。これも良い出来だな、と軽く呟きながら彼へと言葉を掛けた。


「プライドも喜ぶと思うよ。何せ()()()()()()()()()()()君達が出席してくれるんだから。」


ブフッ、と。レオンの言葉にヴァルは勢いよく酒を吹き出した。


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