651.怨恨王女は迎える。
逃げたい逃げたい逃げたいすっっごい逃げたい‼︎‼︎
視界に広がる騎士達を前に、額から汗が滴る。
羞恥で顔が火照りきり、覚悟を決めて前に出た後は震える唇を噛んだ。階段の上階である見晴から大広間を見下ろせば、ステイルやティアラに歓声を上げた騎士達が口をあんぐり開けて私を見上げている。絶対に目が点になってるに決まっている。だってこんな浮かれた格好をしてる王女がいるんだもの‼︎‼︎
むぎゅぅう……と騎士達に見えないように裾を握り締め、煩い心臓の所為で速くなっている呼吸を必死に押し留める。
今回の祝勝会。本来であれば防衛戦の祝勝会みたいに国内の貴族だけでなく騎士団も多く招く予定だったのだけれど、ステイルとティアラの発案で今回は少し形態を変えることになった。
最初は驚いたけれど、これなら騎士にもしっかり御礼とお詫びを伝えられるし、更には衛兵一人一人にもちゃんと感謝と謝罪の気持ちを伝えられる。私も大賛成すれば早速ステイルが母上達へ正式に掛け合ってくれた。
許可が降りてからは、そのままステイルが今回の祝勝会の準備から進行まで殆ど一人で企画してくれた。
母上から正式にティアラの王妹についての宣言がされ、更には多くの上層部を含めた貴族を招く公的な祝勝会。そちらが言ってしまえば〝第一部〟……そして、その後に時間を少し空けてから行われるこの祝勝会は、母上の許可を得た非公式な祝勝会である〝第二部〟だ。
貴族を招いていない非公式な祝勝会だから母上達は参加しないけれど、今回の一件に大きく関与した私と、そしてステイル、ティアラでこの祝勝会を取り仕切ることを許された。第一部の祝勝会の後始末を終えたらジルベール宰相も来てくれるけれど、到着はきっとこの後のゲストの後だろう。
第一部で衛兵達の代わりに警備や護衛に付いて貰う代わりに騎士団全員を第二部の祝勝会に招待するという形でステイルが企画してくれた。
「公的な祝勝会に騎士を多くは招けない代わり、その後に行われる〝王族の個人的な〟祝勝会に全員を招待する」と言ったら快諾だったらしい。流石仲良し騎士団。大勢が招かれる公的な祝勝会よりも警備に割く必要もなく正真正銘全員が宴会できるほうが良かったということだ。それだけでも今回の第二部を企画した意味はあるなと思う。
これを提案してくれた時にステイルから「なので姉君は大事な第二部まで騎士団と会うのは極力控えて下さい」「その時に充分に!そして確実に!彼らと話せる場を俺が責任持って用意しますから」と強めに止められてしまった。
今回の企画進行、特にこの第二部は全部ステイルに任せていて私は関与していない。ティアラは発案者でもあるからかステイルと相談する姿もあったけれど、私は全く加えてもらえなかった。「姉君が主役の祝勝会ですから」「お姉様もびっくりさせたいんですっ」と、まるで子どもの誕生日パーティーのような気合いのいれようだった。……私じゃなくて騎士団の為の祝勝会だしと何度も言ったのだけれど。
ステイルが一生懸命企画してくれて、王妹として立場を得たティアラも加わって、しかも今回の奪還戦で国ごと守り抜いてくれた騎士団の為の祝勝会。
私もステイル達の邪魔はしたくなかったし、その代わりに二人から相談や要望があれば全力で協力しようとも思った。……思った、けれど……‼︎‼︎
予定のドレスを変更だなんて聞いていない‼︎
しかもこの数年ずっと着ていなかった可愛い系のドレスだ。
今まで大人っぽいのとかセクシー系のドレスばっかりだったのに‼︎この年でいきなり系統変えなんて辛すぎる‼︎
確かにドレス自体は私の好みぴったりのもので、一年前に凄く可愛くて気に入って買ったドレスだ。一年前に買ったとは思えないくらいに新品同然で、身体のサイズも全く問題はなかった。
だけど!だけどこんな可愛いドレスを私が着るとか!もし着るとしても個人的なパーティーとかでなら良いかなと思って温めていたのに……いや今の祝勝会も確かに個人的なパーティーと言えなくもないけれど‼︎‼︎
今身に付けているドレスは赤を基調としていて、私の隣に並ぶティアラと色違いでお揃いのものだ。スカートの裾部分は幾重にも気品高いレースが連なっていて、ワインのような真紅が全身に溶け込んでいながら、レースや宝石の装飾が女の子らしさを見事に演じてくれている。シックなデザインだからピラッピラな印象とはかけ離れていて、気品もありながら可愛らしいデザインに一目惚れしたドレスだ。
私と色違いの白ドレスに身を包んだティアラは見事にきこなしている。むしろティアラが着ると天使御本人過ぎて目が眩むほどに可愛いし似合っている。
昔から可愛い系だったティアラにはお似合い過ぎて、むしろティアラの為にデザインされたドレスといってもおかしくない。……その色違いを私が着ている事に罰ゲーム感この上ない。
でも、まさかよりにもよって騎士達の前でこんな姿を見せることになるなんて思わなかった。一望するだけじゃパッとはわからないけれど、ここに騎士団長とか副団長とかアーサーカラム隊長アラン隊長エリック副隊長ハリソン副隊長もいるのだと思うともう身体が燃えるくらいに恥ずかしい‼︎
「お姉様っ、ほら皆さんにご挨拶ですよ!」
滲んだ汗が頬まで伝ってひんやりとした。
ティアラが一生懸命私の腕を引いて促してくれる。ドレスを買った時はティアラとお揃いだと純粋に嬉しかったけれど、今はモノマネ中に本物の歌手が現れたくらいの羞恥心が凄まじい。隣のティアラが可愛くて可愛くてお揃いなのが恥ずかしい。
ステイルもそんな私とティアラを眺めては微笑ましげに顔を緩めている。ステイルだって私の格好を見た時はあんなにドン引きしたくせに‼︎
ドレスを着終えて、先に着替えを終えて扉の前で待ってくれていたステイルに対面した時、姉のあまりのはしゃいだ格好と似合わなさに見るだけで恥ずかしくなったのか、顔が真っ赤になってよろけていた。いっそ隣に並ぶのが恥ずかしいと思われたのかもしれない。
「プラッ……!」とか「その、ドレスは……⁈いつ仕立て……⁈」と、あまりの醜態に暫くステイルは私と面と向かってまともに話すのすら難しそうだった。……それが、離れの塔に軟禁されていた時とちょこっと重なって地味に凹んだ。ステイルなら笑うのを堪えながらも一応フォロー入れてくれるかなとか淡い期待をした私が甘過ぎた。
ラスボスプライドとは別のベクトルで耐えられる域を超えていたらしい。素敵ですっ!とか可愛いです!と褒めたり大はしゃぎしてくれたのはティアラや専属侍女のロッテとマリー、そして近衛兵業務に戻ったジャックだけだ。
「さぁ、姉君。どうぞ御言葉を。先に乾杯をしてからでなければ、ゲストも入って来られませんよ。」
なのに、今のステイルは物凄い上機嫌で私を人前に押しやってくる。さっきセドリックを弄った時と同じような良い笑顔だ。
とはいってもステイルの言うことも尤もなので、静まり切った騎士団へ私から拳に力を込めて挨拶を始める。
可愛らしいドレスに触発されてか、ロッテとマリーの女子力に火がついてしまったお陰で頭まで髪飾りから髪先まで可愛らしくデコられた私を騎士達が黙って見上げている。もう本当に恥ずかしくて死にそうだ。
ある意味、ミニスカワンピで暴れ回った格好と恥ずかしさレベルで言えば良い勝負かもしれない。ダントツは未だに腰蓑ドレスだけれど。……そう思うと騎士団には恥ずかしい格好を見られるのは今回が初めてじゃない。
「……第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーです。」
やっと声を出す。
名乗りから、この度の奪還戦での御礼と謝罪、どうぞ無礼講で楽しんで下さいとの旨を無理矢理口を動かして彼らに伝えた。王女らしく何とか声を張ってみたけれど、若干喉が震えた。言い終えた後は干上がって早くもカラカラだった。
「今回の宴はささやかな時ではありますが、我が愛しき弟ステイルと妹ティアラが取り計らってくれました。騎士団の皆様と共に居られるこの時に感謝致します。……っ乾杯!」
そう言って最後は思い切ってグラスを掲げた瞬間、轟音が破裂した。
今までの沈黙が嘘のように鼓膜を破きそうなほどの乾杯と、直後に唸るような歓声が返ってくる。どっ、と形のない衝撃の正体が屈強な騎士達からの音波だとはすぐにわかった。室内だから余計にこもる。
あまりに突然の爆発的なそれにフラつき、グラスの中身が溢れかけた。一歩たじろぎながら隣を見ればティアラも同じようになって転びかけていた。ステイルが両腕で私とティアラの背中を同時に支えてくれたけれど、その後もまるで火が付いたような歓声に耳がぼやける。爆撃を受けた直後みたいだ。
殆ど歓声が重なって聞き取れなかったけれど、ところどころで雄叫びやら私達の名を呼んでくれる声も聞こえた。「プライド様だ!プライド様だぞ‼︎」「ステイル様流石です‼︎」「ティアラ様万歳!」と、やっと祝杯が上げられるのが嬉しいのか、ステイルとティアラが自分達の為に取り計らってくれたのが嬉しいのか一気に大広間の熱が上がった。騎士団の数と彼らの熱気は大広間すらサウナに変えてしまうらしい。
「よっ……喜んでくれて良かったですねお姉様っ!早速降りましょう!」
「談笑とメインの前に、彼らを迎えなければなりませんね。扉の前まで歩けそうですか?」
そうね、大丈夫よとティアラとステイルに返しながら私は姿勢を正す。
ティアラと並び、ステイルが手を貸してくれた後には一歩控えた位置で私達に続いてくれる。まだ耳がぼわぼわするけれど問題ない。それよりも扉の前で彼らを迎える体制をとらないと。騎士達の飲めや歌えやの歓声やグラスの鳴らす音を聞いていると、室温の高くなったこの会場でなら一人くらい仮装レベルの人間がいても許されるような気になってきた。さっきまでの厳かな雰囲気ではただただひたすらに羞恥に身を焼かれたけれど、今はちょっとだけ気も楽だ。
ドレスの裾を上げ、一段一段慎重に階段を降りれば、王族三人が降りてくる光景に、騎士達の注目がまた増した。彼らと話したいのも山々だけれど、まずはちゃんとゲスト達を迎えなければ。
自然と私達が歩けば、騎士達は誰もが道を開けて振り返ってくれた。彼らに視線や笑顔だけで今は応えながら、私達は扉の前へと急ぐ。扉の前を守ってくれている衛兵に聞けば、ちょうど全員扉の前に揃ったらしい。……やっぱり最初に私が挨拶までに時間を取りすぎてしまったようだ。少し待たせてしまった。
すぐに扉を開けるように命じれば、私達の前で扉の両脇にいる衛兵がゆっくりと合わせて両開きに開いてくれた。
ティアラとステイルも私の両隣で迎える姿勢を正し、騎士達もまだ誰か訪れるのかと騒ついた。
扉が完全に開ききると同時に、私の所為で待たされてしまった彼らは明るい声を掛けてくれた。それに返すべく、私からも先ずは前列に並んでいた彼らへと最初に挨拶を返す。
「お待たせして申し訳ありませんでした、ランス国王陛下、ヨアン国王陛下、セドリック。……来てくれて嬉しいわ。」
ハナズオ連合王国の三人が護衛と一緒に優雅な足どりで大広間に姿を現す。
突然の王族追加登場に騎士達が響めき、手前から次々と跪く。おおおっ!と声を漏らした騎士達へも含めてステイルが国王達より先に手で合図を送る。
今回は私の個人的な祝勝会ということで既に第一部で乾杯を済ませたセドリック達はあくまで来賓として途中参加だ。大仰な礼儀や挨拶も不要と事前に来賓の彼らに許可ももらっている。
ランス国王、ヨアン国王と続いてセドリックとも挨拶を交わした後は、三人にも祝勝会に混ざってもらうようにと広間の奥へと勧める。すると、私の横を通り過ぎざまにセドリックが一度立ち止まった。
「そのドレス、姉妹で揃いとは素晴らしい。次期女王のお前と王妹のティアラに相応しい。よく似合っている。」
さらっと言ったこの人。
流石セドリックというかなんというか。デザインこそティアラとお揃いのドレスである私だけれど、至近距離から一目でわかるには赤と白で分かりにくい方の筈なのに。
しかも天使のティアラと残念な私とを綺麗に褒めてくれた。全くフォロー感のない自然な言い方にうっかり本当にそこまで酷くはないかもとも思えてしまう。
本命のティアラにもそういうことは普通に照れずに褒められちゃうんだなぁと関心する。むしろ今は逆にさり気なく褒められたティアラの方が身嗜みを少し気にするようにふわふわの金髪を押さえていた。
さっきはティアラが視界に入っただけで赤面していたのに見事な切り替えだ。……何故か視線が妙にティアラの顔というよりもドレスの方へ注がれているようなのが気になるけれど。まるで顔を見るのは避けてるみたいだ。
騎士団に大いに歓迎されながら、コミュ力が強いランス国王を筆頭にヨアン国王、そしてセドリックとハナズオ連合王国三人が騎士団長の元へと進んでいった。その背中を見送ってから、私は次に続く来賓に目を向け……、……あれ。
「レオ、…………………………え⁇」
未だに扉から中に足を踏み入れようとしない存在に私は目を丸くする。
今日招いていたもう一人の来賓であるレオンがこっちを向いて顔を真っ赤に上気させたままマネキンみたいに動かない。どうしたのかと思ったけれど、そういえば元々このドレスは……と気が付き、彼には色々予想外だったのかなと申し訳なくなる。
そして更には
「…………ヴァル⁇」
レオンの隣に、すっっっごく見覚えのある人物が。
更にその傍には確実にご本人であるセフェクとケメトが「主!」「お招きありがとうございます!」と私に手を振ってくれていた。
二人とも貴族に見えるくらいの綺麗な身形で並んでいる。セフェクはレッドブラウンの女性らしいドレスを身に纏っていた。いつもの何倍にも大人っぽく見える彼女に、ちょこんと同じ色合いをした礼服のケメトが並んでいる。
そして二人とその格好、やはりレオンの隣でこっちを睨んでいるのが間違いなくヴァルだと確信する。既にすっっごく機嫌悪そうだけど、まさかの彼まで正装だ。
いつもと全く印象の違う格好は、もうセフェクとケメトと比べ物にならないほどに別人だ。三人とも髪までちゃんと素敵に整えられている。
四人に私から歩み寄れば、レオンの肩に肘を置いて牙のような歯も不機嫌も剥き出しの彼はやはりちゃんとした礼服だ。ただ、胸元のボタンだけは引きちぎったように連続して数個が外れて肌けていた。髪も綺麗に整えられてはいるけれど、正装でも滲み出るガラの悪さは前世だったら完全にホストかヤクザだ。
「来てくれたのは嬉しいけれど、……どうして貴方まで?」
「…………腹黒王子共の差し金だ。」
その一言だけでげんなりした様子の彼に、振り返ればステイルが清々しいほどの笑顔で私を見返した。
「姉君の要望は大体予想ができますから。姉君の気が済むまで礼でも謝罪でも返させる為ならば手段は選びません。」
そのままヴァルへ「よく来たな」と告げたステイルは若干黒い笑みも混じえていた。
その言葉に低い息を吐いたヴァルは、扉の向こうにいる騎士団を確認して眉間に皺を寄せた。「むしろ嫌がらせだ」と零す彼に、私もぐうの音が出ない。
確かに本音を言えば、この祝勝会にヴァル達も呼べたらなとは思っていた。だからこそ、せめて我が国で祝勝会の日は城下で楽しんでくれたらとも思った。
彼らにもたくさん迷惑もかけて酷いこともしたし、何より褒美や褒賞以外でもちゃんと今回の御礼もしたかった。……でも、絶対に今回の祝勝会二部参加は無理だろうなと諦めていた。招待客層的に彼は絶対首を縦に振らないし、ついでに地雷もばっちり埋まっているし‼︎
ステイルの命令なのかセフェクとケメトにせがまれたのかは知らないけれど、正装で来てくれた彼を毛嫌いしている騎士団と王族だらけで地雷埋没の大広間に強制入場させることと比べたら、私の不釣り合いドレスでの参陣ぐらいは罰ゲームと思うことすら烏滸がましいと思えてきた。
「とにかく……歓迎するわ、ヴァル、セフェク、ケメト。来てくれてありがとう。それに……、……レオン⁇」
先ずはもう第一に彼らの安全と出来る限り良い時間を過ごしてもらえるように最善を尽くさないと。
今は先ず、真っ赤なまま一言も発しないレオンに歩み寄ることにする。
失礼ながらヴァルのお陰で大分冷静になれた私は、気を引き締め直し改めて彼らを歓迎すべく息を整えた。
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