649.怨恨王女は壁になり、
「ティアラ第二王女殿下!この度は王妹の確立を心よりお祝い申し上げ……」
母上により閉幕が告げられてから暫く、来賓が退室を始めた頃。
大広間の人口が減ってから、セドリックが興奮した様子で話しに来てくれた。私とステイルに挨拶を告げた後の彼はティアラ一直線だった。
見開かれた目が焔を燃え上げ、珍しく国王である兄二人より前に出てきた彼は満面の笑みだ。私達と話をしようと並んでいた貴族達も王族の登場に速やかに身を引いていく。今夜は私達以外の王族が二国だけだから競争率も低い。彼が名指しするのとティアラが飛び退くように、ぴゃっ!と私の背後に隠れたのは殆ど同時だった。
その反応にセドリックが躊躇うように背を反らし足を急停止させる。カッ!と磨き抜かれた床にセドリックの靴が踏み止まり、強く踏みつけた拍子に良い音を響かせた。
私の背中に身体を半分以上隠したティアラに、セドリックが「失礼致し、……すまない」と言い直した。突然現れたセドリックに驚いたのか、それともセドリック限定で苦手な敬語で話しかけられたのが嫌だったのか。背後のティアラは怒りすぎて顔が真っ赤だった。私のドレスの裾を爪が食い込まんばかりに強く握り締めている。
ティアラを怒らせたことに興奮した頭が冷えたのか、セドリックは一呼吸を整えた後に再び今度は落ち着かせた声色で言い始めた。
「王妹確立、おめでとう。……とうとう己が居場所を自らの手で掴み取ったのだな。心から嬉しく、思う。」
一つ一つ言葉を選びながら言い直すセドリックは、意識的に低めた声に反して表情が眩しいくらい幸せそうだった。
揺らめく目の焔が宝石のようにキラキラ輝いていて更には若干頬も火照っている。さっきのダンスで聞いたセドリックの言葉を思い出せば、気に当てられて私の方が恥ずかしくなる。
言葉を受け、ティアラもちょこりと目だけを覗かせた。その倍に裾を握る手に力が入ったけれど、声だけは潜めながらも軽やかだった。
「これも、全部セドリック王弟殿下のお陰ですっ……。…………ありがとう……ございました……。」
「何を言う!お前が王女として優れていたからこそだ。どうか胸を張ってくれ。」
セドリックの恋心を知った後ではただただひたすらに眼差しが熱い。
もう燃える瞳がティアラが好きだと言っているようにしか見えない。熱烈過ぎて直視辛い。
ティアラも同じ気持ちなのか、私にくっつけている額まで何だか熱い。もしかしてさっきのも怒っていたよりもセドリックの恥ずかしい発言を警戒していたのかもしれない。
だけど良かった。熱烈視線は置いとくとして前回の石化は免れている。ちゃんとまともにティアラと会話できているのは何よりだ。
ティアラから返事が貰えただけで嬉しいのか、またセドリックが興奮するように熱を上げ出した。もうティアラしか視界に入ってないのではないかというくらいの彼は、その後には再び一方的にティアラへマシンガントークだ。ひたすらに本音のみでティアラを褒めちぎっていく。
ティアラの壁になりながら、私は彼の背後を追ったランス国王とヨアン国王に挨拶をする。ランス国王もヨアン国王もティアラの王妹や特殊能力開花についてお祝いを言ってくれた。それに返せば、セドリックのダンスや今のはしゃぎぶりにも御礼や謝罪まで受けてしまい、思わず苦笑いしてしまう。ステイルも国王二人の話を聞きながら横目で笑いを堪えるようにティアラとセドリックを見比べていた。
私の背中から二割程度しか姿を出さなくなったティアラに構わず、セドリックは未だ普通に話しているからすごい。
「それにしても〝啓示〟の特殊能力とは。実にお前に相応しい名だ。」
「…………じ、ジルベール宰相が提案して下さりましたっ……」
とうとう一方通行なセドリックの言葉の滝にティアラが返事をした。
さっきまで無言で目だけを出して覗いていたティアラからの言葉に、すぐさまセドリックは反応した。一度だけ驚いたように目を丸くした後「……おお!」と満面の笑みをティアラに向ける。
「流石はジルベール宰相殿だ。たったひと月足らずでここまで整えられるとは。俺の提案も要らぬ世話だったかもしれんな。」
「!そ、そんなことはありませんっ!あくまで〝王妹〟の案はっ……。」
腕を組みながら清々しい笑顔で告げるセドリックに、ティアラが思わずといった様子で声と一緒に顔を出した。
とうとう顔全部を見せたティアラに、私からも振り返って見ればまだ熱が引いていないように真っ赤だ。途中で噤んでしまった後も結んだ唇をぷるぷると震わせる姿は失礼ながら凄く可愛らしかった。
それにティアラの言う通りだ。
確かに啓示の特殊能力と名前を冠して、私とティアラの特殊能力を別物として計ってくれたのも、そう受け取れるように母上が語る民への言葉を構成してくれたのもジルベール宰相だ。だけど、元はと言えばティアラが王配業務を継ぐなんて案は私達では絶対に思いつかなかった。
国王二人が一つの国を統治するハナズオ連合王国の王弟である彼だからこそ思い付いた案だ。
顔を出してセドリックに反論したティアラは、その後も金色の瞳を強く向けたままだった。ふとそこで彼女の方に振り返ったまま、私はさっきまで弾丸トークだったセドリックから返答がないことに気付く。ティアラから視線をセドリックへと向ければ
石像がそこにいた。
ペンキを頭から落としたように真っ赤に塗り潰されたセドリックは指の先まで硬化していた。
ティアラが顔を出した途端にこれだ。さっきまであんなに悠々と話していたのが嘘のようにフリーズしたまま動かなくなった。息をしているかも怪しいくらいに身動ぎ一つしないセドリックに、私まで不安になる。
兄二人も気付いて、ランス国王がため息混じりにセドリックの肩をコンコンと指でつついた。その隣でヨアン国王がくすくすと楽しそうに笑っている。仕方ないと言わんばかりの笑顔で細縁の眼鏡の位置を直した。
「……思い出しちゃったのかな?」
「セドリック、話途中で止まるな。ティアラ王女殿下に失礼だろう。」
もう理解しているかのように対応する兄二人にセドリックが挟まれる。
ランス国王が「申し訳ありません」とティアラと私達に謝るとその間にヨアン国王が何やら茹で蛸セドリックの両目を背後から手で目隠しした。どうやらまた鮮明に記憶を脳内再生させてしまっているらしい。
ランス国王に返しながら、私はティアラを見る。顔が真っ赤なティアラはやはり怒っているのか今は頬をぷっくり膨らませている。折角セドリックに言葉を返したのに無視されたのがだめだったのだろうか。
「本当にセドリック王弟殿下は我が国で素晴らしい功績を立てられました。僕も感謝の言葉しかありません。今回の王妹の件もそうですが、奪還戦でも大活躍でしたから。」
さっきまで傍観側だったステイルがにこやかな笑顔で歩み寄って来た。
初対面の頃はティアラに変な事をしないかと警戒レベルを上げていたとは思えないほどの柔らかな表情だ。話の軌道が少し逸れたことで、セドリックも僅かに息を吹き返す。
ヨアン国王の目隠しが外されると最初は目だけが動き、次には「ステイル第一王子殿下……」と呟くセドリックが顔から首、肩、腕と少しずつ身体を動かした。まだ顔の火照りはそのままの状態のセドリックはやっと全身をステイルに向け直す。その様子に満足げに微笑むと、ステイルは言葉を続けた。
「その御活躍と立ち回りに我が騎士団の中にも、是非セドリック王弟殿下と手合わせを願いたいと考えている騎士達が大勢いるくらいです。」
「‼︎是非ともッ‼︎」
途端にカチリとセドリックに再起動が掛かる。
足を一歩分前に出して自分の胸を手のひらでバン!と叩いて示すセドリックは、がっつり前のめりになったまま一気に燃え上がった。……この人、またこれ以上強くなるつもりなのだろうか。
ステイルがあまりの食いつきに僅かに目を見開く。セドリックの熱がこもった視線から逃れるように背中を背後に反らして両手の平を見せる形で距離をとった。
流石にその切り返しは想定外だったのだろう。その後も「この滞在中は可能でしょうか……⁈」と熱望するセドリックにステイルは母上に尋ねてみないと何とも、と返した。
ランス国王とヨアン国王がセドリックの猪突猛進に呆れたように肩を落としながら「近過ぎるぞ」「ステイル王子殿下がお困りだよ」とその背中に声を掛けた。そのまま、申し訳ありませんセドリックがと謝ってくれる国王二人にステイルは答えた後、一歩引いたままひと息だけ吐いた。
そして気を取り直すように姿勢を正すと、またにこやかな笑顔を目も覇気も燃やすセドリックへと向けた。
「……ところでセドリック王弟殿下。」




