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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会

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645.怨恨王女は交わす。


「また、騎士団長ともこうすることができて嬉しいです。」


前奏からダンスの為にと合わせた曲が流れ始め、騎士団長のリードで足を運ぶ。

アーサーと同じ深い蒼の瞳を私に向けてくれる騎士団長は、落ち着いた表情から小さく笑ってくれた。笑顔だと余計にアーサーに似てるなと思ってしまう。銀色の短髪を僅かに揺らし、手を取ってくれる騎士団長は今まで踊った王子の誰にも負けず格好良い。

ダンスが始まって、……本当は一番に奪還戦の謝罪がしたかった。だけど、それを口にしてしまえばあの時最初に言ってくれた騎士団長の言葉を無下にしてしまう気がした。


「……私も、そして騎士達も皆想いは同じです。プライド様がこうして笑われる日が来たことを心より喜ばしく思います。」

低い声で優しい言葉を掛けてくれる騎士団長につい頬が緩む。

ありがとうございます、と言葉を返せば短く言葉を返してくれた騎士団長は音楽に合わせて腕の中をくるりと潜らせてくれた。ティアラの誕生祭でも踊ったけれど、やっぱり騎士団長もダンスが上手い。

潜った後にも自然に再び手を取り、引いてくれた。そのまま緩やかな足取りで来賓全員に見えるようにフロア内を回ってくれる。


「あ、と!……アーサー、の表彰おめでとうございます。……私もとてもびっくりしました。」

元凶である私がおめでとうと言って良い立場なのかはわからないけれど。

それでも伝えれば、騎士団長はありがとうございます、と返してくれた後に口角を僅かに上げた。少し緩まっていた筈の眉間の皺がまた少し深く刻まれた。短く息を吐く音が音楽に紛れてうっすらと聞こえる。私に足並みを揃えてくれる騎士団長が少し困ったような笑顔で私を見る。


「貴方とアーサーには何年経っても驚かされてばかりです。……アーサーはベレスフォード家の誇りです。」

その言葉をアーサーに言ってあげてほしいと、心からそう思った。

もともとそんな誇るほどの家柄でもありませんが、と言いながらも騎士団長の顔は本当にうれしそうだった。自慢の息子であるアーサーが国中の人に認められて嬉しくないわけがない。

現実ではこうしてアーサーと騎士団にいる騎士団長だけれど、辿るべきゲームの未来では既にこの世にいなかった。そんな騎士団長がアーサーの成長も見れて、自分の口から一族の誇りとまで胸を張ってくれたのが嬉しい。

こんな未来を騎士団長はずっと望んでいたのだろうなと思うと、急に胸が苦しくなった。私が本来起こす筈だった未来はと頭に過って、口の中を噛んでそれ以上の思考を消した。今は目の前にいる騎士団長と現実に向き合わなければ。


「……きっとアーサーが聞いたらすごく喜びますね。」

「ですが、まだ上官として父として負けるわけにはいきません。」

騎士団長の意外な切り返しに思わず顎を上げて顔の真正面で見上げてしまう。いつも大人の代名詞のような騎士団長からは想像のできない意外な言葉が返された気がした。

私の目が丸くなったことに気付いた騎士団長は、眼差しだけで笑った。「まだ譲らない」という騎士団長の表情がすこしだけ若々しく見えてしまう。アーサーのことを騎士として認めているからこそだろう。……裏を返せば、もう譲れないと思うくらいにアーサーが高みへ来たのだなと思う。

騎士団長の表情は焦燥や嫉妬みたいな感情は微塵もなくて、まるで目の前に挑戦者を迎えるような覇気と威厳の混じえた笑みだった。


「アーサーが慢心などせぬように気を払わねばなりません。」

きっかりと言い切る騎士団長はそれでもあまり心配はしていないようだった。

その様子に野暮かな、とはお思いつつも私からも騎士団長へ言葉を返す。


「心配ないと思います。だってアーサーですもの。それに……アーサーは昔からずっと聖騎士よりも大きな目標を追いかけ続けていますから。」

ふふふっ、と言いながら笑ってしまう。

騎士団長がその言葉に少し不思議そうに瞬きをした。珍しいその反応に思わず口元を隠したくなってしまう。くるり、くるりと騎士団長と弧を描き、また腕をくぐる。弾む気持ちに合わせるように舞わせてくれる騎士団長へ再び手を組み合ってから私は言葉を続ける。


「アーサーの憧れは今も昔も騎士団長一人だけですもの。」


本人が言っていたから間違いありません、と声を潜ませながらもまた弾んでしまう。

その途端、眉間の皺がなくなるほど目を丸くした騎士団長が少しだけその表情のまま固まった。それから口元が緩みそうなのを隠すように一文字に結ぶと、蒼い瞳の眼差しを柔らかく私に向けてくれた。父親らしいその表情が、言葉にしなくても嬉しいと思ってくれているのだとわかる。

そのまま示すように騎士団長が私から視線を観覧者の方へと向けた。促されるまま見れば、ちょうどアーサー達がそこに並んでいた。眩しい眼差しを向けてくれるアラン隊長達に並んでアーサーの口はぽっかり開いていた。憧れの騎士団長がダンスしている姿に見惚れてしまっているのかもしれない。だってこんなにも上手だもの。

初めて会った頃は、まだ騎士でもなかったアーサーが今や当然のように騎士達と並んでそこにいる。そしてこんな式典にも参加が許されて、しかも……とそこまで考えると今から笑みが溢れてしまう。

アーサーと目を合わせたまま笑いかければ、ビクリとアーサーが肩を上下した。心なしか顔色もさっきより赤に近い気がして、緊張かお酒でも回ってしまったのだろうかと思う。

顔を上げて騎士団長の方を向けばちょうど騎士団長も私の方に視線を戻してくれた時だった。騎士団長も同じことを思ったのか、視線が合った時には眼差しがさっきより温かい。


「本当に、本当に騎士団長にも騎士の方々にも心から感謝しています。……母上達やステイルの力になって下さりありがとうございました。騎士団長が育ててくださった素晴らしい騎士団のお陰です。」

謝ることはできなくても感謝だけは伝えたい。

騎士団がいてくれて本当に良かった。彼らがいてくれなければ、間違いなく城どころか城下にも甚大な被害が及んでいた。人的被害が一つも無いなんて本当に奇跡だ。

ステイルやジルベール宰相の手腕だけでなく、騎士団長の指揮や、何より騎士達をそれほど強く騎士団長が鍛え上げてくれたお陰だ。

いつもの表情に顔を引き締める騎士団長に「優秀な騎士達のお陰で民も王族も救われました」と伝えれば、足取りを優雅に進ませながら騎士団長が口を開く。


「……お褒めに預かり光栄です。騎士達も喜ぶでしょう。」

落ち着いた低い声は穏やかで、どこか懐かしむかのようだった。

まるで私を通して遠い何処かを眺めるような眼差しに私は瞬きを繰り返す。すると疑問に気付いたように騎士団長は「いえ」と短く断った。顔を私から進行方向へと向け、互いに手を組んだまま優雅な足取りで指先の方向へ進んでいく。


「プライド様。……もし叶うのならば、一つだけこの後のことについてお願いをしてもよろしいでしょうか。」

暫くダンスに集中してから、唐突に騎士団長が私に投げかけた。

騎士団長が私にお願いなんて珍しい。顔を引き締めたままの騎士団長は、真剣そのものだった。てっきり無言になったからダンスに集中していたと思ったのに、もしかしてずっとそれを考えていたのだろうかと思う。勿論です、と返しながら私は口の中を飲み込んだ。

騎士団だけでなく、騎士団長にも本当ならちゃんとお詫びがしたい。返せるのなら騎士団長自らのお願いなんて願ったりだ。第一王女殿下相手に畏れ多くはありますが……と呟いた騎士団長は、私と目を合わせて抑えるように放った。


その願いは、……私も寧ろ望むことだった。


「……時間の、許す限り。」

最後にその言葉で締め括った騎士団の表情はとても真剣で、眉間の皺が刻まれるように深くなった。

私からしても騎士団長からお許しが頂けるのならそれに越したことはない。ええ、勿論ですと返しながら心から笑ってみせた。

誘導されるままにゆっくりとターンで返る。騎士団長の力強い腕が支えてくれる間も安心感が強い。私の答えに安心したように騎士団長の眉の間が空く。ありがとうございます、と感謝されるとそれだけで照れてしまう。こんなに何度も騎士団長の柔らかな表情を見れたのは初めてかもしれない。

嬉しくて、曲が終わりに向かうと同時に騎士団長の腕

を軸に一回転させてもらう。自分の深紅の長髪が流れてる視界に入る。

わっと歓声が拍手が響けばとうとう最後だ。騎士団長の鍛え抜かれた太い腕で支えられた後は、距離を取って互いに礼をした。拍手を受けると同時に観客にも礼をして、騎士団長と一緒にフロアの奥へと一度下がる。私達が退場した後も鳴り止まない拍手を背中で聴きながら、端までエスコートしてくれた騎士団長から手を離した。


「あの、騎士団長。……さっきの話なのですけれど。」


それでは、と頭を下げて観客側へ戻ろうとする騎士団長を引き止める。

なんでしょうか、といつもの表情になる騎士団長に私は改めて確認を取ってみる。すぐに戻らなきゃとは思ったけれど、せっかくならばちゃんと騎士団長にも出来る限りの誠意で返したい。


「もし、母上達の許可が降りればー……」

さっき、騎士団長が私に言ってくれたお願い。それに関して私からも騎士団長から一つの許可が欲しかった。

手短に説明してから「許して頂けますか?」と尋ねてみる。騎士団長は両眉を上げ、再び間を狭めてから重々しそうに声を潜めた。


「…………わかりました。私から願ったことです。もし、陛下から御許しが頂ければそのように致しましょう。私も責任もって対応させて頂きます。……感謝致します。」

深々と腰を折って頭を下げてくれる騎士団長に、私の方が少し慌ててしまう。

そんなっ、と両手のひらを上げながら頭を上げてくださいとお願いする。せっかく他ならない騎士団長が願ってくれたことに全身全霊で応えるのは当然だ。

背後から拍手の代わりに前奏が流れてくる。もう戻らないとと、私は騎士団長に挨拶をしてまた急いでダンスフロアに向かった。


「楽しみにしています!」


最後にそう、伝えて。

戻ったらステイルやジルベール宰相にも急いで相談して母上への許可に協力してもらおう。そう考えながら、早足でフロアの中央に立つ。……まだ、パートナーは上がってこない。それもその筈だ、だって



「ここで、次のパートナーはこの場で初めてお呼びさせて頂きます。」


第一王女を待たせて相手が来ないと、俄かに来賓の間でざわつき、号令の代わりに放たれたその言葉にほっと落ち着いた。なんだそういうことかと納得して、そこから間もなく今度は一体誰だと呟き合う声が聞こえる。最後の一人を前に、もう一人の残されたダンスの相手は誰なのかと論じ合う。

次のダンスパートナーはまだ本人にも知らせていないのだから来ないのも当然だ。多分驚かれるのだろうなと今から覚悟しながら、私は姿勢を正す。

そして前奏に背中を押される中、さっきまでダンス相手を紹介していた布告役が響く声で彼を呼ぶ。




「近衛兵、ジャック・ダグラス。」


29-1

〝私が救ったのは貴方一人では〟

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