そして叶う。
「貴方の片想いを応援したくなっちゃっただけ。」
ボンッッ‼︎と、セドリックの顔が発火した。
あまりに眼前で爆発的に赤くなるセドリックに声を上げそうになる。唇を無理矢理結んで何とか堪える私に対し、セドリックは焦点も朧げだ。こんなところで大打撃与えちゃいけなかった‼︎
ふらりと反射だけでダンスするようなセドリックに、私の方から気づかれないようにリードする。少し身体を捻らせれば的確にステップを踏んでくれた。
一応来賓にも顔色以外は気付かれていない様子だ。来賓から距離を取った位置で「セドリック!セドリック‼︎」と声を潜めて何度も呼び掛ける。十回以上呼び掛けてから「ティアラも見ているんだからね⁈」と伝家の宝刀で切り込めば、やっと肩を揺らして再起動がかかってくれた。
すまない、と謝りながらもまだ赤い顔とわなわなと揺れる唇に私からも謝罪する。ついさっきまで緊張でガチガチだった人にティアラへの恋心は禁句だった。何とか彼を和ませれないかと思考を巡らせれば、先に今度はセドリックの方から投げ掛けてきた。
「……だが、叶うのは難しいだろう。あの提案が受け入れられれば、ティアラが俺を選ぶ必要はなくなる。」
沈むように声のトーンを落とすセドリックは、表情まで暗くなる。
ティアラにとってはそれが良い事なのだが、と呟く彼はもう失恋したかのような面持ちだった。でも、さっきの様子から察してもきっぱり諦められたというわけでもなさそうだ。未だにティアラへの恋心はだだ漏れだ。
私も未だティアラの気持ちが明確にはわからない。セドリックにはまだ発表前だから、ティアラの王配業引き継ぎが決定したことは言えていない。そしてそれが決まったからといって、セドリックのティアラへの想いが叶うとは限らない。
第二王子である上に国際郵便機関の統括役になる彼なら候補者にはなれるだろうけれど、ティアラの意思が伴わなければ難しい。しかも、前回も怒らせて別れちゃったようだし、セドリックに至っては石像化するほどのショックな出来事でもあったらしい。ティアラの意思関係なくセドリックと付き合ってあげてなんて言えないけれど、少しでも二人が上手く噛み合えたらなと願ってしまう。
「…………私は、ティアラには幸せになって欲しいわ。あの子の幸せを本気で願ってくれるような人と一緒になって欲しい。」
「それだけならばどの婚約者候補にも負けはしない。」
突然勢いの良い即答が返ってきた。
くわり、と開かれた目が燃え滾っていて少しだけ闘争心も見えた。あまりにも真っ直ぐな想いと発言に思わず笑ってしまう。ティアラに自分が相応しいか否かよりも、自分の想いが本物であることだけは譲りたくないのだろう。
「もしも、もしもよ?……貴方の想いが叶ったら、ティアラを幸せにしてくれる?」
「俺のできる限りの全てでそうなるように尽くしてみせる。」
もしも、と二度念押しした成果か、今度は赤面もしなかった。
それよりも強い意思と覇気が溢れかえってきて、やっぱりまだ諦め切れてもいないんだなと思う。フロアを蹴るステップにも力が入って、くるりと私を翻して背を反らせれば魅せるように支えてくれた。おおぉおっ……!や女性の黄色い悲鳴にも似た歓声と拍手を受けてから余裕をもって、彼に再び起こしてもらう。
彼の真っ直ぐな恋心が可愛くて、声を潜めながら問いを繰り返す。全てを躊躇いなく言える彼の目は、アネモネを語るレオンにもよく似ていた。相変わらず熱烈過ぎる言葉で私まで照れちゃうけれど、それ以上に素敵だなと思った。
「どれくらい幸せにしてくれる?」
「無限にだ。……彼女がこれ以上ないと、何度でもそう思える人生を歩んで欲しい。」
「好きなのね。」
「ああ、この上なく愛している。」
「世界一幸せにしたいくらい?」
「……………………………………………………。」
最後の問いに突然、彼は口を閉ざす。
さっきまでは自信満々に返していたのに、一体どうしたのだろう。時間差で恥ずかしくなってしまったのか、それとも逆に敵わないと落ち込ませてしまったのか。眉を寄せて俯き気味になってしまった彼の顔をわたしから首の角度を変えて覗き込めば、その顔色は赤くも暗くもなかった。
セドリック?と呼び掛ければ、彼は眉を寄せたまま険しい表情で私を見返す。また余計なことを言ってしまったかしらと、謝るべきか考えながら彼の返事を待つ。すると、優雅に音楽に身体を流しながら彼が重々しく私に口を開いた。
「ティアラが幸せだと俺はその倍は幸せなんだが。その場合はどうすれば良い……?」
〜〜〜〜っっ‼︎こ、の、子は‼︎‼︎
もう、もう、もう‼︎と、セドリックの不意打ちど直球の惚気に今度は私の顔が熱くなる。
そういう台詞をどうしてサラッと私に言っちゃうのか!いや暴投になるような球を与えたのは私の方だけど‼︎
いまの沈黙の間にそんなことを真剣に考えていたのかと恥ずかしくなる。前回ティアラを顔真っ赤まで怒らせたのはこれが原因じゃないかと本気で思う。
確かにティアラが幸せになるのに比例して彼が二倍幸せになったらどう足掻いても世界一幸せになるのはセドリックだけど‼︎ティアラは二番目だけれども‼︎そんなお悩み相談をされるとは思ってもみなかった。
どうすれば良いも何も、前世の世界でそんなこと言ったら確実に百人中九十五人には爆発しろと言われる案件だ。
でも、セドリックの表情は未だに真剣だった。むしろ答えが見つからないのが本気で困ったのか、険しかった表情が捨てられた子犬の眼差しになっていく。幻聴で仔犬の鳴き声まで聞こえる前に私は顔の火照りを隠すのを諦め彼へ言葉を返す。
「〜っ……二番目でも……良いと、思います……。幸せなら、充分に……。」
変なこと言ってごめんなさい……、と私の方が謝る。
もう自分で言っても恥ずかしくて、顔が発熱したみたいに熱い。ダンス中でなかったら口を覆って彼から顔ごと逸らしていた案件だ。
目の行き場に困って、彼に少しでも焦点が合いそうになると顔より真っ赤な瞳が焔のように視界に入る。彼には恋愛ごと関連だけは投げ掛けを気をつけなければ。
そう心に決めていると、セドリックは「そうか?」と小首を傾げた後に頷いてくれた。てっきり「だが、それでは俺ばかりが……」とか詰め寄ってくるかと思ったけれど、わりとすんなりと受け入れてくれた。……「お前が言うならばそうなのだろう」と確信めいた言葉で断言されてしまい、これはこれでちょっぴり複雑になるけれど。よりによって私なんかの言葉を鵜呑みにして良いのだろうか。
なんとか納得してくれたことに安堵して目を合わせれば、真っ直ぐと燃える眼差しで見つめ返されてそれだけでもう恥ずかしい。〝恋の炎〟みたいな恥ずかしいネーミングをつけたくなるくらいに直視できなくなる。
気付かないセドリックが「体調でも悪いのか?」と心配してくれて、首を振った後、赤いであろう顔色を誤魔化す為にレオンの時のように彼の肩に顔を埋めて隠す。私を気遣うようにセドリックをゆっくりと速度を落としながら足取りを合わせてくれた。本気で病人扱いされたようで良心が痛む。このままだと医者を呼ばれ兼ねない。何か言葉を、と思えばやっぱり彼に言いたい言葉は一つだった。
「…………ありがとう、セドリック。ティアラへの提案についてもそうだけれど、奪還戦のこと。貴方にも本当に頭が上がらないわ。」
その言葉に、彼の肩がピクリと揺れる。
すぐに返答は来ず、二人で二回転ほどフロアで舞ってから彼は静かに言葉を返してくれた。
「……俺は何もしていない。礼ならばティアラに言ってくれ。……アイツは、お前の為にそれほどのことをした。」
セドリックのその言葉に思わず息を飲む。
額を当てて、背筋だけを伸ばしながら私は小さく頷いた。
……うん、それはわかってる。
ティアラが私の為に予知能力をずっと隠してくれていたことも、自分が二度と国へ帰ってこれなくなる覚悟でそれを人前に晒してくれたことも、全部。
母上達やティアラ本人も私が正気に戻れたのは、アダムがちょうどあの時に死んだからだと思っているけれど、実際は違う。あの時の感覚は間違いなくティアラが救ってくれたものだった。
ティアラの“攻略者”としての能力が私を強制的に救い出してくれた。それは誰よりも私がわかっている。……だけど。
「セドリック。貴方が助けてくれたことにも変わりはないわ。」
彼にとってはただただ純粋にティアラの為だけだったのかもしれない。ティアラの意思を尊重して、その為に危険も恐れず立ち向かってくれた。
彼女が望むから危険人物だった私をも助けようとしてくれた。そうだとすれば、確かに彼は私を救った覚えなんて微塵もないだろう。でも、だからって私が感謝しない理由にもならない。
「貴方がティアラに手を差し伸べてくれなかったら、こんな結末は不可能だったもの。」
ゆるりと、彼の足運びがまた緩やかになる。
タン、タンと単調になりながら、足だけは止めない彼から返事はなかった。またあの時のことを思い出してくれているのだろうか。
火照りのせいで顔をあげられない私は彼の表情を確認できない。だた、さっきよりも動きが更に緩やかになった足取りがそのまま私への返事のように思えた。彼の記憶の扉へ呼びかけるように私は自ら言葉を重ねる。
「私にあんな酷い扱いを受けたのに、こうして普通に接してくれる……それだけでも頭が上がらないわ。……それに、貴方は言ってくれたでしょう?塔の上で、私に。」
軽く記憶の扉を叩くだけで充分だ。それだけで彼は一秒も逃さずに当時のことを思い返してしまえるのだから。
彼に犯したことだって全て私は覚えている。目を覚まさなかった私を心配してくれた彼やお兄様達に酷い対応をして、更には無実の罪で彼の国をも人質にとるような真似をした。
正気じゃなかったんです、で済まされることじゃない。彼の大事なお兄様と国まで巻き込んだのだから。本当なら軽蔑されてもおかしくないことだ。なのにランス国王やヨアン国王だけでなく彼まで私に普通に接してくれた。
それだけでも信じられないことなのに、彼は奪還戦でティアラに危害を及ぼそうとする私に指一本出さなかった。ティアラにとっても大切な国であるフリージア王国をラジヤに襲わせた私を、倒そうとするどころか
『あり得ない‼︎お前を手にかけるなど天地がひっくり返ろうともあるものか‼︎』
そう言い切ってくれた。
あんな優しい言葉をかけて貰えるなんて、正気に戻った今でも信じられない。それくらいに私の言動は王族として醜悪なものだったというのに。ティアラへの愛情だけであそこまで言い切ることはできない。こんな風にダンスを踊ってくれることなんてあり得ない。
そう思いながら記憶を辿る私に、彼はやはり無言だった。今から鮮明に思い出して怒りが込み上げてしまったのだろうか、それともあの時の辛い気持ちを思い出させてしまったのか。どちらの感情もきっと正しい。ただ、公衆でのダンスだからと彼に耐えさせてしまったのならばまた悪いことをしてしまった。
「ごめんなさい、だけどありがとう。貴方がティアラの望みを聞き届けてくれたから、力になってくれたから私はここにいられるの。貴方たった一人でもあの子の力になってくれてありがとう。優しい言葉を、……許してくれて、ありがとう。」
自分で言っていて、だんだんと潜めた声が更に小さくなるのがわかる。
流れる音楽にかき消されないようにと僅かに喉を張りながら、語らない彼に感謝を重ね続ける。ティアラの為に私への怒りを耐えているだけ、本当は未だに私の行為に許せていないことはたくさんある、ティアラの為に、大恩あるフリージア王国の為に、国際郵便機関とハナズオ連合王国の為に全てを飲み込んで許したふりをしているだけだとも考えられる。だけど……今、目の前にいるセドリックは絶対にそんな風に思っていないと心から思えた。
心優しい彼が、最後には本当に私のことも案じて、本気で助けたいと思ってくれた。正気に戻った直後の、あの優しい目を見たときからわかっている。ティアラが見せてくれた予知の、……彼女の背中で苦しそうに泣いてくれていた姿を見たときから知っている。
本当はありがとうなんて言葉じゃ言い切れないし、伝えきれないほどに感謝している。ただ、今の彼に言いたい言葉で一番に思いついたものはそれだった。
彼の肩が微弱に震える。足取りは優雅なのに私と組む手も腰に回した手も不規則に震えていて、耳の傍で彼が喉を鳴らす音がはっきり聞こえた。私の耳まで振動したと思えば、短い息を引く音の直後に少ししゃがれた声が彼からとうとう放たれた。
「…………叶えられたのか、俺は。……お前や、ティアラの願いを。」
淡々と一本調子で何処か感情の乗ってない低い声だった。
言葉と同時にダンスを思い出したかのように彼が再び私と一緒に弧を描く。くるりと密着したまま大きく私を回転させてくれれば、髪を勢いよく風圧に流されて彼の肩越しにチラリと深紅の毛先が見えた。
私やティアラの願い……?と少しだけ言い方を疑問を抱く。一体どういう意味だろうか、私がしたように何かの例えのつもりかなと考える。
少し沈黙して言葉の意味を熟考しようかとしたけれど、絞りだしてくれたような彼の言葉に、今はすぐ答えなければと思う。そのままの意味で良い、彼の想いに応えられるならば。
「ええ、勿論よ。私の元まで行きたいと……私を助けたいとティアラは願ってくれたのでしょう?」
一音だけ、返事が返ってくる。
低めて震えたその声には躊躇いがなかった。
「それに、今の私があの時の貴方に願うことはきっと二つの内どちらかだけだから。」
彼の背中に回した手を動かし、そっと手のひらだけで彼を撫でる。
二つ……?と聞き返す彼に一度頷いた後に私は間違いない答えを返す。ティアラと行動を共にしてくれていた彼が、ティアラの力になりたいと……私を助けようとしてくれて奔走してくれた彼にもし、正気の私が何かお願いできたとすればそれはきっと。
「〝ティアラを止めて〟か〝ティアラを守って〟。貴方は間違いなく後者を聞き届けてくれたわ。」
逆に前者はきっと泣いて頼んでも叶えてくれなかったのだろうなと、そう思うと一人笑ってしまう。
彼はいつだって、誰かの為に動くと決めた時は決して止まらないから。そして今は、その強い意思も頑なさもとても素敵だと思う。
だからね、と。足を止めそうな彼に言葉を紡ぐ。顔の火照りも治って、彼の体温の方が今は熱い。ゆっくり顔を上げて、彼の顔を見上げる。天井の照明に照らされて黄金の髪が眩しく反射した。
「叶えてくれてありがとう。」
セドリックの表情は険しいままだった。
赤らんだ顔で眉間だけでなく顔の筋肉全てに力を込めている。それでも眉を寄せられて細められた眼差しで真っ赤な焔が私を照らしてくれた。歯を食い縛っているのか、顎まで震えている。
ふわりと私を運ぶようにターンを描いてくれる。彼の背中越しに来賓の姿が見えるようになる。セドリックの険しい表情か、それとも私がずっと顔を隠していた所為か少し心配そうだったり探るような表情を浮かべた顔がいくつか見えた。
やってしまった、と思いながらも更に言葉を続ける。音楽の終わりを耳で感じながら、彼へ添える手に力を込めた。
「私と、ティアラと……そして私を助けようとしてくれた皆の願いを叶えてくれた貴方はとても凄い人よ。だから胸を」
「ッすまんそこまでにしてくれっ……。」
途中で遮られてしまった。
怒らせてしまっただろうか、顔に力が入ったままのセドリックが閉ざしていた口を開いたと思えば、早口でそれだけを告げてきた。言われた通りに口を閉ざせば、彼は険しい表情のまま私に応えるように腕に力を込めた。
私から顔ごと逸らす彼は、一度だけフロアを踏み鳴らす。響いたと思った瞬間、最後の締め括りにと大きな足取りで来賓の目と鼻の先を過ぎるようにステップを踏んだ。計算し尽くされたかのように端から端まで進み、ちょうど曲が終わる頃にはフロアの中央に戻ってきた。
ダンスに集中するから話すのは後でということだったのだろうか。そう考えていると、私から身体を音もなく離したセドリックが片腕で私をコマのように振るう。彼の誘いに合わせて私は両手を離し、彼から放たれる。くるくると数回転をし、女性らしく両手を広げて停止してみせた。止まった先には視界に収まらない数の来賓が目を輝かせて広がっていた。
ポーズをとったまま息を整えれば、丁度演奏が止まったところだった。一拍の沈黙の直後、割れんばかりの喝采と興奮した様子で紅潮した男女の顔が瞬き一つせず私に向けられていた。流石セドリック、見事な締め括りだ。
彼らに礼をするタイミングで、セドリックもゆっくり私の隣まで歩み寄ってきてくれた。二人で合わせて来賓に礼をしながら、彼が潜めた声を私へ放つ。
「……胸を、張る。お前にそこまで言って貰えて張れぬわけがない。」
独り言のような声だったけれど、はっきりと耳に届いた。
私の言いたかった言葉も言い直さなくてもちゃんと伝わっていたことに、来賓へ笑顔を返しながらほっと息を吐いた。鳴り止まない拍手の中、一度奥へ戻るべく再びセドリックへ手を伸ばす。すぐに掬うように取ってくれた感覚にゆっくりと来賓から彼へ顔を向ければ取られた手が思ったより高い位置まで持ち上げられた。両手で万歳でもするつもりかしらと思えば
「他ならぬお前の言葉は俺の福音だ。」
……手の甲へ、彼の口付けが贈られた。
拍手が一瞬で止まり、代わりに黄色い悲鳴や盛り上がりのある野太い声が上がった。
おぉおお……‼︎と驚くような声の後、再び音量の増した拍手が上がる。
一年前と違い、今度は緩やかに唇を離されたそれは敬愛の〝証〟だ。上級層では単なる挨拶でもあるけれど、フリージア王国の来賓の前で、更にはダンスの直後に行われればそれは私への賞賛の意味も含まれる。
王弟である彼は、今はその口付けの意味も、自分の身分でそれを行うことの大きさもわかった上で残してくれた。顔を上げた彼の力強い微笑みは、妙実にそれを物語っていた。
私からも感謝を示すように笑顔で返せば、拍手は更に疲れを知らずに大きくなった。再び二人で礼をして、今度こそフロアの裾へと一緒に戻る。
奥に控え、来賓の目が届かない柱の影まで優雅な足取りで歩いた彼はそこでピタリと不自然に立ち止まった。おもむろに手を離してきた彼に振り返って見れば、両手で顔を覆って固まっていた。
前髪ごと搔き上げるようにして覆う彼は顔が全く見えない。セドリック?と呼び掛ければ手の隙間からくぐもった声だけが返ってきた。
「すまない、大丈夫だ。…………構わず、行ってくれ。」
ここで良い、と。観覧場所に戻らず立ち止まるセドリックは耳が赤い。
また恥ずかしい記憶でも思い出してしまったのだろうかと首を傾げれば、……肩がまた震え出しているのに気が付いた。
顔をぴっちり覆った指の隙間が光に反射したように見えて、これ以上は気が付いちゃいけないと思った。わかったわ、と言葉を返して後ろ足で一歩引く。
何か言おうと、触れようかと思ったけれど、どれも今の私がやってしまうと、その意図がセドリックに気付かれそうで。一人彼を残して平気かと下がりながら考えていると、来賓の観覧場所にいた筈だった彼の兄二人がこちらに歩み寄ってきていた。
あ、と口だけを開けて二人を見れば既にわかっていたかのようにセドリックと私を見比べて、手で「どうぞ行って下さい」と示してくれた。眉を垂らしながら温かく笑ってくれる二人に私は頷き、セドリックへ「行ってくるわ」とだけ声を掛けてから再びフロアに戻った。
眩しい照明の下に着いたところで振り返れば、セドリックがいた所に国王二人が彼を挟むように立っていた。きっと二人が話を聞いてくれているのだろう。
……泣くの、人前で我慢できるようになったのね。
その成長が、今は涙腺に響くほど嬉しい。
何故急にセドリックが泣きたくなったのかはわからない。ただ、……本当にそれだけ私達のことを想ってくれたのだなとわかった。
そう思うと私まで泣きそうになって、まだ人前に出るのに泣くわけにはいかないと何度も口の中を飲み込んで誤魔化した。
前奏前に今度はフロアに戻れた私は、姿勢を正して次の相手を待った。
前奏が始まってから落ち着いた足取りでその人が現れる。四人目の相手を私は王女らしく整えた笑顔で迎えて見せた。
「フリージア王国騎士団長、ロデリック・ベレスフォード。」
布告役の紹介する声だけで、また緊張がぶり返しそうなのを今度はガチリと口の中を噛んで誤魔化した。
462