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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会

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643.怨恨王女は曲へ流される。


「お待たせてしてごめんなさいレオンっ」


その手を取りながら、私は声を潜めて彼に謝る。

ステイルと少し長話をしすぎてしまった。本当ならすぐに並んで前奏を待つ筈だったのにもうギリギリだった。紹介と同時の拍手に包まれながら私とレオンは手を互いへ添える。本当にごめんなさいと小声でもう一度謝ると、レオンからふふっと笑いが返された。


「大丈夫だよ、まだ始まっていないから。プライドの為なら何年だって待てるよ。」

そう言いながらおかしそうに頬を緩ませたレオンが、私の背中に回した腕の位置を静かに変えた。合わせるように私もレオンへの手の位置を背中から少し下に下ろせばそのまま曲に揺れた。

前回みたいな優雅なステップかと思えば、今回は緩やかな動きだ。お互いの頬が近い。振り付け、というよりも本当に音楽の川に揺らせているだけのような感覚でお互い密着したまま大きな動きのないそれはまるでただ抱き合っているだけかのようだった。

来賓から女性の溜め息が漏れるのが聞こえて、動きやステップが少ない分観客がじっくりとレオンの姿や顔が確認できるからだろうなと思う。でも少しだけ不思議だ。こういうダンスって御披露目というよりも、全くの初心者とダンスを楽しむ時とか恋人同士がムードを楽しむ時のものなのに。レオンのことだから振り付けを忘れたとかじゃないとは思うし、まさか身体をあまり動かせないくらいまだ痛むところとかあるのだろうかと心配になる。


「......レオン、身体どうかしたの?」

「ううん。もう元気だよ?......こういうのプライドも知ってるかなと思って。」

勿論知っているけれど......と言葉を溢せば「良かった」と何やら嬉しそうな声が返ってきた。

ステップを踏む時と違って片手を組み合ったまま抱き締められて、身体を互いに揺らす。細くても私よりずっと広い背中のレオンに抱き締められると包まれるような感覚がして少しドキドキしてしまう。しかも私に返事を返してくれる時だけ交差した顔を少しあげて覗いてくるから心臓に悪い。

滑らかに笑みながらその瞳が妖艶に光って、ぞくりと一瞬肩が震えた。直後に顔まで熱くなってしまえばレオンがまた小さく笑いながら自分の肩で私の顔を隠すようにしてそっとくっつけさせてくれた。余計にレオンに密着してしまえば男性用の香水の香りが鼻を擽った。レオンにぴったりの少し甘い香りだ。


「それとも......僕とこういうのは嫌かい?」

レオンにしては試すような低い声色で耳元に囁かれる。

頭の芯まで響く声にまで妖艶さが帯びていて、絶対またあの目をしていると見なくても確信する。ひゅっと喉から変な音まで出てしまい肩を上下した後に私からも必死に舌を回して言葉を返す。


「嫌じゃない......です。......レオンこそつまらなくない?」

色気直撃で心臓には悪いけれど、それ以外は問題ない。観覧者もこれはこれで楽しんでくれているみたいだし、女性達だけでなく男性の来賓まで顔が真っ赤だ。皆、レオンの色気にあてられてしまったのだろうかと思う。

もしかしてレオンも前回と違うテイストで来賓を楽しませようとしてくれたのかなと思えば、流石だなと感心してしまう。私の問いかけにレオンが「ええ?」と信じられないと言わんばかりに小さく声を上げた。


「つまらないわけがないじゃないか。プライドとこうして踊れるなんて夢のようだよ。」

さらりとまた王子様この上ない言葉を返してくれる。

ありがとう、とお礼を言いながら......きっと彼にも一度はそれを諦めさせたのだろうなと思う。

アネモネ王国に早々とレオンが避難してくれていて本当に良かった。彼のことまで傷つけていたらと思うとそれだけで罪悪感に胸が刺される。同時に、......いっそ奪還戦より前にそこで傷つけておけば、戦場にも現れず彼があんな酷い傷や私から抉るような言葉までは掛けられなかったかもしれないとも思ってしまう。あそこで助けが来なければ、本当に私はレオンを殺すつもりだったのだから。

今でも、あの時のことを思い出すと指先まで冷たくなる。本当にあのままレオンを手にかけていたら本当に私は死を望み続けて一生立ち上がることもできなかった。

そう思えば今こうして腕の中にいるレオンの温もりが嬉しくて、縋るように私から腕の力を強める。目を閉じて、彼の心臓の音に耳を澄ませてみれば胸板に直接耳を当てたわけでもないのに鼓動の音がはっきり聞こえた。

良かった、生きていると。……そう思ったら当然のことなのにすごく安心した。


「っプラ......イド......?」

小さく上擦ったようにも聞こえるレオンの声が頭上から降ってくる。

その声で目を薄く開ければ、今はダンス中だったのだと気づく。揺れるだけのステップだったせいか、思考が大分深くまで潜ってしまった。一度深呼吸を済ませてから、もう赤みも引いた顔をレオンの肩から離す。

うたた寝でもしていると思われたのかなと、そのままゆっくりレオンへ顔を上げてみる。私の顔が熱すぎたのか、今度はレオンの方が顔を火照らしていた。こんな照明の強いところで暑さの御裾分けしてしまったのは悪かったかもしれない。翡翠色の目を丸くして見つめているレオンを私は真っ直ぐ見返す。


「生きててくれてありがとう、レオン。……貴方とまたこうしてダンスができて嬉しい。」


心から、そのままの言葉を彼へと渡す。

飾り気もない言葉だけれど、それで十分にレオンなら受け取ってくれると思った。伝えてすぐ無意識に口の中を飲み込めば、その間にも丸くなったレオンの目がさらに見開かれた。大きな目が落ちてしまいそうなほど限界まで開かれて、どうしたのだろうと心配になる。音楽の調べに揺れる足取りまで止まりそうだった。やっぱり無理をしているんじゃないかと私から揺れる足を止め



タンッ、と。



「……ははっ。こういうのが気持ちが浮き立つっていうのかな。」

突然の軽やかなステップが響く。レオンにリードされるままに私は前のめりに踏み出した。

密着した状態から普通のダンスの形態までお互いの身体が隙間を作る。代わりに手を引かれるようにレオンに誘われるまま身体か軽快に踊り出す。前回とも少し違う、さらに跳ねるようなダンスだ。レオンの手並みが凄まじく、まるで手を引かれて走るかのように的確にリードされる。速度こそ速いのに目を瞑っても踊れるんじゃないかと思うほどレオンが上手い。気づけばさっきまでのんびり揺れていたのが嘘みたいにくるりくるりと彼の腕を軸にして回された。

突然テンポが変わったことに、来賓がどよめき次の瞬間には歓声をあげた。おぉ!!と声が響き、レオンに招かれるままステップでフロア中を水の中のように優雅に泳ぎ回る私達に盛り上がりのある拍手が送られる。突然私達の動きや来賓の盛り上がりが変わったことに合わせてか、演奏家達が曲調までテンポを上げてくれた。


「もう人形だった頃には戻れない。……人間でいることが楽しすぎるよ。」

はははっ、とレオンが声に出して笑った。

目の前でこんな子どもみたいな笑顔を受けるとは思わなくて、自分の目が丸くなっていくのがわかる。“人形”なんて。レオンの中性的に整った顔でそんなことを言われると本当に魔法で人間になった物語の主人公みたいだと思ってしまう。まるで自虐にも聞こえてしまいそうなその台詞が、レオンの口からこの上なく楽しそうに紡がれる。翡翠色の目が宝石みたいにきらきら瞬いていて、生きていると歌っているかのようだった。


「身が張り裂けそうなほど辛くて苦しくて悲しくて、……その痛みがあったお陰で今は君とのダンスがこんなにも幸せで愛しくてたまらない。プライド、君は僕を幸福で殺す気かい?」

えっ⁈いえ...‼︎と笑いながら言うレオンの衝撃発言に私は思わず慌てる。

声は抑えてくれてはいるけれど、王子暗殺容疑なんて冗談でも笑えない。もう二度とレオンをあんな目に合わせたくはないのに。

慌てる私にレオンが笑う。ステップが更に軽快になりながら、今度は私を魅せるように腕の中を潜らせた。振り返りざまに顔を見れば、眩しいくらいの笑顔がそこにあった。ダンスへの興奮が隠せないように頬が桃色に染まっていて、彼が再び伸ばしてくれる手を掴み、お互いに引き寄せ合う。

音楽が終わりに向かって流れを鎮み出し、彼もダンスを終幕に向けて動きを緩めるべく、近付いた途端私の腰に腕を添えて受け止めてくれた。


「あげないよ?僕の命はアネモネのものなんだから。」

フフッ、と鼻が触れそうなほど近付けて私を覗く。妖しく笑うレオンの瞳が妖艶に輝く。至近距離から色香が放たれて、また心臓が身体に悪く高鳴る。今の彼をその美しさ以外で人形と揶揄する人なんて何処にもいないだろう。

息を止めて唇を結べば、近くで観覧していた女性が何人かふらついた。いっそ私も倒れたい。

だけど、……そう言って笑ってくれたレオンはとても幸せそうで。


「…………そうね。」

私も答える。

音楽が締め括りへと速度を落とすのに合わせて、私もゆっくり彼の首へと腕を回す。彼の顔がまた近付いて、ダンスで息を切らしたのか近付けば近付くほど彼の顔が赤みを帯びていく。息が切れた時に首に荷重は辛かったかしらと思いながら、もう少しだけ耐えてもらう。今は彼の素敵なダンスに相応しい締め括りを。

重心をそっと背後に反らし、フロアに靴を滑らせ身を仰け反らす。私の意図を理解してレオンが両腕で逸らした背中から腰をがっしりと支えてくれた。



「そんな貴方に愛して貰えた日々は、私にとって一生の宝物よ。」



挑戦的に胸を張ってくれた彼に倣い、私からも胸を張る。

こんなに素敵な次期国王が私を愛してくれた。私なんかの盟友になってくれた。そして命をかけてアネモネ王国の民でもない私を助けに来てくれた。

こんなに素敵な人が私にそれだけの価値を持ってくれたことが誇らしい。

私の言葉と重なるように、音楽が最後の大波でぷつりと切れる。響かせるような余韻を残しながら、仰け反る私を両腕で受け止めるレオンの姿はちゃんと狙い通りに見栄えたらしい。

音楽が止まった途端に割れるような拍手が鳴った。貴族にしては珍しい黄色い悲鳴も耐え切れずに響いたから、格好はついたらしいと安堵する。

レオンがそっと支えた私を起こしてくれて、私からも背中に力を込めて起き上がる。自分の足で立ってレオンと顔を合わせれば、白い肌が茹でたように真っ赤だった。

滑らかな笑みで返してくれたけど、……若干目がぼやけている気がする。息が苦しかっただけでなく、突然私が最後の最後にリードして締め括っちゃったから大分焦らせたみたいだ。大丈夫?と観客の喝采に紛れて伺うと口だけが「うん……」と動かされた。……なんか、放心している。

観客に二人で挨拶を終えた後は退場までエスコートしてくれて、滑らかな笑みも綺麗な姿勢も崩さないままだった。けれど最後に立ち止まり、手を離すという時にも視線を私の手に注ぐレオンは心ここに在らずの様子だった。

流石に二度も遅れるのはまずいので、私から慎重に彼の手を自分から引き剥がす。すんなりと離してくれたレオンの手を両手で最後に握り締める。


「ありがとうレオン。また次に踊れる時を楽しみにしてるわね。」


そう言った途端、レオンが真っ赤な顔を目が覚めたように勢いよく上げてくれた。

何か言おうと唇を僅かに開いたけれど、もう行かないといけないから「いってくるわ!」と伝え、笑い掛ける。

踵を返して早足にフロアへ戻る。次は何とか相手より先にフロアの中央に立てた。

私が戻った途端、前奏がゆるやかに音量を上げながら始まって、それに誘われるように一人の男性がフロアに上がった。目を向けて笑い掛ければ、既に彼の顔は緊張で真っ赤だ。

一歩一歩慎重に歩いてくる彼は、私から二歩手前の位置で胸に手を当てて礼をしてくれる。私からもドレスを指先で持ち上げ礼を返せば、拍手を割るように彼の紹介が声高に放たれた。



「ハナズオ連合王国王弟、セドリック・シルバ・ローウェル殿下。」


411.465

〝また〟

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