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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
冷酷王女とヤメルヒト
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54.冷酷王女は目撃する。


「…ここが城下…。」


私は首だけを動かして辺りを見回した。今までも馬車の中から眺めたことはあったけれど、直接見るのは初めてだった。建物の上だからか風が吹き、私の真紅の団服を揺らした。

「…の、裏通りです。建物の上なので、ここから見下ろせば幾分か安全且つ確実だと思いまして。…もっと身を屈めて下さい。」

ステイルがそう言いながら私の手を引く。私の格好が目立つから余計にだろう。ステイルの真っ黒な団服と見比べて、改めて派手だと実感する。そのままステイルに言われた通り身体を屈め、口元を隠す布で顔もしっかりと隠した。


あの後、ロッテとマリーに着替えを手伝ってもらい、その間にステイルは誰もいない稽古場へ瞬間移動して着替えを済ますと同時に、練習用の真剣を二本持ってきてくれた。

私達三人は、侍女のロッテとマリーそして衛兵のジャックに、ジルベール宰相を連れ戻す為にこの部屋を抜け出すことを見逃して欲しいと頼んだ。

ステイルの特定の人の場所に瞬間移動できることを隠さないといけなかったから、「理由は言えない」と…正直とても無理のある頼み方になってしまった。

特に衛兵のジャックは最初首を縦には振ってくれなかった。でも、ティアラはちゃんとこの部屋で待つし、ステイルがいるから絶対何があっても時間迄には部屋に戻って来れると三人で頭を下げて頼み込んでなんとか時間限定で部屋を出ることを許してくれた。

「…あの時は無礼を働き、お止めしました。ですから、…今回は目を瞑ります。信じております。ご無事に帰ってきて下さることを。」

最後にそう言って。ジャックは口数少ない人だけれど、本当に優しい人だと思う。

あの時、というのは八歳の時に窓へ飛び出した私を捕らえた時のことだろうか。いや、無礼も何もあれは100%私が悪いのだけれど。

そのままジャックは私の着替えが終わるまで扉の方を向いて、誰も来ないように見張ってくれた。

ロッテとマリーも凄く、もの凄く心配してくれたけれど「プライド様の御言葉ならば信じます」と言って急ぎ私の服を着替えさせてくれた。

身分や正体がバレないようにと、ロッテは口元を隠すように助言と布まで用意してくれた。

三人共、もし父上に気づかれたり大ごとになってしまったら、酷い罰を受けるかもしれないのに。それを、私よりも本人達がよくわかっている筈なのに。

本当に感謝してもしたりない。ジルベール宰相のことが終息したら、三人には何か御礼をしないと。

最後、ステイルも準備を終えて出発するその直前。私はロッテ達三人とティアラに、もし帰ってくる前に気づかれてしまったら私が我儘を言って脅してきたと口裏を合わせて言い張るように約束して貰った。


私達もまた、必ずすぐに戻る事を固く約束して。


「…見えますか?プライド。」

声を潜めて物陰からそっと指すステイルの指の先を見下ろす。ジルベール宰相だ。周りには明らかに違法な匂いのする男達がずらりと並んでいる。私がステイルの言葉に頷くと「最初に瞬間移動した時はジルベール一人だったのですが…」と呟いた。つまり、この数分の間に集まってきたということだ。この人数の前では説得もできそうにない。


「で?そのお目当ての特殊能力者を見つけ出してくれば褒美はいくらでもってことか。」

男の一人が笑いながら声を上げた。上半身筋肉剥き出しのマッチョだ。他にも似たような風貌の男が多い。ゴロツキ…といったところだろうか。

ジルベール宰相はローブのようなもので頭からすっぽり姿を隠し、私達と同じように口元も布で覆っている。ローブの隙間から薄水色の髪が少し垂れていた。

「ええ、私の払えるものであれば何でも。」

ローブの男が返事をする。やっぱり、この声はどう聞いてもジルベール宰相だ。

他の男が、金はあるのかと尋ねるとジルベール宰相は手の平大以上の小袋を取り出した。中を開き、男達に中身を見せる。誰もが「おおおぉぉお」と声を上げている。たぶんあれだけの量ならば、一生生きていくだけには困らないだろう。

「この男の払いだけは毎回確実だ、俺が保証するぜ。何せ、城のお偉いさんだ。」

また別の男が笑いながら言う。今度は両腕に刺青をした男だ。前世で言えば違法なカジノとかにいそうな風貌だ。葉巻をふかしながら「だが、今回はやけに大金だな」と付け足した。

「こちらは私の望む特殊能力者を最初に連れてきた者に。褒賞はまた別に要求して下さっても構いません。」

そう言いながらジルベール宰相はまた服の中に小袋をしまった。

「方法手段はお任せします。人身売買の情報でも、その情報が確かでさえあれば今の代金はお支払い致しましょう。」

…なるほど。つまり町のゴロツキに探させようということか。確かに手段としては悪くない。こういう裏ルートに詳しい人達の方が噂や情報に詳しいかもしれないし、色々な手段も持っている。ただ、手段方法を選ばないとか人身売買とか凄く物騒な言葉が気になるけれど。


……でも。


ぐっ、と私は拳に力を込める。

男達はそれで、とジルベール宰相に特殊能力者の詳細を詰め寄った。


「病を癒す特殊能力者。…その者を見つけてきた者に望むだけの褒賞を」

と、ジルベール宰相が言えたのはそこまでだった。

その瞬間、どっと笑いが起きたからだ。

ぶわっはっはっはっ‼︎ぎゃははははははっ!と。殆どの男達が腹を抱えて大爆笑している。

何がおかしい⁈とジルベール宰相が怒鳴るが、笑いは止まらない。

「病を癒す特殊能力だァ⁈ハハッ‼︎何処の絵本の話だそりゃあ‼︎」

「ここまで勿体振りやがってお偉いさんは妖精がみたいらしい‼︎」

「傷を癒す特殊能力者と間違えちゃいないかお偉いさんよぉ⁈それとも城の偉い人ってんなら噂の我儘姫様のおつかいか⁇」

誰もがまともに話に取り合おうとしない。

ジルベール宰相の手が怒りで震えている。

だが、彼らの反応も当然だ。

傷を癒す特殊能力者はこの国に何人もいる。傷を治す速度は違えど、我が国では珍しくない特殊能力だ。だが、病を癒す特殊能力は違う。過去に確かな文献がある訳でもないし、そういう能力者を題材にした物語や噂は聞くが、誰も本物は見たことがなかった。前世で言えば、超能力者や霊能力者ではなく魔法使いを探してこいと言われたようなものだ。

「探す気すらないのか…⁈」

ジルベール宰相は怒りのあまり、今度はとうとう声まで震わせた。

さっきの入れ墨の男が「まさか今までずっと探していた能力者ってのはそれのことか?」と驚いている。筋肉剥き出しの男達は笑っているが、一部には既にその場を去る者達や、時間を無駄にされたことを怒っている者達もいる。

「ッ探す気がないならば用は無い‼︎他を当たらせてもらう!」

そう言ってジルベール宰相が踵を返し、立ち去ろうとした時だった。


「待てよ」


筋肉剥き出しの男が引き止める。

「折角ここまで俺達を呼び出したんだ。その小袋は置いていけ。」

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてる。入れ墨の男が首をやれやれと横に振ると何も言わずにその場から去っていく。

「ふざけるな、この金は褒賞だ。役立たずに払う金など無い。」

ギリッと歯を鳴らす音が聞こえた。同時にジルベール宰相から凄まじい殺気が溢れ、隠れていた私とステイルの場所まで届いた。

やっちまえ、という言葉が先か筋肉剥き出しの男が拳を振り上げたのが先か。

大柄な男の拳がジルベール宰相に当たる


寸前に、男は宙に一回転することになった。


突き出された拳を身体を横に捻り避け、そのまま男の拳を横から取ったジルベール宰相が勢いのまま男を投げ飛ばしたのだ。ズドンッという重い音と振動が響きわたる。比較的に細身のジルベール宰相がその三倍はある体格の男を投げ飛ばしたことに周囲が唖然としている。

だが、当然だ。ジルベール宰相の特殊能力は年齢操作のみ。王配の側に、そして補佐を許された彼が学問だけでなく身を守る術に長けていない訳がない。彼は特殊能力者という条件以外は、その身の努力だけで宰相まで成り上がった男なのだから。

投げ飛ばした男を一瞥もせず、ジルベール宰相はそのまま去ろうと背中を向けて歩みを進めた。

「こっの…‼︎」

もう一人の男が今度はナイフを出してきた。懐に握りしめ、ジルベール宰相に向かって飛び出した。

だが、やはり振り向き様に手刀でナイフを落とされると今度は男の鳩尾にジルベール宰相の膝がめり込んだ。ぐは、と息を吐き切った男はそのまま気を失い倒れこんだ。


「私は先を急いでおります。逐一歩を止めるのは面倒です。……用があるなら纏めてかかって来いッ…‼︎」


後半の口調からはかなりの凄みが感じられた。

男達が少し竦み、だがすぐに負けじと大声を上げてジルベール宰相にかかっていく。

ジルベール宰相はまるで自身の怒りをそのままぶつけるかのように男達を投げ飛ばし、急所へ的確に膝を埋め、すれ違いざまに男達の首へ手刀を叩き込んでいく。

すごい。たぶんあの男の人達は、二年前に私が倒した崖の奇襲者より強いだろうに。

そして早々と残りあと二人となった時だった。

「このッ…クソがァアア‼︎」

最初にジルベール宰相が投げ飛ばした男が気がついたのか、仰向けに倒れた状態でジルベール宰相の足を掴みとったのだ。

ジルベール宰相がそれに気がついた時には、既に両足を握られてしまっていた。

急ぎトドメを刺そうとジルベール宰相が手刀を男の首へ振り下ろし始めた時だった。

残りの二人が一斉にジルベール宰相へナイフを握り突進してきたのだ。

私達が見ていられたのはそこまでだった。


「ステイル‼︎」


私がステイルの手を強く握ると次の瞬間、返事よりも先に私とステイルは男達の真上に瞬間移動していた。

落下と同時に二人で片方ずつ男の頭を蹴り飛ばし、そのまま体勢を崩して勢いよくジルベール宰相の前で転がった男を一人は私が腕を捻り上げ、もう一人はステイルが剣を喉元に当てて動きを封じた。

「貴方方はっ…‼︎」

既に自分の足の自由を奪った男を気絶させたジルベール宰相が驚いたように声を上げる。

「貴方を探しにきました。何をしていたか…は聞くまでもありませんが。」

ステイルが自分が捕まえていた男の首に一撃与えて気絶させると、そのままの足取りで今度は私の捻り上げていた男を後ろから締めて意識を奪った。

「その格好は…⁈何故、ここがっ…!」

「姉君が予知をし、俺が裏通りを隈無く瞬間移動して探しました。」

服の埃を払いながらジルベールの言葉に息をするように嘘をつくステイル。流石だ。

そのまま眼鏡の位置を直し、ギロリとジルベール宰相を睨みつける。


「姉君が貴方に伝えたいことがあるそうですのでお連れしました。」


その目に、静かな怒りと侮蔑を宿して。


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