521.傲慢王女は嘲笑う。
ドッガァァアアアアァッッ‼︎‼︎
「アッハ。……どうやら始まったようね?」
待ちくたびれちゃったわ、と軽く笑い、覗き穴から外を覗く。
ここからでは、攻撃された場所がどこかは見えないけれど、衛兵がさっきよりも慌しく走り回っているのがよくわかった。突然の敵襲なのだから慌てるのも当然だろう。
アダムや将軍も気になるのか、覗き穴を覗く私の近くで音のする方に目を向けている。私が覗き穴を占領している所為で彼らはこの部屋からは全く外の様子がわからない。鳥を使っての連絡はどうやら上手くいったらしい。正午前に彼らが攻めてきたのがその証拠だ。
突然の敵襲。でも、予知した未来の状況から考えて恐らく以前からステイルとジルベール宰相は騎士団と水面下で連携を取っていたのだろう。まぁあの二人なら私達の網を潜り抜くぐらい軽いだろう。
その為に、手枷だけで済ませたのだから。
本当に止めるつもりなら、母上達より優先的に殺すか地下牢にでも閉じ込めてる。あの二人はそれだけ優秀な人間なのだから。
そんなことを思っていると、将軍が砲撃音だけに満足したように腕を組んで笑い出した。声こそ大して上げないでいるから良いけれど、まるでラジヤ帝国がフリージア王国を圧倒しているのが見えているかのように音のする方向へと視線を向けていた。ハッハッハッと自慢するかのように歯を見せて低く笑っている。軽く振り向いて見せれば、嘲るような下卑た笑みを私に向けて口を動かした。
「まぁ、我が軍を持ってすれば完全侵略も時間の問題。いくらフリージア王国といえど、急襲を受ければ」
「ハァ?何いってるの⁇この程度でフリージア王国をすぐに堕とせる訳ないじゃない。」
馬鹿な妄想を吐く将軍を鼻で笑う。
一体どれほど我が国について無理解なのか。特殊能力者を、騎士団を、我が国を甘く見過ぎている。同盟国じゃない彼らが特殊能力を詳しく知らないのはわかるけれど、それを抜きにしても我が国はたかがラジヤに潰されるような国じゃない。あくまで長期戦。ラジヤ帝国お得意の人海戦術と侵略技術、今回の奇襲とそして最上層部の不在でやっと五分五分に戦えるレベルだ。民や街に被害は出せても、騎士団に勝てるかは別だ。騎士団がこれから民の避難に割く分で帳尻を合わせられれば良い程度だ。
私からの反応に虚を突かれたように目を見開いた将軍は、少し固まった。怒っているというよりも、本気でわからないといった様子だ。自軍と敵軍との力量差をわからない彼が将軍だなんて、流石は他国の人間に皇太子の座を占拠された国なだけはある。
そう思って呆れて笑ってやると、私に釣られるようにアダムが「ハハハハハハッ……」と笑い声を漏らした。見れば、手を叩きながら「仰る通りです!」と目を輝かせて声に色をつけた。
「流石はプライド女王の国!……ですが、御安心を。最後に勝つのは我がラジヤ帝国です。」
ニタァァ…と笑みを広げるアダムの細い目が輝いたまま私に向けられた。勝ちを確信しているアダムに、私からも嘲りで返す。
馬鹿みたい。彼らはどうせゲームと同じようにフリージア王国支配が叶うことなく終わるのに。
「あら?それは楽しみね。フリージア王国を支配してくれないと、私が困るもの。」
できるものならやってみなさいな。
フリージア王国は決して堕ちはしない。
我が国にはまだステイルもジルベール宰相がいる。
王国騎士団もいる。アラン隊長やカラム隊長、エリック副隊長にハリソン副隊長。それにアーサーの父親である騎士団長に副団長もいる。ラジヤの動きを知れば、アネモネ王国も駆け付けてくる筈だ。
私の目的はフリージア王国の破滅と、ゲームのような幸福な結末へと導くこと。その為にはラジヤが帝国が頑張ってくれないと始まらない。最悪の悲劇と不幸があってこそ最高のハッピーエンドが輝くのだから。
国に堕ちろと思いながらも我が国が堕ちるわけがないという確信だけに胸を張る。堕とすと決めながらもその前に回避を企む。違和感を感じてた筈のそれも、いまは身体に馴染んだように何とも思わない。ただただラスボスとしての役目と、エンディングが近付いているという高揚感が爪先まで満たす。
考えるよりも先に剣を抜き、私を恍惚とした笑みで見つめるアダムの首へと刃を突きつけた。
避ける間もなく首に冷たい刃を受けたアダムは、身体を引くことはなく僅かに顎を反らしただけだった。ゴクリと喉を鳴らしながら、嬉々として満面の笑みを私に向ける。引き上がった口端から涎が伝い、顎から滴って刃を濡らした。緊張からかそれとも隠しきれない怒りからか次第に紅潮させていく肌と血走らせた赤細い目が私へと向けられ離れない。
「アダム・ボルネオ・ネペンテス。ちゃんと私の願いを叶えてね?その為だけに貴方を生かしておいてあげているのだから。」
「勿論ですとも。我がプライド女王。貴方の願いは私の願い。……それは誰よりも私が理解しているのですから。」
私の言葉に今度は恐れず返すアダムは、反らしていた顎を私へ向けた。
ぐぐ、と突きつけた刃が薄く肌に入って血が染みたけれど本人は気にしない。ギラギラと細い目から汚い光が漏れて、私へ差していく。目を一度も離さないまま、アダムは舌を伸ばして刃をベロリと舐めた。己が血を舐め取りながら、興奮を露わにする彼はまるで野獣のようだった。
挑発的なその態度に免じて、私からも笑ってあげる。剣を突きつけたままに反対の手で右に流された彼の髪を流れ通りに撫でれば、サラリとした上等な質感が指に残った。そのまま指先で彼の首筋を撫でれば「ァァッ……」と声が漏れた。屈辱に喘ぐ彼に少しの愛しさが熱を灯す。ハハッ……と鼻で笑いながら嘲り笑い、今から彼らに向けて勝ち誇る。
さぁ、始めよう。
幸福な結末までの道行きを。
彼のラジヤ帝国が我がフリージア王国を本当に占拠するのが先か。攻略対象者とティアラが私の元に辿り着くのが先か。
彼の駒と私の敵、どちらが勝とうと構わない。どうせ私が死ねばラジヤ帝国は退散するしアダムも消える。小ボスであるアダムに負ける攻略対象者なんて一人もいない。全てが全て大筋だけは変わらない予定調和だけ。
このゲームはそうなるようにできているのだから。
たとえラジヤ帝国軍がどんな手を使おうとも、アダムが何をしようとも、フリージア王国の民がどうなろうともティアラが誰ルートを選ぼうとも構わない。最後に〝死ぬのは〟この私。そして
最後に笑うのは、我が愛しきフリージア。
……
「ッ騎士団長‼︎」
駆け込み、叫ぶ。
手枷の鎖をジャラジャラ鳴らしながら、ステイルは王居の門前で衛兵しかいない空間へ声を上げた。
衛兵が目を丸くして振り返り「ステイル様」と彼を呼ぶ。しかしステイルは衛兵に構わず更に「緊急事態です‼︎居るならば姿を現して下さい!」と叫んだ。
その途端、先程まで衛兵しかいなかった空間に、多くの騎士達が姿を現した。騎士団の気配に気付いていなかった門兵達は一度は慄いたが、既にジルベールにより説明を受けていた彼らはすぐに黙して応じた。
特殊能力による透明化を解かれた騎士達は誰もがステイルに注視した。先頭に立つ騎士団長であるロデリックが「ステイル様、これは……⁈」とステイルへ問い掛けた。
先程の砲撃音には当然異常事態を理解したロデリック達だが、今は作戦通りにジルベールとステイルからの指示を待ち、控え続けていた。
民の避難が完了次第、ステイルと共に王宮へ潜入する為に。
「やられました……‼︎姉君とラジヤは姿を眩まし、今我が国は襲撃を受けています!」
早口で捲したてるステイルに騎士の誰もが声を漏らす。
何故、どうやって気取られたのか。疑問ばかりがいくつも生まれる中、副団長であるクラークが「こちらの策が漏れたということでしょうか」と尋ねたが、ステイルは首を横に振る。わかりません、と答えながら、改めて騎士団長を見返した。そうしている間にもまた二度目の砲撃音が国門の方向から鳴り響く。
「騎士団長。攻撃を受けている今、水面下の潜入は不用です!今すぐ母上達の奪還と保護をお願い致します‼︎」
ステイルの言葉に一声ではっきりとそれに返すロデリックは、クラークに手で指示を出す。
ロデリックの指示を受け「陛下奪還に向かう‼︎ティペットは発見次第報告しろ!」とクラークは背後の騎士達に声を上げた。更には通信兵へ各陣に迎撃許可の指示と城内にも避難誘導連絡をと命じれば、騎士達も応じ、共に駆け出した。
そしてロデリック達と共に隠密活動に秀でた九番隊を連れ、ステイルは女王であるローザ達の眠らされた部屋へと急いだ。駆けながらステイルはロデリック達に現状を説明する。
「想定通りの国門からラジヤは攻めてきています‼︎まだジルベール宰相からの報告はありませんがっ……‼︎恐らく母上達の居る部屋に通信兵からの報告が届いている筈です!ッ騎士団の方は⁈」
「作戦通りの配置には付いております‼︎彼らならば既に動いていることでしょう‼︎」
御安心を‼︎と強く返すロデリックにステイルは、小さく息を吐く。正午にはまだ時間があったとはいえ、流石は王国騎士団。迎撃準備は万端であったことに安堵した。
通り抜け、擦れ違う衛兵や侍女達に「道を開けろ‼︎今すぐ避難と誘導だ‼︎」と声を荒げながら王宮へと飛び込んだ。すると今度はクラークがステイルの安堵を重ねさせるように「城門前にも三番隊と六番隊が控えておりますから」と続ければ、焦燥が治り、その分駆ける足にも力が入った。
ステイルも足は速いが、やはり騎士達と比べれば到及ばない。一分一秒でも早くローザ達の保護を済ませる為に必死に足へと力を込める。
……先ずは母上達の奪還と保護‼︎それからプライド達の捜索。そして……‼︎
ステイルは息を乱しながら冷静に頭で考える。
温度感知の特殊能力者、そして王族救出の為に騎士団長と副団長であるロデリックとクラークまでいる。例えローザ達の部屋にティペットが居ようとも救出は可能。ならば残すはプライドと民の安全、ラジヤの排除だと。
「たかが奇襲程度で我が国を潰やせると思うなよ…‼︎‼︎」
口の中でだけ呟き、歯を食い縛る。
ステイルの全身から溢れ出す黒煙のような殺意に、続くロデリック達は武器を構える手へ僅かに力を込めた。
プライドの不在、ラジヤの奇襲、最上層部の判断不能、民の避難が終えているかも未だ不明の状況。女王不在も重なり不安要素はまだいくつもある。だが、ステイルにとっても騎士団にとっても
それが、敗北の理由になりはしなかった。




