そして理解する。
「いい加減にしろジルベールッ‼︎」
視界が変わった途端、父上の怒鳴り声が飛び込んできた。
瞬間移動した先は父上の部屋の扉前だった。衛兵もいない。恐らく父上が人払いをしたのだろう。ステイルが小さな声で「中に入ることもできますが、それだと気付かれてしまうと思います。」と言ってくれた。
まさか、父上と取り込み中だったなんて。
そうは思うけれど、何か大事な話なら思い出すきっかけになるかもしれない。
悪いとは思いつつ、私とステイルはそのままお互いに音を潜めて父上とジルベールとの会話に耳を澄ませた。
「ですから、何がいけないのでしょうか。王配殿下。」
ジルベールの涼しげな声が聞こえる。
「何故、執拗なまでにプライドに当たる⁈昔から…ステイルと従属の契約を交わした時からそうだっただろう!」
それに対して父上の声は珍しく激しい。扉越しでも怒っているのがよくわかる。
「確かに…以前のプライド様に対しては否定しません。必要ならばお詫びしましょう。…あの時は私も些か気が立っておりましたからね。」
まるで父上からの叱責など聞き慣れた、とでもいった反応だ。そのまま「ですが、今回は本当に話に花が咲いただけですよ。」と返している。…あれを話に花が咲くとは言えないと思うけれど。
「あの時点で二年…私の望みは叶わないままだったというのに、愛娘のプライド様に王位継承権が…予知能力が宿ったと分かった途端にほんの数日で、ステイル様という立派な特殊能力者を見つけ出されていたもので、つい。」
だんだんとジルベール宰相の声色が変わっていく。ドスの低い、怖い声だ。口は笑っているのに目は笑っていない表情が容易に想像できる。
望み…?
「ステイルの方は、年齢と性別以外は希少かまたは特別優れた特殊能力であることが条件だっただけだ。お前のように極限定された特殊能力者を探すのとはわけが違うと、あの時も説明した筈だ。」
〝極限定された特殊能力者〟
その言葉に私とステイルは互いに顔を見合わせた。
子どもの私でもわかる。ジルベール宰相が〝特殊能力申請義務令〟を提唱し続けたのはこれが目的だったのだと。
この法案さえ通れば、国は難なく望む特殊能力者を見つけ出すことができるのだから。
ステイルが私の耳元で小さく「アーサーや他の多くの者もジルベールには必ず特殊能力者の情報や噂を求められていました。」と教えてくれた。
ジルベール宰相が、この国の上にいる人がそこまで探し続ける特殊能力者って…。
「ええ、ええ!そうでしたねぇ?貴方達は別に私の望む特殊能力者探しに手を抜いている訳ではない!わかっていますとも。そして感謝もしております!王族でもない私達などの為に、国を上げて兵を日々水面下で動かし、情報収集をし、民の税の無駄遣いをして下さっている貴方方には‼︎」
段々とジルベール宰相の声が荒ぶっている。いつもの姿からは想像できない程の叫び声だ。
「貴方方王族は実に、実に、お優しい。ステイル様の手紙の件もそうです。私が当時二年にも渡って提唱し続けた〝特殊能力申請義務令〟は特殊能力者の人権を、今の我が国としての在り方を変えてしまうと、今と変わらぬ理由を付けて保留に押し留めたままなのに対し、プライド様に数日間何度も何度も頼み込まれたというだけで極秘に王族のしきたりを覆し、実の母親との連絡を許した貴方方は実にお優しい方々だ‼︎」
怒りが、憎悪が、まるで私やステイルにもぶつけられているかのように扉の外まで響き渡る。
思わず耳を塞ぎたくなるほどで、心配になったステイルの方を見ると何故か私の方を凝視し、「数日…何度も…?」と小さく声を漏らしながら激しく瞬きしている。一体どうしたのだろう。
父上が「声が大き過ぎだ!それは極秘だと言った筈だろう‼︎」と更に大きな声で怒鳴るが、まさかのそれ以上の大きな声でジルベール宰相が「ええ‼︎だから私は黙し続けましたとも‼︎」と怒鳴り返した。
「耐え続けました…‼︎必ず見つけてみせると、私達が大事な友であると同時に貴方方にとって守るべき民なのだからと、貴方と…女王のその言葉を信じ、貴方方への恩に報いる為にっ…、…精一杯…宰相としてやってまいりました…!」
急に、ジルベール宰相の声が萎むように小さくなっていく。一つひとつ噛み締めるような声だ。
父上はその言葉に押し黙るように何も言わなかった。先程まで声を荒げ続けたジルベール宰相の息遣いだけが扉越しに聞こえてくる。
そして、暫くしてまた父上の声がかけられる。
「………ジルベール、お前の辛さはよくわかる。私やローザも全力を」
「ッわかるものか‼︎‼︎」
ぐわっ、と今までで一番の怒声が響き渡った。人払いしてもその先に聞こえてしまうのではないかと思うほどに。
これには私とステイルも一瞬耳を塞いだ。
「わかるものかッ…‼︎お前に、お前に何がわかるアルバート⁉︎友であったお前に、私のこの苦しみがわかるとでも⁈私のっ…彼女の苦しみが‼︎」
ジルベール宰相の怒声と共に何やら部屋から物が落ちる音と誰かが壁にぶつかるような音が響く。揉み合っているのだろうかと思わず私は身を硬くした。
………彼女⁇
「先日、叙任式で会ったアーサー・ベレスフォード…‼︎彼はその特殊能力者の噂を知っていた!やはり居るんだ、アルバート!この国にその特殊能力者は‼︎国中を上げて探せば、きっと…」
「落ち着けジルベール!噂などは百年以上前から囁かれている‼︎お前が誰よりもよく知っている筈だ‼︎」
まるで、縋るような早口で捲したてるジルベール宰相を宥めるように父上が声を上げる。
「ならばどうすれば良い⁈教えてくれアルバート‼︎どうすれば救える⁈どうすれば見つけ出せる⁈」
もう、まるで別人のようだった。必死に、まるで自らの命乞いをするかのような悲痛な叫びだった。
「だから何度も私達も言っているだろう!捜索人数も年々増やしているし、他国へ赴く時には必ず特殊能力者以外の方法もないか私もローザも探っている‼︎だが、見つからないんだ‼︎だが、続ければいつかきっと…」
「ッ七年だ…‼︎あれから七年も経っているんだぞアルバート‼︎」
ドンッ、とまた壁に何かがぶつかる音が響く。ジルベール宰相の声からは殺意のようなものすら感じられた。
「彼女はっ!…マリアンヌは…っ、……ッもう、擦り切れる…寸前だ…」
ガタンッと、今度は床が響く。たぶん、ジルベール宰相が崩れ落ちた音だ。
それでも紡がれる声は力なく、そして酷く震えていた。
「まだ…見つからないのか…⁈何故、見つからないんだ…類似した特殊能力者はこんなにも溢れているというのにっ…」
嗚咽が聞こえる。震えたその声を聞くだけで私まで胸が苦しくなる。
父上が気遣うように「ジルベール…」と声を掛けた。
「たった…一人で良いんだ…!たった、一人…見つかればっ…」
そのまま絞り出すように最後、ジルベール宰相は悲痛な叫び声を上げた。
「病を癒す…特殊能力者がっ…‼︎」
その瞬間、また私の中の記憶が…開いた。