51.冷酷王女は巡らし、
今日は、法案協議会の日だった。
国の上層部の人間が集まり年に一回規定の日に国の法律について改正したり、新しい法律の提案・制定までを審議する場だ。
女王である母上が即位した後に作り上げたらしい。
もともと以前までは女王が一人で法律なども決めていたが、母上はそこからより広い意見を求め、話を聞き、その上で母上がそれを判断する。これによって国としての方向性も民の暮らしに則し、的確な政治を執り行うことができた。
その議会に、一年前から私とステイルも参加を許されるようになった。もちろん、私には提案の権利はあっても最終判断の権利は無いし、今後の為に様子を学ぶというのが大きいと思う。
そして、前回同様に今回も最後に上がったのはジルベール宰相による〝特殊能力申請義務令〟の提案だ。
話によるとずっと昔から提唱だけは常にされているらしい。毎回、提案されるごとにジルベール宰相から具体的なメリットや展望、実施方法が改新され、更には少しずつ賛同者も増えているらしい。今回も参加者の三分のニはその提案を賛同していた。…若干、立案自体の賛同というよりもジルベール宰相への賛同者という感じがしなくもなかったけれど。
ただ、不賛同者にステイルやヴェスト叔父様、国王である父上、そして私が含まれている上、母上も前向きではなかったから今回もこの話は保留とされた。
議会が終わり、それぞれが解散して私とステイルも母上と叔父様、父上とジルベール宰相に挨拶を済ませて部屋を出た。そのときだった。
「プライド第一王女殿下。」
早速、ジルベール宰相に再び話し掛けられた。
二年ほど前から何故だかジルベール宰相は私に話し掛けてくれることが増えた気がする。近くで見ても整った顔立ちや、肩の位置で一纏めに括った薄水色の長い髪も、髪の色と同色の瞳も美しさ健在だ。特殊能力で年齢を操れる不老人間だけど、今現在も別段年齢の操作はしていないらしい。でも正直、あの頃からあまり加齢は感じさせられない。
………あれ?…でもよく見ると少しやつれているような…。
微笑んでいる切れ長な目からも、いつものような鋭さが感じられない。
横のステイルが不機嫌な表情をしたが、私が手で制すると、眼鏡の位置を片手で直しながら何も言わないでくれた。
「ジルベール宰相、先程はご期待に添えず申し訳ありませんでした。」
そう言って謝ると、ジルベール宰相はいえいえと笑ってくれる。
「女王陛下の御意志ですから仕方がありません。ただ…プライド様は以前、少し検討して下さっていたようにも感じられたので。宜しければ今回の賛同できなかった理由について直接伺えればと。」
そう言って残念そうに肩を竦める。
確かに、私はかなりこの法案については悩んでいた。これがちゃんと整備されて、例えば前世でいう出生記録みたいに国で管理されれば国民の把握や援助にも役立つ。
それに何より…ステイルみたいに望まないまま無理矢理養子に連れてこられるということも無くなるかもしれない。条件は年と性別と特殊能力が希少か優れているかだし、そういう子を一人一人訪ねてみれば、もしかして身寄りの居ない子や虐待を受けている子とか、自分から養子になりたいという子がいるかもしれない。そしたらステイルは大好きな母親から引き離されることもなかった。
今、ステイルがこうして幸せそうに過ごしてくれるのは嬉しいし、私もステイルが義弟で良かったと心から思う。でも、未だに初めて会った時のステイルの姿は忘れられない。
「そう…ですね。やはり一番の理由は特殊能力を持って産まれた民の人権確保、でしょうか。彼らは望んでその能力を得た訳でもありませんし、彼らだけを管理するような方法はあまり望ましくないと考えました。」
実際、私達以外で不賛同者だった人達も特殊能力者の人が多かった。
前世の映画とかアニメ、漫画でも見たけどこういう人と違った存在というのはヒーローや神様のように讃えられるのもあれば蔑視されることも多い。あまりはっきりと分けてしまうのは危険な気もする。
ジルベール宰相は私の言葉に成る程、そうですかと相槌を打ちながら、やはり笑顔で言葉を返してくれた。
「確かに多少の問題はあるかもしれません。私も特殊能力者ですから、理解はしているつもりです。しかし、特殊能力は決して隠すようなものではないと思います。寧ろ、我が国の民として誇るべきかと。特殊能力はその価値や希少に差はあれど、人の手では叶わぬことを成し遂げる者が殆ど。むしろ国が…いえ、王族の方々が声高に特別な能力を持った民への特別な対応と広めれば気を悪くする者も、どんな特殊能力であれ特殊能力者を悪く思う者は居なくなると思うのですよ。」
ジルベール宰相の言葉は巧みだと、思う。そうやって聞くと一理あるようにも思えてしまう。議会ごとに賛同者が増えるのも当然だろう。ただ…
やはり、私は今以上に特殊能力者とそうでない人との差を作りたくはない。
今だって、上層部で働くにはただの特殊能力どころか珍しい特殊能力が必要だったり、王位継承権や養子の条件など特殊能力者贔屓が多い世界だ。
むしろ、その制度自体撤廃すべきじゃないかと思う程に。
「如何でしょうか…?プライド第一王女殿下は今や、女王陛下にも信頼の厚き御方。お力添えを頂ければきっと叶わぬことではないと思うのですが…。」
私の内心を知らず、どうやら私がまだ迷っていると思っているらしい。優雅な仕草で私に是非とも、と笑いかけてくる。どう断れば
「ジルベール。」
はっと振り向くと父上がそこには立っていた。
かなり、機嫌の悪い様子で。
「おや、王配殿下。ちょうどプライド様と話に花を咲かせッ…て⁈」
ぐいっ、と父上に間髪入れずジルベール宰相が後ろ首を掴まれ引っ張られてしまう。今回は殴られなかっただけ良い方だろうか。
ジルベール宰相が抵抗するが父上は私に「部屋に戻りなさい」とだけ言うとそのまま引きずるようにしてジルベール宰相を何処かへ連れ去ってしまった。
「…プライド。大丈夫ですか?」
ステイルが私の様子を伺ってくれている。
「ええ、大丈夫よ。…ごめんなさいね、心配かけてしまって。」
ずっと私の指示通りに黙してくれていたのだ。それでもジルベール宰相と話している時のステイルからは僅かに殺気のようなものが漏れ出していた。どうやらステイルは大分前からあまりジルベール宰相を良く思っていないらしい。
「プライドが大丈夫ならば、俺は何も。…ジルベールにはお気をつけ下さい。今後も特にジルベールと会う時は必ず、僕を傍に。」
そう言って、ジルベール宰相と父上が去っていった方向を睨みつけた。私もそれに苦笑いしながら「ええ、約束だものね」と答える。二年前、私が初めて罪人を裁いた時にステイルを連れていかずに心配をかけてしまったことがある。その時に必ず次からは母上や父上、そしてジルベール宰相と会う時はステイルも一緒に傍に置くと約束したのだ。
…それにしても、私以外誰も居ないとはいえ、とうとうジルベール宰相を呼び捨てなんて。
本当に昔とは変わったなと思い、思わず少し苦笑いをしてしまう。アーサーとの関係もさることながら、ジルベール宰相との関係もすごい。
ゲームでは、どちらかといえば二人協力して国を支えていた方なのに。
……あれ?
私…いま何て思った…⁇
は、と自分で思った事に驚いてその場に固まってしまう。
ステイルが何か声をかけてくれるがそれどころじゃなかった。
今まで、ジルベール宰相は既視感はあるけれどゲームでの立ち位置なんてわからなかった。記憶を取り戻して初めてみた時もゲームでの登場なんて思い出せなかった。
なのに、いま私何て思った?
ゲームではステイルと二人で協力して国を支えていた⁈
え、じゃあやっぱりジルベール宰相もゲームに出ていたの⁈
必死に記憶を辿ってみるが、やはり思い出せない。
だめ、ここはちゃんと思い出さないと‼︎
私は、私の肩を揺するようにして声を掛けてくれるステイルの手を強く掴む。
突然のことに驚いてステイルの手が止まった。
「ステイル…今からジルベール宰相の場所に瞬間移動できる?」
私からの言葉にステイルは「えっ…」と声を漏らして驚いていた。
ステイルはこの二年間で自分の体重プラス大人一人分くらいの重さまでなら瞬間移動できるようになった。
さらに、特定の人物なら場所が分からなくてもその人の所まで瞬間移動することができる。ただその人に直接何度も会ったり、話したり、どんな人間かを掴んだりした上で具体的な感覚を持てないと無理らしいけれど。
ゲームでも主人公のティアラがピンチで悲鳴をあげた時やプライドが口笛や指を鳴らすと何処からとまなく瞬間移動して現れるシーンがあった。よく考えれば悲鳴や音だけでその人の場所を確実に捉えるなんて実際は難しいし、特定の人の場所に瞬間移動できるというのならこれも可能だろう。
「できるとは思いますが…なぜ突然。」
「少し確認したいことがあるの、お願い。できるだけジルベール宰相に気付かれないように。」
そういって頼み込むとステイルは察してくれたように頷き、「扉奥の廊下に侍女や衛兵、ティアラを待たせているのですからね。」とだけ言い、私の肩に手を置いてくれた。
次の瞬間、ステイルの瞬間移動で私達の視界が変わった。