50.薄情王女は構え、
「流石だな、アーサー。姉君に本当に勝てるとは。」
ステイルの声が響き、俺は顔を上げた。
そして、その姿を呆気を取られた。
「ステイル!貴方までその格好…」
プライド様も俺と同時に振り返り、驚いたように声を上げた。それもその筈だ。プライド様に続き、今度はステイルまで団服を着込んでいるのだから。しかも、こっちは漆黒色の団服だ。これはこれでかなり良い。
「…ハッ、良いんじゃねぇの?その眼鏡にも合ってっし、テメェの腹黒さがよく出てる。」
アーサーは黒尽くめのステイルを見やり、笑った。そのまま付け足すように「悪人かよ」言い放つ。
「お前が押し付けてきた物だろ。」
そのままステイルは外すのを忘れたと呟きながら眼鏡を外し、先程置いていたテーブルへまた瞬間移動させた。
その様子に、思わずプライドは小さく苦笑いした。
…先日、ステイルはアーサーから眼鏡を貰った。何故、騎士になったアーサーにではなくアーサーからステイルに?と思ったが、アーサー曰く「似てるか気になるならこれでも掛けとけ」らしい。私には全くわからなかったけれど、ステイルは「別に見かけを気にした訳では無いんですけどね」と言いながらなんだか少し嬉しそうだった。その証拠にそれからは毎日、ステイルは稽古の時以外はその黒縁眼鏡を身に付けている。
…そう、まさにキミヒカのゲームと同じように。
ゲームのステイルも黒縁眼鏡を掛けた眼鏡キャラだった。今までは目を悪くするような様子もなかったし、私自身忘れかけていたのだけれど…まさかアーサーから贈られるとは思わなかった。ゲームでは交流がない二人だし、何よりステイルが伊達眼鏡だなんて設定があったかどうかすらわからない。ただ、眼鏡をかけたステイルの姿は完全にキミヒカの攻略対象者のステイルそのものだった。ゲームでは本当に視力を悪くしてかもしれないし、恐らくアーサーから貰うなんて絶対無いエピソードだと思うけれど。
でも現実にいま、ゲームと同じ姿で完成してしまったステイルがいる。
…まぁ、中身や話し方は大分ゲームとは違っているし、腹黒っぽいところはあるけどゲームのようにティアラだけではなく、姉の私のことまで心配してくれるとても良い子だ。
「…さて、姉君。俺も折角着替えたので一試合したいのですが、共闘などはいかがでしょうか。」
にっこりと腹黒い笑みを浮かべてステイルが私達に歩み寄る。
「共闘…?」
私が言葉をそのまま返すとステイルがもう一本の剣を用意し、鞘から抜いた。
「はい。俺と姉君で、そこの騎士団本隊殿をボロッボロにしてやりましょう。」
刃を真っ直ぐにアーサーに向け、ニヤリと笑う。
すかさずアーサーが「おい待て‼︎なんで俺一人なんだよ‼︎」と苦情を言ったがやはりステイルは気にしない。
…やっぱりちょっとゲームのステイルっぽいかも。
プライドの命令で、影に隠れて自分だけ甘い汁を啜っていた上層部の人間に処刑を言い渡す時とかこんな悪い笑みを浮かべていた気がする。
「ッだから‼︎体力の消耗具合から見ればお前が一番元気じゃ…」
「お前がこの中じゃ一番強いんだ、当然だろう。」
「プライド様とギリッギリだったの今見てただろ‼︎」
「残念ながら俺は途中で着替えていた。」
「今さっき勝敗知ってただろォが‼︎」
「最後だけだ。騎士ならうだうだ言わずさっさと剣を構えろ。」
…うん。でもやっぱりゲームのステイルよりもかなり明るく元気に育っていると思う。アーサーなんて殆どゲームと別人だし。
「そしたら、今度は全員模擬剣でやりましょうか。」
私が模擬剣を二つ手に取り、一つをステイルに手渡す。ステイルも「姉君のお望みとあらば」と笑顔で受け取ってくれた。アーサーも汗を拭いながら「プライド様が仰るなら…是非、お願いします。」と若干息を切らしながらではあるけど了承してくれた。
離れた席からティアラが声を上げて「頑張って下さいっ!」と応援してくれている。その後ろからは侍女のロッテとマリーも笑顔で見守ってくれている。
なんだか少しくすぐったくなって気が早ってしまう私と、そしてステイルはアーサーから距離を取り、彼が剣を構えたのを見計らって同時に飛び出した。
…本当に、私の周りには分不相応過ぎるほど優しい人達ばかりだ。




