475.義弟は引き摺る。
「ッどういう……ことですか……⁈」
プライドを衛兵の力で改めて拘束し、戻ってきたステイルはヴェストからの言葉に耳を疑った。
既に話を聞く前から顔色の悪かったステイルに、それを伝えるのも躊躇われたが伝えないわけにはいかなかった。詳細な説明を望むステイルに、ヴェストに代わりジルベールが口を開く。
「アダム皇太子曰く〝単なる発散〟であり〝ラジヤ帝国では珍しくないこと〟なそうです。」
は……⁈と声が漏れそうなところを留め、ステイルは目を丸くする。
なんだそれは、意味がわからないと。ステイルはジルベールが次の言葉を放つ前に、頭を回し必死に整理した。
アダム皇太子の同室にされた同行者が怪我を負い、救護棟へと搬送された。城内にある、騎士団演習場に隣接された棟とは別の、アダム達が滞在する宮殿に近い方の救護棟だ。
部屋からけたたましい音がし、衛兵が異常を感じて飛び込めば同行者が頭から血を流して倒れていたという。そして放られた椅子と共にアダム皇太子が笑顔で彼らを迎えていた。
拘束中の人間とはいえ、怪我人を放っておくわけにもいかず同行者のみを連れ出した。
命に別状はなく、医者の治療も終わった今は気を失ったまま衛兵の見張り付きで病室に寝かされているとのことだった。
「発散……⁈なんだそれは……⁈」
「あらぬ疑いで和平国に拘束されたことが屈辱であったと。……そう仰っているとのことです。」
未だに納得しかねるステイルに、静かにジルベールは告げる。
以前の訪問時から異常性や部下への扱いと粗暴さも滲み出てはいた。だが、今回のように明らかに攻撃を露わにしたのは初めてだった。まるでフリージア王国への悪意そのままのように。
ローザは一度だけ静かに深呼吸をし、肩の力を意識的に抜いた。そしてゆっくりと彼らを見定める。
「とにかく。…今はすべきことを優先させましょう。ジルベールはラジヤ帝国の将軍と参謀長への尋問を。城内でこれ以上の暴力行為は許されま」
「もうっ……独房にでも閉じ込めてしまえば良いのではないでしょうか……?」
地の底に響くようなステイルの声が、あろうことか女王であるローザの言葉を上塗りにした。
今のプライドならまだしも、ステイルから上塗りられたことにジルベールやヴェストも目を丸くした。見れば顔を俯けたまま両手の拳を震わせたステイルは全身を強張らせるとうに硬くしていた。
「そう……すれば、姉君も簡単にはアダム皇太子のもとには行けなくなります。どうせ、拷問も鑑みているのならっ……」
ポツリ、ポツリと言い出すステイルの声はわずかに震えていた。
確かに拷問と比べれば投獄など大したものではない。隠蔽するつもりならば余計に。……だが、もしアダムが無実であれば取り返しのつかない過ちにもなり兼ねない。拷問もできるのはあくまで決定的確信を得てから、もしくは最後の手段だと当初の上層部を含めた会議でも決まっていた。
ヴェストが窘めるようにステイルにそれを告げれば、歯を食い縛る音がローザの耳まで届いた。どこか不穏を感じさせるステイルに眉を寄せながら、ローザは組んだ手を膝の上に置いた。
「……ステイル。ところで、先程は何故プライドをこの場に?」
ビクッ、と軽くステイルの身体が震えた。
数秒間動きを止め、ゆっくりとローザに向けて顔を上げる。無に近いその表情を正面から受ければ、ローザの胸は騒いだ。今までプライド達の前ならばまだしも、ローザ達の前では常に王子としての顔を取り繕い続けてきたステイルが、今は無で消すことだけで精一杯だった。
ステイルは「申し訳ありませんでした」と改めて頭を下げると、必死にローザから目を逸らさないようにと意識しながら言葉を紡いだ。
「……姉君を見つけて一度は離れの塔へ瞬間移動しました。ですが……姉君に母上達の元へと望まれ、ッ当然断りました。が、………………その、時に。」
ステイルは、語った。
震える喉で必死に堪えながら、プライドにかけられた言葉を嘘偽りなくローザ達へと伝えた。ステイルのその言葉にヴェストは苦々しく目を閉じ、ローザとアルバートは息を止めた。ジルベールも理解したように黙する間、ステイルは最後にもう一度頭を下げて「申し訳ありませんでした」と謝罪した。
誰も、ステイルを責めることはできなかった。
暫く沈黙が続き、誰もが頭の中でプライドの先程の発言とステイルの話を重ね合わせた。
少なくとも、どんな理由があれ今のプライドを次期女王にすることはできない。本人がどのように振る舞うと言い張ったところで根本の改善ができなければ意味はない。
「いっそ………、……ては、如何でしょうか。」
また、ステイルがポツリと言葉を放った。
先程の独房発言といい、またどんな発言かとジルベール達は目を向けた。いま、恐らく一番窮地に立たされているのが彼だと理解しているからこそ、無言で待った。制止も窘めもなく、言葉を待たれたステイルは再び口を開く。躊躇い、声をこれまで以上に震わせながらそれでも進言を取り下げる気にはなれなかった。
「っっ……いっそ、……っ!……もう‼今すぐッ……姉君の、王位継承権を剥奪してみては……っ、……い……かがで、しょうか…?」
まるで塞がれた口から無理矢理絞り出されるような声が、苦しそうに放たれた。
今まで、プライドの女王戴冠の為に力を尽くしてきたステイルからは考えられない言葉でもあった。だが、……今のプライドを何度も目の当たりにした彼には仕方のない発言でもあるとも彼らは思う。
「……ステイル、今すぐは無理だ。あと九日、皇太子への尋問でプライドの状態を正しく把握してから。……もう、決まったことだろう。」
「ヴェスト摂政の仰る通りです、ステイル様。その為に貴方様もこうして今日まで尽力されてこられたのではありませんか。」
プライドの状態が確定できるまで。
僅かな可能性があるのならば、そして人為的要因があるのならば。それを確認しきるまでは、プライドの王位継承権の剥奪は保留する。
アダム達を洗いざらい調べ上げ、それでもプライドの状態がそれしか考えられない場合になってから処されるべきだ。王位継承権は安易に付与も剥奪も、……返還も許されない、一度決まれば永久だ。
だからこそローザ達のも慎重に決定する必要があった。一度安易にプライドの王位継承権を剥奪すれば、もしプライドが元に戻ったとしても再び王位継承権を与えることはできない。
そしてステイルもだからこそ必死にラジヤ帝国との繋がりを調べ、彼らの容疑を確定する為に今日まで寝る間も惜しんできた。
自分の知るプライドを取り戻す可能性が一%でも残されているのならば、必ず掴むその為に。
「それに。……本来、予知能力者である第一王位継承者のプライドからそれを奪うのは、………本当に、難しいことだ。」
ステイルを責めるような口調にならないようにと、細心の注意を払い今度は王配のアルバートが言葉を続けた。
ローザもその言葉へ静かに頷き、気づかれないように口の中を噛み締めた。
プライドの王位継承権剥奪。
当然、プライドが離れの塔に移された時点で既に視野へ入れざるを得なかった問題だ。
今のままではプライドの王位継承権剥奪は必須。本来ならば既に剥奪されていてもおかしくない程、プライドの行動は王族としての振る舞いから逸脱していた。そうであるにも関わらず、彼女が未だに剥奪されずに済んだのは一時的な病である可能性や人為的要因の可能性、これまで築き上げてきた功績だけではない。
王位継承権者の証である予知能力。
フリージア王国での昔ながらの習わし。
命を落とした場合を除き、病に侵されるなどして代理の者を立てることはあっても、予知能力者で王位を剥奪までされた者は一人もいない。
もし、ここでプライドの振る舞いだけを理由に剥奪などをすれば、予知能力者が次なる王の啓示であるということを否定することにもなる。王族の根幹すら揺るがしかねない事態だ。
そして今、プライドはそれを引き換えにしても女王にしてはならない域まで落ちてしまっていることもまた事実だった。むしろ、国で唯一その決定権を持つ女王ローザが存命の内にすべき課題といっても過言ではない。
「ッわかっています……わかってはいます……!ですがっ……‼︎」
耐えられないようにステイルは声を張り、途中から歯を食い縛って口を噤んだ。
続きをまた待とうかとするローザ達に首を一度だけ振る。そして「失礼致しました……」と眼鏡の黒縁を押さえながら消え入るような声で謝罪した。……その時。
「失礼致します‼︎」
再び扉が叩かれ、許可の後に飛び込んできた衛兵はまた血相を変えていた。
もう三度目になる報告に、誰も良くも悪も落ち着いていた。報告を許し、衛兵の言葉を受け入れた彼らは、また驚愕せざるを得なかった。
救護棟へ運ばれたアダムの同行者が、姿を消したと。
次々と彼らの元へと届けられる異常事態に、とうとうヴェストは眉間を押さえつけた。
どういうことだ、と彼が声を上げる前にジルベールが丁寧な口調でそれを訪ねた。衛兵が現段階で判明している詳細を語り始めた時、ゆらりとステイルが動き出す。
ステイル、どうしたとヴェストが尋ねれば、ゆっくりとした動作でステイルは振り返り、ヴェストに向けてとは思えない表情で彼に言葉を返した。
「……この目で、確認に行きます。あと、ティアラの様子も心配なので。……これ以上、今の僕は会議に加わるべきではないでしょう。」
先程は申し訳ありませんでした、失礼致しますと。頭を下げたステイルを、ローザも退室を許可するしかなかった。
今の発言から考えても、ステイルが通常通りではないことは明らかだった。確認を終えたら一度休めと、ヴェストは声を掛けたがステイルからは頭を下げられるだけだった。
慌てる様子はなく、一歩一歩自らを引きずるように歩くステイルは時間をかけて会議室から出て行った。同行者が運ばれた救護棟へ向かう為に馬車をと、護衛の衛兵や従者達に命じながら歩んでいく。
妙に真っ直ぐと伸ばされた背中。
それに反し、重々しく彼へ黒く纏わりつくものが誰の目にも見えるかのように明らかだった。




