46.騎士は邂逅する。
今年、騎士団本隊入りを果たしたのはこの俺を入れて三名だけだった。
叙任式後、場所を変えて騎士達の為の祝会が開かれた。
叙任式には参加しなかったティアラや女王、そして摂政までいる。
…すげぇ豪華。
さっき叙任式を行った謁見の間ほどではないが、こっちも十分豪華だ。伝統と格式重視な謁見の間と違って敷き詰めるように高価そうな調度品で飾り立てられ、天井にも上物であろう艶のある幔幕がかけられていた。
更に長テーブルにはワイングラスと瓶の山。
今回はプライド様ではなく、女王陛下自らが乾杯の挨拶をして下さった。
騎士団本隊入りを果たした俺は、各重人に挨拶を重ねるのに忙しく、未だ酒を飲む暇もない。
光栄です、ありがとうございます、ご期待に添えてみせますと繰り返し過ぎて地味に疲れる。
全員に挨拶する中で騎士団長である親父や副団長のクラークにも一応挨拶したが、物凄く照れ臭かった。
親父もクラークも笑って肩を叩いてくれたけど二人と目があった瞬間、もの凄く泣きたくなった。本当は別に言いたい事もあったが、今言ったら本気で込み上げてきそうでやめた。親父が目を逸らした隙に俺も逸らしたがその途端、クラークに声を上げて笑われた。「似た者親子」と言われてムカついたから他に見えねぇように思いきり腹に一発いれてやった。鎧越しだから平気だろうが、軽く咳き込んでた。ざまぁみろ。
女王陛下への挨拶には凄く緊張した。これがプライド様の、ティアラの、そしてステイルの母親だと思うと余計に。
挨拶をすると、早速「そうですか、貴方がステイルと剣を…」と微笑まれた。いや、女王陛下の許可を取ってるのは知ってるがそれでも第一王子であるステイルと稽古させて貰っているとか分不相応過ぎて今更申し訳なくなる。しかも昨日親父が言った、俺のせいでステイルの言葉遣いが…という話を思い出して若干冷や汗も出た。
「これからもステイルを、プライドとティアラ共々宜しくお願いしますね。」
そう言ってくれた時は心底ほっとした。
摂政や王配殿下にも挨拶を済ませたが、殆ど真顔に近く、騎士団長の親父と似たような雰囲気だったせいか、逆にそっちの方が落ち着いた。
次にプライド様…はもの凄く緊張した。ステイルと稽古をするようになってから、毎日のように会っているが未だにその顔を見るだけで心臓がヤバい。以前から敬称敬語無しで良いと言ってくれているが、もうこの人だけは自分の中では神様みたいな存在だから敬称敬語無しは本気で無理だった。「おめでとう、アーサー」と笑ってくれた笑顔が死ぬ程眩しかった。
その後にステイルへの挨拶は…めんどかった。アイツの公的な場用のあの胡散臭い笑顔と敬語が凄くめんどくさい。「この度はおめでとうございます、アーサー殿」とにこやかに笑われて、俺も敬語で返したものの恐らく思い切り顔に出てた。第一王子ってのも大変だなと思う。
ただ、その後ティアラへ挨拶する時にいつもと違って敬語で話す俺をおかしそうに笑うティアラを見て小さな声で「いいぞティアラ、もっと笑ってやれ」と言った瞬間だけは完全に素が出ていた。
最後に挨拶をしようと思った人が別の騎士とまだ長々と話し込んでいるようだったから一度その場を離れた。
同期の騎士にワインを勧められ、手に取ったままあたりを見回す。
…本当に、ここまで来たんだな。
正直、一年間殆どゼロから稽古をつけてくれた親父にも、そしてその後も俺との稽古に付き合ってくれたステイルにもいくら感謝しても足りないくらいだ。
さっきの叙任式のことを思い返す。
二年前にプライド様と約束を交わした謁見の間で、騎士としての誓いを立てられるなんて夢のようだった。
二年前のことは一瞬たりとも忘れたことがない。
あの人が居なければ俺は今こうして此処に立ってはいなかった。それだけは断言できる。
『約束しましょう。私は死ぬまで貴方を待っています。』
プライド様に騎士の宣言を受けた時は思わず涙が滲んだ。約束を果たせたと、騎士としてまたここに戻ってこられたんだと。
顔を上げた途端に、俺を見下ろすプライド様と、二年前のプライド様が重なった。
『貴方は、…こんなに…強くなりたがっているではありませんか…‼︎』
強く、なれました。
貴方の為に、貴方の守りたい者を守る為に…そして俺の大事な者を守る為に。
これで少しは報いることができただろうか。
あの時、与えてくれた大恩に。
そう思ったら、思わず儀式直後だというのに言葉が漏れた。
「…二年間、お待たせしました。」
この人は覚えてくれているだろうか。
まだ力も何もない、無力をただ嘆くしか出来ないガキだった俺のことを。
この人にとっては何の事ない億の内の一つの出来事かもしれない。それでも、俺は構わない。
騎士としての誓いと、そして二年前の誓いを必ず俺は果たしてみせる。これから先、全てを賭けて。
そう思ってプライド様を見つめれば、少し驚いたように目を見開き、その後…涙で滲ませた目で俺に微笑みかけてくれた。
「おかえりなさい…アーサー。」
そう、答えてくれた。
全身の毛が逆立つような感覚が今もまだ肌に残っている。
覚えていてくれた。
プライド様もまた、あの時の約束を…。
帰ってこれたのだと、改めて実感することができた。
当然、騎士になって全てを満足した訳じゃない。むしろ大事なのはこれからだ。
騎士として必ず、俺はプライド様を…
「…サー殿。…アーサー殿。……おい、アーサー。」
ぐい、と突然誰かに指を反対向きに捻り上げられる。驚きで思わず反対の手で持っていたグラスを落としそうになった。
「ってぇ‼︎」
振り返ればステイルがいた。
薄気味悪い笑顔を俺に向けながら、何事もなかったかのように「大丈夫ですか?」と言ってくる。
「ぼんやりしていたので、どうかしたかと思いまして。…挨拶、あと一人残っていますよね。今会話が終わったようですよ。」
そういって目配せをされると、本当に丁度話が終わったようで空いていた。
一応、本当に呼びにきてくれただけらしい。指を捻られたのは物凄く余計だが。「ありがとうございます」と礼を言って急いでその人の所へ駆け寄った。
……
「おや、アーサー・ベレスフォード殿ですね。お噂はかねがね。この度は騎士への就任おめでとうございます。」
その人は歩み寄る俺に気づくと、優雅な動作でゆっくりと笑顔をむけてきた。
「ありがとうございます、ジルベール宰相殿。」
丁度お互い片手に持っていたワインを鳴らしながら、俺はその人と挨拶を交わした。
※この世界に飲酒法はありません。