45.薄情王女は任じる。
謁見の間で行われる叙任式。
広々としたその空間に今、騎士達が整列している。厳かな空気に包まれ、謁見の間全体が緊張感でピリピリとしている。
ー 謙虚であれ
既に騎士として認められた本隊の騎士達が左右に立ち、そして真ん中には騎士になることを認められた見習い騎士…新兵が三名跪き、控えていた。
ー 誠実であれ
そして、その先には…
第一王女たる、私が。
ー 礼儀を守れ
金の装飾が施された蝋燭が至る所に飾りつけられ、真っ赤な敷物が騎士達の足音を吸い込み、真っ白な鎧が窓から漏れる陽の光に反射し輝いていた。
ー 裏切ることなく
最初に私が任命するのは、首席で騎士本隊入りを果たしたアーサーだ。
ー 欺くことなく
「アーサー・ベレスフォード。」
ー 弱者には常に優しく
名を呼ぶと、他の騎士達と同じく跪いて待っていたアーサーがゆっくりと立ち上がった。
ー 強者には常に勇ましく
本隊の騎士達と同じく、右側に控えていた騎士団長と副団長が緊張した面持ちで彼を見守っている。
ー 己の品位を高め
私の背後にはステイル、王配である父上、そしてジルベール宰相も控えている。ティアラも来たいと言ってくれていたが、今回は見送りとなってしまった。
ー 堂々と振る舞い
アーサーがゆっくりと歩む。
赤の敷物を踏みしめ、騎士団長を、副団長をを横切る。
ー民を守る盾となれ
アーサーが、私の前で跪く。
窓からの光に照らされるその様子は神々しくもあった。
ー 主の敵を討つ矛となれ
自分の剣を鞘から抜き出し、恭しく私に両手で預ける。
それを受け取り、私は彼の肩に剣を置いた。
ー 騎士である身を忘れるな
跪いたまま、こうべを垂れるアーサーに騎士への誓いの言葉を紡ぐ。
視界の隅で、騎士団長が目頭を押さえていた。
…うん、嬉しいわよね。絶対。
誓いの言葉を紡ぎながら、彼が初めてこの謁見の間に来た時のことを思い出す。
早いもので、あれから二年だ。
『俺もッ‼︎なれるでしょうか…⁉︎親父みてぇな…立派な騎士に‼︎』
そう言って、強くなりたいと泣いていた彼が此処にいる。まさにあの時に約束した、この場所に。
でも、あの時のボロボロな姿をしていた彼はもう居ない。綺麗な鎧に身を包み、身なりを整え、勇ましくその場に跪く、誰もが認める立派な騎士だ。
『俺は必ず騎士になります!貴方を、貴方の大事なものを…親父もお袋も国の奴ら全員を、この手が届く限り護ってみせる…そんな騎士に‼︎』
彼は、覚えていてくれているだろうか。
…いや、例え覚えていなくても構わない。
彼はこうして、己の望む騎士になれたのだから。
そしてきっと、記憶の有無に関わらず彼は民を守ってくれる。
「汝、アーサー・ベルスフォードを騎士に任命す。」
騎士の宣言を唱え、アーサー自身に剣を向ける。
それに準じるようにアーサーが顔を上げた。
その眼は力強く、そして少し潤んでいた。
そのままゆっくり、ゆっくりとアーサーは自身に向けられた刃に口付けをした。
これで彼は、正真正銘の騎士だ。
周囲から喝采が送られる。
アーサーを騎士として認め、祝う喝采だ。
「…二年間、お待たせしました。」
喝采に紛れて、アーサーが傍にいる私にしか聞こえないような音量で小さく呟く。
見れば、潤ました目と優しい笑みが私に向けられていた。
覚えていてくれた…
その笑みが、何よりの証だった。
不思議だ、二年前からステイルの稽古で毎日のように会っていた筈なのに。
涙で潤ませた彼の笑みと、二年前の彼とが重なる。
まるで本当に二年ぶりに再会できたような…。
嬉しくて、思わず私まで涙が滲んでしまい、それを隠すように心からの笑みを彼に返す。
「おかえりなさい…アーサー。」
彼は帰ってきた、あの時と同じ…この場所に。




