44.薄情王女は祝う。
キィィィインッ‼︎
剣が弾かれる音が辺りに響き渡った。
騎士団演習場。
十三歳になった私、プライド。そして弟のステイルに妹のティアラは騎士団演習場に来ていた。高台に王族の為に用意された豪奢な椅子に腰掛けながら騎士達の様子を眺める。
今日は王国騎士団の本隊入隊試験だ。
我が国では、十四歳から騎士団入隊試験を受けることができる。そして新兵になり、そこから一年毎に行われる本隊試験を受け、合格した者だけが正式な騎士として騎士団本隊を名乗ることができるわけなのだが…。
この試験がかなり厳しい。
百人以上もいる新兵の中からまず本隊に入隊が確定できるのは、いわゆるトーナメント戦での優勝者一名のみ。それ以外はその年の補充必要人数に応じ、上位勝ち抜き者や戦い方の優れた者から評価されて選ばれる。
今回は私たちからの希望で観覧させて貰ったけれど、そうでなくても本隊試験は王族が来賓することも珍しくない大きな行事だ。試験が始まる前に開会式で挨拶や激励、祝辞なども進行された。ロデリック騎士団長の熱い激励はこちらまで背筋が伸びる思いで聞いていたけれど、クラーク副団長の「今年の新兵は体調不良者も出ず、自己管理ともに優秀な…」という挨拶の時は前世の記憶の校長先生の長話を思い出してしまい、失礼ながら笑うのを堪えるのに必死になってしまった。
試合が始まってからは、本当に今まで見た事のないほどの凄まじい熱気と覇気で会場全体の熱も凄まじかった。どの試合も新兵とはいえ、流石騎士団。真剣勝負の決闘は私もティアラもステイルも皆、手に汗握って見届けた。新兵の数が多いから試合数も多かったけれど、どれも緊張感のある良い試合だった。
そして、私達がいま見ていたのは決勝試合…つまりは最終決戦試合だった。
二人の男が数分間剣を交わし合い、たった今、片方の選手が剣を弾かれた。
審判を担っていた騎士が手を上げ、高々に勝者の名を宣言する。
「勝負あり‼︎勝者、アーサー・ベレスフォード‼︎」
騎士団からの喝采と同時にアーサーが思い切りガッツポーズをしているのが見える。一本に高く括られた長い銀髪が鋭く揺れている。
「すごいですねお姉様、兄様‼︎」
十一歳になったティアラが興奮した様子で拍手をしながら私とステイルに笑いかける。
「まぁ、当然かな。」
そう言いながら優雅に手を叩くステイルもなんだか嬉しそうだ。
でも、本当にすごい。
二年前のあの日から、アーサーは騎士団長とステイルとの稽古と鍛錬を重ね、翌年十四歳になった年に、新兵として騎士団に一発合格で入隊していた。
新兵になるには入隊希望者同士で戦い、半数以上に勝ち抜いた者だけが二次試験に進む事ができる。そして騎士団の一人と手合わせをし、勝敗は関わらずその戦い方で入隊を審査される。その中でアーサーは一度も半数相手に負けず、手合わせをした騎士相手に一本を取り、文句無しの入隊を決めていた。
流石未来の騎士団長でもある攻略対象者…と言いたいところだけど、確かゲームのアーサーは父親が死んで三年後に入隊試験に合格し、二年後に騎士見習い…新兵から騎士に、そしてゲームが始まる年である更に二年後に騎士団長に出世していた。それでも若くして騎士団長になった天才みたいな煽り文句だった気がするけれど…。まぁ、入隊の時期についてはアーサー曰く、本当は三年後に入隊試験を受けようとしてたのをステイルにゴリ押しされたと言っていたけれど。いや、そうでなくても今のアーサーの方がトントン拍子なのは当然か。だってゲームのアーサーは父親も亡くした上、騎士団に入るまで一緒に剣を磨く相手もいなくて完全自己流だったのだから。
「お姉様!アーサーがこちらをっ‼︎」
弾む声でティアラが私の肩を叩く。
はっとしてアーサーの方を見ると、目を輝かせてこちらを見、私と目が合った途端に頭を深々と下げて来た。
嬉しくなって私も微笑み、心から拍手を送る。
アーサー…本当に騎士になれて良かった。きっと父親の騎士団長も感無量だろう。
この後、直接アーサーにお祝いを言えるのが今から楽しみだ。
……
騎士になる為の手続きを一通り終え、鎧を脱いだアーサーは騎士の証である白の団服を片手に門をでた。騎士団演習場の外だ。誰もいないことを確認し、額を手の甲で拭ったところところだった。
「アーサー。」
名を呼ばれ、振り返ればさっきまで誰もいなかったその場所にこの国の第一王子が立っていた。恐らく瞬間移動して来たのだろう。
アーサーが気づいたのを確認し、ステイルは歩み寄りながら軽く片手を上げている。無表情にも見えるその口元だけは仄かに笑んでいた。
「…ハッ。」
鼻で笑いながらアーサーは駆け出す。
そのまま思い切り手を振り上げると第一王子のステイルへ躊躇なくその手を振り下ろした。
パァァァァンッ‼︎と手同士の弾ける音が勢いよく響いた。
「ッどうだこれで満足かよステイルッ‼︎」
そのままヘッドロックのようにして思い切りステイルの首へ腕を掛けた。
「決戦が数分間は長過ぎる。もっと圧倒的に勝ってくれ。」
「テメッ…素直に褒めるとかできねぇのか?」
そのまま頭にも一発入れようとしたら次の瞬間、腕の中にあったステイルの首が本人ごと消える。
「俺ならもっと早く勝てた。」
その言葉と同時に今度はアーサーの真後ろに現れたステイルが思い切りアーサーへ蹴りを入れる。
「ッだ⁉︎…そりゃ特殊能力と不意打ち込みの場合だろォが‼︎」
ふざけんな、と振り向きざまにアーサーが腰の剣の柄に手を掛けた瞬間
「アーサー!ステイル‼︎」
ピタリ、と二人の動きが止まる。
そのまま構えを解くと声の方をゆっくり振り返った。
「プライド様、ティアラ。」
アーサーは静かに向き直り、二人の王女を正面から迎えた。
「アーサー、騎士昇進おめでとう。」
「おめでとうございます!アーサー。」
プライド、ティアラ二人からの祝福にアーサーは少し照れ臭そうに頭を下げた。
「今日は…わざわざ御足労頂き、ありがとございます。」
アーサーはこの二年間でかなり敬語が板についた。ステイルから稽古中に教えて貰ったのだそうだ。
「当然よ、他ならないアーサーの大事な日だもの。」
そう言って笑ってみせるとアーサーは「うっす…」と言いながら少し頬を赤くさせた。まだ決勝の熱気が引いてないらしい。
「アーサー、とても素敵でした!」
ティアラが跳ねてアーサーの両手を握る。
その二年でティアラも以前にも増して更に女らしくなったと思う。
「おう、…ありがとな。」
そういってティアラの頭を撫でるアーサーはまるでティアラのもう一人の兄のようだ。こうして見るとステイルとティアラのルートを推したかったのにアーサールートも応援したくなってしまう。
ステイルとアーサーが稽古を重ねる都合上、私やティアラもアーサーに会うことが増えた。最初は私達二人には辿々しい敬語だったけれど、今ではステイルだけでなくティアラにも人前以外では敬語敬称無しで話してくれている。…そう、ティアラには。
「そういえば騎士団長と副団長にはお会いしたの?きっと御喜びになったのでしょうね。」
「いや、未だっす。どうせ二人共報告しねぇでも見て知ってますし、…ンな改まって言う事も別にないんで。」
この通りだ。
私からは何度も「人前以外なら敬語敬称不要よ」と言ったのに、どうしても私だけは譲れないらしい。初対面の時よりは敬語も大分砕けてくれているのが唯一の救いだ。
ちなみにステイルとティアラも私に対しては同じくがっつり敬語だ。時期王位継承者だからとか色々言われたけれど、なんか凄く寂しい。
「ッここにいたのか、アーサー!」
私達の話し声で目立ったのか、背後から更に人影が二つ現れる。
振り返れば、ロデリック騎士団長とクラーク副団長だった。二人とも、王族三人が揃っているのを確認し、取り急ぎ挨拶を済ませてくれる。
「…なんすか、騎士団長。」
あからさまに不機嫌な様子でアーサーが言う。騎士団に新兵として入隊してからアーサーは騎士団長のことを親父、ではなく騎士団長と人前では呼ぶことが増えた。アーサー曰く、「今は上司っすから。」らしい。割と律儀だ。
「なんだではないだろう、本隊入隊の手続きを終えたら騎士団長である私のところに挨拶へ来るように説明があった筈だ。」
「っせぇな!どうせ叙任式は明日だし、わざわざ身内に挨拶なんざ恥ずかしくてできっかよ親父!」
…でも、やはり私達や家族でいる時は親父呼びも健在らしい。反抗期、おそるべし。
「その叙任式の説明も一緒にする予定だったんだよ、アーサー。」
副団長が騎士団長の背後から顔を覗かせる。
そのまま「本隊入隊おめでとう。」と声を掛けていた。
「ロデリック、注意より先にお前も褒めてやったらどうだ?」
一番祝いたいのはお前だろう?とロデリック騎士団長の肩を叩く。だが、騎士団長は動じない。
「褒める必要はない。」
両手を組み、はっきりと言い放つ騎士団長にアーサーがケッと声を上げた。だが、
「…お前なら必ず入隊できると信じていた。」
そう言ってアーサーの肩に優しく手をやる騎士団長は本当に誇らしそうだった。
アーサーもそれに対し「…だろ?」と言いながら少し照れ臭そうに笑っていた。クラーク副団長も嬉しそうだ。
するとステイルは、騎士団長に叩かれた方とはまた逆のアーサーの肩を叩く。
「…この一年は俺のお陰もあるがな。」
「アァ⁈ステイル!今回は俺の実力だろォが!」
「騎士団長との稽古をしなくなった分、俺との稽古を増やさせたのは何処の誰だ。」
「テメェも望むところだとか言ってたろォが‼︎」
背後から水を差すステイルにアーサーが噛み付く。
そう、新兵として入隊した後、アーサーは騎士団長との稽古はしなくなった。新兵になって、自分だけが本隊入隊試験前に騎士団長である父親に稽古を付けてもらうのは気が引けたらしい。そしてその分、この一年はステイルとの稽古の時間が増えていた。
「プライド様、…誠に申し訳ありません。我が愚息のせいでステイル様にまで影響を…」
騎士団長が頭を痛そうにしながら私に頭を下げてくる。
「い…いえ。以前にもお伝えした通り、ステイルもとても楽しそうですし、何よりちゃんと公務中は変わらずなのでご安心ください。」
このやり取りをするのも何度目だろうか。
アーサーとステイルは稽古を重ねるようになってから、アーサーが敬語が堪能になり言葉遣いがかなり改まったのに対し、ステイルは別の方向に言葉遣いが大分変わっていた。自分のことを〝俺〟と呼び、アーサーに対して〝お前〟と呼び、大分崩れた話し方もするようになった。勿論、公務の時は昔と変わらず敬語に〝僕〟口調だけど。完全にアーサーに影響されている。初めてステイルとアーサーの会話を聞いた時、騎士団長と副団長は凄く驚いていた。その上、ステイルの話し方が少し乱暴になった当初は、副団長共々物凄い勢いで謝まられてしまった。
「言っとくが、コイツは俺と会った時から腹黒ぇぞ。」
そういってアーサーがステイルを指差すと、ステイルは無言でアーサーの指を弾いた。
「一言余計だ馬鹿。」
いってぇなコノヤロウ、とアーサーが食ってかかるのを見て騎士団長が肩を落とす。副団長はもう見慣れたのか笑っているけれど。
「とにかく、…兎に角だアーサー。明日の準備について説明する。呉々も恙無く進められるようにしろ。…明日は、騎士にとって大事な日だ。」
「…うっす。」
真剣に言う騎士団長にアーサーが少し腰が低くなる。
明日の叙任式。新兵である騎士見習いが正式に騎士となる為行う、誓いの儀式だ。
騎士は傅き、主に忠誠を誓う。そして誓われるのは…
「明日は宜しくお願いしますね、アーサー。」
私だ。
本当は女王である母上の仕事なのだが、去年からは私が叙任式を行うようになった。
最初に母上から命じられた時は驚いたが、理由は二つ。一つはこれから騎士になる新兵は時期女王である私に仕える年月の方が多いであろうということ。二つめは…何故か、新兵による私への支持が大きいとのことだった。恐らくは崖の一件が関わっているのだろうけれど、崩落の予知くらいでそこまで感謝してくれるなんて本当律儀だなと思う。
「…はい、よろしくお願いします。」
アーサーは、そう言ってはにかむように笑った。
その顔は本当に嬉しそうで、私まで嬉しくなってしまう。
「行くぞ、アーサー。」
騎士団長と副団長が私達に頭を下げ、そのままゆっくりと背中を向ける。
そしてアーサーも私達に挨拶を終えると片手に抱えていた団服に袖を通しながらそれに続いた。
騎士団長達と同じ…白の団服を背中にはためかせて。




