43.自己中王女は望む。
「そういえば、プライド。我が騎士団が無事、城に戻ってきたそうですよ。」
ステイルの言葉に私は良かった、と胸を撫で下ろした。
昨日、母上との謁見を終えてすぐ、ヴァルを連れた騎士団は捕虜になった隣国騎士団の救出へと向かっていた。
無事捕虜を発見し、隣国へと送り届けた騎士団は今日、隣国から再び我が国へと戻ってくる予定だった。
ヴァルの案内通り騎士団を救出した時も、その後そのまま隣国へ向かうことになった時も、そして今日帰ることも全て特殊能力者からの通信で城に伝わってきていた。
捕虜になっていた騎士団は全員憔悴こそしてはいたが、無事だった。中には傷が膿んだせいで熱が出た兵もいたので、救出場所から近い我が国で保護しても良かったのだが、捕虜になっていた騎士達の強い希望でそのまま隣国へと送り届けることになったらしい。
とにかく騎士団が無事帰ってこれて本当に良かった。
「騎士団長もきっとお喜びでしょう。」
私が胸を撫で下ろしていることを察してか、そう言ってステイルは微笑んだ。
今回、救出に向かった騎士団は副団長であるクラークが率いた一軍だった。騎士団長は特殊能力者の治療によりかなり回復したとはいえ、まだ安静の為、副団長のクラークが救出に向かったらしい。
副団長曰く「一番重傷を負った騎士団長が動いては、他の重傷者の新兵の気が休まらない」ということらしい。まぁ、最もだ。
「…プライド。この後の罪人との面談、僕もお伴しますから。」
そういうステイルの目は真剣そのものだった。
私が母上との謁見を終え、その後アーサーとの稽古を終えたステイルはティアラからその話を聞いて、なかなかの取り乱しようだった。
何故僕を呼んでくださらなかったのですか、ジルベール宰相に何か言われませんでしたか、罪人と隷属の契約を⁈とそれはもう凄い勢いだった。
折角のアーサーとの稽古を邪魔したくなかったし、あそこまでの話になるとは思わなかったからと謝ったが、ステイルには次からは何か大事な話、母上や父上、そしてジルベール宰相に呼ばれた時、会う時は必ず何があっても自分を呼んでくださいと約束させられた。
「…ええ。わかったわステイル」
なので、今回のヴァルとの面談についていくというステイルにも頷く。
私のことでこんなにも心配してくれるなんて。
「お姉様…私も、御一緒してもよろしいでしょうか…?」
私の手を握りながらティアラが言う。
昨日、あんなにヴァルに怯えていたのに。それでも私を心配してついて来てくれようとしている。
二人とも私なんかには勿体無いほど、良い弟妹だ。
謁見の間に行くと、ヴァルは既に衛兵に見張られながら床に膝をついて待っていた。
私達の存在に気付き、ビクリと肩を揺らす。
…大丈夫、彼は隷属の契約で私達に被害を与えられないのだから。
そう自分に言い聞かせながら、それでもやはり心配になってステイルとティアラに私の背後に控えるように伝える。
「ヴァル、口を開きなさい。今この場でだけは私への侮辱も許しましょう。貴方の言いたいことを言って見なさい。」
そう言って、さらに一歩ヴァルに近づく。
焦茶色の髪に褐色肌。鋭い目が私を射抜くように睨みつけている。
「…バケモン。」
憎らしそうにヴァルが呟く。
そう、あの時の戦いを目の当たりにした彼にとって私は意味不明の化け物だ。
ヴァルの言葉にステイルが一瞬動いた気がするが、片手で制する。
「貴方は、これから解放となります。…この先、どう生きるつもりですか。」
捕虜となった騎士団を救出し終えたことで、ヴァルはこの先お役御免、解放となる。
ヴァルは私の言葉に嘘偽りをすることができない。考え込むように押し黙った後、ヴァルは一言まだ考えていないとだけ答えた。
「…そうですか。」
一度、目を閉じる。そして改めてヴァルは見つめた。
「ヴァル、あの崖の一件での話はこれから先、誰にも伝えてはなりません。私があの日行った事に関しても…いえ、私達の情報全てを秘匿しなさい。」
命じれば、ヴァルは逆らえない。
「では、最後。これから生きていく貴方へ最後になるかもしれない命令を2つ、下しましょう。」
ヴァルの眉が釣り上がる。
一体なんだ、とでも言いたげな顔だ。
「まず1つ、もし貴方が察知できるような緊急の事態が起こった時…私の大事な妹、ティアラをその特殊能力で守ってください。」
ヴァルが「は…⁈」と声を上げ、背中からティアラが息を飲む音が聞こえた。
ステイルが「プライド、一体何をっ…」と声を上げるが、敢えて聞き流す。
ヴァルの特殊能力は強力だ。土壁を高く、強固に築き上げる能力。瓦礫等が無ければ発動できないとはいえ、あの崖崩れからも私や騎士団長を無傷で守れたあの能力は凄まじい。ゲームのクライマックスでプライドは攻略対象者のルートによっては城を壊すような暴挙に出る時もあった。でもきっと、彼ならばティアラを守れるだろう。ゲームの主人公であるティアラには義兄のステイルや、将来騎士団長になるアーサー、そして他の攻略対象者もいる。でも、あの子が出来る限り傷を負うことも、危険な目に合うこともないように。彼女を守ってくれる人は一人でも多い方が良いと思う。
私が最低最悪の悪逆非道ラスボスになったら、この国を新たに再建してくれるのはティアラなのだから。
「これは最優先事項です。その為ならば…ティアラを守る為ならば私の命令に歯向かうことも許可しましょう。」
例え、外道に成長した私がティアラを殺せと命じても、ティアラだけは殺せないように。あの子は攻略対象者と違って、本当にか弱いヒロインなのだから。
ヴァルは意図を理解できていないようだったが、別にそれで良い。理解せずとも実行してくれればそれで。
「そして、2つ目ですが。」
2つ目、の言葉にヴァルが再び緊張の色を示した。まぁ、またどんな意味不明な頼みをされるか分かったものじゃないのだから仕方がない。
「ヴァル、貴方がもし己ではどうしようもない事態に直面し、心から誰かの助けを望む時は私の元へ来なさい。」
ヴァルは私の言葉に面を食らったかのように、何度も何度も瞬きをしてこちらを見ていた。だが、やはりこちらも彼に理解される必要はない。「命令は以上です。貴方は解放されました、この城から出て行きなさい。」と伝えればヴァルは疑問たっぷりの表情のまま、ゆっくりと扉に向かって歩くことになる。歩を進めながら慌てるように彼は「ど、どういう意味だ⁈」と当然の疑問を私に投げかけていた。
「貴方がそういう事態に陥らなければ杞憂で終わる命令です。」
それだけ言い放ち、それ以上は何も敢えて言わなかった。扉から出て行くヴァルの姿を見届ける。そのまま彼は私の命令通り扉を開け、衛兵に監視されながら城の門まで誘導されていった。
「ップライド!何故、罪人などにあのような命令を…‼︎」
「お姉様、何故私なのですか?守られるのはお姉様ではないのですか?」
ヴァルを誘導していった衛兵が謁見の間の扉を閉めた途端、堰を切ったようかのようにステイルとティアラが迫ってきた。どうやら言いたい事があったのを私を立ててヴァルが去るまでは我慢していてくれていたらしい。
取り敢えず最初にごめんなさい、と謝ってからなんとか二人に説明をする。
「ほら、私よりもティアラの方がか弱いもの。それに…折角解放された彼がもし、何かに巻き込まれたら隷属の契約のせいで彼には逃れることが」
「それがあの罪人の当然の報いです‼︎」
ステイルが声を荒げる。
たしかに。それはわかってる、わかっているけれど…
「そうね。でも…、…解放したからには、彼もまた私の国民だから。」
もし、彼が捕虜などの取引材料を持たないで裁けと母上に言われたら、私は迷わず処刑を命じただろう。でも、結果として彼はこれから我が国の国民として生きていく。ただし、隷属の契約という多くの制限を抱えながら。当然ずっと支援するわにはいかない。でも、彼が本当に助けを求めた時くらいは力になりたいと思ってしまったのだ。
私がなんとか笑みで返すと、ステイルは最初、眉間に皺を寄せていたけれどすぐに溜息とともき肩の力を抜いてくれた。
「……わかりました。…良いです。それに、プライドがそういう人だから僕は…。」
そう言い澱むと、ステイルは最後に少し小さな声で「その分、僕が目を光らせ続ければ良いのですから。」と独り言のように呟いた。
…あれ。
もしかして私は既に最低女王に向けて私は歩を進めているのだろうか。目を光らせる、だなんて。まさか既に私はステイルに警戒されているのではないだろうかと少し心配になった。隷属の契約だって、女王であれば公務だけどまだ女王にもなっていない私がやるなんて、ゲームでステイルにやったのと同じような所業だったら…
やはりまだゲーム通りに進んでいるのかと、私が背中に冷たいものを感じた時だった。
「お姉様…」
ティアラが私の手を引っ張る。
何かと思ってティアラの方を見ると、その目は既に潤んでいた。驚き、どうしたのと聞くとティアラは小さな唇を震わせた。
「私は…お姉様にとって邪魔な存在なのでしょうか…?」
えっ、と私は急いでティアラに向き直りその小さな両肩に手を置いた。
「そんなことないわ、貴方は大事な大事な私の妹よ。何故そんなことを思うの?」
「お姉様は女王となる御方です、一番御守りすべき御方です。なのに、私を守れとお姉様は…。…私が、弱いせいで…」
どうやら何か勘違いをさせてしまったらしい。前世でゲームを知っている私にとってはこの国で一番守られるべきなのはティアラと知っているからの判断だったのだけれど…。
「…ごめんなさい、ティアラ。ただ、私にとって貴方は大切な存在だから、守りたいと思って。勘違いさせたなら謝るわ。」
とにかくどうか誤解だと伝わるように、そう言って小さな身体を抱き締めた。それでもやはりティアラは私のドレスを握り締めながら涙ぐんでいる。
どうしよう、ステイルに続いてティアラまで。私がもし、ティアラを嫌っていると勘違いされていたらっ…ゲームの中で姉に愛されたかったと泣いていたティアラを思い出す。そんな想いは絶対にさせたくない。
私はもう一度強く、ティアラを抱き締め直す。
「…愛しているわ、ティアラ。大切な私の家族…たった一人の、私の妹。例え、この先に何があろうとも…今の私のこの気持ちは本物よ。どうか、それだけは信じて…。」
例え七年後、私が貴方に許されないことをしても
その時私が貴方に憎しみを、もしくは貴方や攻略対象者が私に憎しみを持っていたとしても。
どうか今ここで貴方を愛していたことだけは覚えておいて欲しい。
記憶の中で、貴方を確かに愛した今の私を忘れないで欲しい。
ティアラは少ししてから小さく、本当に小さくだけれど「はい…お姉様」と呟き、頷いてくれた。
その言葉に安堵した私は、先程から静かに私達の様子を見守ってくれていたステイルへそのまま手を伸ばした。彼の腕を掴み、引き寄せる。そして勢いのまま倒れこむステイルをティアラと一緒に抱き締めた。
「貴方の事も愛しているわステイル。私のたった一人の大事な弟。…例え次期女王失格だとしても、どうか…最期まで貴方の姉でいさせてね。」
ティアラも至近距離にいるせいか、顔を赤らめたまま私の胸に埋まるステイルをティアラと一緒に腕の中におさめる。
そのまま、暫く私はステイルとティアラを抱き締め続けた。
彼らが私を断罪した時
せめてこの瞬間を思い出して貰えるようにと、心の底から強く願いながら。