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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
絶縁王女と幸福な結末
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416.義弟は踏み出す。


…何時間、経っただろう。


「っ………プライド…。」

目の前で、眠るように横たわる彼女は未だ目を覚まさない。


彼女の部屋で、ベッドに眠らされたプライドは指先一つ動かさずに眠り続けている。

部屋には近衛兵と近衛騎士、専属侍女と医者も複数配備され、部屋の外にも多くの衛兵と騎士が置かれ、誰もがプライドの目覚めを待ち続けている。ベッドの傍らではティアラが椅子に座り、彼女の手を握り締めたまま涙で腫らした目で片時も離れようとしない。……そして、俺もだ。


今夜のティアラの誕生祭で突然、プライドは倒れた。


頭を抱え、尋常ではない叫び声を上げて崩れ落ちた。

暴れ、苦しみ踠き、彼女の細い身体が酷く仰け反った。…大衆の面前で、何の前触れもなく。

急ぎ医者を呼び、踠く彼女の身体を押さえ付け出せばプライドは糸が切れたように気を失い、動かなくなった。

雑踏を押し退け、駆け付けたアーサーも急ぎプライドに触れたが何も変わらなかった。万物の病を癒す、アイツの特殊能力ですらも‼︎

訳がわからない。何故、何故アーサーの力が通用しない⁇医者も気を失っていること以外わからないという。外傷も無く、プライドが最後に飲んだグラスからも大広間内や来賓の荷物からも毒物らしきものは見つからなかった。

すぐに城中を封鎖し、騎士や衛兵が回ったが来賓以外は侵入者もその痕跡もなかった。何より、プライドは来賓の目の前で苦しみ倒れた。その直後までプライドに誰も近付いていないことは来賓全員が証人だ。

残る可能性としては、我が国が知り得ていない遅効性の毒、プライド自身の正体不明の病による発作か、最後にプライドと関わった俺達フリージアの王族か、ハナズオ連合王国、または我が国の来賓による特殊能力。

もし、後者だった場合、我が国の来賓は全員が貴族だ。しかも今回は中級貴族どころか下級貴族もいくらか招待していた。ならば動機として挙げられるのは、最近俺とジルベールが虱潰しにしていた貴族監査への妨害や報復、単なる王族への反逆、プライドに婚約者候補に加えられなかったことによる逆恨み…ッああいずれにしても腑が煮え繰り返る…‼︎‼︎


ダンッ‼︎と、気が付けば己が拳を背後の壁に叩きつけていた。

何人かが肩を揺らし、こちらを見たような視線を感じたが、俺はプライドだけを見つめ続ける。


……プライドが倒れてから、大広間中は騒然とした。

犯人や原因究明もそうだがそれ以上にプライドが倒れたことに多くの来賓がどよめいた。特にアーサーを含む騎士団、アネモネ王国、ハナズオ連合王国の来賓その全員の焦燥は大きかった。崩れ落ちた彼女を何とか頭を打つ前に受け止めたが、俺にできたのはそれだけだった。

騎士団が衛兵と共に王族の護衛を固め、あのジルベールすらプライドが動かなくなってからは顔面蒼白だった。

来賓と大広間の確認や身辺調査が終わり一先ず全員が帰されたが、遠方以外の同盟国もプライドの安否がわかるまではと留まることを願ってくれた。…レオン王子も強く、それを望んでくれた。

だが、既に多くの国内外の来賓を招いていた現状では予定以上の者を我が城に受け入れることも、引き止めることもできなかった。…それ程に、今回は規模が大き過ぎた。

しかも相手は貴族王族。フリージアの王族として広間にいつまでも軟禁するわけにもいかない。…結果、その時の状況や怪しい動きをする者などはいなかったか。そして所持品などの詳細を確認次第、予定通りに近隣国の者は送り出し、宿泊予定者は専用の宮殿へと促した。ありがたいことに殆どの者が協力的で、プライドの容体や持病などを尋ねたり会わせて欲しいと望む者以外は円滑に送り出せ、事なきを得た。

ハナズオ連合王国には、国際郵便機関の発表中止を俺とジルベールから詫びたが、それ以上にプライドの身を案じてくれた。ランス国王とセドリック王子からこっそり〝例の特殊能力者は〟と尋ねられたが、もう既に処置済みとはまだ言えなかった。

ティアラはプライドがベッドに運ばれてもずっと泣き噦り、今は本来の明るさの欠片もない。防衛戦後にプライドへ付いていた時とは比べ物にならないほどに暗く陰っていた。

騎士団が厳戒体制で城を警備してくれている中、いつも夜分には引く近衛騎士も今は四名揃ってプライドの護衛に努めている。初めは二人ずつ回すべきかとも騎士団長と考えたが、全員がプライドが目を覚ますまでと希望した。

俺もその方が安心だ。最悪、プライドが明日になっても目を覚まさなければハリソン隊長を呼び四人体制で一人ずつ休息を回せば良い。

…………目を、覚まさなければ。

そう思った瞬間、不安と恐怖が全身に襲いかかった。

胃の中が酷く揺れ、吐き気まで込み上げる。力を込めても指先から手が、腕が、酷く震え上がった。息まで苦しくなり、必死に意識的に深く呼吸を整えた。


嫌だ、プライドが目を覚まさないなどありはしない…‼︎彼女が、こんな、こんな形で居なくなってしまうなどっ…!

喉までつっかえた感情を拳を握って押さえ付ける。駄目だ、涙腺を刺激するこれを、いま露わにする訳にはいかない。アーサーと約束をした‼︎何より今それを曝け出せば本当にプライドが二度と目を覚まさないと言っているようなものだ。そんなこと誰よりこの俺自身が許しはしない…‼︎

音に出るほど呼吸を大きく繰り返して整え、俺は感情に抗った。


医者は目を覚ますかすらわからないと、言っていた。


眠っているか死んでいるのかもわからないほど、全く動かない彼女はその息すら浅く、いつ呼吸が止まっても不思議ではなかった。

医者達が何度も何度も定期的に脈を確認し、呼吸を確認し、顔色を見る。何度呼び掛けても反応がなく、原因もわからない今。目を覚ますことを待つ以外に方法もなかった。


コンコン…


「…ステイル様。ヴェスト摂政がお呼びです。」

扉を開けた近衛兵のジャックが、俺に声を掛ける。

いつも落ち着き払った彼すら今は暗く陰鬱とした表情のままだった。いま行きますと言葉を返し、一度俺はプライドの傍らにいるティアラと並ぶ。

俺が隣に立ったことに気付いたティアラが「兄様…」と小さく呼んだ。今にも再び泣きそうな声を漏らすティアラの頭を撫で、そしてティアラの小さな手に握られたプライドの手をその上から包むように握り締める。

ティアラの手の隙間からうっすらと、プライドの温度を感じた。

人形のようになってしまった彼女は、寝息一つすら音を立てない。


「…行ってきます、プライド。いつでも目を覚ましてくれて良いのですからね。」


自分でも笑ってしまうほど、覇気のない声だ。

願いだけを込め、彼女に言葉を掛ける。反対の手でそっと彼女の深紅の髪を梳くように撫でれば、はらりとシーツに広がった。

部屋中の者に、プライドが目を覚ましたらすぐに俺に報告するように伝え、彼女の温度を惜しみながらベッドから離れる。

最後にベッドの傍で、姿勢を崩さず佇む近衛騎士達へ歩み寄る。プライドの傍にいるティアラと違い、一歩だけ引いた位置にいる彼らの顔を覗けば全員が噛み締めるように強張った表情のままだった。

アラン隊長、カラム隊長は目こそ生きてはいるがその表情は俺と同じようにプライドを守れなかった己への怒りで満ちていた。エリック副隊長も顔色が酷く悪い。必死に気を引き締めてくれているが、何度も口の中を噛み締めてるのがよくわかった。そして


「アーサー、……隊長。」

コイツが一番酷い。

意識こそ保っているが、目が虚ろだ。顔色も血の気が無くなり、何度も自分の手のひらを見つめていた。己が特殊能力でプライドを救えなかった歯痒さと自責の念が全身から溢れ出していた。

俺の言葉に顔を上げたアーサーは、少し顔を引き締めた。すみません…と俯いていたことを力なく俺に謝罪する。「僕は今からヴェスト摂政の元へと行ってきます」と伝えれば、短く返事が返ってくる。ちゃんと部屋の状況は頭に届いてはいるらしい。

ですから、と言葉を繋げれば俄かにその口元も引き締められた。


「僕が戻るまで、…どうか代わりにもっと傍でティアラと姉君に付いていて下さい。………貴方にしか、頼めません。」

俺が信用できる、お前にしか。

耳を疑うように目を丸く見開いたアーサーを、エリック副隊長がそっと背中を押した。俺が先導し、ティアラの椅子の隣へと促した。

ゆっくり、一歩一歩確認するような足取りでアーサーがプライドのすぐ傍まで歩み寄る。膝を折り、ティアラの目線に並ぶ。

アーサーの方を向いたティアラが、その手で自分とプライドの手の上にアーサーの手を重ねた。微熱の残る姉君の温度を感じたのか、アーサーの強張った肩が静かに降りた。

一度強く瞑り、そして新たに見開いた深い蒼い瞳がプライドの顔をしっかりと見つめ、反対の手がそっとティアラの背中を撫でた。

三人のその姿を確認してから、俺はとうとうプライドの部屋から身を引いた。

音もなく俺がくぐった扉が閉ざされ、彼女の気配を感じられなくなった瞬間、胸が絞られた。拳を握り締め、血が出るほどに口の中を噛み締める。


「っ……プライド…。」


大丈夫、大丈夫だ。

きっと明日になれば目を覚ます。いつものように笑って、心配かけてごめんなさいと眉を垂らすのだろう。

ヴェスト叔父様も、俺を呼んだということは何か進展があったのかもしれない。解決策がわかるか、プライドが目を覚ますのが先か。きっとそれだけの話だ。プライドにはアーサーも付いている。……大丈夫だ。

必死に自分へ言い聞かせ、プライドの部屋から離れようとする足に力を込める。意思を込めないとこのまま一歩も動けそうになかった。アーサーが居てくれなければ、部屋から出る事もできなかったかもしれない。

一歩ずつ歩みを強め、ヴェスト叔父様の元へと急ぐ。



この悪夢が、早く終わることを心の底から願いながら。


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