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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
無関心王女と知らない話
488/877

407.無関心王女は慌てる。


「…おはようございます。第一王女殿下。」


ティアラの誕生祭、前日。

予定通りに近衛騎士としてハリソン副隊長、エリック副隊長が朝から私の護衛に来てくれた。いつものように頭を下げて挨拶してくれるハリソン副隊長とエリック副隊長に私も応えた。


「おはようございます。エリック副隊長、ハリソン副隊長。」


今日も宜しく御願いします、と声をかけながら私は廊下を歩く。

すぐにティアラやステイルとも廊下で合流をして、五人で歩きながら話す。

ティアラもハリソン副隊長に対しては、もう慣れた様子だった。「おはようございますっ!」と挨拶するティアラにハリソン副隊長も頭を下げている。前髪はパッツンに切っているのに、両端の長い黒髪は流したままなので頭を下げると余計に顔が見えなくなる。ティアラも未だにハリソン副隊長と目が合ったことはないらしい。私も目があってもすぐに逸らされちゃうから殆ど同じだ。


「ハリソン副隊長は、お暇な時は何をされているのですかっ?」

ティアラはちゃんとハリソン副隊長とも仲良くなりたいらしく、こうして近衛騎士の時にはハリソン副隊長にもちょこちょこ言葉を掛けている。

パッと見でホラーのハリソン副隊長にも物怖じしないティアラは流石だと思う。アーサーを可愛がっているとアラン隊長達から聞いたことも大きいかもしれない。

ステイルは自分からあまりハリソン副隊長に話し掛けないけれど、それなりに信頼はしているらしい。最初の顔合わせの時もにっこり笑って「姉君を宜しく御願いします」と握手を交わしていた。「ヨアン国王や南部を御守りして下さった時のような活躍を期待しております」と言ったらステイルを見るハリソン副隊長の目が少しきらりと光ったような気がした。…確か、その時の活躍って敵を根絶やしにしたのが主だったのだけれど。


「…訓練をしております。」

ティアラへの問い掛けにも基本、日常会話が一言二言のハリソン副隊長は返事も短い。

ティアラ相手に怒ってるわけではないと思うのだけれど、あまりにも淡々としているから聞いている私とエリック副隊長が何だかハラハラしてしまう。流石ですねっ!と嬉しそうに笑うティアラは全く気にしてないから良いけれど。セドリック相手よりも楽しそうなのが凄く胸にザックリ刺さる。…いや、基本ティアラはセドリック以外には友好的だ。

セドリックを婚約者候補にしたティアラだけれど、未だに真意は私もわからない。一瞬すごく良い雰囲気にも見えたけれど、その後怒ってからはまた自分から関わろうとはしないし。この四日間も殆どセドリックと挨拶以外会話をしていない。…というかそれ程に忙しかった。十六歳という記念すべき歳の誕生祭に本人も凄く意欲的で、今回は催しまで母上と一緒に考えている。そんな中、今日も明日に備えて大忙しだし多分またセドリックと話すことはないだろう。

やはり結局はフリージア王国に居る為にセドリックの求婚を受けたのかなと思うと、すごくセドリックに同情してしまう。本人はそれで満足なのだろうけれど。

朝食の後、ステイルはヴェスト叔父様の元へと向かい、私とティアラは庭園で勉学の時間まではゆっくり過ごすことになった。多分勉学の時間が終わったら、ティアラも明日の再調整で忙しくなるだろうし、私も母上やセドリック達と明日の国際郵便機関発表の打ち合わせがある。最初くらい外の空気を吸って息抜きをしておかないと。

そうしてティアラと手を繋ぎ、庭園に出たその時



…風と殺気が、吹いた。



ブワッ…!と軽い突風かなと思ったら、凄く背筋が冷たくなった。

何かと思えば次の瞬間には悲鳴と怒声、地響きと激しい金属音が殆ど同時に響いて、急いで振り返ったら背後にいた筈のハリソン副隊長が居なかった。

エリック副隊長も声で気づいたらしく慌てたように「ハリソン副隊長⁈」と叫んでた。私とティアラも大慌てで声のした方に全力疾走をする。


「ッテメェ!何しやがるッ‼︎」


二度目の元気な怒声が聞こえ、私は走りながらも一安心する。良かった、まだ無事みたいだ。

城門へ続く道の先に小さく見えた影に、ハリソン副隊長が襲いかかっていた。ハリソン副隊長の背中越しでチラチラとしか見えないけれど、あの土壁は間違いない。


「ハリソン副隊長‼︎止まって下さい‼︎」

声を必死に張り上げて、私は駆け寄る。

私達が走っている間にもハリソン副隊長はヴァルに剣を容赦なく振っているし、ヴァルも突然の奇襲に足元の土を地面ごと操って防御していた。ハリソン副隊長の剣や銃弾をギリギリのところで砂を使って防いでいる。キンッ‼︎ガンッ‼︎と固い音が私達の耳まで届いた。

セフェクも放水攻撃を連発したけれど、ハリソン副隊長に難なく避けられた。するとハリソン副隊長は躊躇いなくナイフを彼女達にも放つ。ヴァルが地面を使って弾いた後、彼の操る砂が棘のように鋭く尖りハリソン副隊長に襲いかかった。…多分ナイフ投げで、二人を守る為の正当防衛が彼の中で成立してしまったのだろう。でも、その攻撃もハリソン副隊長は高速で見事に避け切った。

ヴァルはとうとう周辺の地面を大規模な土壁のように起こし出した。地響きが更に酷くなり、フラついて思わず足が止まる。遠目からだとハリソン副隊長が土の巨人と戦っているかのようだった。それでも全く怯まないハリソン副隊長が、今度は土壁を正面から破壊し始めた。剣一つであの強固な壁をどんどん砕いていく姿は流石に私も目を疑う。

壁が壊されるごとに内側からセフェクからであろう放水攻撃もあったけれど、やはりハリソン副隊長は難なく避けてしまう。壊しても壊してもすぐにヴァルによって修繕されてしまう壁に業を煮やしたのか、今度は高速の足で勢いのままにその土壁を駆け上がり始めた。あっ!と声が出た時にはハリソン副隊長が壁の内側に今度こそ飛び込んでしまった後だ。まずいまずいまずい‼︎同時に再びケメトの悲鳴とヴァルの怒声が壁の向こうから鳴り響く。



「はっ、ハリソン副隊長ッッ‼︎殺してはいけません‼︎」



やっと声の届く距離まで追いついた私は壁の向こうに届くようにと再び声を張り上げた。

全力疾走の後に叫んだから、一回叫んだだけで肩どころかもう全身で息を整えることになった。壁の向こうが凄く静かになって、ただの汗だけでなく冷や汗まで溢れてきて首から胸元まで濡れた。

なんとかぜぇぜぇ状態から立ち直って、息を思い切り吸い上げてから再び声を張る。


「その人達は私の配達人です‼︎危害を加えないで下さい!」


………返事がない。どうしよう、ますます嫌な予感がする。

緊張で息が音になってきて、また肩が上下した。喉がカラカラに乾涸びてくる。ティアラなんて、口を両手で覆ったまま心配で震え始めた。

壁の前まで一歩一歩近づき、手をつく。コンコン、と叩くけどかなりの規模の土壁だったのでたぶん向こうまで届いていないだろう。回り込もうとしたら、どこまで行っても土壁が囲むようでどちらかといえばドームに近かった。もしかしたら大規模なドームで防ごうとしたら先にハリソン副隊長が越えてきちゃったのかもしれない。…セフェク達からすれば完全恐怖だっただろう。


「ヴァル‼︎聞こえますか⁈この土壁を解いて下さい‼︎」


パラッ…ガラララララッ‼︎と。

私の声に反応して、彼の特殊能力が解かれた。

今度こそ反応が返ってきてほっとしたら思わずフラリと倒れそうになった。エリック副隊長が支えてくれたけど、本当に心臓に悪かった。

大規模の土壁だったので一度この場から引くようにとエリック副隊長が誘導してくれる。私もティアラの手を引き、一緒に避難する。

あまりの大規模な土壁だったので、気がつくと結構な人数の衛兵や庭師達が集まっていた。庭師は取り敢えず庭園が無事なことにだけほっと胸を撫で下ろしている。

バラバラと土壁が私達の身長より低くなってきた時、土煙に紛れてやっと人影が見えてきた。ヴァルらしき影が佇んでいて、その傍にケメトがしがみつきセフェクが手を構えたまま固まっていた。彼らの前で同じように硬直しているのがハリソン副隊長だ。…剣をヴァルの喉元に突き付けた状態で、紫色に光る眼光が長い黒髪の隙間からヴァルへと向けられ、互いに睨み合っている。

駆け寄ってみれば、ヴァルも防ごうと刃先と首の間に砂を操って阻んではいた。でも、確実にハリソン副隊長ならそれ諸共ヴァルの首を刎ねられるだろう。

ギギギギッ…と刃先が砂壁一枚手前で微かに震えている。未だにその剣を振りたい気持ちをハリソン副隊長は必死で抑えてくれていた。セフェクとヴァルも、反撃をしたいのだろうけれど、下手に動いたら次の瞬間にはヴァルの首が飛ぶ方が先になりそうだった。

ヴァルが喉を僅かに顎ごと反らしながら、ハリソン副隊長から鋭い目を私に向けて睨んだ。どういうことだ、と目が語っている。


「ハリソン副隊長、説明していなくてごめんなさい!この人は私直属の配達人で、決して敵ではありません。」

刺激しないように二人の間に立ってヴァルを手で示す。

そのままセフェクとケメトの説明もすると、ティアラがフォローをいれるように二人に両手を添えて見せた。ケメトはヴァルとセフェクにしがみついたまま凄く怯えているし、セフェクは敵意満々で少し涙目だった。

ティアラが「大丈夫です!この方は味方ですからっ!」と一生懸命二人に声を掛けているけれど、未だにヴァルから剣を引こうとしないハリソン副隊長を前に説得力は流石にゼロだった。


「どうか、剣を、降ろして下さい、…彼は、もう誰にも、危害は加えませんから…!」

ゆっくり、ゆっくり交渉人の如く声をかければやっとハリソン副隊長が剣を収めてくれた。

チャキンッ、と鞘に収められた音でやっと私もティアラもエリック副隊長も緊張の糸が切れる。ただし、鋭い眼差しだけは未だにヴァルを刺し貫かんばかりに向けられている。ヴァルも剣が引かれてからやっと反らした顎を元の位置に戻し、操っていた砂も解いた。まだ首がついていることを確認するように首を片手で摩りながら、そっとセフェクとケメトからハリソン副隊長を阻むように位置を変える。


「…おい、主。この騎士は何だ。」

ヴァルが私とハリソン副隊長を交互に睨む。

怒りを通り越してしまったらしく、低い息と共に冷たい殺気が吐き出された。でも、ハリソン副隊長も負けないくらいの殺気をヴァルに放っていて、傍にいるだけで私まで身が竦んだ。それでもちゃんと紹介すべく口を動かす。

「彼は、ハリソン副隊長です。これから度々私の近衛の任をしてくれる騎士です。ハリソン副隊長、彼は…」




「忘れもしない…‼︎七年前の大罪人が…‼︎‼︎」




私の言葉を待たずにして堪え切れないようにハリソン副隊長が声を荒らげた。

同時に殺気が倍増して溢れ、ハリソン副隊長の瞳が激しく光った。……やっぱりだ。

ヴァルがハリソン副隊長の言葉にやっと気が抜けたように「あー?」と声を漏らす。

ふとそこでセフェクとケメトが聞いていることを思い出し、私はエリック副隊長に手で指示をしてティアラと一緒にセフェク達の耳を塞いでもらった。二人ともいつもより過敏になっているせいか、ティアラに塞がれたセフェクもエリック副隊長に塞がれたケメトもビクッと激しく肩を震わせた。軽く悲鳴が上がり、ヴァルが思わず振り返るとまたハリソン副隊長が剣を抜いた。


「我らが騎士団長に引き金を引いた罪…‼︎‼︎その命で償おうとも足りはしない…‼︎」

「アァ?生憎裁かれた後だ。文句ならそこに居る主に言うんだな。」

ギリギリと歯を食い縛るハリソン副隊長に、ヴァルはやっと現状を理解したように言葉を返した。

顎で私を指し示せば、ハリソン副隊長の顔がぐるりと私へ訴えかけるように向けられた。説明を求める瞳が激しく揺れている。

私から以前エリック副隊長達にもした時と同じように、隷属の契約から配達人までの経緯を説明したけれど、それでもハリソン副隊長の殺気は消えなかった。

騎士団長や副団長も承知済みだし、私からもどうか抑えてもらえるようにと重ね重ねお願いしてやっともう一度剣を収めてくれた。

私に跪いて「仰せのままに」と返してくれた姿は、何とか承知してくれたようだった。…立ち上がった途端、ヴァルに「二度目はない」と殺意満々の眼差しで告げていたけれど。


「騎士団に関われば、殺す。」

「そりゃあ俺様も望むところだ。」


騎士なんざに関わりたくもねぇ、とニヤニヤとわざとらしい不快に感じる笑みと共に吐き捨てるヴァルへハリソン副隊長の殺気が再び増す。

もうこのままだと再び殺し合いが始まりそうなので、私が間に入りこの場でヴァル達の用事を済ませることにした。本当はちょうどセドリックが居るこの機会に、国際郵便機関について説明と同業者になるセドリックの紹介を改めてしようと思ったのだけれど、また別の機会にした方が良さそうだ。

彼に今日の用件を尋ねれば、明日のティアラの誕生祭に向けて、御祝いの品と書状を持って来てくれたらしい。見れば後方にさっきまで特殊能力で運んでくれていたらしい品々が地面に着地していた。多分、ハリソン副隊長の攻撃から防御した時にこっちの操作が切れたのだろう。砂の絨毯による極低空だったお陰で一応傷はなさそうだけれど。

ちょうど衛兵達も集まっていたので、申し訳ないけれどこの場から全部彼らに運んでもらうことにした。今は一秒でも早くヴァル達を城から逃がしたい。書状も受け取り、取り敢えずハリソン副隊長の視界から隠すように二人の間に立つ。


「今日は私からも書状は無いから大丈夫。また一週間経ってから来てください。……必ず一週間、経ってからです。」


ふと誕生祭後からは警備の事後報告の為の隊長会議やアーサー達の非番の日がバラバラと続くことを思い出す。取り敢えず一度彼らには間を空けた方が良いだろう。

本当にごめんなさい、ありがとうと伝えながらヴァルの背を押す。ヴァルから苛立たしげに「これだから騎士は」と舌打ちが続いた。今度会ったらちゃんと改めて謝らないと。

今回は私が前もって話さなかったことに責任がある。騎士団長のことを慕っているハリソン副隊長にとって、騎士団襲撃の犯人なんて水と油どころか完全に地雷でしかなかった。


「…第一王女殿下。何故このような罪人を。」

私に押されるヴァルの背中を睨みながら、ハリソン副隊長が呟く。その途端またヴァルから「あー?」と声が上がった。また何かハリソン副隊長を怒らすようなことを敢えて言いそうなので、私からも搔き消すように声を張らないといけなくなる。


「いっ、色々あって‼︎ですが今は私にとっても大事な人なので‼︎‼︎」

どうか、どうかここは私に免じて‼︎‼︎と大慌てで声を張る。

至近距離で叫ばれたせいか触れてたヴァルの背中がピクッと震えた。構わず彼の背中をぐいっと更に押すと、背中越しにヴァルが大きく息を吐くのを感じた。うんざりするように深い息の後、見上げてみると呆れたように頭をボリボリ掻いていた。

ヴァルは振り返らないまま、セフェクとケメトを指先の動きだけで呼んだ。人差し指をくいっくいっ、と動かす合図に二人がすぐ駆け寄って来る。

セフェクとケメトはヴァルにぴったりくっついてから、私達に手を振ってくれた。……ハリソン副隊長にはなかなか怯えていたけれど。

ヴァルに続いてセフェクとケメトまで騎士嫌いになったらどうしようかと思ってしまう。ヴァル自身は反応から見るに、騎士であるハリソン副隊長に自分が狙われたこと自体はそこまで気にしてないようだけれど。

最後に「また来週に‼︎」と念押しで叫んだら、一応ヒラヒラと振り返らないまま手だけは振ってくれた。


「……申し訳ありませんでした。」


ヴァル達の背中を見送った後、ポツリとハリソン副隊長が謝ってくれた。

見れば私に深々と頭を下げてくれている。もしかしたらヴァルのこととは別に大ごとにしてしまったことは気にしてくれたのかもしれない。

並んでエリック副隊長も謝ってくれ、ティアラが「本当に色々ありましたものねっ!」と弁護してくれる。

頭を上げるように声を掛けた後も、ハリソン副隊長は心なしか気落ちしている様子にも見えた。以前、ハリソン副隊長も自分は戦闘しかできないと考えていたと聞いたし、もしかしてまたそう思ってしまっているのかもしれない。


「悪いのは私ですから。私こそ説明しなくてごめんなさい。」

怒っていないことを示すように笑ってみせるけれど、やっぱりハリソン副隊長の顔はいつもより暗い。

エリック副隊長が「自分が前もってお伝えすべきでした」と言って今度はハリソン副隊長にまで謝ってくれた。そこはヴァルの主である私が言うべきだったからエリック副隊長は全く悪くないのに!


「エリック副隊長もハリソン副隊長も悪くありません。それに、ハリソン副隊長がやっぱり優秀な騎士であることはわかりましたから。」

私の言葉にエリック副隊長とハリソン副隊長が同時に顔を上げた。

ハリソン副隊長の目が私の言葉を聞き返すように真っ直ぐに向けられる。やっと暗い表情から驚きの所為でやや晴れた表情になったハリソン副隊長に私からもう一度笑いかける。


「だって、あんな遠距離から私の敵らしき人物を見つけてすぐ飛び込んでくれたんですもの。ヴァルではなく本当に危険な人物だったら、今のも立派な功績です。」

実際、ヴァルも一応危険な罪人だったことに変わりはないし。

何より私達が全く気付かなかった距離の彼らに気付いたということは、それだけ広範囲まで意識を払ってくれていた証拠だ。

ハリソン副隊長の口が俄かに開かれたまま固まった。もしかしてここで私に凄く怒られるとでも思っていたのだろうか。そんな王女だと思われていたのなら少し落ち込む。私の言葉にティアラが嬉しそうに笑って私とハリソン副隊長を見比べた。

私から再び怒っていないことを繰り返しハリソン副隊長に伝える。


「流石ハリソン副隊長です。アーサーが推薦してくれたのもよくわかります。……これからもずっと期待しています。」

そう言って心からの笑みを向けて見せると、ハリソン副隊長の目が見開かれた。…ここまで長く私と目を合わせてくれたのも初めてだと思うと少し嬉しくなってしまう。前回は防衛線の怖い満面の笑みだったし。

可愛がっていた部下のアーサーが自分を推薦した、という事実はそれほどに嬉しいのだろう。

見開かれたハリソン副隊長の目にティアラも珍しそうに顔を覗かせている。何か気になるのか、じぃ〜〜…と彼の顔を眺めたままだ。ハリソン副隊長も視線に気付き、一度だけ瞬きするとティアラの方へと顔ごと見返した。


「……何か。」

短い言葉で尋ねるハリソン副隊長に、ティアラは釘付けになるように視線を外さないまま口を開いた。同時に少し悪戯っぽく笑って彼を下から上目遣いに覗き込む。


「…お姉様と同じ瞳の色なのですね。とても素敵ですっ。」

やっとちゃんと見られました!と嬉しそうに笑うティアラに、ハリソン副隊長がとうとう目を丸くした。ティアラの言葉を聞いて私もそういえばと思い、一緒に並んで顔を覗き込む。ティアラに続いて私にまで覗かれたハリソン副隊長が珍しく僅かに仰け反った。

確かにハリソン副隊長も私も同じ紫色の瞳だ。わりとこの国でもまぁまぁ珍しい方なので、そう思うと親近感が湧いてくる。


「本当ね。ハリソン副隊長と同じ色だなんて光栄だわ。でも、……ハリソン副隊長の方がずっと綺麗。」

私みたいな吊り目と違って見開かれたハリソン副隊長の瞳はまるで水晶のようだった。私の言葉にハリソン副隊長が息を飲む音が浅く聞こえ、そして




…目を、逸らされた。




本当にすぐに。

人にまじまじと見られるのは不愉快だったのだろうか。…それとも私に、だったらどうしよう。

相変わらず私に目を逸らす率の高いハリソン副隊長にこっそり落ち込むと、次の瞬間にはハリソン副隊長は一瞬で目の前から消えてしまった。

風が吹き、思わず息を止めて目を凝らすと次の瞬間には、三メートルほど離れたところに移動していた。片手で眩暈でもするかのように顔を鷲掴んで押さえ、私達からとうとう顔ごと逸らしてしまった。…まさか、そこまで怒らせるとは。仮にも女性と同じ目の色なんてハリソン副隊長には屈辱とかだったのか。それとも、可愛いティアラに上目遣いで覗かれて照れたのか。

ハリソン副隊長?とその場から問い掛けると暫く俯いた後に「…問題ありません」と返し、続けて謝ってくれた。なんだか、予想外にさっきよりも更にしおらしく謝ってくれたハリソン副隊長の人間味がすごくって、失礼ながら私もティアラも顔を見合わせて笑んでしまう。

少し間を置いてから今度は普通に歩いて再び私達の背後に控えてくれたハリソン副隊長は、またいつもの様子だった。どちらにせよ、顔色を見ればさっきの暗い影が晴れた様子にほっとしつつ、私は改めてハリソン副隊長に手を差し出した。


「これからもその調子で宜しく御願いします、ハリソン副隊長。」


そう言って握手を求めると、ハリソン副隊長は暫く私の手を凝視した後、静かに手を出してそっと触れるくらいの優しさで握ってくれた。

私から軽く力を込めると、ハリソン副隊長も握手らしくぎゅっと掴み返してくれる。顔合わせをした時も握手したけれど、その時よりも何故かずっと怖々とした握力だった。

ぱちり、ぱちりと大きく確かめるように瞬きするハリソン副隊長は、そんな表情できたんだなと思うくらいにすごく人間らしくって。

少し行き違いはあったけれど、頼もしい近衛騎士が増えたことを実感して嬉しかった。

そうして気がつくと、とうとう私もティアラも忙しく過ごさないといけない時間になっていた。



明日のティアラの誕生祭に向けて。


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