406.無関心王女は心配する。
「ところでプライド!今日も近衛騎士と手合わせを願えるだろうか⁈」
セドリック達が我が城に訪れて三日目。
我が城は明後日のティアラの誕生祭に向けて慌ただしさが増している。そして、それとは別にセドリックは初日から我が城をこれ以上なく満喫してくれていた。
「私は良いけれど…?」
庭園でティアラと本を読んでいた私は、目を爛々と輝かせるセドリックに言葉を返す。
そのまま背後に控えてくれているアラン隊長とカラム隊長に視線で投げ掛ける。二人とも私とセドリックさえ良ければと了承してくれたけれど、カラム隊長は少し眉がぴくぴくと引き攣っていた。
二人に了承を得たセドリックは、私達に御礼を言うと時間を約束した後はその足で図書館に向かって行ってしまった。我が城に来てから、セドリックが一番通っている時間の長い場所だ。
我が城に来てから、てっきりセドリックのことだからティアラに再び猛アタックでもするのかとも思ったけれど、寧ろティアラや私にはあっさりしたものだった。それよりもずっと我が城の書物に夢中だ。…まぁ、ティアラも一ヶ月ほど前からは母上達と誕生会の催し企画で忙しいことが増えたから、その方が良いといえば良いのだけれど。
我が城の図書館はそれなりの規模を誇る。何より我が国でも最高峰の貴重な書籍も山のように詰まっている。あくまで他国に公開できる書物しかセドリックにも閲覧させられないけれど、それでもその貴重かつ膨大過ぎる量をセドリックは何時間もかけて黙々と読み進めていた。
フリージア王国に移住して働く為にももっとフリージア王国を理解したいと希望したセドリックは、主に我が国に関係する書籍を読み漁っているらしい。…そしてそのまま全ての内容を綺麗に丸々飲み込んでいる。我が国の法律、地形や地理、歴史、文化に至るまでを順々に暗記してしまっているから恐ろしい。さっき話した時点で「法律と地形地理は覚えた」と爆弾発言していたので、他の項目も時間の問題だろう。今この場にステイルが居なくて本当に良かった。つい先週やっと網羅したという法律書の内容をセドリックが三日で暗記したなんて知ったら流石にショックを受けるだろう。…私だって全部少しずつ覚えるのに結構年月がかかったから、ちょっとショックだった。
その上、城の見取図と馬車や部屋から見える景色だけで城内の全体像や建物施設全てを把握しちゃっている。流石に建物の内部構造までは把握されていないけれど、私達も馴染みがある王居どころか、城内のもう使われてない施設や塔まで全て把握というのが凄い。広大過ぎる我が城は一日あっても到底回りきれないほどの規模なので、今回は見取図だけで諦めたらしいけれど、ぜひ次に訪れた時は直接この目で見て回りたいと言っていた。……そうするともれなく歴代女王の我儘別荘や星見用の塔や隔離用の離れの塔、昔の処刑台や拷問塔や死体安置所的な場所やお墓とか過去のグロい遺物シリーズもがっつり御案内することになるのだけれど。……できれば絶対記憶を持つセドリックの頭にフリージア王国の忌むべき歴史まで刻んで欲しくはない。うっかり今も使用中とか勘違いされたら大変だ。
「…いや〜、セドリック王子殿下すごいですね。」
「また、…昨日のような無茶をされなければ良いのですが…。」
セドリックが去っていった方向を眺めながら、アラン隊長とカラム隊長が呟いた。
アラン隊長が首の後ろに手を回して伸びをするのに対し、カラム隊長は前髪を指先で整えながらかなり心配そうにしている。
ティアラは私の横で黙って本を読んでいたけれど、少しは気になるのかチラッとセドリックの小さくなった背中に目を向けていた。私もアラン隊長達の言葉に苦笑しながら、セドリックを眺めてしまう。
「まぁ、セドリックが楽しんでいるから…。二人ももし疲れたら無理せず断ってくださいね。」
いえ、そんなことはと私の言葉に返してくれる二人にお礼を言って、私は再び本に目を落とす。
セドリックは、ステイルとアーサーと手合わせした翌日から早速今度は私の近衛騎士と手合わせをと望んできた。
私もティアラもステイルに連れて行かれたセドリックのことは心配だったので、無事五体満足で戻ってきてくれた時は本当にほっとした。手合わせ、と言われた時も突然何かと思ったけれど、本人は一日経っても興奮冷め遣らぬ様子で「是非とも手加減なく御願いしたい!」と言われてしまった。
……そして、先ずアーサーとカラム隊長に順番に千切っては投げ、千切っては投げを繰り返されたセドリックはこわいくらい始終笑顔だった。
予想はしていたけれど、セドリックは見事にアーサーにもカラム隊長にも歯が立たない様子だった。剣でも素手でも、やはり外から見るのと目の前で自分が受けるのとは違うらしく、対峙する騎士の技を盗むのはなかなか難しいらしい。…というか二人が素早過ぎて目で追えないのもあるだろう。
ゲームではアーサーとわりと良い勝負をしていたセドリックだけれど、いまは手の鎧を外すハンデを入れてもボッコボコだ。アーサーがそれほど強くなり過ぎたのもあるだろう。
話を聞くとステイルと戦った時も模擬戦では即負けしたらしい。「ステイル王子には敵う気がしないな」と言ったセドリックは清々しいほどの笑顔だった。
更にはその後に交代したアラン隊長とエリック副隊長とも手合わせをしたいと望んで来て、再び千切っては投げられまくっていた。
……アラン隊長なんて、セドリックと戦う時は手プラス足の鎧まで外しての戦闘だったのに。でも、エリック副隊長曰く「アラン隊長と素手での格闘は危険過ぎるので」らしい。それでもセドリックを見事に何度も地に膝をつかせまくっていたけれど。
最初は剣だけでならそれなりに近衛騎士達とも打ち合えたセドリックだけど、本気を出されるとすぐに負けてしまっていた。
剣の技術だけなら未だしも、単純な腕力やスピードまでは〝神子〟の才能でもコピーは不可能だった。…本人はそれが嬉しいようだけど。
正直、アーサーに投げ飛ばされてもカラム隊長に五秒足らずで一本取られてもエリック副隊長に剣ごと払い倒されてもアラン隊長に蹴り飛ばされても「今のを是非もう一度!」と息を切らせながらおかわりを頼むセドリックが若干私は怖かった。前世で初めて絶叫マシンに乗って病み付きになった人の目にも似ていた。
ただし、戦闘を繰り返すごとに段々と近衛騎士の攻撃を見切って避けることが増えたから、単にスリルや負けるのを楽しんでいるだけでもないようだった。才能の塊ほんと怖い。
しかもただフルボッコだけじゃ王弟相手に申し訳ないと感じたのか、アラン隊長は豪快な空中技を教えたり、カラム隊長は力の勝る相手にでも勝てるような絞め技とその反撃や抜け方とかの対応術、エリック副隊長は敵の意識を奪う急所や小技をワンポイントアドバイスしちゃう始末だ。いや、隊長副隊長格の面倒見の良さはとっても素敵だなとは思うのだけれど‼︎‼︎
そしてセドリックも手合わせが終わった後はボッコボコにされたその足で母上に許可を取りに行き、今朝はランス国王達と一緒に騎士団演習場に見学へも行っていたらしい。…流石単身でフリージア王国に同盟交渉に来ただけはあって行動力ものすごい。髪にも顔にも土汚れが酷かったので、母上の前へ行く為の着替えには凄く時間が掛かっていた。
しかも、今度はちゃんとその目で騎士同士の戦闘技術を見に行ったんだから余計に色々吸収しちゃっているだろう。セドリックの〝神子〟を知っているアラン隊長も同じ事を予想しているのか「俺は結構楽しみですよ!」と笑っていた。
「昨日の手合わせでも、だんだんやりにくくなってましたし!もう新兵には勝てるんじゃないですかね⁈」
「アラン。相手は王弟殿下であることを忘れるな。」
昨日も足を払った直後に空中のセドリックを豪快に蹴り飛ばすという大技を放っていたアラン隊長にカラム隊長が釘を刺す。わかってるって、と笑うアラン隊長がふと「あ」と思い出したように口を開いた。
「でも、……明日はー…午前の手合わせなら断った方が良いかもしれないですね。」
頭をポリポリ掻きながら苦笑いするアラン隊長にカラム隊長もすぐに気が付き、口元に指を添えて考え込むようにして小さく俯いた。「そうですね…」と重々しい言葉が続いた。
「明日は隊長会議が朝からありますから。…ハリソンの出勤です。」
おっ…と。
カラム隊長の言葉に私もティアラも顔を見合わせた。
ハリソン副隊長。アーサーの元上司である彼は今、副隊長としてアーサーの部下になっている。
アーサーが隊長昇進したことで、私の近衛騎士は隊長三人、副隊長一人になってしまった。その為、騎士団の隊長会議の度にエリック副隊長と代理の騎士三、四名で回して貰っていた。……そして、とうとう近衛騎士を一人増やす事になった。
といっても奇数だし、今までの交代制を崩すのも近衛騎士一人の私の傍にいる時間が減るのは避けたいとステイルの強い希望で、ハリソン隊長は主に近衛騎士不在時の勤務になってもらった。
騎士隊長会議とか、あとは非番の近衛騎士がいる時に代わって私の護衛を御願いすることになった。お陰で再び二人体制固定での護衛が整った。
ステイルから近衛騎士追加の案が出た時は、誰にするか色々悩んだけれど、アーサーが「もし、できたら…」とハリソン副隊長を指名してくれた。
確かにハリソン副隊長は凄く強いし、その実力は私も知っていたから納得した。
ハリソン副隊長は私の事を慕ってくれている、…らしい?と聞いていたステイルも「アーサーの推薦ですし、何より姉君の護衛に限れば信頼できるかと」と言ってくれた。
因みにエリック副隊長は賛成はしてくれた…けど、隊長会議の時は自分がハリソン副隊長と確実に組むと考えたら、少し緊張気味に肩が上がってた。エリック副隊長もハリソン副隊長のことは色々怖いらしい。
その後に交代したアラン隊長とカラム隊長にも相談して意見を聞いた。
二人とも大体はステイルと同じ意見だったけれど、ハリソン副隊長が了承してくれるかという点に限っては首を傾げていた。何でも、ハリソン副隊長は本隊に違反行為で入れなかった時のことを本人なりに気にしていて、自分は戦闘しか能がないと思っている部分が未だ強いらしい。
騎士団長や副団長に正式に命じれば、任じてはくれるだろうけれどステイルとしては正式に上から命じる前に本人の意思もちゃんと得ておきたいとのことで少し悩んだ。……でも、まぁ最終的には。
『推薦したアーサーが直接頼んだら受けてくれるんじゃないですか⁇』
というアラン隊長の意見が採用された。
確かにアーサーを溺愛しているハリソン副隊長には有効かもということで、ハリソン副隊長のスカウトをアーサーにお願いすることにした。
結果、翌日の非番明けの朝にはハリソン副隊長からの了承を得てきてくれた。……流石過ぎる。
アーサー曰く最初は驚いていたけれど、ちゃんと説明したら快諾してくれたと。最後には高笑いを上げて喜んでいたそうだけど、確実にアーサー効果な気がしてならない。
任じてから挨拶と顔合わせをした時には、ハリソン副隊長も「この命に代えてでも御守り致します」とやる気満々に意思表示してくれた。
ただし相変わらず私に対してすぐ目を逸らしちゃうし言葉数も極最小限の塩対応のままだ。…やっぱり私を慕っているとは残念ながら思えない。溺愛の筈のアーサーと一緒の近衛の番になっていても殆ど話をしないし。
むしろ本当は私の近衛騎士任務が嫌でアーサーに頼まれて仕方なく嫌々受けてくれたのではないかと心配になったくらいだ。近衛騎士達によれば「いつも通り」らしいけれど。
「今はハリソンも命じれば手心程度は加えるでしょうが、…もしセドリック王子が私達と同じように「本気で」と言ったら彼は確実に文字通り本気で、……殺す気でやります。」
本気イコール殺す気。カラム隊長の言葉に背筋がぞっとする。
防衛戦では一人でチャイネンシス王国の南部掃討を成し遂げたハリソン副隊長。しかも、アラン隊長とカラム隊長の話だけでも戦闘時の凄まじさは充分想像できる。
アラン隊長も、うんうんと頷いているし、もう今から怖い想像しかつかない。
明日は是非ともセドリックには安全な図書館で平和に読書を楽しんでいて頂きたい。
そして翌日、ティアラの誕生祭前日。
既に何度目かになるハリソン副隊長の近衛騎士任務中に、予想斜め上のひと騒動が起こることを私達はまだ知らない。