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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
無関心王女と知らない話
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402.副隊長は薄れ、


「ッお待ち下さい‼︎」


突然の声に呼び止められる。

息を切らし、追い縋る影に私は目を向ける。…嗚呼、また彼か。


…彼…?…………誰だ。


立ち止まる私を真っ直ぐ見つめ、彼は息を必死に整えた。私が黙したまま彼が話すのを待てば、蒼い瞳を僅かに揺らし口を開く。


…彼は、何故あのような…。…嗚呼、……そうか。


あまりに身軽になり過ぎたせいで、放心でもしていたのか。…それとも、この先に…過去に想いを馳せ過ぎていたのか…。

空虚になったこの身で、私は彼へと…あの方々の忘れ形見へと向き直る。


「どうか、御説明を願います…!ハリソン騎士団長、私は」

「今はお前が騎士団長だ、アーサー・ベレスフォード。」

彼の言葉を躊躇いなく訂正すれば、アーサー・ベレスフォードは口を噤み、固く結んだ。眉間に皺を寄せ、物言いたげに私を見つめる。銀色の短髪が風に揺れた。


「ッ…ハリソン、…殿。私はつい先日、騎士隊長に就任したばかりです。まだ、隊長格として未熟な私を何故騎士団長になど。」

「規定には適っている。」


騎士団長への就任は、前騎士団長が存命の場合は指名制。

隊長格でさえあれば、隊長就任の年月も所属する隊も関係ない。騎士団長だった私が騎士として退任すれば、一存で騎士隊長から次の騎士団長を指名できる。

それに、彼は私よりも既に人望もある。私が騎士団長に彼を指名したところで、騎士の誰もそれを咎める者はいなかった。経験の浅さは否めないが、私などよりは遥かに良いとの判断だろう。または、あの方々が遺した彼へ誰も何も言えなかっただけか。……それとも、在りし日の騎士団長に生き写しである彼の姿に、騎士団再生を夢見たか。

私の言葉にそれでも静かに首を振る彼は、再び口を開く。私など、もっと相応しき騎士が、それならば副団長を、何故騎士を退任などと。必死に私を問い質す。

答える義務はない、と一言で答えれば更に彼の顔が険しくなり、眉間の皺が刻まれた。……嗚呼、その表情をすると余計にあの方の面影がある。


「…アーサー・ベレスフォード。お前は、…騎士団長に似ている。」

私の言葉に彼は目を見開いた。「父にっ…という意味でしょうか…⁈」と返し、戸惑うように身を引いた。私は腕を組み、彼の姿を頭から足の先まで眺め、頷く。


「嗚呼、似ている。姿だけではない、言葉も身の振りも全て騎士団長の生き写しだ。その佇む威厳も、…彼の方が目の前に蘇ったかと錯覚する程に。」

…ありがとうございます、と。頭を下げる彼はその言葉とは裏腹に、静かに笑んだその表情には影が落ちていた。似てると呼ばれ、喜びながらも影を落とす。……彼は、何を望んでいるのか。


「更にお前は、あの方が過去に在籍してらした一番隊に所属した。まるで、あの方の時を、道行をなぞるかのように。」

その上、剣まで熟達した。素晴らしき才能を秘めている。騎士団長が、副団長が見ればさぞかし喜ばれただろうと…思う度、息が詰まった。


「全てが騎士団長と同じだ。…だからこそ、私は…」

私の言葉に彼はまた笑んだ。光栄です、と返しながらもまた暗い影が落ちる。そして私はこの想いを初めて言葉にして彼へと贈る。








「そんなお前に……胸が、痛む。」







…在りし日の、あの方々を想い出すから。

騎士団長が、副団長が居られた…満ち足りていたあの刹那を。

彼が騎士団長に似れば似るほど、…副団長の喪失を思い知らされる。騎士団長の影はあるのに副団長が居られない。その違和感に喉が詰まり、…そして両者とも今は亡き御方なのだと何度も気付く。

彼が語れば、その相槌に副団長の声がない事に。

彼が笑えば、その傍に副団長が居られない事に。

彼が私を咎めれば、……何故騎士団長や副団長が咎めて下さらないのかと、何度も思う。

私が尊敬する騎士団長の姿と声で、彼が私に頭を下げる。その姿で私に命じられ、その声で私に従う。

彼の姿に、ただひたすらに胸が締め付けられる。いっそ騎士団長と全く異なってくれればと、…何度願ってしまったか。

在りし日に想いを馳せながら、現実を生きる私には彼の姿は残酷過ぎる。


私の言葉に口を閉ざす彼は顔を強張らせ、私から逸らすように目を伏せる。

食い縛った顎が僅かに震えていた。まるで私に罪悪感でも抱くかのように、降ろした拳までもが震えるほどに握られていた。絞り出すように「申し訳…ありません…‼︎」と零されたその言葉は、私よりも彼自身の痛みを孕んでいた。


「…騎士団長になれば、お前の望みも叶うだろう。」


私の言葉に彼が顔を上げた。

深き蒼の瞳を極限まで見開き、その意味を確認するように私を凝視する。

…彼は、騎士団に入団する時から何か目的がある目をしていた。それがどのような望みなのかは、私も知らない。ただ、その為に彼が日々上へ上へと昇進の為に必死に功績を立て、積み上げていることだけは確信を持てる。……ずっと、彼を見てきた私には。

お父上のような騎士団長になることか、騎士団の再生か。いずれにせよ、騎士団の最も頂へと叶った彼ならば、容易く叶えることができるだろう。

アーサー・ベレスフォードが騎士団の最後の頂に立ち、彼の望みが叶うのならばもう私が騎士である必要もない。


…その為だけに、私は騎士団に在り続けたのだから。


彼が、騎士隊長に昇進する時を一日千秋の想いで待ち続けた。

彼が居る騎士団を未だ潰す訳にはいかない、彼が騎士団長の座に就くまではこの座を退く訳にはいかないと。もう既に騎士である意味を失った身でいつまでも騎士の座に身を浸らせ続けた。

ただひたすらに、彼の成長だけを待ち続けた。


「ではな、アーサー・ベレスフォード。」

全てを伝えきり、私は彼に背中を向ける。

騎士の名も称号も返却した。帰る場所などは無い。ただ、……あと一つだけ〝私〟としてやり残したことがある。

私の背にアーサー・ベレスフォードが引き止めるような言葉を何度も掛けた。だが、敢えて全て聞き流す。…彼が、知る必要もない。気に留める必要もない。私はただあの方の



「ッッ私は‼︎‼︎……父の、ロデリック・ベレスフォードの事故の真相を突き止める為、騎士団に入団しました…‼︎‼︎」



…突然。

彼は、声を張り上げた。騎士団長と良く似た声で、…何処となく若さが混じえた声で私へと。

思わず足が止まり、再び彼へと振り返る。剣を震えるほど強く握り、睨んでいると思える程に強き眼差しで私を刺し止めた。

私が短く聞き返せば、彼はまた別の言葉を張り上げる。今度は声量を抑え、人目を気にしながらもはっきりと。


「…そしてもし。…父が故意に陥れられたのだとすれば、その仇を討ちたいと。父の未練を晴らすことこそが、……騎士を目指した本当の理由です。」

名こそ上げないが、その仇が何者を指しているのかは考えずともわかる。…彼もまた、七年前に囚われたままだった。


「…私は、騎士やハリソン殿に期待されるような人間でも…父の如く立派な騎士でもありません。父の真似事をしながら立派な騎士の振りをする、恥ずべき存在です。…私には、〝私〟というものが無い。」

顔を俯け、苦々しく語る彼の言葉は謙遜などではなかった。

心からのその言葉は、己への嫌悪と羞恥に満ちていた。歯を食い縛り、鉄を擦るような音が私の耳まで届く。

そうか、と。その言葉しか出なかった。副団長やカラム・ボルドーであれば、もっと彼の気持ちに寄り添えたのだろうかとも思うが……私には、できない。

今までどの騎士も知り得なかったであろうその真意を、何故私などに吐露したのかはわからない。騎士ですらない私にならば言っても構わないと考えたのか。まるで懺悔のように語る彼は、既に黒き悪手に囚われているようだった。

彼は己の間違いも恥も罪も穢れも全て承知の上で騎士団にいる。……私と、同じように。


「…アーサー・ベレスフォード。」

再び彼に背中を向ける。

騎士団の団服も返還した今、上着のない身体が寒風に煽られ肌に響いた。

彼に寄り添う言葉など見つからない。そんな方法、知りもしない。私は他の騎士達とは違うのだから。

私の代わりに誰かが優しい言葉を与えてくれればと他力を望む。ただ、彼がもし私のように何か〝理由〟を望むのであれば。穢れ、間違い、罪となるやもしれない真意の代わりに、尊き理由を、役目を与えて欲しいと望むのならば。

彼の方を振り返らずに、言葉だけを最後に与える。風が吹き、耳を掠める空気音に掻き消されぬようにと声を張り、…彼に告げる。




「騎士団を、頼む。」




……返事は、返ってこなかった。

いつもの彼ならば張りのある声で返したであろう返事が一度も。だが、振り返る度胸もない私は、今度こそ特殊能力でこの場を去る。


「………………副団長。」

駆けながら、想う。

私がアーサー・ベレスフォードに与えた言葉が、理由と役目が、…正しいのかはわからない。

ただ、騎士として生きる理由を失った私を唯一引き止め、動かし続けて下さった言葉のように。…それが、彼の原動力となれば良い。

高速で駆けながら、空を見上げる。沈みかけた太陽が流れる雲から姿を覗かせた。


「………果たしました。私は、しかと。貴方が託して下さった任務を…確かに。」

居るわけがないにも関わらず一人口遊む。言葉にした途端に喉に熱いものが込み上げ、唇を噛み締めた。

そうだ、私はやり遂げた。あの方が、副団長が最期に望んで下さった願いを。


彼が騎士の門を叩いたらどうか私の代わりに支えてやってくれ、と。あの時の願いを確かに。


「ですから、この先は…。」

もう騎士の名も、称号も団服も、後ろ盾もない。もう私にはこの身と剣しか持ち合わせてはいない。だからこそ










「私の望むままに、果てようと思います。」










あの日から変わらぬ決意を新たに胸を打つ。

意義ある生と死。それが私の望む最期なのだから。




……




「…長…!…リソ…副…!…ハリソン……長‼︎」


……なんだ…?


頭が、……熱い。全身が焼けるようだ。……今は、ここは…どこだ…?


思考が纏まらない。暑く、熱く……重い。何か、拷問でも受けていただろうかと考え、飛ぶ。駄目だ、何を…私はいま…。


…………夢、を…見ていたのか。

どんな夢か、思い出せない。ただ、……悪い夢では…なかった、…ような……、…?


「ッハリソン副隊長‼︎お時間です!既にもう集合時間になっています!」

寝て居られるのですか⁈と扉の向こうから声を上げられ、やっと目が醒める。…しまった、寝坊か。

扉の向こうにいるのは…八番隊の騎士か。そうだ、今日はアーサー・ベレスフォードが非番で私が指揮を、…………。……今は、…何時だ……?


頭が働かず、全身を引き摺るようにしてベッドから身を起こす。

けたたましく叩かれる扉に向かって歩き、着の身着のまま扉に手を伸ばす。視界が揺らぎ、…数度目にやっと扉を開けられた。

ガチャリ、と音と共に外側から扉が開かれる。開いた途端に寝坊です、何をしているのです、今日はアーサー隊長は居ないのですがとまくし立てられ…、……私…は………。



バッターンッ‼︎



…頭に響く衝撃と、冷えた床が心地良い…。

思考が纏まらず、何度か喚き声と私の名を呼ぶ声が聞こえた。断続的に言葉を聞き取りながらふと、……久しく風邪など引かなかったのだが、と薄れ行く意識の中で思った。


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