40.自己中王女は呼ばれる。
「あら、ステイル。今日もアーサーと稽古を?」
いつもの日課である教師による勉強を終えた私は、廊下で身支度を済ませ部屋を出ようとするステイルへ声を掛けた。
「はい。アーサーがこの時間ならば都合がつく、と言っていたので。姉君とティアラももしお暇でしたらどうぞ。」
そう言って私の横にいるティアラにも笑いかけた後、ステイルはそそくさと稽古場へ向かっていった。
昨日、ステイルはアーサーを連れて稽古場に行った後、大分打ち解けた様子だった。
ステイルが私達以外の、しかもほぼ初対面の相手に無表情で話すことは始めてだった。しかも、アーサーと並んで歩いてきたステイルは私やティアラからみたら、なかなかの上機嫌な様子だった。しかも、あんなに恐縮していたアーサーまでなかなかの上機嫌で帰ったものだから余計に私もティアラも驚いた。
何があったか聞いてもステイルは「気が合ったので」としか教えてくれなかったから余計に謎だ。
若干、姉離れを感じて寂しくもあるし、それともこれがきっかけでゲームのように段々と姉弟間で溝ができてしまうのではと考えると…
「プライド様!」
…考え込んでいたら急に名前を呼ばれ、振り返る。
衛兵のジャックだ。いつも物静かな彼にしては珍しく、少し急いだ様子で私に駆け寄ってきた。
首を傾げ、言葉を待つとジャックは私達の三歩手前で止まり、姿勢を正すと「女王陛下がお呼びです」と教えてくれた。
「母上が…?」
隣に並ぶティアラと顔を見合わせ、お互いに首を傾げる。
一体なんだろう。
……
「突然呼び出してごめんなさいね、愛しい我が娘。」
玉座の間。そこに私は呼ばれた。私と一緒にいたティアラもまた、そのまま同行してくれている。本当は私一人行けば良かったのだけれど、ティアラが心配してくれていたことと、母上から許可が降りたことでこうして同行することになった。
国の最高権力者の為に存在する豪奢な玉座にゆっきりと腰を落ちつかせた母上は威厳たっぷりの様子で、少し高い位置から私とティアラを見下ろしていた。
…やっぱり最低悪役女王のプライドなんかと違って神々しいわ。
優雅に座る母上の右隣には父上が座り、左には摂政であるヴェスト叔父様が控えている。
その上、父上の隣にはジルベール宰相まで。久々に見る豪華な布陣だった。
「いいえ、母上。私に御用とは何でしょうか。」
母上は、本当にこの三年の間で大分私と会ってくれるようになった。やっぱり身体の弱かったティアラの手が離れたのが大きかったのかなと思う。育児の緊張が解けたからか、ティアラの生誕祭後は前より私への接し方も柔らかくなった気がする。
ただ…少し気になることは私と会うときは必ず父上が一緒にいるようになったことだ。ティアラの生誕祭前は母上と会う時に二人きりの謁見なんて珍しいものでもなかったのに。
昨日なんて、隣国から帰ってきた母上にステイル、ティアラと出迎えた時、父上が所用で一度席を外そうとしたら思いっきり父上の服の袖を指で掴んでいた。しかも優雅な笑顔のまま。
なのに、その後ステイルがアーサーを稽古の練習相手として城に招きたいことを母上に提言する為に一人残った時は、私とティアラと一緒に玉座の間から出て行く父上を引き止めはしなかった。
………もしかして、母上に私は嫌われているのだろうか。
こうしてよくよく考えれば、少なくとも生誕祭までは公務とティアラの育児というよりも避けられていた気がしなくもない。
まさか母上がゲームと違って生きていることで、実の母親に断罪されるルートも追加されたのではとまで考えてしまう。
「先日の騎士団の一件。」
母上の言葉にぎくりとして、思わず背筋を正す。まさか、私が崖に行ったことがバレたのでは…。
嫌な汗が頬を伝う。
「その際に捕らえられた男がいるのを存じていますか?」
良かった…違ったみたい。
ほっ、と心の中で胸を撫で下ろしながら「はい、存じております」と答えた。…実際は私が捕まえたようなものなのだけれど。
「その男…正確にはその男の一団が、隣国の騎士団消失に深く関わっている可能性が出てきまして。」
今度はジルベール宰相が続け、説明を始める。
「もともと、我が国の騎士団は今回、隣国…アネモネ国からの騎士団が我が国の新兵を迎え、そのまま隣国まで案内する予定でした。しかし、その騎士団が予定時刻を遥かに過ぎても来ず、急遽我が騎士団長が新兵達を連れて隣国へ。そしてその途中の国境より遥か手前で男達に襲撃を受けました。」
確かにそうだった。騎士団へ視察に行った時のカール先生の説明を思い出す。
それにしてもアネモネ国…なんかひっかかるような。最近同盟を結んだらしいけれど、もしかしたら歴史書とかで読んだのかもしれない。
「男の言い分によると、我が国とアネモネ国との同盟を反対する一派に雇われ、アネモネ国騎士団一隊を捕虜に、その上で我が国騎士団の情報を聞き出し、件の崖で奇襲を試みたとのことです。何処かで互いの軍を相打ちに仕組みたかったと。」
つまり、今回の一件は全て仕組まれていたということだ。それなら色々合点がいく。 そのままジルベール宰相は「ちなみにこの雇い主の一派については男も情報を殆ど持っておらず、不明なままです。」と付け足した。…でも、それが私とどういう関係があるのだろう。
「プライド。」
母上に呼ばれ、再び母上の方を向く。
「貴方が近頃は自主的に我が国の法についても学び始めているとアルバートに聞きました。」
そう言われ、アルバート…私は父上の方を向く。父上の表情は読めず、ただ黙して母上の言葉を待っていた。母上は妖艶ともとれるような怪しい笑みを浮かべ、その白く爪先まで整えられた指先をピンと伸ばし、横に掲げた。
「ならば、次期女王陛下として裁いて見なさい。」
母上の合図で再び、私の後ろの扉が開かれた。




